第10部 ブルー・スウェアー 第21章 早朝の遺言 | ブログ小説 第10部 ブルー・スウェアー
「この人かもしれない?」じっとみながら信じられな言葉をあっさりとした口調でいった。
「えっ?本当ですか?」隣の駅員はあっさりとした俊也にとっては衝撃的な言葉をあっさりとした口調でいった。
「・・・たぶん、この人だと思う。今朝の人身事故の人・・・駅の防犯カメラに映っていたから・・。横顔だけしかみてないけれど、体型とか髪型をみていたら、今朝のあの女性(ひと)だという感じがしたな。たぶん」
「えっ・・・」俊也は全身が青ざめていくような気がしてならなかった。
一縷の望みが潰えていくような気がしてならなかった。
本当の<絶望>というものが言葉ではなく、身体中にうねりとなってかけめぐっていった。
「んー、たぶんね、でも似てる人の可能性もあるからな。あなた、家族の人ですか?」
「あぁ、はい?」
「ちょっと確かどうかわからないのですが、ちょっと連絡してみますので、ぜひ確認をお願いいたします」
「・・・」俊也は憮然とした表情(かお)で黙りこんだ。
俊也は何ともいえない神妙な気持ちになっていた。
悲しいも辛いもなくて笑いさえ湧き起こりそうな感じにもなっていた。
希望など今しがたの駅員の言葉に木っ端微塵にあっという間に打ち砕かれていた。
思考が止まったように、血の流れが止まったように、何も感じられなかった。
(そっか、やっぱりそうだったか・・)俊也は絶望を超えると諦念に似たあっさりとした気持ちに変わっていった。
そして淡々とした気持ちで受けいれるような気持ちに変わっていた。
駅員に言われて、向かった先は警視庁の遺体安置所だった。俊也は暗澹たる気持ちだった。遺体安置所では白い布をかけられて横たわっていた。俊也は2人の警察官と一緒に地下にある安置所にいくと、一気に緊張感が体中に走った。人生で初めて入る遺体安置所で鈴華であるかを確認する為のもの。
俊也はそうであって欲しくない気持ちも0.01mくらいはあったのかもしれない。警察官が白い布をそっとめくっていったとき、俊也はまだ心の準備ができていなかったため、視(み)たくないといわんばかりに目を咄嗟にふせた。
「間違えないですか?」警察官が目を伏せている俊也にやんわりと問いかけると、俊也はそぉっと目をひらいた。
人身事故とは思えないほど鈴華の顔は綺麗なままだった。
間違えなくその人は妻の鈴華だった。
俊也はその人が間違えないとはっきりとわかったとき、とても冷静だった。
「・・・はい、間違えないです」俊也は神妙な表情(かお)でうなづきながらいった。
「そうですか・・。事件性は特にないかと思われます。防犯カメラもみましたが、特に誰かに突き落とされたとか、そういったこともなかったので、このまま検死にかけて、特段問題がなければ遺体を引き取っていただければと思います・・・」
「・・・」
「・・よろしいでしょうか?」
「・・・はい」俊也はか細い声でいった。
「今日の午後に検死にかけるので、何も問題がなかったとしても引き取りは明日の午前になると思っていただければと思います・・・」
「・・・」
「いろいろとお辛いでしょうが、よろしくお願い申し上げます」俊也が意気消沈していると、警察官はねぎらうようにいうとその場を立ち去っていこうとしたとき、思い出したように振り向いた。
「あっ、お辛い中、こんなことをいうのは私どもとしてもとてもつらいのですが・・・」警察官は言いづらそうに言葉をためらっていた。
「・・・どうされましたか?」俊也は言葉を止めた警察官に気をつかって聞きかえした。
「こういう事故が起きた時ってあなただけではなくて、どんな人にも当てはまるのですが・・まぁ、電車を遅延したりすると切符の払い戻しとかいろいろある訳ですよ。あたり前ですが、損害という、まぁ、あなたが悪い訳ではないのですが、そういったものがどうしても発生してしまう訳ですよ」警察官はいいづらそうに言葉を詰まらせながらいった。
「だから・・・その、損害というのは一般的に出てしまう訳ですよ」
「・・・」
「人身事故は特にそれが大きいので、相続を放棄してしまうケースが多いんですがね。中には家族なのに、家族なんかじゃありませんとかいって、遺体の受け取りを拒否される方も中にはいらっしゃるんですよ」
「・・・」
「この方は無縁仏にならなかっただけ幸せだよ。何があったかは知らないけれど・・」警察官はそういうと立ち去っていった。俊也は鈴華の寝ているかのような顔をみて、やりきれないのと自分の不甲斐なさの悔しさで唇を噛み締めていた。
(やっぱり、あの後ろ姿は妻だったのか・・)俊也の脳裏には諦めと絶望で言葉もなかった。
今朝の5時頃までは生きていたはずなのに・・・