人脈と飲み屋に強くなる!長井和子のブログ

人脈と飲み屋に強くなる!長井和子のブログ

1989年、東京/乃木坂に女性のためのビジネススクール/アイムパーソナルカレッジを開校。
2005年、東京/青山に40歳以上限定のバー、BAR AOYAMA R40を開く。東京コピーライターズクラブ会員。

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バーのカウンターには引き寄せの神様が座っていて、いろいろなバーに通っていると、時々その神様に出会うのですが……。舞台は渋谷から下北沢に移ります。

あのシモキタが再開発の波に洗われています。ハーモニカ横丁で頑張っていた焼き鳥てっちゃんも引っ越しました。昼間から飲めるいい感じの、オープンな屋台の雰囲気が人気だったんですけどね……。実は見かけほど値段は安くはなかったのですが、冬は足元にストーブを置いて、みんなあの雰囲気を楽しんでいたんでしょうね(なぜかキュウリが美味しかった)。

 

 

 

シモキタに通い始めてもう四半世紀が経ちます。その間にいいバーが次々に姿を消していきました。

「レプリカント」なんていうバーを知ってる人はもういないでしょうね。シモキタには不似合いな、まるで銀座にあるようなオーセンティックなバーでした。バーテンさんが白いジャケットに蝶ネクタイだったと記憶しています。私がシモキタに行くようになって間もなく閉店してしまいました。その後に行き始めたのがゴトーズバー、シナ(ちなみにこの2つは健在です)、そして閉店してしまったリズム。ヴィレ・バンの前(つまりシナの隣)にあったCut Upにも本当によく通いました。

そしてやはり今は無き曼荼羅屋にgroovy。曼荼羅屋は最後の方はレストランのようになってしまいましたが、当時はおしゃれなパブ風のバーでした。そこにあったパブミラーで「OYSTER BAR」という赤いネオンを、街角に立つフロックコートの紳士が見上げているレトロな図柄があったのですが……。 ニューヨークのセントラルパークの近くで、まさにその同じ街角に同じネオンを発見した時には、本当に感動しました。昼間もやっているそのレストランバーに連日通いつめ、「明日は成田に向けて発つ」と言ったらお店の人全員が(と言っても3〜4人ですが)名残を惜しんで記念撮影してくれたのも懐かしい思い出です。

……と、話が逸れました。でも曼荼羅屋は私の中ではなぜかNYと縁がある……。あの「9.11」の日。私は曼荼羅屋のカウンターに座っていました。1つおいた隣の席の男性がケータイを見ていて、「マンハッタンで飛行機がビルに衝突したらしい」と、第一報が。その時点では小さな飛行機が高層ビルに接触してしまったのか……くらいにしか思っていませんでした。

やがて次々に思いがけない情報が彼の口から伝えられることに……。

どうやらテロのようで、飛行機は大型のジェット機で、衝突したビルはワールドトレードセンターであること(そのほんの3週間ほど前に私はそこにいました)、ペンタゴンにも落ちたこと、まだ他にも数機飛んでいて、ペンシルバニア州のどこかが狙われていること……。

そこまで聞いて私は立ち上がっていました。当時大学院生だった長男がペンシルバニア州に住んでいたのです。

その曼荼羅屋の向かい側の2階にあったのがgroovyでした。クラシックな雰囲気がとてもいい感じで、そこでずいぶんお酒の知識を身につけました。ブードルスというジンと、ドランというベルモットで作ったマティーニが最も私好みだということを知ったのも、このバーでした。

 

  

 

もうひとつ、私がお酒の知識を仕入れたのが「 D.B.」というバーで、ここで年代物の「特級ウイスキー」なるものに開眼し、私の「全国古い酒屋さん巡り」が始まったのでした。

このお店ももちろん今はなく、バーテンさんも行方知れずに……。しかしここでもあらゆる引き寄せパワーを駆使して(その過程は省きますが)、西麻布のとあるバーで彼と再会を果たしました。そのバーテンさんこそ、今、私のバー「BAR AOYAMA R40」を任せている塚田さんです。

 

さて最近、またシモキタの老舗が1つ消えました。

 

 

 

「キタザワ」というまさに昭和そのもののレトロなバーでした。アンクルトリスの楊枝立てに大塚のボンカレー。インベーダーゲーム……。私はここのチャルメララーメンが好きでした。カミちゃんとテルちゃんのゴールデンコンビでスタートしたここでの20年余りのエピソードは、とても書ききれません。

閉店1週間前からは続けて2〜3日、足を運びました。そして……カウンターにいた男性に「お久しぶりです」と、声をかけられたのです!

