ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱


1992年 香港映画

監督 ツイ・ハーク

脚本 ツイ・ハーク

出演 ジェット・リー

   ロザムンド・クワン



⚫︎あらすじ


清朝末期の中国が欧米列強の侵略にさらされていた時代


国内の心配事と外国からの脅威が同時に発生する中で、はびこる秘密結社・白蓮教の暴動が起きていた


武術家で医師でもある黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)は、医学学会出席のため広州を訪れ、師弟とともにこの事件に巻き込まれてしまう


白蓮教は「外国勢力排除」を唱えて暴走し、町中を混乱に陥れていた


そのさなか、フェイフォンは後の革命指導者・孫文と出会い、彼の志に共鳴して協力することになる





⚫︎感想


ジェット・リーのカンフー映画です。


荒廃した清朝末期に実在した武術家で医師の黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)を主人公にして、中国の歴史も交えながら物語は展開します。


清朝は満州族が建てた王朝です。満州族は独特の辮髪(べんぱつ)というヘアスタイルをしています。前髪は剃ってツルツルにして後髪は伸ばし三つ編みにしています。ジェット・リーは凛々しい顔立ちなので辮髪が似合ってます。


一緒に出ていた綺麗な女優さんはロザムンド・クワン。




⚫︎“ワンス・アポン・ア・タイム”とは

英語の成句(せいく)で「むかしむかし」という意味です。二語以上の単語が結びついて、本来の意味とは異なる特別な意味を表すフレーズのことです。

ですので「むかしむかし中国では…」みたいな感じのカンフー映画です。



⚫︎黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)


日本語読みではコウ・ヒコウとも呼ばれる、中国武術の達人です。父から武術を学びました。

彼は武館(道場)だけでなく漢方医院も開設し、貧しい人々を無償で治療するなど、慈善活動にも力を入れていました。

本当に腐敗した官僚や悪徳商人に立ち向かい、弱者を助けたことから「義士」として尊敬され、庶民のヒーローとなりました。

また数多くの弟子を育て、のちに有名なアクションスターや武術家になった者もいます。

中国映画界では最も映画化された人物の一人で、1920年代の無声映画時代から現在に至るまで、何百本もの作品に登場しています。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナは実在したウォン・フェイフォンを主人公にしたアクション映画シリーズです。

ジャッキー・チェンが演じた「酔拳」も若いころのウォン・フェイフォン描いたものだそうです。



⚫︎中国では本当に武術で戦うの?

中国のカンフー映画は、日本のチャンバラみたいなものですので実際に戦うことはありません。映画やドラマのように武術家同士が真剣勝負で決着をつけるというのは、ほぼフィクションです。

中国武術はもともと護身や戦闘の技術として発展しましたが、現代では健康法、気功、身体鍛錬・精神修養、競技スポーツに変化しています。



⚫︎武術家は医者だった?

“武を極めれば医に通じ、医を極めれば武に通じる”つまり中国では、武術と医学はどちらも身体を深く理解する技術であり、セットとして学ばれることが多かったのです。

武術の練習や試合で、骨折・打撲・脱臼などが多く起こります。その治療のために医学の知識を学ぶ必要がありました。

そして「経絡(けいらく)」「ツボ(経穴)」「気の流れ」など、武術と中医学は共通する概念が多く、学びやすかったのです。

そもそも武術家は教えるだけでは十分な収入が得られず、副業として漢方医や接骨師をする人が多かったのです

日本の柔道家も接骨医を行うのも武術と医療のつながりからきているんですね。



⚫︎ 白蓮教(はくれんきょう)

弥勒菩薩(みろくぼさつ)がこの世に現れて、人々を救うという考えをもつ救済宗教です。信者は農民や貧しい人々が多く、ときに反乱を起こしました。そのため清朝末期に起きた白蓮教徒の乱は民衆たちが訴えた乱でした。

ですので黄飛鴻は、混乱を起こす集団に対して立ち向かうという演出になっていますが、実際には白蓮教を黄飛鴻が懲らしめることはありませんでした。



⚫︎かんたん中国史

元 1271〜1368   フビライ(モンゴル族)

明 1368〜1644   朱元璋(漢民族)

清 1644〜1912    ヌルハチ(満州族)

中華民国 1912〜1949    孫文(漢民族)

中華人民共和国 1949〜 毛沢東(漢民族)


映画は清朝末期の中国です。主人公の黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)はこの時代の武術家で医師です。

中国の周りには強い騎馬民族が住んでいて、モンゴル族のフビライに占領されたり、満州族のヌルハチに占領されたりしていました。満州族は髪型まで強要して、漢民族は嫌々ながら辮髪(べんぱつ)をさせられたそうです。

清朝の末期には西欧列強も中国に来ていて、麻薬(アヘン)を持ち込まれたり、香港を割譲されたりしていました。


漢民族の孫文は香港で西欧医学を学び、清朝打倒を目指した革命運動を指導し、辛亥革命(1911年)によって清を倒し、中華民国を建国して「建国の父」と呼ばれています。



ですがのちに中国国内で内乱が起きました。孫文のあとをついだ蒋介石の国民党と、毛沢東率いる共産党が対立して、毛沢東が勝ち、現在まで続く中華人民共和国が成立しました。蒋介石率いる国民党は台湾へ逃げて中華民国を建国しました。