こんにちは。今回も回顧録です。
2026年3月3日、造血幹細胞移植をしました。
ドナーは実弟です。感謝!

寛解導入療法 非寛解
救援療法(MEC)ほぼ寛解
救援療法(MEC)2回目 寛解
造血幹細胞移植

という流れでやってきました。


2026年2月後半の再入院後、まずは首に中心静脈カテーテルを入れる処置からスタート。今までは腕だったが、これからの治療では点滴で入れるものが増えるのでより太い血管からということで首から。ちょうど処置自体は腕と変わらないけど、とても違和感があって慣れるまでの数日間は、筋が強張り首凝りがきつかった。その後はまるで身体の一部のように慣れていった。

そしていよいよ「前処置」と呼ばれる全身放射線照射と抗がん剤。

放射線照射は4日1回ずつで合計4回。毎日夕方に実施。毎日あらかじめ吐き気止めの点滴投与。
地下にある放射線室に車椅子で連れていってもらう。事前に作った自分の身体の型の中に入り、1.5時間程身動きが取れない。照射中はここ以外では聴いたことのないようなカチカチした音が鳴り響く。気を紛らすために鼻歌を歌い続ける。
初日は緊張もあり、終わったら汗だく。作った型の頭の位置が思わしくなく調整が入り時間も要した。頭後頭部がゴツゴツしていて赤く痕が残ってしまったようで、翌日からクッション貼ってもらった。

照射後はなんとなくほてりはあるものの、重い副作用はなかった。3日目くらいから少しダルさが出てきたような気がしていたけど、食事も取れていた。
交感神経優位になっているのか、この期間、就寝時間が遅くなってしまって、朝は看護師の呼びかけで起きるようになっていた。

4日間の放射線の次は、2日間抗がん剤投与。
この抗がん剤はパンチ強かった。放射線から積み重なってさすがに2日間の投与が終わると倦怠感を強く感じていた。
移植は翌々日を予定。中一日は移植が無事行われるように願いながらゆっくり過ごす。免疫抑制剤の投薬がスタートしてドキドキ。


そしていよいよ3月3日、起きる直前に浅い眠りを繰り返し、さまざまな人が登場する夢をみて朝を迎えた。

看護師さんから度々、緊張してる?と訊かれる。その感覚はなかった。昨日までの倦怠感は緩和されていて、あとはもう移植の処置が滞りなくできれば大丈夫だ!と祈るのみで、リラックスした状態で朝の時間を過ごした。

移植は11:00を予定。それまでに着替えやら済ませておこうという話だったけど、なんだかゆっくり過ごしてしまって看護師さんが身体拭くタオル持ってきてくれるタイミングも遅れ、なんか直前でバタバタやっていたところに、10:50くらいにお掃除の方も来られて掃除を中断してもらうなどで慌ただしい。

看護師さんくる前に先生方が移植する血液細胞のパックを持ってきて、鮮度いのちだからとちゃっちゃか処置を開始。かっちりとしたセットアップなく、あっという間に移植処置開始。

移植と言っても輸血と同じで点滴でドナーの血液細胞を入れていくので、処置は地味なんですよ、とベテランの先生。でもね、身体の中でもとんてもないことが起きているんだよ。(ふふふ…って聞こえない声が聞こえた笑)
ドナーから採取した後は冷凍保管されていて、解凍後は鮮度が重要ということでスピーディーに体内に入れることは重要らしい。幸い、弟くんからは基準の3倍の細胞が採取できているということで感謝。40分間で体調も問題なく移植終了。

骨髄移植の場合は、骨髄を原液のまま全部入れるらしく1000mlくらいになるんだそう。今回は末梢血幹細胞移植です。
造血幹細胞移植はここ30年の医療で、本当に進歩しているんだそうです。

前処置から始まり身体的にとてもハードな治療だったはずなんだけど、寛解して退院できるならなんでも乗り越えれらると思った。

ここまでも治療乗り越えられたし大丈夫!と鋼のメンタルになっていた。

生着まで約10日、感染対策の手洗い、・うがいを徹底し、睡眠をしっかり取り、リハビリ頑張って、可能な限り食事を取って、乗り切るのだ!

当日の午後はゆっくりと、懐かしのディズニー映画を観て過ごした。

2026年3月3日
セカンドバースデー
Day0

新しく作り変えられることに感謝!!




この時は移植後の期間を乗り越えた、明るい未来だけを見据えていました。
今回もお読みくださりありがとうございます花火