351-鶴は人間を騙す | ikoma-gun(フリムン徳さん)のブログ

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100 「わが愛しき動物たち(中川志郎著)を読んで」2900字

 鶴は死んだフリをする。

初めて知った。

動物園で、ある時、ツルにヒナが生まれて、1週間ほど後に、

ヒナの脚に識別用のリンクをつけようとした時だ。

この時ばかりは慣れた飼育係にも心を許さない。

ヒナを後ろにかばい、長い首をまっすぐに伸ばし、

鋭いくちばしを突き出して、1歩も引こうとしない。

親ツルをホーキで押して、はなれたヒナを

捕らえようとした時に、異変が起きた。

バタバタと親ツルが飛び上がり、

そのまま地面に崩れるように落ちた。


 
びっくりして、親鶴に目をやると、

片翼を支えにやっと立ち上がる。

そしてまた、そのまま崩れ落ちる。

バタバタと翼を左右に振る。

もう私達はヒナにリングをつけるどころではない。

親鳥が骨折したと思ったからである。

私達は静かに鶴の檻を出た。


 しかし奇妙なことが起こった。

私達がケージを出て扉を閉めると、なんとその瞬間に、

親ツルはすくっと立ち上がり、小走りに走って、

ヒナをその懐に抱きかかえてしまったのだ。

親は怪我などしていなかったのである。

ヒナを逃がしたい一身で、怪我をしたフリをしていただけなのだ。

私達はマンマといっぱい食わされたのである。

この行動を擬傷という。




 私、フリムン徳さんは庭で、餌付けをしながら、

野鳥や野うさぎを観察しているのですが、

いつも、彼らの自然の賢い知恵に驚いている。

たまたま、偶然に見つけたのが上記の中川志郎もと

上野動物園園長(獣医)の『わが愛しき動物たち』の本でした。

彼の深い観察、そして、人間にも勝る動物たちの知恵に感動し、

負けましたという感じです。




 私はこの本を偶然に書棚から見つけて

読み出したのですが、自分で買った覚えもありません、

きっと誰からか貰って書棚にほったままにして

いたのだと思います。偶然です。

その偶然はまた続きます。

この本を庭のベンチで、読み出してすぐ、

スカンクの臭いがそこら中からしてきた。

この辺はスカンクが多くてスカンクの臭いには

しょっちゅう出会う。

ところが、臭いがして2、3分もしたら、この本に

「スカンク」の目次が出てきた。

まさしくまた偶然です。スカンクの臭いに鼻を
曲げながらスカンクの目次を読みました。



* スカンクの出す臭いはガスか液体か。

その正体は肛門の両方にある臭腺から

分泌される臭液なのである。

私はガスと思っていたら外れました。

臭腺から分泌された琥珀色の液体は、

臭嚢と呼ばれる袋に貯蔵されている。

3~4メートル周囲に霧状に噴霧され、

あたり一面にたちこめる。

その悪臭と刺激臭は、ほとんどの動物を

その範囲から退けてしまう。

ひとたびこの霧に触れたものは、鼻の機能を失い、

目からの流涙はとどめがたく、瞬時にして

戦闘能力を失ってしまうというのである。



 事実、スカンクを追いつめた猟犬が、

この放射を浴び、鋭い嗅覚を台無しにされて、

その後1ヶ月は猟犬としての働きが

出来なくなってしまったといわれる。



* コアラは子供に自分の糞を食べさせるのか

コアラの子供が母親のお尻のところに口をつけると、

母親の肛門から鮮やかな緑色のゼリー状のものが

盛り上がるようにでてくる。

子供はそれを待っていたかのように、

むさぼるように食べる。



 この緑色のゼリーは何なのだろうか。

確かに糞なのだが、ヤギやウサギの糞に似た

コアラの普通の糞とは違う。

この緑色のゼリーは、子供のために母親が

供給する特別の離乳食らしい。

まさにユーカリの葉の半消化したもので、

