以前、とある番組用に作ったインストをYouTubeにアップして見ました。

 

映像はMacBookで適当に作り、

音楽は貼り付けただけ。

 

このブログを再開するにあたって、音楽を作って公開するという

趣味の発表の場で行こうかなと考えています。

以前のようにコラム的に書くというのはきっと飽きると思ったから。

 

で、他のブログのようにここで映像を見られるようにしたいのだが、

ブログ作成の右の欄から検索しても

アップロードしたばかりだからなのか出てこない。

 

とりあえず、URLだけ貼っときます。

 

https://www.youtube.com/watch?v=Z2mNPtKjLy8

 

と思ったら、出てきました。

 

初公開!

 

 

 
私が今、ほしいものは・・・
 
時間とか、若さとか、かっこよさとか、幸せとか。
お金で買えない欲しいものばかり思い浮かぶのは
歳を取ってきたからかな。
 
そういった意味では、まあまあ今の自分に満足しているので
この先、緩やかに幸福度が上がっていくことを望みたいかも。
 
ただ、こんなことばかり書いていても運営さんから
もらえるようなものは何一つないのだな。
 
みんな何を書いているんだろう。
 
車とか、家?
海外旅行とかもありかも。
かなり豪華でお金がかかってしょうがない奴が現実的か。
 
明石家サンタの夢を叶えます的なのもいいのかしら。
だとすると、武道館とかじゃなくていいから
そこそこ大きな舞台で弾き語りのライブやりたいな〜。
 
でも、これはもらえるもんじゃなくて、叶える奴か。
 
ということで、現実的なヤ〜ツに決めました!
 
「家族みんなでハワイ旅行!」
出来れば豪華な旅。
いいホテルに泊まってうまいディナーついてるヤ〜ツ。
 
現実的すぎるかしら。
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結構、カップラーメンが好きだ。
体に悪いとか、貧乏くさいとか言われるが、そうだろうか。
こんなに安くておいしいものは、なかなかないではないか。

さすがに、自宅では(妻の手料理があるので)食べることは滅多にないが、
忙しいときなど、職場から離れられないときは食べる。
週に2~3回食べるときもあるぐらいだ。

食べていると、よく言われるのが「節約してるの?」とか
「まともなもの食べないと持たないよ」とかだったりするけど、私は食べたいのである。
だっておいしいんだもの。
普通のラーメンも大好きなのだが、カップラーメン独特のおいしさってある。

そんな私を味覚音痴だと笑うエセグルメな人たちに言いたい。
こんなに安くておいしいものをバカにする人こそが「味オンチ」なのだと。
体に悪いと指摘してくれる運動不足のメタボな人には、「どっちが不健康だ」と。

ちなみに私が好きなカップラーメンは、順不同で上げると
「スーパーカップ」シリーズ。特にとんこつと味噌。
「カップヌードル」こちらは、カレーとチリトマト。
「どん兵衛」王道だと思う。
「ペヤング」西日本で売っていないのが不思議だ。
「大盛りイカ焼きそば」エースコックは麺がうまいと思う。

それと、これはカップラーメンではないが、
自分の中で永遠の1位というインスタントラーメンがある。
チキンラーメンでも、サッポロ一番塩ラーメンでもない。
「サッポロ一番ソース焼きそば」である。
今まで何百食食べたか分からん。
ただ、これは西日本では売ってないのだ。
ペヤングは名古屋では売っているのに~。
西日本を転々としている私は、関東に帰るたびに大量買いしている。

そういえば、なんでカップラーメンとかインスタントラーメンて、
ローカル色が強いのだろうか。
東京で常識で食べられているペヤングを西日本の人は知らないし、
逆に東京では「金ちゃんヌードル」を知っている人が少ない。
作っている企業がローカル企業だからなのだろうか。
でも、売れると思うんだけどな~。
まあ、関東に帰る楽しみがあるから良いんだけれども。
人間、とかく前向きな気持ちというのは大切なものだ。
未来とか、希望とか、夢とかいう言葉にはなんとなく明るく力強い響きがある。
過去や絶望や虚無に暗いイメージがあるように。

