ウサビッチにはまっている。
知っている人は多いと思うが、知らない人のために念のために説明すると、
ウサギのキャラクターのアニメで、1話が90秒。
主人公は2匹の囚人ウサギ。
気の弱い「プーチン」と死刑囚で超強力な「キレネンコ」である。
囚われの身である2匹の囚人生活や脱獄してからの逃走、
さらには悪者的ギャングとの戦いを繰り広げるコメディだ。

登場キャラクターは「カンシュコフ」や「ショケイスキー」など、ロシア風の名前。
舞台はもちろんロシアで、台詞もほとんどない。
音楽や効果音で見せていくのだが、これがメチャクチャ面白い。

ウサビッチたちに出会ったのは、近所のスーパーのおもちゃ売り場と
文具売り場の境にあるウサビッチの特設コーナーだった。
キャラクターグッズの真ん中に小さなモニターでエンドレスにアニメが流れていた。
そのお試し的なDVDをちょくちょく見ては、面白いな~と思ってはいたのだが、
特段DVDを買ったり借りたりする必要はないと思っていた。

しかし、先日持っている人から借りたのだった。
子供に見せようと思って妻が借りてきたのだが、大人がはまっている。

何の予備知識もなかったので、はじめは欧米のモノかと思っていたぐらいだが、
ちゃんと見ると完全に「ジャパニメーション」であることが分かる。
編集の緻密さや複線の張り方。
リズム感で見せていく手法とダイナミックなアングルでのカット。
短いカットと繰り返しを多用しながらも、しつこく見える寸前で次に移る展開力。

スゴイモノを作るなあ~と感心しながら見た。

残虐さを極め、あり得ないシチュエーションを連発するのだが、ギリギリでコメディにしている。
絶妙なのだ。
あり得ない状況をあえて連発することで「グロい感」を笑いに変えている。
キャラクターもかわいらしくはないのだが、なんとなく愛らしく見えてくる。
「グロかわいい」感じとでも言えるかもしれない。

1話90秒で次々に見ていきながら、アニメクリエイターの腕に感心した。
不思議なのは、ずっと見続けなくても見続けていても違和感がないことだ。
どういうことかというと、何かをしながら、例えば家事をしながら
チラチラと子供が見ているウサビッチを見ていても、
じっくり続けてみているときと同じような感覚で楽しめるのである。

シチュエーションコメディという、瞬間瞬間で笑わせるものだから
当然なのかもしれないが、それでいて最後までストーリーがしっかりとしているのが良い。

シーズン4が今年始まるらしいけれど、早くも楽しみな今日この頃である。
久々の、このシリーズ。
実は釣りが好きだ。
アメーバピグの釣りではなく、海や川で釣る本物の方。

子供の頃は、もっぱら川遊びの延長でやっていた。
秩父の山の中でバシャバシャやるついでに、
細い竹竿に、河原の石の裏にくっついている虫をエサに釣る。
仕掛けはもちろん、オモリもウキもない。
竿と針とエサだけ。

でも結構ハヤがかかって楽しかった思い出がある。
今でも出来ると思うのだが、とんとご無沙汰している。

海釣りは長崎の時にはまった。
いろいろと海関係の取材をしていると、誰もが日常生活の中で釣りをしていたからだ。
よくよく聞いてみると、東京や大阪の釣り好きの人たちがうらやむような環境らしい。
で、ホームセンターで売っているような、格安の竿を試しに買って、
通りすがりの近所の堤防で釣ってみたら、釣れること釣れること!!

