キヨママのグリオーマ闘病記 -84ページ目

キヨママのグリオーマ闘病記

ある日突然、前頭葉膠芽腫グリオブラストーマG4と宣告。
天使のような一歳の娘をもつ32歳のママ。
病気(グリオーマ)のこと、日々のこと、要望など、なんでも書いていこうと思います。

昨日の土曜日は退院後、初のパパ出勤日。

在宅だから会社には行かないんだけど、

午前中は具合が悪いとのことで、寝ていたので、そのまま寝かせてあげました。

私は特に身体も辛くないので、朝からフル稼働。

娘のごはんに、洗濯、台所片付けて、、

娘とハイテンションで遊びまくり、

お昼ごはん、、

そのころパパが起きてきて、パパ病院へ。

このころから、少し身体に異変。

とにかく眠くなってきて。

入院中もよくあったんだけど、頭がボーッとして、目を閉じると意識が遠のくように眠ってしまう。

娘が生まれてから、娘が起きてるときは眠ってしまうことはなかったんだけど、、

パパが病院へ行ったあとの記憶がない。

ハッと目を覚ましたら、娘が一人でニコニコ遊んでた。

怖かったな。

その間に娘に何かあったとき、気づかないかもしれない。

パパに帰ってきてコールして、一安心です。

私って病人なんだと自覚した日でした。

頭蓋骨切って、脳みその一部取ってるんだもんな…

頭がベコって凹んでるものね。

そりゃ、頭もボーッとするし、ジンジンするよな。

闘病の先輩にこの日のことをメールしたら、

私たちは自分が思っているより遥かに自分を労らなければならない身体なのですよ。過保護なくらいの生活がいいかも。と。

なるほど、確かにそうなのかもな。

病気になる前までは、大丈夫!元気だし!って思って生活してて、

今もそういう気持ちになりがちで、どうしても動いてしまうけど、病人ということを自覚しなくちゃな。

自分の身体と毎日向き合おう。

うちの最寄りの駅には毎年この時期、七夕の笹がたくさん。


近所の保育園や幼稚園の園児が願い事を書いて飾ります。


今年はうちの娘のも飾られます。


書くのはもちろん親だけどね。


先週、その短冊を持ってきました。


・・・なに書こう。意外と悩む。


深く考えないで書こうとは思うんだけど、どうしても願いとなると考えちゃって。


旦那は私のこのを書きたがってたけど、それもどうかと思って。


最終的には、


『たくさん食べて たくさん眠って たくさん遊んで 毎日笑顔で暮らせますように』



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と書きました。


笑顔で暮らしたい。とにかく笑っていたいです。


願い事を考えてるときに、健康についても考えた。


子供にはもちろん健康でいてほしい。


でも、私が娘に本当に願うことは、周りの人、大切な人、自分自身、大病を患ったとき、


どうか強くいてほしいと思う。


人生なにがおきるか分からない。


本当に悲しいこともたくさんある。


病気もそうだし、災害や事故。死に直面することもある。


起こらないほうがいいんだけど、もし起きたときは、強く、前向きに生きてほしい。


それが本当の願い。


私は自分の母親にそう教わった気がする。


お母さんが死んだとき、もちろん悲しくて、苦しかったけど、


大丈夫だった。


側にいてほしいときもあったけど、強く生きれたと思う。


特にお母さんから何を言われたわけではないけど、大丈夫だった。


お母さんの死をマイナスにとらえたことはない。


プラスに考えたことのほうが多い。


今、私は日々自分の死を考えるけど、怖くない。


そして、病気になった当初は娘のことが不安だったけど、


今は不思議と不安はない。


娘の成長、周りのサポート、それを目の当たりにしたからだろうな。


でも、欲を言えば、もう少し娘の成長見たいから、生きさせてもらいます・・・(笑)


