陽の当たる教室


1995年 アメリカ映画

監督 スティーヴン・ヘレク

脚本 パトリック・シェーン・ダンカン

出演 リチャード・ドレイファス



⚫︎あらすじ


ホランドは、作曲家として名を上げる夢を抱きつつも、生計を立てるため高校の音楽教師になる。


当初は「数年だけの腰掛け」と考えていたが、生徒たちに音楽を通して生きる喜びを伝えていくうちに、教育こそが自分の使命であると気づいていく。


彼は落ちこぼれや自信をなくした生徒に根気強く寄り添い、それぞれの個性を引き出していく。


一方で、私生活は順風満帆ではなく、妻と息子の関係に悩んでいた。特に息子コールが聴覚障害を持っていたことは、音楽を人生の中心にしてきたホランドにとって大きな試練だった。


音楽を「聴く」ことができない息子とどう向き合うか苦しみ、やがて音楽は音だけでなく「心を伝える手段」であると理解し、家族との絆を深めていく。


しかし教育制度の変化により、音楽の授業は削減され、ホランドは定年を待たずして退職を余儀なくされてしまう。


自分の夢であった作曲を完成できなかったと失望する彼を待っていたのは、かつての教え子たちの盛大なサプライズだった。


彼らはホランドが生徒たちに与えた影響と愛情を称え、彼の未発表の交響曲を演奏する。


その音楽に包まれながら、ホランドは「真の傑作(opus)」は自らの人生と、生徒たちの心に刻んだ音楽教育であったことを悟る。





⚫︎感想


教員免許を持っていたホランドは30歳でバンド活動をあきらめて音楽教師になるんです。


最初は腰掛けのつもりでやった教師でしたが、徐々に本気で取り込むようになっていきます。


しかし、生徒のことを考えるホランドに、実の息子は反発します。「自分の子より、他人の子が大切なのか!」と手話で訴えます。


そして30年間勤めた学校からは、予算削減で音楽や美術という芸術学科がカットされてしまいます。


ホランド先生が学校を去るとき、かつての教え子たちが集まりお別れ演奏会が開かれ、幸せそうにタクトをにぎって指揮をするんです。


出来の悪い生徒に自分の時間をさいて教えたり、太鼓を教えた生徒がベトナム戦争で先に亡くなったり、心で歌うことを教えた女子生徒との淡い恋心など色々なことがありました。それらすべての人生がホランドの作品でした。


自分自身の人生も1つの作品として見つめてみようと感じた作品でした。


実は最後の演奏会にホランドを愛した生徒が現れるのではないかと、少し期待していました。



⚫︎教え子と我が子の問題


ホランドの子からは「実の子と生徒とどっちが大切なんだ⁉︎」と言われてしまいます。これって学校の先生あるあるですね。


息子は、父親に自分をもっと見てほしい、父として関わってほしいという切実な訴えだったんですね…



⚫︎親身になって生徒を見る


クラリネットが上手く吹けない女の子からは楽譜を取り上げイメージだけで演奏をさせます。

音楽をやったことが無い男の子にはドラムを叩かせ自信をつけさせます。

歌の上手い女の子を熱心に教え、恋愛関係に発展しかけます。


最近はこう言う親身になって生徒を見る先生が減っている気がします。下手なことするとすぐに生徒にSNSにアップされますからね…

先生もやりづらいと思います。



⚫︎耳の聞こえないベートーヴェン


音楽教師ホランドの子は難聴で生まれてくるんです。ベートーヴェンはピアノの足を切って床に寝そべり振動で音を感じ取ったそうです。ただベートーヴェンは後天性の難聴でした。先天的に難聴の我が子とは違うんです。


ホランドは「音楽を聴けない息子には、自分の世界を共有できない」と思い込んで距離を取っていたことに気づきます。そして、音楽は「音を聞くこと」だけでなく「心を通わせる手段」であると理解し、手話を学び、息子と新しい形で絆を結んでいくんです。



⚫︎ 『Mr.Holland's Opus』


ミスター ホランド'ス オーパス、原題は『ホランド氏の作品』です。ホランドは作曲家になる夢を持ちながらも、生活のために、高校の音楽教師になった経緯があります。


ホランドは生涯、交響曲を完成させる夢を持ちながら教師生活に追われ、作曲の夢を果たせなかったと感じていました。

しかし最後に、彼が教えてきた何百人もの生徒たちが集まり、自作の曲を演奏してくれる場面で、彼は悟ります。「自分が導き育ててきた教え子たちこそが作品だったのだ」と。


夢を追うことは大切なことです。ですが生活できないと生きてはいけません。ホランドは生活のために教師になり、本当の作品を作り上げることができました。

人は動き出すことでドーパミンが出て、良い考えが浮かんでくるそうです。考えるよりも先に行動ですね!