それからハマッた。

釣りの入門書や釣り魚の辞典を買い込んで勉強した。
だけど、釣れるポイントや竿や仕掛けの勉強はあまり必要がなかったといえる。
だって、本当にどこでもつれるんだもの。

堤防からちょっと投げれば小さなアジやサバ、イワシも。
砂浜に行けば、キスやメゴチ、カワハギなんかも釣れた。
仕掛けだって超初心者のなんてことないヤツで大丈夫。

休みの日に昼頃起きて、夕飯に新鮮な魚が食いたいと思ったら、
適当に車を飛ばしてエサを売っている店(近所の海沿いのどこにでもある)で
釣りたい魚向けのエサと針を買い(店の人に聞けば、大体教えてくれる)、
午後3時ぐらいからボチボチ竿を投げ始める。

最初はあんまりつれない。
でも、日が傾き始めるとスゴイ。夕まづめというヤツだ。
ガンガン釣れ始める。
夏場のキスなんかは1時間で50匹ぐらいは釣れる。

で、7時頃には家に帰って、包丁片手に格闘を始める。
キスだったら、大きめのは刺身に、小さいのは全部天ぷら。
ビールと焼酎とキスだけで大満足のディナーだった。

ちなみに小さい魚を大量にさばくので包丁も結構うまくなった。

というのも、今は昔。
子供が出来てからは行かなくなってしまった。
チビッコイのが海辺をうろうろしたりしたら危ないからだ。
今住んでいる辺りでも、知多半島や三重県側に行けば良い釣り場が多いと聞くけど、今は無理。

あと何年かして、子供たちが大きくなったら一緒に行きたいと思っている。
その時に、娘たちが「ツレナク」なっていないといいけれど。
普段から結構お世話になっているウィキペディア。
専門用語や時事問題の解説を簡単に検索できて、結構詳しく解説されている。
かなりの方がその恩恵にあずかっていると思う。

ボランティアの執筆者たちが、記事を書いているのだが、
項目によっては、まさに最高レベルの百科事典を凌駕するほどの詳しさである。
グーグルで何かを検索したときのトップ項目に「ウィキ」が上がるのもしばしばだ。

人間の「何かを知りたい」という欲求と「何かを教えたい」という欲求を
見事に結びつけたインターネット時代ならではのサービスである。
日本語、英語など30以上の言語でのウィキがあるのだが、その項目の数は
おそらく数百万のレベルになるだろう。
まさに「知の宝庫」ならぬ「知の宇宙」を目指している感がある。

ただ、ウィキの性質上、どうしてもチェック機能が甘い。
辞書や辞典のたぐいは出版まで10年以上かかることはざらである。
その途中途中でかなり内容について吟味することは当然である。
出版社に勤めている友人が、入社(10年はたってなかったけど)して
まだ1冊も本を出していないと言っていたので、
何の仕事をしているのか聞いたら、新しい辞書の編集だったということもあった。

また一般のメディア(新聞やテレビなど)でも、取材の段階で
「一次情報(本人や現場)」→「裏取り(別の角度からの情報と付き合わせる)」
さらには、チェックする上司(いわゆるデスク)から、校正と行き、
何段階ものハードルを越えて世の中に出ていく。
それでも誤報があるというのが、情報サービスの怖いところだ。

ウィキでも、極力出典を明記するなどして情報の確かさを担保しているが、
如何せん出典がどのぐらい確かかという基準は極めてあいまいである。

実際、メディアに携わっている人間は、ウィキ情報は参考程度に見てはいても、
絶対に引用することはない。
専門家から情報を引き出すため、にわか勉強に使うのはとても役立つのだけど。

ちなみにウィキに誤った情報があるかと言えば、もちろんある。
私についての項目を見ると、(もちろん私が書いたのではなく、誰かが書いた)
まあ、正しいと思うことが多いのだが、違っているよというところもあるわけで。

そういえば、ウィキペディアに自分の名前が出ていてビックリしたことがある。
自分の項目があったことではなく、とある「超有名人」のプロフィールを確認しようと、
その人の項目を眺めていたときに、自分の名前が出てきたときだ。
あのときは、驚きと共に、嬉しかった(→ちょっと自慢)。

