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学校をなくす、あるいは二三時間に授業時間の減少、学校での注射の禁止、注射の禁止、

テレビでそいつはアニメで人を消す装置の番組をやっていた。

それを見ていた僕の頭の中に、恐ろしい創造が浮かんだ。

そして、ぼくはそれにもどうじずへいぜんとしていた。

僕は病気なんだ、とおもった。助けて、とおもって。おもった、 


俺が心底から生物を憎んでいるなら、なぜ人型の人の家や、蛙型のかえるの家。長ちょがんたのちょうちょのいえ。そういったものをおもいつける?なぜいつもわかいがならないことにこころをいためている、。。きっと俺は病気なんだ。。。和解。

54.^ 中島岳志「パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義」 白水社、2007年
55.^ 手島孝 監修 安藤高行 編「基本憲法学」(法律文化社)3-10頁。
56.^ 家永三郎 著「戦争責任」(岩波書店 1985年)。
57.^ http://www.shugiin.go.jp/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/1590512oguma.pdf/$File/1590512oguma.pdf
58.^ 高柳賢三「天皇・憲法第九条」有紀書房、1963年(p.147)
59.^ 高柳賢三『天皇・憲法第九条』有紀書房、1963年、160頁以下
60.^ 伊藤正己「憲法 第三版」弘文堂、1995年(p.168-169)ISBN 978-4335300578
61.^ 伊藤正己『憲法 第三版』弘文堂、1995年、171頁以下
62.^ 芦部信喜「憲法学Ⅰ憲法総論」有斐閣、1992年(p.299)ISBN 978-4641031685
63.^ 橋本公亘「日本国憲法 改訂版」有斐閣、1988年(p.438-440)ISBN 978-4641030978
64.^ 芦部信喜監修『注釈憲法 第1巻』有斐閣、2000年、488頁
65.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.394)ISBN 978-4641016910
66.^ a b c 法学協会『註解日本国憲法(上)』有斐閣、1953年、211頁
67.^ 佐藤功『ポケット註釈全書 憲法(上)新版』有斐閣、1983年、109頁
68.^ 佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)新版」有斐閣、1983年(p.109)ISBN 978-4641018891
69.^ 横田喜三郎「自衛権」有斐閣、1951年(p.213)
70.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.394)ISBN 978-4641016910
71.^ 佐藤功『ポケット註釈全書 憲法(上)新版』有斐閣、1983年、109頁
72.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.395)ISBN 978-4641016910
73.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.160)ISBN 978-4417009368
74.^ 横田喜三郎「自衛権」有斐閣、1951年(p.213)
75.^ 宮沢俊義「戦争放棄・義勇兵・警察予備隊」平和と人権、東京大学出版会、1969年(p.10-11)
76.^ 吉川智、阿部一夫、富永健、宮林茂樹、和田隆夫『概説日本国憲法 増補・補正版』国書刊行会、1995年、122頁
77.^ 吉川智、阿部一夫、富永健、宮林茂樹、和田隆夫『概説日本国憲法 増補・補正版』国書刊行会、1995年、122-123頁
78.^ 中村哲「警察の限界と戦力」昭和27年世界5月号、岩波書店、1952年
79.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.160)ISBN 978-4417009368
80.^ 佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)新版」有斐閣、1983年(p.109)ISBN 978-4641018891
81.^ 宮沢俊義・芦部信喜補訂『コンメンタール全訂日本国憲法』日本評論社、1978年、159頁
82.^ 芦部信喜監修『注釈憲法 第1巻』有斐閣、2000年、395頁
83.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.397-398)ISBN 978-4641016910
84.^ 佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)新版」有斐閣、1983年(p.110-112)ISBN 978-4641018891
85.^ 野中俊彦、[[高橋和之 (憲法学者)|]]、中村睦男、高見勝利「憲法(1)第4版」有斐閣、2006年(p.164)ISBN 978-4641129986
86.^ 法学協会『註解日本国憲法(上)』有斐閣、1953年、212頁
87.^ 横田喜三郎『自衛権』有斐閣、1951年、213頁
88.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.398)ISBN 978-4641016910
89.^ 佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)新版」有斐閣、1983年(p.112-113)ISBN 978-4641018891
90.^ 野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利「憲法(1)第4版」有斐閣、2006年(p.164)ISBN 978-4641129986
91.^ 杉原泰雄『憲法(2)統治の機構』有斐閣、1989年、112頁
92.^ 宮沢俊義・芦部信喜補訂『コンメンタール全訂日本国憲法』日本評論社、1978年、159頁-160頁
93.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.398-399)ISBN 978-4641016910
94.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.398)ISBN 978-4641016910
95.^ 佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)新版」有斐閣、1983年(p.113)ISBN 978-4641018891
96.^ 野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利「憲法(1)第4版」有斐閣、2006年(p.164)ISBN 978-4641129986
97.^ 佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)新版」有斐閣、1983年(p.113)ISBN 978-4641018891
98.^ 宮沢俊義・芦部信喜補訂『コンメンタール全訂日本国憲法』日本評論社、1978年、160頁
99.^ 佐藤功『ポケット註釈全書 憲法(上)新版』有斐閣、1983年、113頁
100.^ 佐藤幸治編『大学講義双書 憲法1 総論・統治機構』成文堂、1986年、124-127頁
101.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.401以下)ISBN 978-4641016910 参照
102.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.153-156)ISBN 978-4417009368 参照
103.^ 樋口陽一「憲法 改訂版」創文社、1998年(p.136)
104.^ 阪本昌成『憲法理論(1)』成文堂、1993年、245頁以下
105.^ 野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利「憲法(1)第4版」有斐閣、2006年(p.164-165)ISBN 978-4641129986
106.^ 小林直樹「憲法講義(上)新版」東京大学出版会、1980年(p.193)
107.^ 浦部法穂「全訂憲法学教室2版」日本評論社、2000年(p.407)
108.^ 渋谷秀樹、赤坂正浩「有斐閣アルマ 憲法2統治 第4版」有斐閣、2010年(p.309)
109.^ 佐藤幸治「憲法 第三版」青林書院、1995年(p.651)
110.^ 佐藤幸治『憲法第三版』青林書院、1995年、655頁
111.^ 佐藤幸治編『大学講義双書 憲法1 総論・統治機構』成文堂、1986年、127頁
112.^ 佐藤幸治編『大学講義双書 憲法1 総論・統治機構』成文堂、1986年、124-125頁
113.^ 佐藤幸治『憲法第三版』青林書院、1995年、651頁
114.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.400)ISBN 978-4641016910
115.^ 野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利「憲法(1)第4版」有斐閣、2006年(p.165)ISBN 978-4641129986
116.^ 佐藤幸治「憲法 第三版」青林書院、1995年(p.655)
117.^ 杉原泰雄『有斐閣法学叢書 憲法(2)統治の機構』青林書院、1989年、115頁以下参照
118.^ 杉原泰雄『有斐閣法学叢書 憲法(2)統治の機構』青林書院、1989年、116頁-117頁参照
119.^ 杉原泰雄『有斐閣法学叢書 憲法(2)統治の機構』青林書院、1989年、117頁参照
120.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.401以下)ISBN 978-4641016910 参照
121.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.161-163)ISBN 978-4417009368 参照
122.^ 阿部照哉『憲法 改訂版』青林書院、1991年
123.^ 小林直樹「憲法講義(上)新版」東京大学出版会、1980年(p.193、p.198)
124.^ 浦部法穂「全訂憲法学教室」日本評論社、2000年(p.407)
125.^ 杉原泰雄『有斐閣法学叢書 憲法(2)統治の機構』青林書院、1989年、116頁参照
126.^ 清宮四郎「法律学全集 憲法Ⅰ第3版」有斐閣、1979年(p.112)
127.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂『注釈 日本国憲法 上巻』青林書院新社、1984年、168頁
128.^ 佐藤幸治「憲法 第三版」青林書院、1995年(p.655)
129.^ 芦部信喜『注釈憲法 第1巻』有斐閣、2000年、408-409頁
130.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.409)ISBN 978-4641016910
131.^ 佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)新版」有斐閣、1983年(p.114)ISBN 978-4641018891
132.^ 杉原泰雄『憲法(2)統治の機構』有斐閣、1989年、129頁参照
133.^ 阿部照哉『新憲法教室』法律文化社、1997年、50頁
134.^ 佐藤功『ポケット註釈全書 憲法(上)新版』有斐閣、1983年、115頁
135.^ 辻村みよ子『憲法第3版』日本評論社、2008年、110頁
136.^ 杉原泰雄『憲法(2)統治の機構』有斐閣、1989年、115頁参照
137.^ a b c 札幌地判昭48・9・7判時712・249
138.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.403)参照
139.^ 戸波江二『地方公務員の法律全集(1)憲法 新版』ぎょうせい、1998年、94頁参照
140.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.408-409)
141.^ 佐藤功『ポケット注釈全書・憲法(上)新版』有斐閣、1983年、116頁
142.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.403)参照
143.^ a b c 「現代法律大百科事典(7)」ぎょうせい、1995年(p.10)参照
144.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.403)ISBN 978-4641016910 参照
145.^ 芦部信喜『憲法学Ⅰ憲法総論』有斐閣、1992年、261-262頁
146.^ 吉川智、阿部一夫、富永健、宮林茂樹、和田隆夫「概説日本国憲法」国書刊行会、1995年(p.138)参照
147.^ 佐藤達夫『憲法講話』(1960年)立花書房、16頁
148.^ 奥平康弘『弘文堂入門双書 憲法』弘文堂、1981年、247-255頁
149.^ 1946年(昭和21年)9月13日、貴族院帝国憲法改正案特別委員会、金森国務大臣
150.^ a b c d 1999年(平成11年)3月8日、参議院予算委員会、大森内閣法制局長官答弁
151.^ a b c d e 1999年(平成11年)3月15日、参議院外交・防衛委員会、秋山收内閣法制局第一部長答弁
152.^ 1972年(昭和47年)11月13日、参議院予算委員会、吉國内閣法制局長官答弁
153.^ 昭和55年12月5日、森清衆議院議員質問主意書に対する政府答弁書[2]
154.^ 芦部信喜監修『注釈憲法第1巻』有斐閣、2000年、410頁
155.^ 芦部信喜『憲法学Ⅰ憲法総論』有斐閣、1992年、261-262頁
156.^ 吉川智、阿部一夫、富永健、宮林茂樹、和田隆夫『概説日本国憲法 増補・補正版』国書刊行会、1995年、138頁
157.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.410)ISBN 978-4641016910
158.^ 芦部信喜『憲法学Ⅰ憲法総論』有斐閣、1992年、261-262頁
159.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂『注釈 日本国憲法 上巻』青林書院新社、1984年、181頁
160.^ 野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利「憲法(1)第4版」有斐閣、2006年(p.180)ISBN 978-4641129986
161.^ 山内敏弘「現代法双書 新現代憲法入門」法律文化社、2004年(p.257)
162.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.162-163)ISBN 978-4417009368 参照
163.^ 樋口陽一『憲法 改訂版』創文社、1998年、136-137頁
164.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.410)ISBN 978-4641016910 参照
165.^ 杉原泰雄『有斐閣法学叢書 憲法(2)統治の機構』青林書院、1989年、116頁-117頁参照
166.^ 佐藤幸治「憲法 第三版」青林書院、1995年(p.655)
167.^ 宮沢俊義・芦部信喜補訂『コンメンタール全訂日本国憲法』日本評論社、1978年、163頁
168.^ 佐々木惣一「改訂日本国憲法論」有斐閣、1952年(p.231-238)
169.^ 大石義雄「日本国憲法の法理」有信堂、1957年(p.199-206)
170.^ 杉原泰雄『有斐閣法学叢書 憲法(2)統治の機構』青林書院、1989年、117頁参照
171.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.415)ISBN 978-4641016910 参照
172.^ 吉川智、阿部一夫、富永健、宮林茂樹、和田隆夫『概説日本国憲法』国書刊行会、1995年、124頁-126頁
173.^ 立法の経緯については長谷部恭男「新法学ライブラリー(2)憲法 第3版」新世社、2004年(p.63、p.60) 参照
174.^ 吉川智、阿部一夫、富永健、宮林茂樹、和田隆夫『概説日本国憲法』国書刊行会、1995年、126頁
175.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.403)ISBN 978-4641016910 参照
176.^ 水戸地判昭52・2・17判時842・22
177.^ 田上穣治「主権の概念と防衛の問題」日本国憲法体系(2)
178.^ 水戸地判昭52・2・17判時842・22
179.^ 芦部信喜『憲法学Ⅰ憲法総論』有斐閣、1992年、261頁
180.^ 佐藤幸治「憲法 第三版」青林書院、1995年(p.654-655)