「えっ?え、え〜〜っ!!」 

なんと、そこにいたのは、忘れもしないあのgroovyのマスターでした。

時を駈けて……駆け巡って、何年でしょう?確実に10年以上の時は流れたはずです。そのマスターのお店と、キタザワ最後のバーテンさん(リリーフランキー本人と言えるくらいそっくりです)の二人のお店が、この春に前後してオープンしました。

その話は「続・下北沢編」で……。

 

 

 


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「石の華」の石垣さんは 全国バーテンダー技能競技大会で優勝。IBA(国際バーテンダー協会)の世界大会で優勝など、世界一のキャリアを持つ名バーテンダー。そんな石垣さんを私がなぜ知ったかというと、今から6年前、私が開いている女性のためのビジネススクール・アイムパーソナルカレッジ(ライターとカウンセラーを養成)の22期生に「吉川さん」が入校したところから話は始まります。ある日の授業後のランチタイム。彼女がぽつりと「うちの夫は渋谷のバーでバーテンダーをしてるんです……」とつぶやいたのを、私が聞き逃すはずはない。

「え?渋谷のどこ?なんというバー?」「”石の華”というんですけど……」

その週末、私は「石の華」のカウンターに座っていました。

しかしそこはなんと言っても、スタープレーヤー石垣さんをお目当てに通ってくるお客様ばかり。当時すでに17年のキャリアのあった吉川さんですが、ほとんどが厨房にいて、ついにカウンターでシェーカーを振る姿を見ることはできませんでした。

そんな吉川さんが石の華をやめて独立すると聞いたのが2年ほど前。しかし噂ばかりで、一向にオープンのお知らせが来ない。どうしたんだろう?とやきもきしていたら……。

渋谷のお気に入りのバー「アドニス」でーーそう、あの四国の丸岡さんが教えてくれた……そして隠れ家バー・エルカルバドールを教えてくれた……引き寄せの元締めみたいな鈴木さんのお店で、なんと!吉川さんに声をかけられたのです!!

やっぱりバーのカウンターには引き寄せの神様が座っています。ここでの吉川さんとの再会が縁で、この後間もなくオープンした吉川さんのバー「レガシー」に、私は通いつめることになります。

もちろん、素敵なお店で、吉川さんの腕が良くて、気配りが超一級なのは当然ですが、なにより去年、私のお店「BAR AOYAMA R40」が移転・新装オープンするにあたり、吉川さんが実に丁寧に、企業秘密(?)を教えてくれたのです。

 

 

素晴らしいブビンガの1枚板のカウンターは「何月屋」という専門の材木屋さんで手にいれたこと。そのカウンターの天板の高さと椅子の座面の高さ、そして足置きとの関係を独自に研究して得た成果の寸法まで、惜しげもなく教えてくれました。早い時間に行くと、厨房の中まで見せてくれましたし、それからレガシーのコンパクトで可愛いいトイレ!

 

 

上の2枚の写真がレガシーのトイレです。

BAR AOYAMA R40に来られることがあったら、ぜひ、トイレで共通点を見つけてください。

そしてユニークなメニュー、鴨肉のハンバーグや生パスタなど(ともに1,500円)もオススメです!