でも、なんだかんだ言って、ウィキは今後相当長きにわたって、
その宇宙的な凄さを増殖させて行くことだろう。
そして、遠い将来、偉大なる歴史書となるに違いない。
昔からラーメンが大好きな私である。
何てことはない普通の「生ラーメン(家で作るヤツ)」からカップ麺、
中華料理屋のいわゆるシナソバも好きだし、九州に住んでいたときには豚骨ラーメンにはまった。

で、昼飯にラーメンを食べに行くのも大好きなのだが、最近よく思い出すのが
「ラーメン二郎」だ。
ラーメン好きの人には常識だと思うが、東京は三田の行列の出来る店である。
アブラギッシュで超太麺、濃い醤油味とたっぷりの野菜。
満腹感はすさまじいシロモノだ。

15年ほど前から東京を中心に「二郎」ののれん分けの店や、
二郎を自分なりにアレンジした「インスパイア店」が増え始めたのだが、
私の身近な名古屋でも結構な数があるのだ。

おなか回りを気にしている私にとって、「二郎系」はかなりの敵。
しかし、名古屋にも「ラーメン大」や「まるだ」など、ジロリアンにはたまらない
イケてる店が多いことが最近になって分かってきたのだ。

ちょこちょこと行くようになってしまった。

ああ!!うまいのだ。

昔の二郎を思い出し、「本店の方が、ここはこうだった。でもコレも良い…」などと
箸を進めてしまうのである。
そして食べ終わって、満足感と共にちょっとした後悔が襲ってくる。
30分ジョギングしたぐらいでは取り戻せないな~~と。

そんなこんなで、本店の「二郎」を思い出す今日この頃なのである。

……学生時代、学校のそばにすごい行列のラーメン店があった。
あんなに並んで食べる意味があるのかなという気持ちだったのだが、
マンガ雑誌を片手に並んで食べた初めての時、衝撃を受けた。

かつてないボリューム、味の濃さ、店の常連以外受け付けない雰囲気、注文の仕方。
そして安さ!

体育会系の学生の常連に連れて行ってもらったと記憶しているが、
(体育会系の連中は基本的に店主にかわいがられているので敷居が低い)
それにしても、度肝を抜かれたモノだった。

その味というのは、よく言われる「ラーメンではない。二郎という食べ物」なのだ。
最初の出会いは大概が2種類に分かれるという。
「ダメ。受け付けない」か「まあ、悪くない」か。
最初から「うまい!すばらしい!」という人はあまりいない。
衝撃がすさまじいため、味をどうこう言うより、食えるか食えないかという判断に
脳みそと胃袋の大部分が使われてしまうからだ。

私は、安くてこれだけのボリュームならOKという感じだった。
なので、通うことになった。
基本的にはヒマな学生なので、マンガ雑誌片手に40~50分並ぶのはワケもなかった。

そして通えば通うほど、その奥深い味の虜になっていった。

いつも頼んでいたのは「大ダブル」。
表のメニューでは一番値段の高い、最高のボリュームだったが、それでも当時480円!
トッピングは「ヤサイ・ニンニク」だった。
アブラとカラメについては、私は普通で良かったのだ。

ちなみに裏メニューは「マシ」というのがあった。
体育会系の常連だけが頼める、ハイパーなヤツである。
今はあるかどうか知らないが、応援団などの特別常連の人だけのものだったと記憶している。
そのボリュームは、「はっきりいって無制限」。
というか、自前の鍋を持っていって、それに合うぐらい、なみなみと入れてもらうのだ。

持ち帰りの特別メニューのため、並ばずに「横入り」できる。
カウンターのおばちゃんに軽く挨拶して鍋を渡し、「マシね!」といえば
数分後にはスゴイボリュームの鍋ラーメンを渡してくれる。
値段は「なんと510円!(当時)」
ほとんどサービスってヤツだ。

同じゼミに応援団のヤツがいたので頼んで一緒に食っていた。
510円で3人が腹一杯になるぐらいあるし、並ばなくて良いし。
ささやかな特権が嬉しかった。

そんなこんなで学生時代に日常食としていた「二郎」が食べられなくなって20年近く。
たまに東京に行ったときに懐かしくなって食べたりもしたが、
最近はとんとご無沙汰だったのだ。