で、生きていれば、「やっちまったなあ~」と思うことは山ほどだ。
若いときは失敗しても、将来のために明るく乗り越えられたものも、
歳をとるごとに「やっちまったこと」が積み重なりすぎて、恥ずかしさも倍増する。

なぜだろうか、私の個人的な性格もあるのだろうが、結構「やっちまった」ことを
いつまでも覚えていて、何かしらの時に、ふと思い出して恥ずかしくなる。
小学校4年生ぐらいの時に、何かでハッピーになり、
(当然なんで浮かれていたのかは覚えていない)誰もいないと思って
階段の踊り場で、文字通りウキウキと「踊って」いたら、突然近所のおばさんが現れて、
バッチリ見られてしまった時のことを、いまだに思い出したりするのだ。
そんなことが、どんどん積み重なっていく。

たわいもないことばかりだといいのだが、そうでもない。
「あのとき、ああしていれば、こうしていれば」と思うことは、数知れない。
で、あまりにクヨクヨすることが多かった私は、中学生ぐらいの時に決めたのである。
「よし、自分の座右の銘を『後悔しないこと』にしよう。」
正確に言えば、反省はするけど後悔はしない。である。

「こうしていれば良かった」と思いそうになるのを、グッとこらえて、
「今度同じようなことが起きたら、こうしよう」と思うのだ。
これを繰り返しすることによって、なんとなく前向きな人間になった気がした。

それでも、失敗は繰り返すのだけれど、でも、今回は何が悪かったのかを分析し、
次に活かそうとするのだ。
毎日のように「やっちまってる」私だが、それでも、今回の失敗と
前回の失敗は微妙に違うのだと言うことを分析した上で、反省するわけだ。

きっと妻は言う。
「また同じことばかりして!!少しは反省しなさい!!」と。
違うのだ。
同じことの繰り返しでなく、微妙にマイナーチェンジした失敗なのだ。
きっと、こんなことが一生続く。

それでもいいのだ。
人間だもの。
先日発売された文藝春秋(月刊)を読んだ。
特別に寄稿された手記が素晴らしかった。
NHK仙台の津田喜章アナウンサーが書いたものだ。
現在もNHKの全国放送で被災地からの情報を担当しているため、知っている人も多いと思う。

津田アナは石巻の出身で、津波によって故郷が大きな被害を受けた。
今も家族や親戚、幼なじみがたくさんいる故郷を取材し、伝えている。
地震発生から、津波が襲ったばかりの石巻を延々と歩き被災地を回った様子。
避難所での取材や、それをテレビで伝えることの迷い。

おそらく、彼が経験し、苦しんだことのほんの少ししか手記には書いてないと思われるが、
それでも生々しく、読んでいるものの心を打つ。
詳しくは是非読んで欲しいと思う。

読んでみて感じたことは、報道に携わる人間の原点が書かれているということだ。
ジャーナリズムでよく言われる「立脚点」をどこにとるか。
誰のための、何の報道かを決める大きなポイントである。
一応教科書的に言えば、「弱者のために、強者を動かす」のがジャーナリズムの王道的な目的だ。
例えば、被災者の現状を伝えることは、そこにある問題を解決しようという
社会的な気運を盛り上げ、政治を動かし、復興につながる、という具合に。

簡単なようだが、実は非常に難しいことなのだ。
上に書いた例をよく見て欲しい。
取材している時点で、あるいはテレビで(新聞で)伝える瞬間、「政治を動かそう」とか
「復興につなげよう」とかいう「使命感」を持ってしまわないだろうか?