181.^ 佐藤功『ポケット注釈全書・憲法(上)新版』有斐閣、1983年、117頁
182.^ 伊藤正己『憲法 第三版』弘文堂、1995年、173頁
183.^ 芦部信喜監修『注釈憲法 第1巻』有斐閣、2000年、409頁
184.^ 田上穣治「公法学研究」良書普及会、1982年(p.78-79)
185.^ 1972年(昭和47年)11月13日、参議院予算委員会、吉國内閣法制局長官答弁
186.^ 吉川智、阿部一夫、富永健、宮林茂樹、和田隆夫「概説日本国憲法」国書刊行会、1995年(p.138)参照
187.^ 西修『エレメンタリ憲法新訂版』成文堂、2008年、51-52頁
188.^ 吉川智、阿部一夫、富永健、宮林茂樹、和田隆夫『概説日本国憲法』国書刊行会、1995年、139頁
189.^ 筒井若水 『国際法辞典』 有斐閣、2002年、167頁。ISBN 4-641-00012-3。
190.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.411)ISBN 978-4641016910 参照
191.^ なお、野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利「憲法(1)第4版」有斐閣、2006年(p.168)ISBN 978-4641129986
192.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.415以下)ISBN 978-4641016910 参照
193.^ a b 山内敏弘「平和憲法の理論」日本評論社、1992年(p.236-238)
194.^ 野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利「憲法(1)第4版」有斐閣、2006年(p.170)ISBN 978-4641129986
195.^ 芦部信喜「憲法学Ⅰ憲法総論」有斐閣、1992年(p.266)ISBN 978-4335300028
196.^ 野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利「憲法(1)第4版」有斐閣、2006年(p.170)ISBN 978-4641129986
197.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.420、p.422-423)ISBN 978-4641016910 参照
198.^ 芦部信喜、高橋和之補訂「憲法 第四版」岩波書店、2006年(p.61)ISBN 978-4000227643
199.^ 山内敏弘「平和憲法の理論」日本評論社、1992年(p.208-209、p.236-238) 参照
200.^ 伊藤正己「憲法 第三版」弘文堂、1995年(p.173)ISBN 978-4335300578
201.^ 伊藤正己「憲法 第三版」弘文堂、1995年(p.173)ISBN 978-4335300578 参照
202.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.417)ISBN 978-4641016910 参照
203.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.419)ISBN 978-4641016910 参照
204.^ 芦部信喜『憲法学Ⅰ憲法総論』有斐閣、1992年、284頁
205.^ 伊藤正己『憲法 第三版』弘文堂、1995年、172-173頁
206.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、172頁参照
207.^ 辻村みよ子編『基本憲法』悠々社、2009年、324頁(愛敬浩二)参照
208.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.158)ISBN 978-4417009368 参照
209.^ 佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)新版」有斐閣、1983年(p.135)ISBN 978-4641018891
210.^ 大石義雄「日本国憲法の法理」有信堂、1957年(p.199-206)
211.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.415)ISBN 978-4641016910 参照
212.^ 大石義雄「日本国憲法の法理」有信堂、1957年(p.199-206)
213.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.416)ISBN 978-4641016910 参照
214.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.416)ISBN 978-4641016910 参照
215.^ 遠藤浩編「法令解釈事典(上)」ぎょうせい、1986年(p.17) 参照
216.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、172頁参照
217.^ 辻村みよ子編『基本憲法』悠々社、2009年、324頁(愛敬浩二)参照
218.^ 浦部法穂「全訂憲法学教室2版」日本評論社、2000年(p.408、p414)参照
219.^ 筒井若水編「国際法辞典」有斐閣、1998年(p.176)
220.^ 政府見解について「現代法律大百科事典(3)」ぎょうせい、1995年(p.437)参照
221.^ 衆議院議員稲葉誠一君提出「憲法、国際法と集団的自衛権」に関する質問に対する答弁書(昭和56年5月29日)[3]
222.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.424以下)ISBN 978-4641016910 参照
223.^ 辻村みよ子「憲法 第3版」日本評論社、2008年(p.110)参照
224.^ 杉原泰雄『憲法(2)統治の機構』有斐閣、1989年、117頁
225.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、173-176頁
226.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂『注釈 日本国憲法 上巻』青林書院新社、1984年、168頁
227.^ 鵜飼信成「憲法 新版」弘文堂、1968年(p.61-62)ISBN 978-4335300028
228.^ 鵜飼信成『要説 憲法』弘文堂、1984年、56頁参照
229.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、173-176頁参照
230.^ 宮沢俊義・芦部信喜補訂『コンメンタール全訂日本国憲法』日本評論社、1978年、167頁
231.^ 佐藤功『ポケット註釈全書 憲法(上)新版』有斐閣、1983年、118頁
232.^ 粕谷友介・向井久了『青林法学双書 憲法』青林書院、1995年、45頁
233.^ 芦部信喜「憲法学Ⅰ憲法総論」有斐閣、1992年(p.269)ISBN 978-4335300028
234.^ 宮沢俊義・芦部信喜補訂『コンメンタール全訂日本国憲法』日本評論社、1978年、167頁
235.^ 1952年11月25日、吉田内閣政府統一見解
236.^ 1952年11月26日付朝日新聞
237.^ 粕谷友介・向井久了『青林法学双書 憲法』青林書院、1995年、46頁
238.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、174頁
239.^ 1954年12月22日、鳩山一郎内閣政府統一見解
240.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、175頁
241.^ 粕谷友介・向井久了『青林法学双書 憲法』青林書院、1995年、46頁
242.^ 昭和47年11月13日、参議院予算委員会、吉國内閣法制局長官答弁
243.^ 佐々木惣一『日本国憲法論』有斐閣、1984年、234頁
244.^ 田辺勝二『憲法大要 学説・判例付』高文堂出版、1983年、275頁
245.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂『注解法律学全集 憲法(1)』青林書院、1994年、166頁
246.^ 海上保安庁法第25条
247.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.166-168)
248.^ 杉原泰雄『憲法(2)統治の機構』有斐閣、1989年、142頁
249.^ 小林直樹「憲法講義(上)新版」東京大学出版会、1980年(p.197)
250.^ 美濃部達吉『日本国憲法原論』有斐閣、1952年、203頁
251.^ 西修『エレメンタリ憲法新訂版』成文堂、2008年、55頁
252.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、179頁
253.^ 佐藤功『ポケット註釈全書 憲法(上)新版』有斐閣、1983年、116頁参照
254.^ 佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)新版」有斐閣、1983年(p.135)ISBN 978-4641018891
255.^ 宮沢俊義・芦部信喜補訂『コンメンタール全訂日本国憲法』日本評論社、1978年、176頁
256.^ 杉原泰雄『憲法(2)統治の機構』有斐閣、1989年、142頁参照
257.^ 鵜飼信成「憲法 新版」弘文堂、1968年(p.61-62)ISBN 978-4335300028
258.^ 清宮四郎『憲法(1)法律学全集 第3版』有斐閣、1979年、114頁
259.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.448)ISBN 978-4641016910 参照
260.^ 清宮四郎『憲法(1)法律学全集 第3版』有斐閣、1979年、114頁
261.^ 長谷部恭男「新法学ライブラリー(2)憲法 第3版」新世社、2004年(p.66) 参照
262.^ 政府見解については高橋和之「立憲主義と日本国憲法」有斐閣、2005年(p.50)ISBN 978-4641129825 参照
263.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.448)ISBN 978-4641016910 参照
264.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.167)ISBN 978-4417009368 参照
265.^ 高橋和之「立憲主義と日本国憲法」有斐閣、2005年(p.49)ISBN 978-4641129825
266.^ 杉原泰雄『有斐閣法学叢書 憲法(2)統治の機構』青林書院、1989年、117頁参照
267.^ 佐々木惣一「改訂日本国憲法論」有斐閣、1952年(p.198)
268.^ 小林宏晨「交戦権」『ジュリスト増刊 憲法の争点 新版』有斐閣、1985年
269.^ 小林宏晨「交戦権」『ジュリスト増刊 憲法の争点 新版』有斐閣、1985年、53頁
270.^ 「現代法律大百科事典(3)」ぎょうせい、1995年(p.23)参照
271.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.450)ISBN 978-4641016910 参照
272.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.449)ISBN 978-4641016910 参照
273.^ 田畑忍「憲法と再軍備」戦争と平和の政治学、有斐閣、1952年
274.^ 清宮四郎『憲法(1)法律学全集 第3版』有斐閣、1979年、116-117頁
275.^ 佐藤功「ポケット注釈全書・憲法(上)新版」有斐閣、1983年(p.135)ISBN 978-4641018891
276.^ 横田喜三郎『戦争の放棄』1947年、60頁以下
277.^ 伊藤正己「憲法 第三版」弘文堂、1995年(p.178)ISBN 978-4335300578
278.^ 政府見解について「現代法律大百科事典(3)」ぎょうせい、1995年(p.23)参照
279.^ 1969年(昭和44年)2月22日、参議院予算委員会における高辻内閣法制局長官の答弁
280.^ 1985年(昭和60年)9月27日、森清衆議院議員提出憲法第9条の解釈に関する質問に対する政府答弁書
281.^ 1985年(昭和60年)9月27日、森清衆議院議員提出憲法第9条の解釈に関する質問に対する政府答弁書
282.^ 1956年(昭和31年)2月29日、衆議院内閣委員会における鳩山総理答弁(船田防衛庁長官代読)
283.^ 1988年(昭和63年)4月6日、参議院予算委員会における瓦防衛庁長官答弁
284.^ 1978年(昭和53年)8月16日、衆議院内閣委員会における真田秀夫内閣法制局長官の答弁
285.^ 1978年(昭和53年)8月16日、衆議院内閣委員会における柳井俊二外務省条約局法規課長の答弁
286.^ 1990年(平成2年)10月25日、国際連合平和協力に関する特別委員会 における柳井俊二外務省条約局長の答弁
287.^ 大石義雄「軍備の設定をめぐる憲法法理論」阪大法学3号(p.12-14)
288.^ 宮沢俊義・芦部信喜補訂「コンメンタール全訂日本国憲法」日本評論社、1978年(p.125-126)
289.^ 芦部信喜「憲法学Ⅰ憲法総論」有斐閣、1992年(p.78)ISBN 978-4335300028
290.^ 鵜飼信成「法律学入門双書 要説 憲法」弘文堂、1984年(p.56)
291.^ 1946年(昭和21年)9月13日、貴族院帝国憲法改正案特別委員会、金森国務大臣答弁
292.^ 1953年(昭和28年)8月5日、衆議院外務委員会、下田外務省条約局長答弁
293.^ 「第九十回帝国議会貴族院帝国憲法改正案特別委員会議事速記録第十二号」3頁
294.^ 「第九十回帝国議会貴族院帝国憲法改正案特別委員会議事速記録第十二号」29頁
295.^ 「第九十回帝国議会衆議院議事速記録第六号」3頁
296.^ 「第九十回帝国議会衆議院議事速記録第八号」14頁
297.^ 「第八回国会衆議院会議録第十号」164頁
298.^ 「第十六回国会参議院予算委員会会議録第二十三号」3頁
299.^ 「第十九回国会衆議院内閣委員会会議録第二十八号」
300.^ 「第二十一回国会衆議院予算委員会会議録第二号」1頁
301.^ 「第十九回国会衆議院法務委員会会議録第三十五号」
302.^ 「第二十二回国会衆議院内閣委員会会議録第三十四号」
303.^ 「第二十六回国会参議院予算委員会会議録第二十九号」22頁
304.^ 「第五十五回国会「参議院予算委員会会議録第四号」3頁
305.^ 「第八十四回国会参議院予算委員会会議録第二十三号」
306.^ 「第八十七回国会参議院会議録第九号」3頁
307.^ 「第百十九回国会衆議院会議録第四号」
308.^ 最高裁判所大法廷判決 1951年11月28日 、昭和25(れ)755、『贈賄、収賄』。 309.^ 最高裁判所大法廷判決 1996年8月28日 、平成8(行ツ)90、『地方自治法一五一条の二第三項の規定に基づく職務執行命令裁判請求事件』。 310.^ 新憲法起草委員会 (2005年). “新憲法草案 (PDF)”. 自由民主党. 2009年12月9日閲覧。
311.^ 佐藤功『日本国憲法概説』学陽書房、1990年、74-76頁
参考文献[編集]芦部信喜監修『注釈憲法 第1巻』有斐閣、2000年。
西修 『日本国憲法成立過程の研究』 成文堂、2004年3月31日。ISBN 4792303702
西修 『日本国憲法を考える』 文藝春秋、1999年3月。ISBN 4166600354
小林宏晨 『日本国憲法の平和主義』 政光プリプラン。
安田寛・西岡朗・宮澤浩一・井田良・大場昭・小林宏晨 『自衛権再考』 知識社、1987年1月。ISBN 4795293058
青山武憲 『憲法九条関係判例集』 啓正社、1992年。ISBN 4875720955
大石義雄 『日本憲法論』 嵯峨野書院、1994年6月。ISBN 4782300018
秦郁彦『史録日本再軍備』(文藝春秋)
『解放された世界(英語版)』浜野輝訳、岩波書店<文庫>、1997年、ISBN 4003227662 (著者紹介「ハーバート・ジョージ・ウェルズ」、リッチー・カルダーによる序説、ウェルズによる序文、訳者による「ウェルズと日本国憲法」、付録「人権宣言」「サンキー権利宣言」)
古関彰一『憲法九条はなぜ制定されたか』 岩波ブックレット、2006年4月
関連項目[編集]不戦条約
国際連合憲章
平和主義
平和的生存権
戦力
交戦権
自衛権
集団的自衛権
専守防衛
武装中立
非武装中立
憲法改正論議
軍隊を保有していない国家の一覧
九条の会
ヒロシマ・ナガサキ広場と日本国憲法9条の碑
日本国憲法前文
日本国憲法第98条
大日本帝国憲法第11条
大日本帝国憲法第12条
大日本帝国憲法第13条
外部リンク[編集] ウィキソースに日本国憲法の原文があります。
ウィキブックスに日本国憲法関連の解説書・教科書があります。

