おはようございます
屍のポーズ(ヨガ)をしてるドラさん...♪*゚
朝から
絶賛グダグダモードのsanaです
![]()
昨日の夜は
オリンピックの開会式を
見てしまい
夜更かししない程度にしておこう
![]()
と
思ってたのに
見始めたらば
何だかんだ見入ってしまいました
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
途中から
やばいな
と
感じてたんだけど
ここまで
見たんだから
いちばん気になっていた聖火リレー
の
最終ランナーを見れるまでは寝ない
![]()
と
意地になって
久しぶりに就寝時刻がてっぺん越え
![]()
アメリカに配慮をしないといけない
大人の事情は分かるけど
どうして
自国開催で寝不足にならんとアカン
のかいな
![]()
意地になって見続けた私が悪いけど
自業自得だけど
やっぱり
気を付けなきゃ
と
思い知って迎えた土曜日の朝でした
![]()
今は
グダグダモードながらも
いったん
ドトールコーヒーに来て
カウンセリングに向けて
シャキッとしよう作戦を
![]()
![]()

ちなみに...
昨日のブログでは
いきなり写真で触れましたが
私は
父の仕事の関係で
3歳~10歳までの約7年間
家族で
アメリカに住んでいました
父の
仕事の関係なので
留学とかホームステイみたいな
意識高い系の話ではありません
当時の私は
まだ3歳で
日本語もおぼつかない状態での
渡米でした
だからこそ
不適応も起こしようがなくて
向こうでは
普通に現地校に通いながら
同時に
日本人学校に通ってました
ちゃんぽん生活で
言語習得の時期を送りました
帰国してからは
一度も海外に行っていないし
英語を活かした
学生生活や職業
とか
考えることはなかったけれど
あれは
あれで
私の人生の大切な一部だった
と
今では思ったりもしています
そういやアメリカの学校では毎年
ポートレートの撮影がありました
一人ひとりの
個性や違いを
尊重するのが当たり前だった
アメリカでの学校生活だった
だからこそ
当時から存在していたはずの
発達障害気質は
問題として露呈する事はなく
あのまま
あっちで生活を続けていたら
いろいろ
違ってたのかもしれませんが
人生にたらればは無意味だと
信じてる
し
あの頃は分からなかったけど
大人になってから
だいぶ経った頃に
父の偉大さや
母の強さに気付き
言葉にしないけど
今では
ただただ感謝し尊敬してます
![]()
![]()
![]()
ちなみに
普段から
アメリカに住んでいたことは
言わないようにしてる私です
話すと
100%の確率で
じゃあ
英語はペラペラなの?
と
聞かれるから
面倒くさい笑
時間が経ちすぎてて
ペラペラでもないし
どうでもいいじゃん
と
思ってしまう
器の小さい私です笑
ちなみの話が
長くなってしまって
ごめんなさい
お付き合い頂き
ありがとうございました
そうこうしてる間に
だいぶ目が覚めてきました
今日は
この後
11:30~
カウンセリングがあります
実りある時間に
出来ますように
![]()
![]()
皆さまにとって
今日が
良い日でありますように
今日もみんなで
ただただ生き抜こうね![]()
いつも
ありがとうございます![]()
自閉症サバイバー
sana
計画入院 ⓒ 2019 高機能自閉症sanaの歩く道 All rights reserved
自閉症サバイバーsanaのmy Pick