使命感はもちろん大事だ。
多くのジャーナリストは立派な使命感を持って仕事をしている。
だからこそ陥りやすいのだ。
使命という目的のために、弱者をコントロールしようとしてしまう事態が。

具体的には、取材の中で、より悲惨な被災者を探し、
可哀想なインタビューを聞き出そうとし、すさまじい映像や写真を切り取ろうとする。
分かるだろうか?マスコミが第4の権力と言われる部分でもある。

弱者の思いを伝えるのは、社会を変えるためだという、
その使命感が、弱者の本当の思いを伝えることを邪魔していることもあるのだ。
ジャーナリズムが「上から目線」になってしまうのだ。

津田アナの手記を読めば分かるが、彼は、とことん被災者と被災地に寄り添っている。
けして悲惨さを強調せず、上から目線になることはなく、何も求めていない。
ただ、「こんな人たちがいます。こんな思いを持っています」と伝えているだけだ。

メディアに携わる人たち全てに、彼の手記を読んで欲しい。
僕らは、何のために、誰に、何を伝えようと頑張るのか。
今一度考え直して、現場に向かうのだ。
もう1ヶ月近く前になるのだが、仙台に行った。
1週間ぐらいの仕事だ。
仕事そのものはデスクワークだったので、直接被災地を取材したり
被災した方に話を聞いたわけではなかった。
それでも、やはり受けた衝撃は大きかった。

中部国際空港から仙台空港に向けた臨時便で向かったのだが、
復活の第1便ということもあり、テレビや新聞のメディアは全社が取材に来ていた。
私もほとんど(知り合い以外)からマイクを向けられたが、丁重にお断りした。
乗り込む人たちのインタビューを小耳に挟んだが、ビジネス客以外では、
やはり故郷に向かう人も多く、被災地に向かうのだという気持ちが強くなった。

長野県から一度日本海に出て、東に進む航路だったと思う。
仙台空港上空で一度旋回してから下りていく。
その時に、驚いたのが、沿岸の異様さだった。
三陸の海岸沿いに黒っぽい帯のような痕跡が何キロも続く。
その場所を津波が襲ったことが容易に想像できた。

降り立った仙台空港は、津波で被災した映像の記憶も生々しく残っていたが、
もちろん、滑走路はきれいになっていた。
ターミナルは掃除されていたものの、使える状態ではないらしく、
ほんの一部だけをあけて運用していた状態だ。
天井や壁など、よく見るとダメージが残っていた。
トイレもプレハブの仮設であった。

空港と仙台駅を結ぶ電車も被災し復旧の目処は全く立たないため、
臨時のバスに乗り込んで仙台市街地に向かった。
空港の回りは完全に津波に飲み込まれたところであり、いたる所に車や船が転がる。
たくさんの重機ががれきを撤去する作業を行っていた。
空港近くに航空大学校があるのだが、そこの飛行機なのだろう、
小型の飛行機が津波で流されて、無惨な姿をさらしていた。

仙台東部有料道路という高速に乗ると津波のあとがよく分かる。
自分が走っている高速道路を境にして、海側にはがれきや壊れた車以外に何もなく、
陸側は全く元のままなのである。
その光景が何10キロも延々と続くのだ。
仙台の市街地に入っていくと、ところどころに地震によって壊れたであろう家が目につくが、
阪神大震災の時のような破壊された感じはない。
意外にも古い木造の家が普通に建っていて、新しそうな家の壁が崩れたりもしていた。

私が仙台に入ったときは、市街地はライフラインも復旧していて
被災地であることを忘れるような日常が戻っていた。

その後の1週間、仕事に励む傍ら、心がけていたことがあった。
それは「金を使う」こと。
募金だけでなく、「生きた金」を回すために、普段の出張以上に意識して
飲み歩いたわけだ。
同僚を始め、仙台の知人に連絡して旧交を暖めつつ、飲んだ。
その折り、地震から1ヶ月あまりの仙台のことを様々に聞いた。
様々な苦労話をきくなかで、印象として残っているのは、「仙台は良いところ」ということだ。
たくさんの人たちに愛されているのだ。