日本国憲法の誕生 論点2 戦争放棄(国立国会図書館)
憲法9条の成立経緯 西 修(駒澤大学西修ゼミ)
マガジン9
憲法改悪反対共同センター
[隠す]表・話・編・歴日本国憲法

全文:新字体 | 旧字体 | 原本

上諭と前文 上諭 | 前文

第1章 天皇 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8

第2章 戦争の放棄 9

第3章 国民の権利及び義務 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38 | 39 | 40

第4章 国会 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | 47 | 48 | 49 | 50 | 51 | 52 | 53 | 54 | 55 | 56 | 57 | 58 | 59 | 60 | 61 | 62 | 63 | 64

第5章 内閣 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70 | 71 | 72 | 73 | 74 | 75

第6章 司法 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82

第7章 財政 83 | 84 | 85 | 86 | 87 | 88 | 89 | 90 | 91

第8章 地方自治 92 | 93 | 94 | 95

第9章 改正 96

第10章 最高法規 97 | 98 | 99

第11章 補則 100 | 101 | 102 | 103

関連項目:解説(ウィキブックス)| Category:日本国憲法

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1952年11月、吉田茂内閣の政府統一見解
「戦力とは、近代戦争遂行に役立つ程度の装備・編成を備えるものをいう。戦力に至らざる程度の実力を保持し、これを直接侵略防衛の用に供することは違憲ではない」(1952年(昭和27年)11月、吉田茂内閣の政府統一見解)

1953年7月、木村篤太郎保安庁長官
「第九条第二項の戦力とは何ぞやということになりますると、結局近代戦争を遂行し得るような装備編成を持つた大きな力であると、こう解釈する。そこで外国へ向つて侵略戦争を行い得るような力は往々にしてこの戦力に該当するような大きな力であると、我々はこう考えておる。従いまして、必ずしも侵略戦争に用いる力が即戦力とは申されませんが、外国に対して侵略戦争をするような力は往々にして戦力に該当するものであろうと、こう考えております」(1953年(昭和28年)7月25日、参議院予算委員会における亀田得治議員に対する木村篤太郎保安庁長官の答弁)[298]

1954年4月、木村篤太郎保安庁長官
「常々申し上げます通り、軍隊とは何であるか、引続いて戦力とは何であるかということについては、確たる一定の定義というものはないのであります。御承知の通り、わが憲法においては自衛力は否定されていないのであります。一国独立国家たる以上は、外部からの不当侵略に対してこれを守るだけの権利があります。その権利の関係であります力を持つことは当然の事理であります。安保条約においてもまた国連憲章五十一条においてもこれはひとしく認めるところであります。ただ憲法第九条第二項において戦力を持つことを否定されておるのであります。現段階においてはいわゆる戦力に至らざる程度においての自衛力を持とうというのがわれわれの念願とするところであります。しこうして今御審議を願つております自衛隊法による自衛隊にいたしましても、もちろん外部からの不当侵略に対して対処し得る実力部隊、これを軍隊といい、また軍隊といわなくとも一向さしつかいないのであります。要は戦力に至らない実力部隊、われわれはこう考えておる次第であります。」(1954年(昭和29年)4月27日、衆議院内閣委員会における田中稔男議員に対する木村篤太郎保安庁長官の答弁)[299]

1954年12月、鳩山一郎内閣の政府統一見解
「憲法第九条は、独立国としてわが国が自衛権を持つことを認めている。従つて自衛隊のような自衛のための任務を有し、かつその目的のため必要相当な範囲の実力部隊を設けることは、何ら憲法に違反するものではない。自衛隊は軍隊か。自衛隊は外国からの侵略に対処するという任務を有するが、こういうものを軍隊というならば、自衛隊も軍隊ということができる。しかしかような実力部隊を持つことは憲法に違反するものではない」(1954年(昭和29年)12月22日、衆議院予算委員会における福田篤康議員に対する大村清一防衛庁長官の答弁)[300]

第9条に関する政府見解[編集]自衛権とその発動[編集]1954年5月、佐藤達夫内閣法制局長官
「いざこざが前にあろうとなかろうとこちらから手を出すのは、これは無論解決のための武力行使になりますけれども、いざこざがあつて、そうして向うのほうから攻め込んで来た場合、これを甘んじて受けなければならんということは、結局言い換えれば自衛権というものは放棄した形になるわけです。自衛権というものがあります以上は、自分の国の生存を守るだけの必要な対応手段は、これは勿論許される。即ちその場合は国際紛争解決の手段としての武力行使ではないんであつて、国の生存そのものを守るための武力行使でありますから、それは当然自衛権の発動として許されるだろう、かように考えておるのであります。」(1954年(昭和29年)5月13日、参議院法務委員会における中山福藏議員に対する佐藤達夫内閣法制局長官の答弁)[301]

交戦権と自衛行動[編集]1955年7月、林修三内閣法制局長官
「先ほどから申し上げます通りに、いわゆる交戦権という問題と、日本が他国あるいは外部から侵略された場合に、自衛のためにそれを排除するために抗争するということとは観点が別だと思います。しかしたまたまその形が、いわゆる戦争、国際法的に見た戦争と見られるような形をとるということは、これはもちろんあり得ることと思いますが、それは私は排除されておらない。つまり日本その自衛のために必要な限度における、の侵略を排除する範囲における自衛行動、これは認められておる。その形を国際法上何と見るか。これは国際法の関連において決する、かように考えます。」(1955年(昭和30年)7月26日、参議院内閣委員会における堀眞琴議員に対する林修三内閣法制局長官の答弁)[302]

自衛力の法的限界[編集]1957年5月、岸信介内閣総理大臣
「今日核兵器と言われておるところの原水爆やその他これに類似したようなものが、これはその性格から申しましても、もっぱら攻撃的なものでありまして、こんなものを日本が持つということは、これは憲法の自衛権というものの解釈からいってもこれは許せないことであろう。しかし核兵器と一言に言われておるけれども、この原子力のいろんな発達というものは非常に著しいものがあるからして、そういう場合において、憲法の議論としては、これはそういうものが、あらゆる、たとえもっぱら防禦的だと考えられるようなものであったとしても、いわゆる核兵器と名がついたら、これは憲法違反だ。―憲法に核兵器を禁止しておるという私は明文はないと思うのです。ただ自衛権の内容というもの、自衛というもののワクでもって、われわれが持ち得る一つの実力といいますか、力というものは、限定されなければならないというのが私の憲法の議論でございます」(1957年(昭和32年)5月13日、参議院予算委員会における小林孝平議員に対する岸信介首相の答弁)[303]

1967年3月、佐藤榮作内閣総理大臣
「わが国が持ち得る自衛力、これは他国に対して侵略的脅威を与えない、侵略的脅威を与えるようなものであってはならないのであります。これは、いま自衛隊の自衛力の限度だ。かように私理解しておりますので、ただいま言われますように、だんだん強くなっております。これはまたいろいろ武器等におきましても、地域的な通常兵器による侵略と申しましても、いろいろそのほうの力が強くなっておりますから、それは、これに対応し得る抑止力、そのためには私のほうも整備していかなければならぬ。かように思っておりますが、その問題とは違って、憲法が許しておりますものは、他国に対し侵略的な脅威を与えない。こういうことで、はっきり限度がおわかりいただけるだろうと思います」(1967年(昭和42年)3月31日、参議院予算委員会における鈴木強議員に対する佐藤榮作首相の答弁)[304]