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ここ最近の娘ちゃん、甘えん坊です。


怒ることもあるけど、できるだけ時間をかけて、


娘の言いたいこととか、主張を聞くようにしています。


甘えさせまくってます。


ごはん食べるときは、二人きりじゃないとイヤ。


パパやじーじが側に来るだけでイヤ。


最初はママが食べさせてくれないとイヤ。


ママが本を読んでくれないとイヤ。


などなど、自分の主張が通らないと延々とグズる。


これが私が病気にならず、仕事してたら時間もないし、大変だっただろうな・・・


運よく・・・?病気になり仕事してないので時間があるから、イライラせず甘えさせれてるんだろうな。


世の中の働くママたちには本当に頭が下がる。


家事に育児、全部だもんな。


私もその予定だったんだけどね・・・


その予定でいろいろ調べてて、やっぱり保育園に行かせるにあたって、


子供との時間のとりかたは共通というか、密に接すると子供もわかってくれるだなーって。


保育園から帰ってきたら、ママとしては早くごはんの準備とかいろいろ家事したいけど、


一旦なにもせず子供ととにかく遊ぶと、


子供の心は満たされて、そのあと家事してもそこまで愚図らないって聞いてて。


まさにそうだなーって。


今の私は薬の時間があるから食事の時間もあまりずらしたくないんだけど、


娘が遊んでほしいとアピールしているときは、少しでも食事を中断して、遊ぶ。


そうすると満足してくれる。


今までは保育園に行く前はギャン泣きだった。


そりゃ、ママと離れるのイヤだよね・・・


またどっか行っちゃうのかと不安だろうし、帰ってきたらいないかもって思うよね・・・


でも退院して約2週間たった今日は、ちゃんと自分から保育園のバック持って、


『バイバ-イ』って。


うれしかったな。


『ありがとう。ママうれしいよ。』って何回も伝えた。


毎日、『ママ待ってるから、先生とお友達とたくさん遊んできてね』って言って送り出してた。


そして、帰ってきたらママが待ってるって理解してくれたんだな。


子供ってほんとすごいんだなー


たまに不思議になる。


いまって、旦那と二人っきりになることが増えて、


そうすると、ふと、ん?そういえば私って人の親だったなーって。


あんなに可愛い子の親なんだなーって。


もっと一緒にいたいなーって。


ランドセル姿見たいなーって。


旦那が昨日の夜


『たった数か月余命がのびるだけかもしれないけど、娘と過ごせる数か月はお金じゃない』って。


たしかにそうなのかな。


でもやっぱり高い。


そして、そのお金を自分に使うのが違うような気がする。


違うわけではないんだろうけど、気が引ける。


でも、昨日の旦那の言葉を聞いて、使うべきなのかなとも思う。


じーじも協力的だし。ありがたい。


私はいつまでたってもお父さんの娘で甘ったれなんだなと昨日しみじみ思ったな。


私が数か月長く生きる意味。


考えよう。

旦那がセカンドオピニオンに行った病院へ診察に行ってきました。


腫瘍に強い大学病院。


ショッピングモールみたいだったなぁ~


駐車場とかエレベーターとか。


脳腫瘍の教授とお話してきましたよ。


感じのいいような、悪いような。


でもいいのかな。明るい感じのおじさん。


やっぱり腫瘍専門だから詳しかったな。


今後の治療のこととか、、、


再発を防止する治療。自費だから高い。


いまだに、どんな効果が出るか誰もわからないから、悩む。


数か月余命を伸ばすためだけに、百何十万出すのって・・・


他の思い出作りに使ったほうがいいような。


そもそも、そんなお金ないけど(笑)


また悩むな。。


それも、来週までに決めないとで。


治療開始すると免疫が下がるから、なんとかで、いろいろタイミングがあるらしく。


家族で話し合って、考えて、決めよう。

旦那とは常に話しをしてるんだけど、そういえばこのこと話してなかったなー、とかいうのがよくあります。
週末は、そういえば手術後、ICUにママが移動してからの話しって簡単にしかしてなかったなと思い、そのときのことを話しました。


旦那とお父さんは術後1時間ぐらいでICUの私のところに来たみたい。

私が覚えてる範囲では、、手術室に入って、ベッドに寝て、目を閉じて、次に目を開けたらICU。

9時間の手術が終わってました。

ご家族呼びますからね、の誰かの声で自分の足元の方を見ると、旦那とお父さんが来て。

何かを話したのは覚えてるけど、正確にはまったく覚えてないな。

ただ、旦那はこのとき一番涙を堪えてたんだって。

知らなかったな。

でも、そうだよな。

ある日、いきなり腫瘍がみつかって、すぐに入院で、次の日には検査でママは記憶喪失みたいなこと言い始めて、そんで手術。

無事に手術が終わったことへの安心と、今後の不安、いろんな想いがあっただろうな。

旦那さん頑張りましたね。

今後も頑張ってくださいね…笑

家族のサポートあっての闘病だなと、改めて感じます。

今日は退院後初の外来でした。

血液検査も良好で次回の外来で薬をもらって、また治療開始です。

毎日笑って過ごせてます。

幸せです。

明日は都内で腫瘍に詳しいと言われてる大学病院へ。。。

いい先生に会えますように。。。