ユーカリ特有のにおいが強くにおう。



コアラの赤ちゃんにはなぜこのような

特別食が必要なのだろうか、ユーカリの葉には、

多くの動物にとって有害な成分が含まれており、

そのまま食べると中毒をおこしかねない。

コアラだけがこの毒を解読する能力を身につけ、

それゆえにこそ、ほかの動物が食用としない

ユーカリを食用にすることが出来たおかげで、

コアラはほとんど無限といわれる食料を一手に

持つことが出来たわけである。


* キリンはどうして立ったまま赤ちゃんを産むか。

妊娠期間450日、体重70キロ、ひずめから頭の頂点まで、

170センチである。

こんな長い赤ちゃんを横たわったままで

産むのは不可能であろう。

それから、2メートルの高さから産み落とす時の効用である。

地響きを立てて落ちる、あの衝撃の中で、

赤ちゃんは半眠りの状態から覚醒状態となり、

初めて呼吸をすることになるのだという。



* 鳥の踊りは何を意味するか

ニューギニアに住むゴクラクチョウは、美しい羽で、

しかも特定の木の枝で、特有のダンスをするらしい。

オーストラリアのコトドリはジャングルの空地で

下草の中に庭を作り、美しい飾り羽で、メスを誘い、

それを存分に開いて、魅惑的なダンスを披露して、

メス鳥に求愛をするのだ。


* ゾウは仲間が病気になったらどうするか。

健康なゾウは、夜間は横になって寝るのが普通だが、

病気になったゾウは決して寝ない。

寝てしまうと再び起き上がれないのではないか

という不安があるからである。

そんな時、2頭の仲間のゾウが病気の像を

真ん中に挟むようにして、1ヶ月以上も支え続けるそうである。

こんな話、日本のニュースに出てくる「病気をしたから、

面倒になったから殺す」冷たい心の持ち主に見せてあげたい。



動物には言葉の代わりにテレパシーがある。

 私はいつも思っていました。言葉のない動物たちが、

どうして、群れになって、同じように行動し、

生きていくのが不思議でなりませんでした。

でも彼のこの文章で判るような気がしました。


 

昭和54年、明日から上野動物園から多摩動物園へ

行ってしまう日のことです。

いつもは30分の朝の顔合わせが終わる頃には、

パンダが自分で奥へ引っ込んでいくのです。

でもその日は、その時間になってもぜんぜん奥へ行かない。

「もう行きなさい」といって、僕が去ろうとすると、

カンカンとランランが立ち上がって泣くんですよ。

行こうとするとその声に引き戻されて、

しばらく遊んでから、また行こうとすると戻されてと、

その日は結局1時間近くもパンダ舎にいました。

僕は普段と同じように接していたつもりなんですが、

動物達にはわかってしまうんですかね。テレパシーのように、

相手の気持ちを読み取る不思議な力

があるのかもしれませんね。



動物たちのすばらしい生きるための知恵に

感動しながら一気に読みました。

人間の少ない山の中に住んでいる私は、話し相手が少ないです。

時々、遠く離れた知り合いや家族とテレパシーというもので、

やりとりができたらいいなあと、考えていました。

やはりテレパシーがあると確信しました。



もうひとつ、この本を読んで感じたことは、

①動物たちは物を作らないで、自分の身体、周りにあるものを利用し、

知恵を加えて行動する。だから、自然の破壊が少ない。

②、動物たちは生きていくために生きている。

③動物たちの世界は戦争がない。

④動物の仲間はボランテイヤが当たり前のようだ。 

この当たり前のボランティア精神が戦争のない

原因のようにも思えてならない。



人間社会は動物たちの社会のように当たり前の

ボランティア精神が少ないから戦争が起こるのでしょうか。

そして人間は、見栄のために、金のために、

イランモノを作る為に生きていくために

生きているように思えてならない。