1978年4月、真田秀夫内閣法制局長官
「政府が従来から憲法第九条に関してとっている解釈は、同条が我が国が独立国として固有の自衛権を有することを否定していないことは憲法の前文をはじめ全体の趣旨に照らしてみても明らかであり、その裏付けとしての自衛のための必要最小限度の範囲内の実力を保持することは同条第二項によっても禁止されておらず、右の限度を超えるものが同項によりその保持を禁止される「戦力」に当たるというものである。(中略)核兵器であっても仮に自衛のための必要最小限度の範囲内にとどまるものがあるとすれば、憲法上その保有を許されるとしている意味は、もともと、単にその保有を禁じていないというにとどまり、その保有を義務付けているというものでないことは当然であるから、これを保有しないこととする政策的選択を行うことは憲法上何ら否定されていないのであって、現に我が国は、そうした政策的選択の下に、国是ともいうべき非核三原則を堅持し、更に原子力基本法及び核兵器不拡散条約の規定により一切の核兵器を保有し得ないこととしているところである。」(1978年(昭和53年)4月3日、参議院予算委員会における矢追秀彦議員に対する真田秀夫内閣法制局長官の答弁)[305]

1979年3月、大平正芳内閣総理大臣
「自衛のために最小必要限度を超えない実力を保持することは憲法によって禁止されておらない、したがって、自衛のための必要最小限度の範囲を超えることになるものは、通常兵器でありましてもその保有は許されないと解されるのが憲法の精神だろうと思いますが、その精神は、一方、核兵器でございましても、仮に右の限度の範囲内にとどまるものであれば、憲法上はその保有を禁ずるものでないという解釈を政府はとっておりますことは御案内のとおりであります。憲法の解釈は右のとおりでございますけれども、わが国は、政策的な選択といたしまして、いわゆる非核三原則を国是とも言うべき政策として堅持しております。さらに、原子力基本法並びに核兵器不拡散条約の規定によりまして、一切の核兵器を保有し得ないとしていることは言うまでもないところでございます」(1979年3月16日、参議院本会議における吉田正雄議員に対する大平正芳首相の答弁)[306]

自衛官と国際法上の地位[編集]1990年10月、中山太郎外務大臣
「自衛隊は、憲法上必要最小限度を超える実力を保持し得ない等の厳しい制約を課せられております。通常の観念で考えられます軍隊ではありませんが、国際法上は軍隊として取り扱われておりまして、自衛官は軍隊の構成員に該当いたします。この点は、平和協力隊に参加している自衛隊の部隊等についても変わりはございません。」(1990年(平成2年)10月18日、衆議院本会議における日笠勝之議員に対する中山太郎外務大臣の答弁)[307]

判例における解釈[編集]自衛隊の憲法9条に対する合憲性について直接判断した最高裁の判例は未だ存在しない。下級裁においては長沼ナイキ事件(札幌地裁)、航空自衛隊イラク派遣違憲訴訟(名古屋高裁)の2例がある。

時間的適用範囲[編集]1951年(昭和26年)11月28日、最高裁判所大法廷判決。遡及効の否定[308]。

憲法9条の規定は将来に対する宣言であり、制定前の戦時中の収賄行為について戦時刑事特別法を適用するかの判断には関係しない。
警察予備隊違憲訴訟[編集]詳細は「警察予備隊違憲訴訟」を参照

砂川事件[編集]詳細は「砂川事件」を参照

1959年(昭和34年)12月16日、最高裁判所大法廷判決(この判決が示されるに当たり、アメリカの圧力があった事が判明している)

憲法9条はわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定していない。
憲法9条はわが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを何ら否定していない
憲法9条2項にいう「戦力」とは、わが国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使する戦力をいう
外国の軍隊は憲法9条2項にいう「戦力」に該当しない
(旧)日米安全保障条約は憲法9条に一見極めて明白に違反するということはできない
恵庭事件[編集]詳細は「恵庭事件」を参照

長沼ナイキ事件[編集]詳細は「長沼ナイキ事件」を参照

百里基地訴訟[編集]詳細は「百里基地訴訟」を参照

1989年(平成元年)6月20日、最高裁判所第三小法廷判決

憲法9条は私法上の行為に直接適用されるものではない
国が行政の主体としてでなく私人との間で個々的に締結する私法上の契約は、当該契約がその成立の経緯及び内容において、実質的にみて公権力の行使の発動たる行為と何ら変わらないといえるような特段の事情のない限り、憲法9条の直接適用を受けない
沖縄代理署名訴訟[編集]1996年(平成8年)8月28日、最高裁判所大法廷判決[309]

現行日米安全保障条約は憲法9条に一見極めて明白に違反するということはできない
駐留軍用地特措法は憲法9条に違反しない
この節の加筆が望まれています。

第9条をめぐる歴史[編集]1946年(昭和21年)
11月3日 - 日本国憲法公布
1947年(昭和22年)
5月3日 - 日本国憲法施行
1950年(昭和25年)
6月25日 - 朝鮮戦争が勃発
1951年(昭和26年)
9月8日 - サンフランシスコ平和条約調印、日米安全保障条約調印
1952年(昭和27年)
4月26日 - 海上警備隊設置
8月1日 - 保安庁設置
10月15日 - 警察予備隊を保安隊に改組
1954年(昭和29年)
3月8日 - 日米相互防衛援助協定(MSA協定)締結
7年1日 - 防衛庁設置、保安隊を自衛隊に改組
1992年(平成4年)
6月15日 - PKO協力法成立
1999年(平成11年)
5月28日 - 周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律(周辺事態法)制定
2005年(平成17年)
10月28日 - 自民党の新憲法草案が発表される。自民党の新憲法草案第9条では、第1項は変えずに、第2項に自衛軍の規定を新設している[310]。
2007年(平成19年)
1月9日 - 防衛庁から防衛省に移行
比較憲法的考察[編集]現在、同様に戦争放棄を憲法でうたっている国としてはフィリピンがある。また、侵略戦争のみを放棄した憲法を有する国は西修の調べでは124ヶ国にのぼる。

佐藤功によれば、過去にさかのぼり平和主義を規定した憲法を分類すると、(1)侵略戦争のみを放棄しているもの(フランス1791年憲法など)、(2)国家の政策の手段としての戦争を放棄しているもの(スペイン1931年憲法など)、(3)国際連盟規約に従うべきとしているもの(シャム1932年憲法など)、(4)国際紛争の解決についてまず仲裁その他の平和的な手段を試みなければならないとしているもの(ブラジル1891年憲法など)、(5)国際平和組織や集団的安全保障体制への参加を規定しているもの、があるが、自衛の戦争を含むすべての戦争を全面的に放棄し、一切の軍備の保持をしないとした点で日本国憲法は最も徹底しているとする[311]。

コスタリカ憲法は軍隊の常設を禁止しているが、自衛権を明示的に認め、非常時に徴兵制を敷くことも可能としている。アイスランドは軍を持たない。ただし、両国の軍隊不所持は米国による安全保障が前提となっている。アイスランドでは、2006年9月まではアメリカ軍を国内に受け入れていた。また、外務省管轄だが、アイスランド防衛庁という組織も保有している。国連の平和維持活動にも積極的に人員を派遣している。