 

 

 


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さて。オランダ人カップルと撮った写真のデータを探していたら、その翌週に別の外国人カップルと写っている写真が出てきました。ところが恐ろしいことに、全く記憶がない。どこで撮ったのか、どこの国の人なのか……?
確かに、外国人カップルとカウンターで隣りあわせて飲んだことは覚えている。話しをした記憶もある。もしかしてカナダ……?いや、カナダだったら、プリンスエドワード島のアンが育ったグリーンゲイブルズを訪れた話しを、必ずしているはず。アメリカだったら、アメリカにいる長男家族や友人の話になったはずだし、オーストラリアやニュージーランドでも、知り合いの住んでいる街の話になったはず……。残るはヨーロッパで、話題が出てこないのは、私が行ったことのない国だから?などあれこれ考えても、どうにもどこの国の人かわからない。
しかたがない、せめてどこのバーだったのかだけでも……と思っても、この写真、いかにも情報が少ない。写っているのは、カウンターと壁の一部だけ。ちょっとイタリアンレストランのようにも見えるけど、この時間はバータイム。レストランには行くはずはない……。



そう、手がかりは写真の時間。11時半にこの写真を撮った1時間半前に、「マイスコッチ」でピアノライブを聴いたデータが残されていた。こうなるとまるでシャーロックホームズである。そうだ、久しぶりにマイスコッチに行ったのは、その前に六本木の串焼き「アガサ」に行ったからだった。
アガサはアリスの井沢さんのお店。30年近く前はよく行っていて、最近、私の中でまた復活しているのですが、メニューは当時と殆ど変わらず(イカトンビがなくなったくらい?)私の好きな凍結酒「冷酒阿雅佐」も健在です。
さて話をマイスコッチに戻しますが、昔は「マイスコッチイースト」もあったのが、今は7丁目店のみ。ここはリ・シオンさんという人がピアノを弾いているので、昔よく聴きに行っていたのですが、シオンさんは猫のように気まぐれで、気の向いた時しか来ないのです。この日もシオンさんはいませんでした。でもピアノ(今はキーボード)の上の1輪の真紅の薔薇にピンスポットが当たっているところは、今も当時と変わりません。
ただ、変わっていたのは、シオンさんから闘病中と聞かされていたマスターが亡くなっていたこと……。いつものように優しく微笑むマスターの写真が飾られているのを見て、思わず涙が溢れて来ました。と、そこに追い打ちをかけるように、男性ピアニストの奏でる切ないメロディーが……。



トリルやアルペジオを駆使した繊細な演奏をここでお聴かせできないのが残念。その美しい演奏を静かに終えた彼は、おもむろに立ち上がると、拍手に送られてカウンターの中へ……ナント!!彼はバーテンさんだったのですね!
さて、ここで問題です。このあと、私はどこへ行ったでしょう?
……って、そもそもそれが、この続奥渋編のテーマなのですが。
さぁて。マイスコッチを出て、道路を渡り、六本木通りを渋谷方面に向かったことは確かなはず。そこで六本木通りを直進するか、骨董通りに入って青山通りに抜けるか……。どちらにしても、家に帰る途中に寄るとしたら渋谷しかありません。
行きそうな渋谷のバーと言ったら、以前挙げたアドニス、エル・カルバドールの他にレガシー、カリラ、ロカイユ、IRIE、日比谷バー、チアーズ、サーティスリー、セプドール、Aseat……。う~ん、どこもこの写真には当てはまらない。一体私はどこに行ったのか………?
これ、ほんと、マジで2日考えました。そして2日目の夜。
ついに。あの日、渋谷が道路工事で車が全く動かず、業を煮やして途中下車したことを思い出しました。
となると……急いで「石の華」の画像をネットで確認。すると・・・お~っ、ありました!まさに天井の梁とスポット照明の感じが、見事にこの写真と一致したのです!!!ていうか、そこまでしないと自分が行った店がわからないって、どうよ、ということなのですが……。
で、結局、写真のお二人はどちらのお国の方なのかわからず。常連というよリ、観光客という感じで、たぶん石の華の石垣さんに聞いてもわからないでしょう。
で、この渋谷の有名店、「石の華」を私が知った経緯というのも、なかなか人間模様が複雑に絡まっています。その話はいずれまた、続・続渋谷編で……。

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