ファミリー・ツリー
2011年 アメリカ映画
監督 アレクサンダー・ペイン
脚本 アレクサンダー・ペイン
原作 カウイ・ハート・ヘミングス
出演 ジョージ・クルーニー
⚫︎あらすじ
ハワイ・オアフ島で弁護士をしているマットは仕事優先の生活を送り、家庭のことは妻のエリザベスに任せきりにしてきた
そんなある日、エリザベスがボートの事故で昏睡状態となり、家族の崩壊という危機に直面してしまう
二人の娘がいるが、家庭を顧みてこなかったマットには、娘たちとのコミュニケーションもぎこちなく、どう接していいかもわからない
妻が回復の見込みを失くす中、マットは長女アレクサンドラからエリザベスが浮気し、さらに真剣に離婚まで考えていたということを知らされる
これにショックを受けつつも、マットは娘たちとともに浮気相手であるブライアンに会うためカウアイ島に向かう
だがこの旅は、単なる浮気相手との対面以上に、家族の再生と自分自身の変化のきっかけとなっていく
同時にマットは、先祖代々引き継いできた広大な土地を売却するかどうかという重い決断も迫られていた
売却すれば家族や親族に莫大な財産がもたらされるが、家族と土地の歴史、未来の在り方について深く考える
やがて妻エリザベスの命の火は尽き、マットと娘たちは彼女を見送る
マットは失ったものの大きさと、自分がこれからどう生きていくべきかを見つめ直し、家族の絆を再構築する道を模索し始める
⚫︎感想
爽やかなハワイアンが流れるオアフ島の話でしたが、内容はなかなかショッキングでした。
ハワイ先住民族から広大な土地を譲り受け、弁護士もしているマット(ジョージ・クルーニー)はプール付きの家で妻と2人の娘と暮らしています。
ですがある日、妻はボート事故で脳死状態になってしまい、男1人で年ごろの娘たちと暮らすことになってしまいます。
下の娘に食事を作れば「卵キライ」と言って食べてくれないし、上の娘は口の利き方も知らないような彼氏を連れてきます。
実は反抗的な上の娘は、母親が浮気をしていたことを知っていたんです。
どうします?こんな状況…
突然に妻が脳死、娘たちは反抗的、しかも妻は別の男に夢中だったようなんです。
脳死の妻には理由を聞くことができないため、マットは浮気相手のところに乗り込んで行こうと考えます。
その時に娘2人と、上の娘の彼氏が一緒に着いていくんです。マットは、なんでお前も来るんだ…と思いますが、娘が好きみたいだから仕方なく我慢して一緒に行動します。
聞くと娘の彼氏も最近父親を交通事故で亡くしたそうなんです。マットも徐々に彼氏にも慣れていくんです。口のききかたは相変わらずなんですけどね。
⚫︎ファミリーツリーとは家系図のこと
ハワイでは「土地」は単なる資産ではなく、家族や先祖とのつながりそのものと見なされます。
土地を手放すか守るかという選択は、家族の系譜を切るか、つなぐかという決断でもあり、まさにファミリーツリーにかかわる問題です。
⚫︎Ohana(オハナ)は家族
ハワイ語で家族や親戚を意味します。
実の家族だけでなく親しい友人や地域の人々も含めた「支え合う共同体」という意味があります。
ディズニーの『リロ&スティッチ』でも「オハナは家族。家族は決して見捨てたり忘れたりしない」って言ってましたね。
祖父母やいとことの関係も深く、ハワイでは三世代、四世代が同居または近くに住んでいることも多いです。
土地と先祖への敬意もあり、親戚との付き合いが日常的です。大家族での集まり(ルアウ)や行事も盛んです。
先祖から受け継いだ土地や伝統を大切にし「守る責任」が家族の絆と深く結びついています。映画でも、土地の売却をめぐる葛藤は、家族と先祖への思いに根差しています。
ハワイでは「ククア」という家族や地域の人が困っていれば手助けするという文化が根付いているため強い絆を生んでいるのです。
⚫︎超かんたんハワイ史
昔ポリネシア人がカヌーでやってきて、ハワイに住みはじめました。
1795年、カメハメハ大王がハワイ諸島を統一して「ハワイ王国」か誕生します。
1800年代になるとアメリカ人が移住して、サトウキビやパイナップルのプランテーションを始めます。
1893年にアメリカ人によるクーデターが起こりハワイ王国を倒し、1898年、アメリカに併合されてハワイはアメリカの領土になります。
⚫︎日本人とハワイ
1868年(明治元年)、日本人移民がハワイに移住して、サトウキビやパイナップルの農園で、長時間の重労働をしました。
その後ハワイに住み着いた日本人もいたため、現在のハワイの15〜20%は日系人です。
江戸時代が終わり明治になると西洋医学を導入し、医師制度・病院制度・衛生政策を整備しました。コレラ・天然痘・結核などの対策が進み、乳幼児死亡率が下がり人口が増加しました。
上下水道の整備や、鉄道による輸送や政府の備蓄米制度ができ、飢饉で大量死することもなくなりました。
政治は安定し、貨幣経済や近代産業が整ってくると食料、住居、雇用の安定も進みました。特に農村では「働き手=子ども」と考えられ、子だくさんが奨励されました。
しかし食料を作り出す土地には限りがあるため、長男以外は別の土地を求めて移動するしかありませんでした。
当時ハワイでの労働力不足と、この明治時代の人口増加がうまく合致したんですね。
日本人の着物を切ってシャツに仕立て直したものがアロハシャツになったと言われています。
ジョージ・クルーニーは仕事で失敗しがち
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