でも、名古屋で「二郎(風のもの)」が食べられるようになってから、
おなかが減ると、少し中毒患者のように食べたくなっている自分に気がつく。

でも、ダイエットを始めているし、せめて週に1回にしようと戒めている。

さて、話題はサザンではなく、桑田のソロであった。
私にとって、桑田佳祐の本当の入り口がソロの1stアルバムであることは
すでに述べたが、今あらためて感じるのは、サザンでいろいろとチャレンジしてきたもの以上に、
さらに多くのことに挑戦したのがソロの活動なんだということだ。
サウンド、演奏、歌詞など、随所にソロならではのこだわりが感じられる。

ソロの2作目「孤独の太陽」は自分としては結構好きだが、
シンプルすぎる音作りと、いわゆる「捨て曲」が多いと思う。
これもソロならではの「やりたいようにやった」結果ではなかろうか。

3作目「ROCK AND ROLL HERO」は、誤解を恐れずに言えば、
何度聞いてもサザンのダメな曲ばかりが入ったようなアルバムだと思う。
一番売れなかったのがこのアルバムではないだろうか。
桑田にとってやりたいことを最も追求した作品だからだと思う。
だから逆に、特有のサービス精神あふれる「耳障りの良い曲」がない。
暗めでメロディにフックがないため、聞かせどころに乏しい感じで残念だった。

このあと、3年ほど前に「桑田さんのお仕事」という、DVDとCDの組み合わせの企画盤を出している。
2007~08のソロシングルやCM用の曲をまとめたものなのであるが、
私はこれが結構好きなのである。
「ダーリン」や「明日晴れるかな」が入っていて、
CDだけの切り売りをして欲しいと思ったぐらいのものだった。

そして今回の「MUSICMAN」である。
最初、またかと思った。3作目の路線かと。
しかし、そういった部分はありつつも、よくよく聞くとそれだけじゃない。
やりたいようにやりつつ、聞かせどころを作っているのだ。
「いつか何処かで」や「可愛いミーナ」のような(私の好きな曲)
ポップかつメロディアスな感じの曲もちゃんとある。特に後半。

闘病生活のあとだからというのはあまり関係ないだろうが、
サザンを一旦休止したことで、ソロ作品に対しての向き合い方が変わったのかもしれない。
ソロらしいサービス精神の少ない(私にとっては好ましくない)曲もあるが、
かなりサザン風の楽しげでポップ色に富んだ曲も増えている。

ちなみに私が桑田佳祐作品で好きなのは、やはりシングルものが多い。
私なりのベストでも発表してみようかと思ったけど、長くなるのも申し訳ないので
股の機会に。

実は、私はいわゆる湘南地方の育ちである。
ただ、このあたりは地元の人にしか分からないビミョーな感覚があると思うのだが、
「湘南出身」ということは、まず滅多に言わない。
湘南高校出身という意味では使うが、地域出身という意味では具体名を言うのが普通だ。
鎌倉出身、藤沢出身、茅ヶ崎、平塚などだ。

特に、鎌倉と藤沢の人間は、湘南といわれることがあまり好きではない。
鎌倉の中でも、「七里ヶ浜」「稲村ヶ崎」「腰越」など、海に近いおしゃれゾーンに
住んでいるヤツほど、細かい地名で差別化を図る。
藤沢もしかり。鵠沼とか片瀬とか言う。

なので、サザンに対しても、茅ヶ崎だからな~的な雰囲気があったことは否めない。
でも、サザンを聞き込んで好きになるにつれ、自分が、あるいは自分たちの仲間たちも
「サザンのいる湘南」を少しずつ誇りに思う部分が出てきたと思う。

今も地元に帰ると、無性にサザンを聴きたくなるので、iPodには必ずサザンの
全曲が入ったプレイリストを用意してカーナビにつなげてあるし、
遠回りしても、渋滞でも、わざわざそれを聞きながら海岸線を走りたいために
134号線を頑なにノロノロ走ってしまう。