もちろん、どんなところでも故郷や住んでいるところを愛する気持ちはあるだろう。
でも、あまり普段からあからさまに表現することはしない。
しかし、震災のあとだということもあるのだろうが、口々に仙台愛を言うのだ。
なんだか、良いなあと思った次第である。
出張続きで更新しないうちに、時間が経った。
仙台へ行き、宮崎に行き、富山に行き。
たまに名古屋に帰ってきてはいたのだが、仕事もありという状態だ。

前回(といってもずいぶん前だ)書いたように、アンドロイド携帯なのだから
旅先でも更新できることは出来るのだが、文字を打つスピードが遅すぎるので
更新する気は起きないのだ。

「毎日コラム。」を改題して、「時々コラム。」とか「気まぐれコラム。」にしたほうが
良いかとも思うのだが、タイトルを変えてしまうと、それこそモチベーションどころか
いろんなやる気まで下がりそうなので、インチキだけれど変えない。

ということで、まあ、ボチボチ再開します。
以前、携帯電話をスマートフォンに替えたことの顛末をコラムにした。
その続きというわけではないのだが、使い始めて2ヶ月近くが経つ今、
ちょっとな~っ!と思うことが多いので書くことにした。

そもそも、私は(多くの人も同じかもしれないが)iPhoneが欲しかったのだ。
でも、事情があってソフトバンクには出来ない。
だから、Android携帯には、iPhoneの代わりとして使えることを期待していたのだ。

でも、出来ないことが多すぎる。
出来ないだけなら良いけど、今まで出来ていたことがダメ。

最大の「ダメ」は、メールが文字化けするのだ。
私が使っている「IS04」ではね。
全部ではない、ある特定のモノだけだ。
それも、会社の特定の種類のメール。
非常時には特に大事なモノなのに、文字化け。

次に、おそらく昔のパソコンに良くあった「コンフリクト」があることだ。
要は、ソフトの相性が悪いと働きがおかしくなったり、場合によっては全く動かなくなってしまうこと。
例えば、Aというソフトだけを入れたら問題なく動いたのに、
さらにBを入れるとAは機能しなくなると言うものだ。

いくつもソフトを入れるとなるのならまだしも、今回の携帯に入れたのは3~4つぐらいだ。
しかもそれで動かなくなったのは、携帯にあらかじめ入ってた基本ソフトの「アラーム」。

それに気づいたのは2~3週間ほどしてからだろうか。
休みの日に昼寝をしようと、30分後にアラームをセットし、寝た。
1時間後に娘に起こされ、アラームを知らずに止めたのかと思っていた。
でも、その後、そんなことが頻発する。
調べてみて、アラームが鳴らないことに気づく。

なんじゃそれ。
壊れてるのかと思った。
もしかしたら、昔のパソコンのようにコンフリクトしているのかと思い、
一つ一つソフトを取り除いては再起動して試した。

やっぱりそうだったのだ。
それにしても、アラームが鳴らなくなるなんて。
仕事で重要なミスをしたらどうしてくれるのだ!!

以来、怖くなってソフトを入れられないでいる。
Android携帯の意味がないやんけ。

他にも、ブラウザの表示が超ヘンだったり、そもそも通話がしづらいし、
それになんでかアドレス登録が上手くできないのかということもあったりする。

ちなみに、4月の上旬にアップデートしていろいろな改善をしたというおふれを
auが出したが、当然、そのアップデートをしても状況は改善していないのだ。
スカイプだってiPhone なみに映像で出来るようにして欲しいよ。

頼むよ~!Android携帯!!
高いお金を出してるんだから。
簡単に買い換えられないんだからさ~。

怒るというより、もう祈るしかないわけで。
市街地の様子、被災地やそこで働く人たちのことは、またしばらくしてからコラムにします。

次は九州に行かないといけないので。

ただ、コラムをお休みしすぎたので、明日辺り、適当なコラムをアップするかもしれません。
あしからず。

ボランティアではなく、一応仕事。

大したことは出来ません。
でも、自分の役割は果たしたいと思います。

ということで、コラムはしばらくお休みです。