グッバイ、エディプスコンプレックス | 翠色の部屋

翠色の部屋

Curiosity is all of my life

水曜日、故郷の父を見舞う。
 
前日の深夜、悪い知らせ。
 
まんじりともせず、朝を迎える。
 
わたしも夫も寝不足。
もちろん、故郷の母や弟たちや妹たち、甥っ子まで。
ほとんど徹夜で、つきっきりだったようだ。
アタマが下がる。
おつかれさま。
 

 
父が緊急で運ばれた他県の救急外来の女性医師(深夜だったので近くの医大の研究室のアルバイトかと)からは、なんでこんなになるまでほおっておいたのか?と。
 
つきそった妹や弟はかなり言いたい放題言われたようだ。
 
いま言うこと?
 
往々にして、小娘若造医師にはこういうタイプが見受けられる。
こざかしい、上からの物言い。
 
それはともかく、これまで、家族のいうことなどにはまったく聞く耳を持たなかった父。
ずっと勝手に、じぶんのやりたいように生きてきた。
 
「金を使う」消費することが大好きだった彼は、そうした捨てるしかないような価値のない物をため込み、積み上げ、部屋をごみ屋敷のようにしたまま逝ってしまうのか?
 
怒りがこみ上げてくる。
 
頑とした強大な意思(たぶん現代だったらなにかしらの精神神経科系の診断がなされるかと)と対峙することなどだれにも不可能。
 
母をはじめ、わたしたちはみな、ストックホルム症候群さながら、彼の言うことを聞くか、ほっておくしかなかった。
 
斃れるまで。
 
枯れ木のように細くなった父を見、最初おもったこと。
 
あんなにおおえばりしていたのに。
 
ところで、この病院、公立なのに(失礼!)看護師やスタッフも親切で(小娘アルバイト医師を除く)、施設や敷地もとてもひろびろとして、とてもキレイだった。
 
今日の昼前、父は、そんな病院からいつもの行きつけの病院に、弟や妹の手を借りて転院したようだ。
(義弟曰く、「ほっぽりだされた」)
 
と、とても冷たい文章になってしまったが、
 
「おとうさん、とても寒そうにしてたから、なにか羽織るものもってってあげたら?」(ありがたく、妹に知らせた。)
 
そんな夫の助言に、うるっとしたのは事実。
 
あたしったら、ちょっと感動のポイントがズレているような・・・