注釈[編集]1.^ 1972年(昭和47年)の参議院予算委員会において吉國一郎内閣法制局長官(当時)は「戦力とは、広く考えますと、文字どおり、戦う力ということでございます。そのようなことばの意味だけから申せば、一切の実力組織が戦力に当たるといってよいでございましょうが、憲法第九条第二項が保持を禁じている戦力は、右のようなことばの意味どおりの戦力のうちでも、自衛のための必要最小限度を越えるものでございます。それ以下の実力の保持は、同条項によって禁じられてはいないということでございまして、この見解は、年来政府のとっているところでございます。(中略)憲法第九条第一項で自衛権は否定されておりません。その否定されていない自衛権の行使の裏づけといたしまして、自衛のため必要最小限度の実力を備えることは許されるものと解されまするので、その最小限度を越えるものが憲法第九条第二項の戦力であると解することが論理的ではないだろうか。このような考え方で定義をしてまいったわけでございます」と述べている(1972年(昭和47年)11月13日、参議院予算委員会、吉國内閣法制局長官答弁)[1]
2.^ なお、杉原泰雄編「体系憲法事典」青林書院、2008年(p.350)では本稿における狭義の限定放棄説を「限定放棄説(1)」とし、本説を「限定放棄説(2)」と分類する。
3.^ なお、芦部信喜「憲法学(1)憲法総論」有斐閣、1992年 ISBN 978-4641031685 では、峻別不能説を「一項全面放棄説」、遂行不能説を「一項二項全面放棄説」として分類している。
4.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.161-163)ISBN 978-4417009368 ではA-X説と分類されている。
5.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.161-163)ISBN 978-4417009368 ではB-X説と分類されている。
6.^ 本説は第2項の「前項の目的」について「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」の部分を指すとみる一項前段動機説、一項全体の趣旨を指すとみる一項全体動機説、「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」の部分を指すとする一項後段動機説のいずれとも結びつく(杉原泰雄『有斐閣法学叢書 憲法(2)統治の機構』青林書院、1989年、116頁-117頁参照)
7.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂「注解法律学全集 憲法(1)」青林書院、1994年(p.161-163)ISBN 978-4417009368 ではB-Y説と分類されている。
8.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.401-402)ISBN 978-4641016910 では、自衛戦力肯定説と結びつけて説かれる限定放棄説を「a説」とし、自衛力論と結び付けて説かれる限定放棄説を「a´説」として分類する。
9.^ 芦部信喜監修「注釈憲法 第1巻」有斐閣、2000年(p.410)ISBN 978-4641016910 では、政府見解(自衛力論と結び付けて説かれる遂行不能説)を「b´説」として分類する。
10.^ 野中俊彦、高橋和之、中村睦男、高見勝利「憲法(1)第4版」有斐閣、2006年(p.169-170)ISBN 978-4641129986 では、自衛権放棄説をさらに実質放棄説と形式放棄説とに分けている。
11.^ 1953年に出版された法学協会編「註解日本国憲法 上巻」有斐閣(p.213)では「交戦権」を「広く国家が戦争を行う権利」とみる説が多数説であるとしている。
出典[編集]1.^ 法学協会『註解日本国憲法(上)』有斐閣、1953年、210頁参照
2.^ 西修『日本国憲法成立過程の研究』 成文堂、2004年、234頁参照
3.^ John W.Dower,Embracing Defeat,1999,page300,362,378,611~612,ジョン・ダワー、「敗北を抱きしめて」、下巻、岩波書店、2001年、38,132~133,156,444~445ページ
4.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、149頁
5.^ 深瀬忠一『戦争放棄と平和的生存権』岩波書店、1987年、137-138頁
6.^ 西修『日本国憲法成立過程の研究』成文堂、2004年、219-220頁
7.^ 宮沢俊義・芦部信喜補訂『コンメンタール全訂日本国憲法』日本評論社、1978年、167頁
8.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、149頁
9.^ Kellogg-Briand Treaty. Kellogg-Briand Treaty. - ウィキソース.
10.^ 戰爭抛棄ニ關スル條約. 戰爭抛棄ニ關スル條約. - ウィキソース.
11.^ 清宮四郎「法律学全集 憲法Ⅰ第3版」有斐閣、1979年、112頁
12.^ 樋口陽一、中村睦男、佐藤幸治、浦部法穂『注釈 日本国憲法 上巻』青林書院新社、1984年、168頁
13.^ 佐藤幸治「憲法 第三版」青林書院、1995年(p.655)
14.^ 芦部信喜『注釈憲法 第1巻』有斐閣、2000年、408-409頁
15.^ Potsdam Declaration. Potsdam Declaration. - ウィキソース.
16.^ ポツダム宣言. ポツダム宣言. - ウィキソース.
17.^ “3-12 GHQに提出した「憲法改正要綱」”. 日本国憲法の誕生. 国立国会図書館. 2009年12月9日閲覧。
18.^ “3-10 マッカーサー三原則(「マッカーサーノート」) 1946年2月3日”. 日本国憲法の誕生. 国立国会図書館. 2009年12月9日閲覧。
19.^ “3-15 GHQ草案 1946年2月13日”. 日本国憲法の誕生. 国立国会図書館. 2009年12月9日閲覧。
20.^ 塩田純『日本国憲法誕生 知られざる舞台裏』日本放送出版協会、2008年、104頁
21.^ 塩田純『日本国憲法誕生 知られざる舞台裏』日本放送出版協会、2008年、106頁
22.^ 山室信一『憲法9条の思想水脈』朝日選書、2008年、269頁
23.^ 塩田純『日本国憲法誕生 知られざる舞台裏』日本放送出版協会、2008年、104頁
24.^ 山室信一『憲法9条の思想水脈』朝日選書、2008年、256頁
25.^ 山室信一『憲法9条の思想水脈』朝日選書、2008年、257頁
26.^ “3-22 「憲法改正草案要綱」 の発表”. 日本国憲法の誕生. 国立国会図書館. 2009年12月9日閲覧。
27.^ “3-25 口語化憲法草案の発表”. 日本国憲法の誕生. 国立国会図書館. 2009年12月9日閲覧。
28.^ 西修 『日本国憲法成立過程の研究』 成文堂、2004年3月31日、ISBN 4792303702、267頁
29.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、150頁以下
30.^ 長谷部恭男『新法学ライブラリー(2)憲法 第3版』2004年、新世社、60頁
31.^ 西修『日本国憲法成立過程の研究』成文堂、2004年、279頁
32.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、150頁
33.^ 西修 『日本国憲法成立過程の研究』 成文堂、2004年、281頁
34.^ 西修 『日本国憲法成立過程の研究』 成文堂、2004年、282頁
35.^ 官報号外昭和21年8月25日衆議院議事速記録35号503頁
36.^ 『憲法調査会総会第7回議事録』1957年、90-91頁
37.^ 山室信一『憲法9条の思想水脈』朝日選書、2008年、270頁
38.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、151-152頁
39.^ 佐藤功「憲法第九条の成立における『芦田修正』について」(東海法学1号)1987年、51頁
40.^ 西修 『日本国憲法成立過程の研究』 成文堂、2004年、287-288頁
41.^ 憲法調査会事務局『憲法の制定経過に関する小委員会報告書』1961年、502-503頁
42.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、152頁
43.^ 憲法調査会事務局『憲法の制定経過に関する小委員会報告書』1961年、502-503頁
44.^ a b “Transcript of Twenty-Seventh Meeting of the Far Eastern Commission, Held in Main Conference Room, 2516 Massachusetts Avenue, N.W., Saturday, September 21, 1946”. 日本国憲法の誕生. 国立国会図書館. 2009年12月9日閲覧。
45.^ 山室信一『憲法9条の思想水脈』朝日選書、2008年、253頁
46.^ 西修 『日本国憲法成立過程の研究』 成文堂、2004年、307-308頁
47.^ 宮沢俊義・芦部信喜補訂『コンメンタール全訂日本国憲法』日本評論社、1978年、507-508頁
48.^ 佐藤功『ポケット注釈全書・憲法(下)新版』有斐閣、1984年、819-820頁
49.^ 田中英夫「憲法第九条の制定過程とその意味するもの」(法学セミナー増刊・日本の防衛と憲法)1981年、63頁
50.^ 水戸地判昭52・2・17民集43・6・506
51.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(1)第4版』有斐閣、2006年、149頁
52.^ 野中俊彦・高橋和之・中村睦男・高見勝利『憲法(2)第4版』有斐閣、2006年、174頁
53.^ “「芦田修正」なくても合憲=自衛隊の憲法解釈”. 時事通信. (2012年2月17日). http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012021700931 2012年2月17日閲覧。