そんな風にしているのは地元の人間ばかりではないだろう。
ちょっと遠出をして湘南をドライブしている人たちも同じ気持ちだと思う。
でなければ、あんなに渋滞しているはずがないではないか。

かように、桑田佳祐は湘南地方、特に茅ヶ崎周辺に莫大な経済効果を
もたらしてくれたわけだが、今回のコラムの本筋とはあまり関係ないことに気づいた。
桑田佳祐の音楽性のことを書こうと思って昨日からの続きであった。

サザンオールスターズというバンド自体の結成当初からのことなのだろうが、
桑田佳祐の圧倒的な存在感を周りで固めるという構成上、
バンドなのに、桑田のソロ的な要素がもともと強かった。
このことは、6人編成のオリジナルメンバーが長期にわたって替わらずに続いている大きな要因になっているだろう。
現在はギタリストの大森が抜けて5人になっているが、宗教上の理由もあるようなので、
実質的にメンバー変更はないといえる。

しかし、バンドの形としては「桑田&その他」状態なのだが、
おそらく桑田一人ではなしえなかった部分も大きいはずだ。
もちろんいわゆる「居心地」をはじめとするやりやすさと言ったところも
大きいと思うが、それ以上に音楽性の部分についても、である。

なにより原由子の存在は大きかったはずだ。
ソングライティングにクレジットされていないものの、音楽的な素養のある
原由子が公私にわたって桑田佳祐を支えることで、
アイデアを形にすることに大きな影響があったことは間違いがない。

また優秀なクリエイターの多くがそうであるように、
一人のアイデアを閉じこもって熟成させるより、誰か優秀な「キャッチボール相手」に
アイデアをぶつけてより完成度を高めたり、新たなものをひねり出したりという
作業を経た方が、良いものがたくさん出来やすい。

「一人熟成型」の代表格は山下達郎だろうが、作品の数はやはり少ない。
「キャッチボール型」は実は結構いる。
ビートルズのレノン&マッカートニーはその代表格だ。
エアロスミスやローリングストーンズといったバンドはほとんだがそうだし、
ソロアーティストも、プロデューサーというキャッチボール役とアイデアを煮詰める。
日本では、アリス、チャゲ&飛鳥、BOOWYの氷室&布袋もそうだろう。

桑田にとって、音楽や詩の世界観、アレンジ面で原由子と限りなく
キャッチボールしただろうということは想像に難くない。
また、ドラムの松田弘もサザンには欠かせないリズムの柱である。
卓越したテクニックに加え、ロックからラテンまで、幅広い音楽性を持っている。
KUWATA BANDのドラムでもあり、ソロ曲でも随所にクレジットされているように
松田弘に対しての信頼感は、原由子に匹敵するものがあるといえる。

サザンは、幸運にも、桑田佳祐の才能を存分に開花させられるだけの音楽的な支えと、
精神的な懐の深さを備えていた希有なバンドだといえるだろう。
だからこそ、バンドサウンドとは言えないぐらい、まさに色とりどりの楽曲を
生み出すことに成功してきたのである。

またしても長くなってきてしまった。
サザンとソロについて、あるいは今回の「MUSICMAN」については、
また次回ということで、ごめんなさい。
先日発売された桑田佳祐のソロアルバム「MUSICMAN」を聴いている。
買ってから繰り返し、数十回は聴いただろうか。
最初に聴いた率直な感想から、今感じていることは少々変わってきた。
それについては、また最後に書くとして、「桑田佳祐論」と銘打ったからには
まず、私がどれぐらいサザンオールスターズ、あるいは桑田佳祐が
好きかということから始めないといけない。

小学生の時に、初めて「勝手にシンドバッド」をテレビで見たときは、
普通の小学生と同じような反応だったと思う。
アイドルや歌謡曲が全盛の30年以上前だ。
ほとんどの人が感じたのと同じように「キワモノ」という印象だった気がする。
でも、小学生だったので「ららら~」と「今何時!」は大いに流行った。

