愛歩は気持ちが晴れぬまま<オード・アド・ミラブル>にいくと、朝から麻里が酒を飲んで荒れていた。
愛歩は少し戸惑いながら立ち止まっていた。
「・・あのぉ、今日の配布物はどこにあるのでしょうか?」
麻里の目は真っ赤に腫れていた。
「さぁ・・」麻里はそっけなく愛歩に答えを返した。
「今日は帰っていいよ」麻里は吐きすてるようにいった。
「もう店をやる気力がなくなってきたわ。今日は店を閉める。本当にやる気が起きないの。あの男は本当にひどい!」麻里はグラスに注いであるアルコールを一気に飲み干した。
「あんたさぁ、前にみたことある顔だなぁって思っていたんだけれど、うちにきたことがあるよねー!」
「えっ?あっ、はい」
「今日はやっぱり仕事をする気になれないわ。帰ってもいいし、一緒に飲んでもいいよ」麻里は半ばやけくそな言い方をした。
「何かあったんですか?」
「男ってわからない。男心ってわからない」麻里の目から涙がポロリと落ちた。
「いつまでも死んだ女のことを思い続けて、現実に好きな人のことにはホンネでは目もくれていないのよ。普通は逆なのにね」
「・・・藤本さんという女性(ひと)のことですか?」愛歩は恐る恐る聞いた。
「・・知っていたんだ。あの人、あの女のこと何か言ってた?」
「・・別に。でも一つ聞いてもいいですか?個人的に、なんですが?」
「・・・ん?何」麻里は優しく微笑んだ。
「藤本さんは何故亡くなったんですか?」愛歩の問いかけに麻里は首をかしげた。麻里は愛歩の問いかけに小さく首を傾げた。
「さぁね。わからない。ねぇ、ここに座って飲もう!」麻里は愛歩に優しく微笑みかけた。
愛歩は麻里の横に座った。
麻里はグラスにウイスキーを注ぎ愛歩に渡した。
「あの人、あの女のこと本当に何も言っていなかった」麻里の言葉に愛歩はあの日のただならぬ涙を思い出していた。
「特には・・。でも正直、少し気になっているんですよ。あの女の人の死というものが気になっているんです」
「どうして?」
「謎の死だと言われているし、ネットで見たとき、交際相手が事情聴取を受けたとかみたから・・・」愛歩は聞いていいものか迷いながらもホンネを素直に吐露した。
「彼女の死は未だにわからなくてね。彼がなぜ疑われたかというと、当時、誰が暴露したのかわからないけれど、藤本真広が彼を略奪して結婚しそうだったと噂が流れたの。そして、まだ正式に離婚していないのに、会社を乗っ取ることが目的で用がなくなったから殺されたんだって根も葉もないうわさが流れて、彼が疑われたのよ」麻里はため息をつきながらつぶやいた。
「・・誰がそんなことをっ?」
「全くわからない。彼も訳も分からぬ容疑をかけられて、可愛そうだった。私があの人と知り合ったのは丁度そんな頃だった。私も会社が火の車で大学の後輩がH&Mの藤本さんの秘書をしていて、相談に乗ってもらったのよ」
「・・じゃあ、藤本真広さんのことをご存知で・・お話とかしたことがあるんですか?」愛歩は身を乗り出して聞いた。
「ええっ。何度か。あの人、私のことがあまり好きでないみたいで、あまり近寄ってもこなかったし、わかるじゃない?話していてこの人私のこと好きじゃないな?っていうのはわかるじゃない?」麻里は当時の様子を淡々と語った。
「沢村さんとは当時から知り合いだったのですか?」
「全然。知り合ったのはあの女の人が亡くなってからよ。亡くなって1年くらいしたあとに知り合ったのよ」
「テレビで彼女が亡くなったのを知っていたけれど、自分の会社が傾きかけていたから吸収合併の相談をもちかけたのがきっかけで彼と知り合ったの。彼も当時、なんかすごく暗い感じがしたけれど、嫌疑をかけられていて、いろいろ書かれたからつらかったみたい」麻里は当時の様子をさらりと語った。
「家の近くで裸足だったんですよね?」
「彼を疑っているの?私も嫌疑をかけられているって知って怪しんだ時もあるけれど、彼じゃないわ」麻里は愛歩の顔をみてきっぱり断言した。
「どうしてそう言えるのですか?」
「あの人は真広さんの帰りをずっと待っていたのよ。真広さんの帰りを待っていた時、彼にメールが送られていたの。真っ暗な写メがねっ。画像が真っ暗な写真ね」
「えっ?」愛歩は思わず絶句した。
「たしかにあれは真広さんの携帯から送られてきたのよ」
「真っ暗な画像を・・ですか?」