峻別不能説(一項全面放棄説)
およそすべての戦争は国際紛争を解決する手段としてなされるもの(侵略戦争と自衛戦争との峻別は困難)であり、憲法9条第1項の「国際紛争を解決する手段としては」の文言はなんらの留保たり得ず、憲法9条第1項の規定によって全ての戦争が禁じられており、憲法9条第2項の「前項の目的を達するため」とは憲法9条第1項全体の指導精神を受けて全ての戦争放棄という目的を実効化するためであるとみる説[注釈 4][123][124]。
一般に本説は第2項は第1項の実効性を確保するために定められたとみるもので、第2項冒頭の「前項の目的」とは憲法9条第1項全体の指導精神を指すとする一項全体動機説と結びつき、第2項前段は戦争の全面的放棄という第1項の目的を達するため一切の戦力の不保持を定めたものとみる(戦力全面不保持説と結びつく)[125]。
峻別不能説では国際紛争を解決する手段でない戦争はありえない(自衛戦争も国際紛争の存在を前提とする)とし、憲法に宣戦等に関する規定がないこと、本条全体の解釈として一切の戦争を放棄しているとみるのであれば「国際紛争を解決する手段としては」の文言も国際法上の用例に拘泥すべきでないこと、憲法第9条第1項ですべての戦争が放棄されたと解さなければ第2項の交戦権の否認との整合性がとれなくなること、憲法前文第2項は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と謳っていること、多くの戦争が自衛目的という名目で行われてきたという歴史的経緯などをその根拠として挙げる[126][127]。
峻別不能説の法解釈に対しては、平和という国際関係と密接な関連性を有する憲法9条の解釈においては文言についても国際法上の用例を尊重すべきであり、憲法9条の成立の経緯の点からみても妥当ではないとの批判がある[128][129]。具体的には峻別不能説では「国際紛争を解決する手段としては」の文言は何らの留保たり得ないと解釈するため、この文言の規範的意味を希薄化させるものであるとの批判[130]、あるいは、この文字が不必要ということになってしまうとの批判[131](第一項で全ての戦争が放棄されているという結論を導くのであれば「国際紛争を解決する手段としては」という文言がないほうが意味が明瞭になるという奇妙なことになるとの指摘[132])がある。また、憲法9条の成立の経緯の点において、マッカーサーノートでは「紛争解決のための手段としての戦争」と「自己の安全を保持するための手段としての戦争」が別々に定められていることから、「紛争解決のための手段としての戦争」は「自己の安全を保持するための手段としての戦争」とは異なるものを意味すると考えられ、このうち後者の文言のみが立法過程を経て放棄の対象から削られている点が指摘されている[133]。さらに、自衛戦争は他国からの急迫不正の侵略行為(武力攻撃)に対して、これを排除するためにやむを得ずなされる性格のものであり、被侵略国にとっては国際紛争を解決する手段としての戦争とはいえないという指摘[134]があるほか、第1項ですべての戦争が放棄されているとするならば第2項は確認規定にしか過ぎなくなるという指摘[135]がある。比較法の見地からも、イタリア共和国憲法第11条など日本国憲法第9条第1項と同様に「国際紛争を解決する手段としての戦争」の放棄を謳っている憲法の下での法解釈においても自衛戦争は放棄されていないと解釈されていることも本説の問題点として指摘されている[136]。
なお、長沼ナイキ事件第一審判決は「憲法は第九条第一項で自衛戦争、制裁戦争をも含めたいかなる戦争をも放棄したものであるとする立場があるが、もしそうであれば、本項において、とくに「国際紛争を解決する手段として」などと断る必要はなく、また、この文言は、たとえば、一九二八年の不戦条約にもみられるところであり、同条約では、当然に、自衛戦争、制裁戦争を除いたその他の不法な戦争、すなわち、侵略戦争を意味するものと解されており(このことは同条約に関してアメリカの国務長官が各国に宛てた書簡に明記されている。)、以後、国際連盟規約、国際連合憲章の解釈においても、同様の考えを前提としているから、前記した趣旨に解するのが相当と思われる。したがって、本条項では、未だ自衛戦争、制裁戦争までは放棄していない」と本説のような解釈に否定的な立場をとった[137]。
遂行不能説(二項全面放棄説)
憲法9条第1項の「国際紛争を解決する手段としては」の文言は不戦条約など国際法上の用例に従って侵略戦争の放棄を意味すると解釈すべきであるが、憲法9条第2項の「前項の目的を達するため」は憲法9条第1項の「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」するという文言あるいは憲法9条第1項全体の趣旨を戦力不保持の動機として示したものであり、憲法9条第2項の規定(戦力の不保持・交戦権の否認)によって「戦力」の遂行が困難となるために、結局、すべての戦争が放棄されているとみる説[注釈 5][138][注釈 6]。
本説の解釈は、第9条第1項はまず従来の諸外国の例にならい侵略戦争の放棄を明らかにしたものであり、その上で、憲法は第9条第2項でこの目的を達するための手段として一切の戦力の不保持と交戦権の否認をとったものであり、その結果として事実上すべての戦争が放棄されたものとみる(戦力全面不保持説と結びつく)[139]。
遂行不能説の根拠としては、平和という国際関係と密接な関連性を有する憲法9条の理解にとっては、「国際紛争を解決する手段としては」の文言についても国際法上の用例に従って理解することが有益かつ実定法上望ましいことが挙げられている[140]。また、「前項の目的を達するため」の文言は立法過程において第1項冒頭への文言の追加に呼応して加えられたものであり、第2項の冒頭にも重ねて「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」するためとすべきところを重複を避けるために「前項の目的を達するため」と受けたものであるから条件ではなく動機を示したものとみるべきであるという点も根拠として挙げられている[141]。
遂行不能説は憲法学上の多数説となっている[142][143]。
判例では長沼ナイキ事件第一審判決がこの説を採ったものといわれており[144]、「国際紛争を解決する手段として放棄される戦争とは、不法な戦争、つまり侵略戦争を意味する」とし、また、「「前項の目的」とは、第一項を規定するに至った基本精神、つまり同項を定めるに至った目的である「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求(する)」という目的を指す」(一項前段動機説)とした上で、「本項(第二項)でいっさいの「戦力」を保持しないとされる以上、軍隊、その他の戦力による自衛戦争、制裁戦争も、事実上おこなうことが不可能となったものである」と判示した[137]。そして、憲法9条と自衛権の関係について後述の非武装自衛権説に立って、「自衛権を保有し、これを行使することは、ただちに軍事力による自衛に直結しなければならないものではない」とし、自衛権の行使方法として外交交渉、警察力による排除、群民蜂起等を挙げ、「自衛権の行使方法が数多くあり、そして、国家がその基本方針としてなにを選択するかは、まったく主権者の決定に委ねられているものであって、このなかにあって日本国民は前来記述のとおり、憲法において全世界に先駆けていっさいの軍事力を放棄して、永久平和主義を国の基本方針として定立したのである」と判示した[137]。
一方で、基本的には本説と同様の法解釈に立ちつつ、憲法9条と自衛権の関係について後述の自衛力論に立って、憲法第9条で放棄の対象となっている「戦力」に至らない程度の必要最小限度の実力(自衛力・防衛力)を保持することは憲法上否定されておらず、国際法上において国家固有の権利として認められている自衛権に基づいてその自衛行動が認められるとする見解(後述の自衛力論)をとる立場もあり、政府見解も基本的に遂行不能説と同様の法解釈に立ちつつ自衛力論をとる立場をとっている[145][143][146]。政府見解は憲法制定時より憲法9条第1項では自衛戦争は放棄されていないが、第2項の戦力不保持と交戦権の否認の結果として全ての戦争が放棄されているとする遂行不能説に立ちつつ[147][148][149]、その後の朝鮮戦争の勃発を契機とする安全保障政策の流れの中で、交戦権を伴う自衛戦争と個別的自衛権に基づく自衛行動とは異なる概念であるとの立場をとり[150][151]、前者については憲法9条第2項(戦力の不保持及び交戦権の否認)により憲法上許容されないが、憲法9条第1項は自衛権を否定していないのであって自衛権行使の裏付けとなる外国からの急迫不正の武力攻撃を排除するための必要最小限度の実力は憲法9条第2項で保持しないとされる「戦力」にはあたらず後者については憲法上許容されていると解釈している[152][151]。これについて平成11年の参議院予算委員会において大森政輔内閣法制局長官(当時)は「個別的自衛権に基づく我が国を防衛するために必要最小限度の自衛行動というものは憲法が否定していないということを申し上げたのでございまして、いわゆる戦争の三分類による自衛戦争ができるんだということを申し上げたわけではないと。自衛戦争という場合には当然交戦権が伴うんでしょうけれども、先ほど我が国がなし得ると申し上げましたのは、自衛戦争という意味よりももう少し縮減された、あるいは次元の異なる個別的自衛権に基づく自衛行動というふうにお聞き取りいただきたいと思います」[150]と述べている。また、平成11年の参議院外交防衛委員会において秋山收内閣法制局第一部長(当時)は「自衛戦争の際の交戦権というのも、自衛戦争におけるこのような意味の交戦権というふうに考えています。このような交戦権は、憲法九条二項で認めないものと書かれているところでございます。一方、自衛行動と申しますのは、我が国が憲法九条のもとで許容される自衛権の行使として行う武力の行使をその内容とするものでございまして、これは外国からの急迫不正の武力攻撃に対して、ほかに有効、適切な手段がない場合に、これを排除するために必要最小限の範囲内で行われる実力行使でございます」[151]と述べている。政府見解は憲法9条第2項前段の解釈につき「憲法第9条第2項の「前項の目的を達するため」という言葉は、同条第1項全体の趣旨、すなわち同項では国際紛争を解決する手段としての戦争、武力による威嚇、武力の行使を放棄しているが、自衛権は否定しておらず、自衛のための必要最小限度の武力の行使は認められているということを受けている」との立場をとっており[153]、第2項の「前項の目的」は第1項全体の趣旨を指すとしつつ、第1項では国際紛争を解決する手段としての戦争、武力による威嚇、武力の行使を放棄しているが、自衛権は否定しておらず、自衛のための必要最小限度の武力の行使は認められていると解釈している[154]。
以上のように政府見解は基本的には遂行不能説と同様の法解釈を基礎とする法的構成に立っているが[155][156]、「戦力」に至らない程度の必要最小限度の実力(自衛力・防衛力)を保持することは憲法上否定されていないとしており、「自衛権」と「戦力」の理解の点で学説の遂行不能説とは少なからず異なっていると言われている[157][158]。この点については、政府見解が立脚しているはずの戦力全面不保持説と矛盾する結果をもたらすことになっているとの指摘[159]や2項後段の解釈の方法などの点を除けば結論において実質的に後述の限定放棄説(自衛戦争許容説・戦力限定不保持説)に接近しているという指摘[160]もあるが、政府見解は自衛のための「戦力」については保持しうるとする立場(自衛戦争許容説・戦力限定不保持説)を公式には採用しておらず[161]、あくまでも遂行不能説と同様の法解釈を基礎としながら「戦力」に至らない程度の実力のみ保持しうるとの法的構成に立脚している[162][163][164](自衛力による自衛権説(自衛力論)に立つ場合の、自衛力と憲法9条第2項後段(交戦権の否認)の規定との関係については後述の「交戦権」の解釈を参照)。
なお、本説に立った上で第2項の「前項の目的」とは第1項後段の「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」の部分を指すとする一項後段動機説がとられることもあるが、この説では憲法9条2項の前段ではなく後段の交戦権の否認の規定によってすべての戦争が放棄されると解釈する[165]。
遂行不能説の法解釈に対しては、すべての戦争の放棄という1つの目的のために2つの違った趣旨の規定を置いたことになり、憲法9条は立法技術的にみて拙劣な規定ということになってしまうとの批判がある[166][167]。
限定放棄説(狭義の限定放棄説・侵略戦争放棄説・自衛戦争許容説・戦力限定不保持説)
憲法9条第1項の「国際紛争を解決する手段としては」の文言は侵略戦争を放棄したものと解すべきで、憲法9条第2項の「前項の目的を達するため」は憲法9条第1項の侵略戦争放棄という目的を達成するための戦力不保持の条件を示したものであるから自衛戦争は許容されているとみる説[注釈 7][168][169]。
本説は第2項の「前項の目的」とは第1項後段の「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」の部分を戦力不保持の条件として指すとする一項後段不保持限定説から導かれ[170]、一般には自衛戦争のための「戦力」を保持することは否定されていないとする後述の自衛戦力肯定説(戦力限定不保持説)と結びつく[171]。
限定放棄説では侵略戦争と自衛戦争の区別は可能であるとし、1928年のパリ不戦条約の締結時においても自衛戦争まで放棄するものではないことは締約国の了解するところであったこと、本条の立法上の経緯、特に既述の芦田修正や憲法9条の制定過程において極東委員会が、当時、このような解釈の可能性を認めており、そのために憲法66条2項に文民条項を入れることを強く要求したとされること[44]、また、世界平和を最高の目的とする国際連合においても国連憲章51条において自衛権を認めていることなどを根拠とする[172][173]。この説の法解釈からは自衛戦争について憲法は許容しており、その扱いは立法政策上の問題であるとする[174]。
判例では百里基地訴訟第一審判決がこの説を採ったものといわれており[175]、「わが国は、外部からの不法な侵害に対し、この侵害を阻止、排除する権限を有するものというべき」とし、また、「「前項の目的」とは第一項全体の趣旨を受けて侵略戦争と侵略的な武力による威嚇ないしその行使に供しうる一切の戦力の保持を禁止したものと解するのが相当」とした上で、「わが国が、外部から武力攻撃を受けた場合に、自衛のため必要な限度においてこれを阻止し排除するため自衛権を行使することおよびこの自衛権行使のため有効適切な防衛措置を予め組織、整備することは、憲法前文、第九条に違反するものではない」と判示した[176]。
このほか国民主権の国家における国民は憲法やその前提となる国家の存立について責任を有するとともに、日本国憲法第13条の規定は基本的人権に加えられる国内外からの侵害を排除することを要請すると説く学説もあり[177]、百里基地訴訟第一審判決も「国家統治の根本を定めた憲法は、国としての理念を掲げ、国民の権利を保障し、その実現に努力すべきことを定めており、しかも、憲法前文第二項において、「われらの安全と生存」の「保持」を「決意」していることによっても明らかなように、憲法は、わが国の存立、わが国民の安全と生存を、その前提として当然に予定するところであるから、わが国の主権、国民の基本的人権の保障を全うするためには、これらの権利が侵害されまたは侵害されようとしている場合、これを阻止、排除しなければならないとするのが、憲法の基本的立場であるといわなければならない」と判示している[178]。
限定放棄説の法解釈に対しては、戦力不保持を定めた9条2項の存在理由がなくなるもしくは極めて不明確になるとの批判があり[179]、また、自衛戦争のための「戦力」と侵略戦争のための「戦力」を区別しうるのか、あるいは自衛戦力の保持が可能であるとすれば軍隊の設置や戦争の遂行についての規定が憲法に規定されていて然るべきはずであるといった批判がある[180]。遂行不能説(二項全面放棄説)の立場では憲法9条第1項の段階では自衛戦争は放棄されていないと解釈するが、この遂行不能説(二項全面放棄説)の立場をとる論者からは、自衛のための戦力保持が可能であるとするのであれば、第1項では侵略戦争のみを放棄しているのであるから自衛戦争のための「戦力」を保持しうるのは自明で第2項は全く不必要のはずであり、あえて戦力の不保持について規定する第2項の存在理由が説明できなくなるとの指摘がある[181]。
「自衛戦争」の概念については学説上の混乱が問題点として指摘されている[182]。
国際法(国連憲章)との関係上、限定放棄説において許容される「自衛戦争」とは当事者が法的に平等な地位において戦う闘争(full-blown selfdefence)ではなく、武力攻撃に対する自衛行動(limited selfdefence)にとどまるものであるとの見解がある[183]。このような点から、本説に立った上で、憲法9条第2項前段により「戦力」は保持できないとして後述の自衛戦力肯定説をとらずに、人員・装備の点で「戦力」に至らない程度の「自衛力」を保持することはできるとする後述の自衛力論と結び付けて説く学説もある[184][注釈 8]。ただ、限定放棄説(自衛戦争許容説・戦力限定不保持説)に対しては文理解釈や憲法の体系的解釈の点で難があるとの指摘があり、政府見解は前述のように交戦権を伴う自衛戦争と個別的自衛権に基づく自衛行動とは概念を異にするとの立場をとりつつ[150][151]、自衛行動のための「戦力」に至らない程度の実力についてのみ保持しうるとしており(後述)[185]、法解釈の構成上は本説(自衛戦争許容説・戦力限定不保持説)ではなく遂行不能説を基礎とする法解釈に立ちつつ後述の自衛力論をとる立場に立っている[143][186][注釈 9]。
なお、「自衛戦争」の概念について、憲法第9条の解釈において従来の論者は「自衛戦争」の中に侵略的自衛戦争と自衛行動の双方を含意して用いてきたが、この二つは交戦法規の適用対象あるいは許容される軍事行動の態様の点で異なるとの指摘がある[187]。一方で「自衛戦争」と「自衛行動」という概念の区別が議論に混乱をもたらしているとする見解もあり、政府見解の「自衛のための戦力」とは異なる「自衛力」また「自衛戦争」とは異なる「自衛権の発動」という理論構成について議論に混乱をもたらしているとする見解もある[188]。

自衛権の問題[編集]自衛権の意義[編集]自衛権(個別的自衛権)とは「外国からの違法な侵害に対して、自国を防衛するために緊急の必要がある場合、それに武力をもって反撃する国際法上の権利」と定義され、国際連合憲章51条ではこの個別的自衛権に加えて集団的自衛権も規定する[189]。この国際連合憲章51条を以下に引用する。

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

自衛権の行使[編集]国際法上、自衛権の行使が正当化されるためには、違法性、必要性、均衡性の要件を満たすことが必要と考えられている[190][191]。

違法性
侵害が急迫または現実のものであって、その行為が違法(不正)なものであること。
必要性
侵害排除という目的を実現するために一定の実力を行使する以外に選択する手段がないこと。
均衡性
自衛のための実力行使は必要な限度で行使され、侵害行為に対して均衡を失わない程度のものであること。
憲法9条と自衛権[編集]憲法9条と自衛権の関係については、次のような説がある[192][注釈 10]。