その後も単にテレビに登場する歌謡曲的な位置づけでしか意識せず、
「チャコの海岸物語」などのヒット曲も、いまいちピンと来なかった。
実際、さだまさしや中島みゆき、松山千春など、ニューミュージック系のほうが、
当時の私の好みに合っていたのだ。

私が中学生の頃は、サザンは名盤「綺麗」「人気者で行こう」「KAMAKURA」を
出した時期と重なるが、残念ながら、私自身は洋楽ロックにはまりまくっていた。
もちろん、これらのアルバムの存在は知っていたし、友人に聴かせてもらったこともあるにはあった。
ところが、ハードロック路線を突き進んでいたものにとっては、
たんなる軟弱歌謡曲にしか聞こえなかったのだ。

高校時代、バンド活動を開始し、さらにロックにつかりまくる中で、
高校2年の後半ぐらいから、自分自身の音楽に対する考え方に少しずつ変化が出てきた。
BOOWYのコピーが全盛となり、またアリスやツイストなどの古いロック系の
曲をちょっとハードにアレンジするような「レトロ系ロック」も面白いと感じたからだ。
日本のポップスも、許容範囲に入ってきたときのことだった。

高3の夏のある日、近所の書店とCDショップがくっついた店で、
暑さしのぎに長時間立ち読みをしていたときのこと。
発売したばかりの桑田佳祐のソロアルバムがエンドレス状態でかかっていたのだ。
繰り返しが3回を過ぎた頃(どれだけ長時間立ち読みをしていたのだろうか)
レジに持っていったのは、そのアルバム「Keisuke Kuwata」であった。
その日からしばらく自分の部屋のCDプレーヤーに入りっぱなしになった。
未だに、このアルバムはソロアルバム名義としては一番のお気に入りだ。

その後、桑田佳祐の過去をさかのぼっていくのにそう時間はかからなかった。
当時売り切れた、限定のベスト盤「すいか」をカセットに入れて聴きまくり、
パチンコ屋で小銭を稼いでは、一枚一枚アルバムを買い求めていった。

その頃聴きまくった中で、やはり一番良いと思ったアルバムは「KAMAKURA」で、
人にお勧めしたいのは名曲「YAYA」が入った「バラッド」である。
80年代のサザンは、まことに素晴らしい曲を作り続けていた。

続きは明日。
3/11日の大震災以来、被災地の惨状が次々に報道されると共に、
福島第一原発からの放射能漏れの危惧が日に日に増している。

かの原発がどのような状況になっているかは報道の通りであるが、
その情報の元になる東京電力や政府の発表が、
果たして「本当なのか?何か隠してるんじゃないのか?」という疑心暗鬼を呼んでいる。

海外メディアや、日本のメディアにも温度差がある。
どちらにも「バイアス(事態を過大あるいは過小に思わせるフィルター)」がかかっているのだろう。
海外メディアにとっては、「より危険度が高い!」と報道することで、
防護体勢を強固にとらせる安全対策といえるバイアス。
逆に日本は「大丈夫!」ということによってパニックを防ぐ、
あるいは経済的な損失を最小限に抑えるためである。
どちらも安全策といえるバイアスなのだが、では果たして本当の危険度はどのぐらいなのだろうか?

