泉佐野市の住宅地をポタリング。
すると、道路の中央部分に何やら建造物が。
何か由緒あるものでしょうか。
 
昔は大きな木も有ったようです。
近づいて見ると水が溢れています。
 
 
杓井戸と書いて有ります。
井戸と言えば、朝顔に釣瓶とられてもらひ水の様な、釣瓶で水をくむ深いイメージです。
そして、このようなのが有ると必ずと言っていい程登場するのが、聖徳太子。
 
泉佐野市ホームページから抜粋。
鶴原東町にあり、「弘法清水」「お大師井戸」などと呼ばれ、全国各地で伝えられている弘法井戸伝説の一つ。『北中通村誌』によると、本市に伝承されるこの井戸は、底が浅く釣瓶を使用しなくても杓で水が汲めたそうです。このことから「杓井戸」の名前で呼ばれるようになったと記されています。
 
 
又、この聖徳太子と言う人が胡散臭い人。
 
「聖徳太子」という名称は死去の129年後の天平勝宝3年(751年)に編纂された『懐風藻』が初出と言われる。
 
と有る様に、後から付けられ名前の様です。
 
本物?は本名を「厩戸豊聡耳皇子(うまやどのとよさとみみのみこ)」といいます。ほかにも「厩戸皇子(うまやどのおう)」や「上宮王(かみつみやおう)」など、複数の説があります。
 
この人は政治をメインに活躍し、寺院等も建立されたとか。
 
ただ、聖徳太子がと言うのが五万と有るのは、名前を勝手に使っただけや代りの者が行ったのを聖徳太子が・・と言ったりしたので全国各地で聖徳太子伝説が出来上がったようです。
 
さて、この井戸はどうなんでしょう。