自衛権放棄説
憲法9条は自衛権を放棄しているとする説[193]。
本説では自衛権が武力の行使を伴うことは不可避であり、日本国憲法の下では自衛権は放棄されているとみる[193]。
本説に対しては、日本も主権国家である以上は自衛権そのものまで放棄しているとみることはできないのではないかとの指摘がある[194]。
ほとんどの侵略的戦争も自衛目的で行われており、自衛権を認めるならばほとんどの侵略行為も正当化されることから、「自衛権」を否定する考えも多い[要出典]。
自衛権留保説
自衛力なき自衛権説(非武装自衛権説)
憲法9条は自衛権を放棄してはいないが、軍事力を伴わない手段に限られるとする説[195]。
本説では国際法上において国家固有の権利として認められている自衛権は放棄されてはいないが、憲法9条第2項により「戦力」や「武力」を用いた自衛権の行使は禁じられているとみる[196]。
判例では長沼ナイキ事件第一審判決がこの説を採ったものといわれる[197]。
本説では軍事力を伴わない手段として、具体的に外交交渉、警察力、群民蜂起などを挙げる[198]。
本説に対しては、外交交渉、警察力、群民蜂起による自衛権の行使という観念は、伝統的な「自衛権」の概念とは異なるものであり、一定の客観的な意味と役割を有しているはずの「自衛権」の固有の意味を失わせ異質化させるものであるとの指摘がある[199]。
自衛力による自衛権説(自衛力肯定説・自衛力論)
憲法9条は自衛権を放棄しておらず「戦力」に至らない程度の実力(自衛力・防衛力)の範囲において自衛権が認められるとする説[200]。
本説では国際法上において国家固有の権利として認められている自衛権は放棄されておらず、その自衛行動をとるために必要とされる「戦力」に至らない程度の実力を保持することは憲法上否定されていないとみる[201]。
政府見解(公定解釈)はこの立場をとっている[202]。判例では砂川事件上告審判決がこの説を採ったのではないかとみる見解がある一方[203]、この事案が駐留米軍に関するものであったことから、日本独自の自衛力を保持することの是非についてまでは明らかとなっていないとみる見解もある[204]。
学説においては本説の根拠として、国際法上において国家固有の権利として認められている自衛権は放棄されておらず、憲法が無防備・無抵抗を定めているとみることは正当でないが、憲法第9条に戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認が定められており、そのほか憲法に宣戦など戦争に関する規定が全くないことから、自衛権の行使は必要最小限度に限られ、その自衛行動をとるために必要とされる「戦力」に至らない程度の実力を保持することは憲法上否定されていないとみる[205]。本説は「戦力」に至らない程度の自衛のための必要最小限度の実力についてのみ保持しうると解釈するものであり、その一定の制約から伝統的な「自衛権」の概念は憲法上維持できないとみる点で自衛戦力許容説とは法理論上は異なる立場となる[206][207]。
本説に対しては自衛権の存在をもって直ちに憲法上の自衛力の保持の容認に繋がるか疑問であるとの指摘[208]や、「自衛力」と「自衛の戦力」との相違が必ずしも明確ではないとの指摘がある[209]。
自衛戦力による自衛権説(自衛戦力肯定説)
憲法9条は自衛戦争のための「戦力」を保持することを否定していないとする説[210]。
本説は上の限定放棄説と結びつく説であり[211]、憲法上、自衛戦争は放棄されておらず、そのための「戦力」を保持することも許容されているとみる[212]。
本説に対しては憲法9条の理解が形式的に過ぎ、戦力不保持について定める第2項前段の解釈の点で問題があるとの指摘がある[213]。
判例において百里基地訴訟第一審判決や長沼ナイキ事件第二審判決ではこのような解釈がとられたが、一方、砂川事件第一審判決ではこのような解釈に否定的な判断がなされた[214][215]。
本説は憲法上、自衛目的のための「戦力」の保持は可能であり、伝統的な「自衛権」の概念が憲法上も維持されるとみる点で上の他の説とは異なる[216][217]。
なお、政府見解(公定解釈)は自衛力による自衛権説に立っており、「「戦力」に至らない程度の必要最小限度の実力」は保持できるが「戦力」は保持できないとしているので自衛戦力肯定説とは異なる[218]。
集団的自衛権[編集]「集団的自衛権」を参照

集団的自衛権とは「他の国家が武力攻撃を受けた場合、これに密接な関係にある国家が被攻撃国を援助し、共同してその防衛にあたる権利」と定義される[219]。国際連合憲章51条に定められている。日本の集団的自衛権について国際法上は、日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)第5条(C)が「連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する。」と定め、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言(日ソ共同宣言)第3項は「日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、それぞれ他方の国が国際連合憲章第51条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有することを確認する。」と定める。

政府見解はわが国は集団的自衛権を国際法上保有しているが、憲法上その行使は許されないという立場をとっており[220]、1981年(昭和56年)の政府答弁書で「我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている」[221]と述べている。

「戦力」の解釈[編集]「戦力」の内容[編集]憲法9条第2項の「戦力」の内容については、次のような説がある[222][223][224][225][226]。

戦力全面不保持説
憲法9条第2項は一切の「戦力」の保持を禁じているとする説。「戦力」の内容の具体的基準をめぐって以下のような説に分かれる。
潜在的能力説
憲法第9条第2項にいう「戦力」とは戦争に役立つ可能性のある潜在的能力をすべて含むとする説[227]。本条英文「other war potential」などを根拠とする[228][229]。
この説に対しては警察力、重工業施設、港湾施設、航空機や空港・飛行場、航空工学の研究など科学技術、エネルギー資源等までも「戦力」に含まれうることとなり広汎に過ぎ失当であるとの批判がある[230][231][232]。
超警察力説
憲法第9条第2項にいう「戦力」とは警察力を超える程度の実力をいうとする説[233]。この説からは一般に憲法9条第2項にいう「戦力」とは「軍隊」あるいは「軍備」を指すものであるとし、「軍隊」を「外敵の攻撃に対して実力をもって抵抗し、国土を防衛することを目的として設けられる人的および物的手段の組織体」と定義する[234]。
近代戦争遂行能力説
憲法第9条第2項にいう「戦力」とは近代戦争遂行に役立つ程度の装備・編成を備えるものをいうとする説[235]。1952年(昭和27年)に第四次吉田茂内閣によって政府見解として示されたものである[236][237][238]。
超自衛力説
憲法第9条第2項にいう「戦力」とは自衛のための必要最小限度を超える実力をいうとする説[239]。1954年の自衛隊発足に伴って第一次鳩山一郎内閣によって示されたもので[240]、現在の政府見解(公定解釈)の立場である[241]。憲法第9条第1項は自衛権を否定しておらず、その否定されていない自衛権の行使の裏付けとなる自衛のため必要最小限度の実力は憲法第9条第2項にいう「戦力」にはあたらず、それを超えるものが憲法第9条第2項にいう「戦力」であると解釈する[242]。
戦力限定不保持説(自衛戦力肯定説)
憲法第9条第2項は自衛のための「戦力」まで禁ずるものではないとする説[243]。
「戦力」の判断基準[編集]「戦力」にあたるか否かの判断基準については、その実力組織を利用する者の目的という主観的観点から判断すべきとする主観説もあるが、実力組織そのものの性質という客観的観点から判断すべきとする客観説が通説となっている[244]。

不正規兵[編集]義勇隊(義勇兵)、組織的抵抗運動体、群民蜂起といった国際法にいう不正規兵は戦時において自然発生的に生じるものであり、憲法第9条第2項にいう「戦力」にはあたらないとされる[245]。

その他[編集]海上保安庁法には「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」とする規定がある[246]。

「交戦権」の解釈[編集]「交戦権」の内容[編集]憲法9条第2項後段にある「交戦権」の内容については、次のような説がある[247][248]。

広く国家が戦争を行う権利をいうとする説[249]
この説からは憲法9条2項後段は実質的には憲法9条1項と同じことを別の表現を用いて規定したものということになる[250]。なお、現代においては戦争が全面的に違法化されており国家が戦争を行う権利などありえようはずもないとして、本説における交戦権の否認の意味は事実上の戦争の放棄を意味するものとなるとの指摘がある[251]。
この説に対しては、憲法9条2項後段が1項の規定との重複する内容のものとなってしまうとの批判[252]や国際法上の通常の用例に反する解釈であるとの批判[253]がある。
国際法において交戦国に認められている権利の総体をいうとする説[254]
この説からは具体的には船舶の臨検・拿捕、占領地行政等の権利などが「交戦権」に含まれるとする[255]。
この説に対しては「国の交戦権」の字句からみて日本語として無理のある解釈であるとの批判[256]がある。
上の両者をすべて含むとする説[257]
ただし、広く国家が戦争を行う権利をいうとする説でいう交戦権は国際法において交戦国に認められている権利の総体をいうとする説でいう交戦権を包含する関係にあることから[258]、これら両者をすべて含むとするこの説でいう「交戦権」は結論的には広く国家が戦争を行う権利をいうとする説での「交戦権」と重なり合うとみられている[259]。そのため、この説は広く国家が戦争を行う権利をいうとする説と異なる説であるとする独自の存在意義に乏しいとの批判がある[260]。
これらの説のうち「国際法において交戦国に認められている権利」をいうとする説が多数説となっている[261][注釈 11]。判例においても「国際法上の概念として、交戦国が国家として持つ権利」をいうとし(長沼ナイキ事件第一審判決、百里基地訴訟第一審判決)、政府見解も「交戦者として戦時国際法上認められている権利」をいうとしている[262]。

峻別不能説・遂行不能説・限定放棄説との関係[編集]上のように「交戦権」については「広く国家が戦争を行う権利」とみる説と「国際法において交戦国に認められている権利」とみる説がある[263]。

憲法第9条第2項後段の交戦権の否認については、同項前段の「前項の目的を達するため」の文との関係が問題となるが、学説の多くは「前項の目的を達するため」の文は後段の「国の交戦権は、これを認めない」の部分にまでかからないとみている[264]。

限定放棄説では憲法9条第2項前段の「前項の目的を達するため」を侵略戦争放棄という目的を達成するための条件を示したものとみるが、この文が句点によって区切られた憲法9条第2項後段の「国の交戦権は、これを認めない」の文言にまでかからないのではないかという問題を生じる[265][266]。この点については、限定放棄説から、「交戦権」の内容を「国際法において交戦国に認められている権利」と解釈し、憲法9条2項後段の交戦権の否認については、あえて他の国家に対して国際法上の交戦権を主張しない趣旨であるとみる説がある[267]。一方でこのような解釈とは異なり、そのまま「前項の目的を達するため」の文は後段の「国の交戦権は、これを認めない」の部分にまでかかり、交戦権の否認も侵略戦争放棄という目的を達成するための限定的なものとなるとする説もある[268]。この説によれば、憲法第9条第2項後段は、万が一、侵略的な行動を犯した場合にも交戦国の権利を主張できないという趣旨であるとの帰結となり、二重に侵略行動を抑圧するものであるとする[269]。なお、前述のように、政府見解は基本的には遂行不能説と同様の法解釈に立ちつつ「前項の目的を達するため」の文は憲法9条第2項後段の「国の交戦権は、これを認めない」の文にまでかからないとした上で、交戦権は全面的に否認されているが交戦権とは区別される自衛行動権(自衛権の行使として自国に対する急迫不正の武力攻撃を排除するために行われる必要最小限度の実力を行使する権利)については憲法上否認されていないと解釈する[270]。