今、私の手元に、2人の専門家がプライベート的に書いたリポートがある。
私が個人的に手に入れたモノで、特に仕事で使うわけではない(だから紹介できる)。
ただ、「そういう見解もあるのか」と感心したため、簡単に紹介する。


ひとつめのリポートは、原子核工学の専門家で、原子力関連メーカーの技術者だった人の手による。

ずばり、このまま放置して、超高温になったとしても、「核爆発」はありえないという結論だ。
なぜかというと、現在の核燃料は「燃やすための様々なハードル」が
用意されているという設計になっているのだそうだ。
簡単に言えば、ほっといたら「燃えない」ので、このままほっといてもよいという結論。
つまり「制御不能→暴走」ではなく、「制御不能→ストップ」というもの。

ただ、現状でどんどん高温化し、燃料棒が溶け出したりすると、
放射線がダラダラと限りなく出てしまうため、そのことは危険だということ。



もう一つのリポートは福島第一原発を作ったメーカーの当時責任者だった人が書いた。
現状何が起きているかという解説は新聞などのメディアにあるものと変わらないが、
特筆すべき点が2つ。

まず、「チェルノブイリのようになるか?」という考察。

チェルノブイリは、核分裂中に暴走し、核爆発状態になって
一瞬のうちに3000m上空まで核燃料そのものが吹き飛んだ事故だ。
福島の場合、核燃料そのものが固体化され、燃料対の中に固定されているため、
燃料そのものは爆発に至らない(温度が上がっても)という。
ただ、気体状になった放射性物質が出続けているのが現状であるというものだ。
この点は、最初のリポートに近い結論だ。

次に、今、出続けている放射能はどのぐらい危険なのかという考察が2つめ。
原子力施設で働く人の被曝限度が平常時で50mSv(ミリシーベルト)で
非常時には100mSvになる。(今回は特別措置で250mSvにアップ)
以上のことは、報道でも言われているが、ではどのぐらいの危険度か。
リポートによると、50mSvの被曝の危険度は、
「1年間だけ、タバコを1日4本ずつ吸った人の肺ガン発生率と同じ」だそうだ。

なるほど、若いときにヘビースモーカーだった私にとっては、非常に分かりやすい。

ちなみにチェルノブイリによる放射能汚染で、最初の1年間の被曝量というのは
ヨーロッパの各地で最大でも「2mSv」程度だったそうだ。
しかし、悲しいことに放射能への恐怖が欧州を覆った結果、
放射能の胎児への影響をおそれて、堕胎した妊婦は、ヨーロッパ全土で
なんと10万人を超えたという。


以上の2つのリポートに関して、これが真実だということは私からは断定できない。
どちらも信頼の置ける筋から入手したものであるが、
このブログで公開するにあたって「ウラ」をとっていないこともある。

しかし、これだけは言えるというのが一つある。
それは、放射線に対する正しい知識を持って行動することが大事だということ。
そして、その判断をするのは、あくまで「自分」なのである。
ようやく「三寒四温」の時期になってきた。
桜の開花日が話題になり始める、今ぐらいがダイエットを始めるのに良さそうだ。

去年、不摂生がたたって名古屋に来て1年半で10kgほど太ってしまった。
5月ぐらいからダイエットを始め、8月には元に戻した。
しかし、油断の秋冬で7kgぐらいリバウンドしてしまったのだ。

スポーツジムのインストラクターたちに聞いた話では、
ダイエットのためにと、春や秋に運動を始める人たちが多いそうだ。

春は、冬場にぬくぬくとため込んだ脂肪を燃焼させて、薄着になる夏に備える。
秋は、夏の暑さでグッタリモードから涼しくなって運動を始めたくなる。

単にスポーツをして体を動かし、爽快感を味わいたいなら秋に始めても良いが、
ダイエットのために始めるとなると、圧倒的に春がよい。

基本的にスポーツは健康によいとされる。(実際良いけど)
代謝を活発にし、体温を上げる。
ただ、それは体重の増減があまりない場合だ。

ダイエットにあたっては、運動と食事の両面から攻めないと難しい。
そして、体重を減らしはじめの時期は一時的に免疫力が落ちるのだ。
体の抵抗力がなくなり、風邪を引きやすくなる。
ということで、徐々に気温が下がって風邪が流行りやすくなる秋よりも、
暖かくなって風邪を引きにくくなる春の方がダイエットを始める時期には良いのだ。
それに風邪を引くと運動も中断しなければならなくなり、ダイエットも進まなくなる。