一般に限定放棄説からは「交戦権」を「広く国家が戦争を行う権利」と解釈すると結局のところ全面放棄となってしまうため、「交戦権」については「国際法において交戦国に認められている権利」と解釈する説とのみ結びつくと考えられている[271]。これに対して、峻別不能説及び遂行不能説からは、「交戦権」について「広く国家が戦争を行う権利」とみる説と「国際法において交戦国に認められている権利」とみる説のいずれの説とも結びつくといわれる[272]。

峻別不能説(一項全面放棄説)に立って、「交戦権」を「国際法において交戦国に認められている権利」とみる説からは、憲法9条2項後段は憲法9条1項の戦争の全面的放棄の裏付けとして国際法上の観点から規定されたものと説明される[273]。また、峻別不能説(一項全面放棄説)に立って「交戦権」を「広く国家が戦争を行う権利」とみる説からは、憲法9条第1項は事実上の戦争を禁じるものであり、第2項は法上の戦争も否認するものであると説明される[274]。

遂行不能説(二項全面放棄説)に立って、「交戦権」を「国際法において交戦国に認められている権利」とみる説からは、憲法9条2項前段は物的な面から、憲法9条2項後段は法的な面から戦争を不可能にする趣旨であると説明される[275]。また、遂行不能説(二項全面放棄説)に立って「交戦権」を「広く国家が戦争を行う権利」とみる説からは、憲法9条2項後段は憲法9条前段の戦力不保持とあわせて一切の戦争が行えなくなったことを示すものと説明される[276]。

なお、「戦力」に至らない程度の実力を「自衛力」あるいは「防衛力」として認め、これについては保持しうるとする自衛力による自衛権説をとる場合の自衛力の行使と交戦権の否認との関係については次節参照。

自衛力・防衛力との関係[編集]憲法9条2項前段によって不保持の対象となっている「戦力」を保持することはできないが、「戦力」に至らない程度の実力(自衛力・防衛力)については保持することが認められるとする「自衛力による自衛権説」に立つ場合、その自衛力の行使と憲法9条2項後段(交戦権の否認)との関係が問題となる。この点について、自衛のための必要最小限度の自衛力の行使の関係においてのみ例外的に交戦権が存在しているとみる見解[277]がある一方、政府見解のように憲法9条2項前段の「前項の目的を達するため」は憲法9条2項後段(交戦権の否認)にはかからないので交戦権は全面的に否認されているが、交戦権とは区別される自衛行動権(自衛権の行使として自国に対する急迫不正の武力攻撃を排除するために行われる必要最小限度の実力を行使する権利)については憲法上否認されていないとみる見解[278]もある。

この点について、昭和44年の参議院予算委員会において高辻正己内閣法制局長官(当時)は「あくまでも憲法の第九条二項が否認をしている交戦権、これは絶対に持てない。しかし、自衛権の行使に伴って生ずる自衛行動、これを有効適切に行なわれるそれぞれの現実具体的な根拠としての自衛行動権、これは交戦権と違って認められないわけではなかろうということを申し上げた趣旨でございますので、不明な点がありましたら、そのように御了解を願いたいと思います」[279]と述べている。

自衛行動の地理的範囲[編集]政府見解では我が国が自衛権の行使として我が国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することのできる地理的範囲は、必ずしも我が国の領土、領海、領空に限られるものではなく、自衛権の行使に必要な限度内で公海・公空に及ぶとする[280]。

また、武力行使の目的をもって自衛隊を他国の領土、領海、領空に派遣することは、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって、憲法上許されないが[281]、わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対して誘導弾等による攻撃が行われた場合に、その攻撃を防ぐのに必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくということは、法理的には自衛の範囲に含まれ可能であるとする[282]。

保有しうる兵器の範囲[編集]政府見解では性能上専ら他国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられる兵器については、いかなる場合においても、これを保持することが許されないとし、例えばICBM、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母については保有することが許されないとする[283]。

戦時国際法及び国際人道法の適用[編集]交戦権の否認との関係で戦時国際法及び国際人道法の適用が議論されることがあるが、1978年(昭和53年)の衆議院内閣委員会において真田秀夫内閣法制局長官(当時)は「憲法の制約内における実力行使はできるわけでございますから、その実力行使を行うに際して既述されている戦時国際法規は適用があります。たとえば、侵略軍の兵隊を捕虜にした場合にはその捕虜としての扱いをしなければならないというようなことは当然適用があるということでございます」[284]と述べている。また、同委員会において柳井俊二外務省条約局法規課長(当時)は「一九四九年のいわゆるジュネーブ諸条約その他条約がございまして、これはわが国も締約国になっておりますし、これらの条約に規定されましたところのもろもろのルールというものはわが国についても適用があるというふうに考えております」[285]と述べている。さらに、平成2年の国際連合平和協力に関する特別委員会において柳井俊二外務省条約局長(当時)は「我が国が紛争当事国にならない場合におきましては、自衛官もあるいは文民もいわゆる第四条約、これは戦時における文民の保護に関する千九百四十九年のジュネーヴ条約でございますが、この文民の保護に関する条約のもとで保護を受けるということでございまして、この場合におきましては、自衛官の場合もあるいはそれ以外の文官の場合も特に変わりなく人道的な保護を受けるということでございます。(中略)このようなことは実際上は余り考えにくいわけでございますけれども、ある国が我が国をいわば紛争当事国とみなすというようなことを全く理論的に考えました場合におきましては、この自衛官は国際法上軍人とみなされますから捕虜の待遇を受けるわけでございます。この場合におきましては、ヘーグ条約あるいは捕虜の待遇に関する千九百四十九年のジュネーヴ条約の保護を受けます。そして文民の方々は、先ほど挙げましたジュネーブ第四条約、文民の保護に関する条約の保護を受けることになります」と述べている[286]。

憲法改正権との関係[編集]憲法改正無限界説
憲法改正に限界はないとする説からは憲法9条も当然に改正しうるとする[287]。
憲法改正限界説
憲法改正には限界があるが、国民主権原理のみが憲法改正の限界にあたるとし、憲法9条は憲法改正の限界に含まれない(憲法9条第1項の「永久に」に法的意味はなく国家の方針を示した宣言的文言である)とする説[288]
憲法改正には限界があり、憲法9条第1項については憲法改正の限界に含まれるとみる説[289]
憲法改正には限界があり、憲法9条第1項・第2項ともに憲法改正の限界に含まれるとみる説[290]
第9条に関する有権解釈[編集]政府における解釈[編集]政府見解は憲法9条第1項では自衛戦争は放棄されていないが、第2項の戦力不保持と交戦権の否認の結果として全ての戦争が放棄されているとする立場をとりつつ[291]、交戦権を伴う自衛戦争と個別的自衛権に基づく自衛行動とは異なる概念であるとし、このうち個別的自衛権に基づく自衛行動について憲法上許容されているとの解釈をとるに至っている[292][150][151]。

1946年9月、金森徳次郎国務大臣
「第二項は、武力は持つことを禁止して居りますけれども、武力以外の方法に依つて或程度防衞して損害の限度を少くすると云ふ餘地は殘つて居ると思ひます、でありますから、今御尋になりました所は事の情勢に依つて考へなければならぬのでありまして、どうせ戰爭は是は出來ませぬ、第一項に於きましては自衞戰爭を必ずしも禁止して居りませぬ、が今御示になりましたやうに第二項になつて自衞戰爭を行ふべき力を全然奪はれて居りますからして、其の形は出來ませぬ、併し各人が自己を保全すると云ふことは固より可能なことと思ひますから、戰爭以外の方法でのみ防衞する、其の他は御説の通りです」(1946年(昭和21年)9月13日、貴族院帝国憲法改正案特別委員会における高柳賢三議員に対する金森徳次郎国務大臣の答弁)[293]
「第一項では自衞戰爭は出來ることになつて居ります、第二項では出來なくなる、斯う云ふ風に申しました、第九條の第一項では自衞戰爭が出來ないと云ふ規定を含んで居りませぬ、處が第二項へ行きまして自衞戰爭たると何たるとを問はず、戰力は之を持つていけない、又何か事を仕出かしても交戰權は之を認めない、さうすると自衞の目的を以て始めましても交戰權は認められないのですから、本當の戰爭にはなりませぬ、だから結果から言ふと、今一項には入らないが、二項の結果として自衞戰爭はやれないと云ふことになります」(1946年9月13日、貴族院帝国憲法改正案特別委員会における大河内輝耕議員に対する金森徳次郎国務大臣の答弁)[294]
1953年8月、下田武三外務省条約局長
「国家の自衛権を憲法は禁止しておりませんから、自衛行動はとれると思います。ところが自衛のための戦争となりますと、これは別のことでございまして、戦争であれば敵の領土まで行って爆撃してもいいわけであります。ところがそれは自衛行動とは別であって、交戦権が認められて初めて敵の領土奥深く入って敵の首都を爆撃するという権利が発生するわけであります。そういう交戦権というものは認めていないのでありますから、国際法上の戦争と関連して初めて認められる権利は私は行使し得ない、戦争に至らざる自衛行動ならなし得る、そう考えております。」(1953年(昭和28年)8月5日、衆議院外務委員会における下田武三外務省条約局長の答弁)

「戦力」についての政府解釈の変遷[編集]憲法学者からは「戦力」概念について政府見解の変遷が指摘されることがある。憲法制定当初、政府は、憲法は一切の軍備を禁止し、自衛権の発動としての戦争をも放棄したものとしていた。しかし、朝鮮戦争に伴う日本再軍備とともに、自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法上禁止されておらず、自衛隊は必要最小限度の「実力」であって、憲法で禁止された「戦力」には当たらないとするに至っている。

1946年6月、吉田茂内閣総理大臣
「自衞權に付ての御尋ねであります、戰爭抛棄に關する本案の規定は、直接には自衞權を否定はして居りませぬが、第九條第二項に於て一切の軍備と國の交戰權を認めない結果、自衞權の發動としての戰爭も、又交戰權も抛棄したものであります」(1946年(昭和21年)6月26日、帝国議会衆議院本会議における原夫次郎議員に対する吉田茂首相の答弁)[295]
「戰爭抛棄に關する憲法草案の條項に於きまして、國家正當防衞權に依る戰爭は正當なりとせらるるやうであるが、私は斯くの如きことを認むることが有害であると思ふのであります」(1946年6月28日、帝国議会衆議院本会議における野坂参三議員に対する吉田茂首相の答弁)[296]
1950年7月、吉田茂内閣総理大臣
「(警察予備隊の設置)の目的は何か、これは全然治安維持であります。秩序を維持するためであります。その目的以外には何ら出ないのであります。これが、あるいは国連加入の條件であるとか、用意であるとか、あるいは再軍備の目的であるとかいうようなことは、全然含んでおらないのであります。現在の状態において、いかにして現在の日本の治安を維持するかというところに、全然その主要な目的があるのであります。従つて、その性格は軍隊ではないのであります。また軍隊によつていわゆる国際紛争を解決するというのは軍隊の目的としての一つでありますが、この警察予備隊によつて国際紛争を解決する手段とは全然いたさない考であります」(1950年(昭和25年)7月29日、衆議院本会議における佐瀬昌三議員に対する吉田茂首相の答弁)[297]