無理なくやせるボリュームとしてよく言われるのは、「1ヶ月に1kg」であるが、
ちょっと頑張ると「2週間に1kg」ぐらいが妥当だと思う。
私は元がでかいので「1週間に1kg」を目標にするが。
まあ、一応毎日30分あまりはジョギングする習慣はあるので、
私の場合は食事に気をつければ2~3ヶ月で戻ると思う。

これからダイエットを始める方に、ダイエットマニアとして本音のアドバイスを。

ダイエットは必ず、「運動+食事」じゃないと成功しません。
そしてジョギングや自転車などの「有酸素運動」はあまり効果がありません。
ないわけではないが、1時間ほど自転車をこいでも実際の消費カロリーは
「ご飯1杯分」ぐらいのもの。
トライアスロンに出るつもりで1日4~5時間ほど運動すればやせるけど。
それよりは、食事をきちんと管理することが早道なのだ。

ダイエットに必要な運動は有酸素運動ではなく、筋トレ。
実は食事を減らし、脂肪を消費すると言うことは、同時に筋肉中のアミノ酸を
消費していることでもある。(主にBCAAというヤツ)
やせるのは、脂肪だけでなく、筋肉も減少する(ほとんどは水分だけど)ので体重が落ちるのだ。
その筋肉の減少を出来るだけ押さえるようにするには、筋トレが効果的だ。

2日に1度、きちんと筋トレを行い(筋トレ後は48時間の休息が必要)
食事を管理。
高タンパク、低脂肪を心がける。
食事を減らすと便秘になりやすいので、水分と食物繊維は多く取るように意識。

急速に体重を落とす必要がある人、あるいはウエスト周りを引き締めたい人には
ちょっとデンジャラスな裏技がある。
「塩分を取らない」ことだ。
1週間ほど、完全に塩気を抜いた食事をすれば、体内の水分がかなり落ちる。
体重の5%ぐらいは普通に落ちる。
ただ、脂肪が落ちたわけではないので食生活を元に戻せばすぐ太るけど。

ちなみに「炭水化物抜きダイエット」も理屈は似ている。
炭水化物=糖分を減らすことによって、体内の水分量が低くなるからだ。
だから炭水化物抜きダイエットは即効性があるが、ある程度以上は絶対に落ちない。
それよりも即効性があるのは「塩分抜き」なのだが、貧血になるおそれがあるので
グラビアアイドルなど、仕事上必要な方以外にはおすすめしないけど。
まあ、モデルや芸能人といったプロの人たちはみんな知ってる方法ではある。

さあ、夏のナイスバディを実現するために頑張るとしよう。
3~4ヶ月後にその報告が出来れば良いと思って努力を始めます。
震災があって以降、他のテーマでのコラムの更新をしなかった。
出来なかったというべきである。

実際、大震災のことは今後も復興に向けて長くかかるわけで、引き続き重大なテーマであり続けるはずだ。

ただ、そのことだけを書き続けたい気持ちもあるのだが、一旦他のテーマに(というか、元の感じ)
戻そうかと思う。
基本的に、このブログは読んでいる人のことをほとんど考えずに、思いついたことを
書きつづるという大前提で始めたわけだし。
だから、正月早々「地震に備える」なんて書き出しだったのだ。

今回の東北の震災は、その前提を吹き飛ばすぐらいのショックを覚えたのだが、
10日が経って、元に戻すことにしたいと思ったのだ。


明日からは、元のくだらないテーマに戻る
(もちろん、震災について書きたくなったら書くけど。)わけだが、
今回の震災を忘れているのではないことを宣言しておきたい。

現在進行形で被害が広がっている現在の被災地のことや、大事な人や大切なものを奪われた人たちがいる。
そのために、私たちは何が出来るのか、考え続ける。
実行する。

明日から、ノーテンキなことを言っているようでも、そのことを忘れないと誓う。
粘り強く考えたものだけが、真理に近づくことが出来るのだ。