阿波 第2日目 ② 熊谷寺~法輪寺 | 四国八十八カ所 お遍路日記

四国八十八カ所 お遍路日記

お遍路日記・感謝と合掌の遍路道

   9:25 熊谷寺に着く。

 十楽寺より 4.2Km。

    第八番 普明山熊谷寺

          高野山真言宗

    本尊 千手観世音菩薩

         開基 弘法大師

御詠歌 

  薪とり 水熊谷の 寺に来て

  難行するも 後の世のため

 千手観世音菩薩真言

おん ばざら たらま きりく

     仁王門

        

   あたりには農家が点在し、ひっそりとした山村の風景が展開する。

             金剛力士像

       

   厚な2層の仁王門は桜の季節であれば、その美しさが目に浮かぶような桜並木の参道に建っている。

             金剛力士像

        

   この仁王門は徳島県有形文化財建造物に指定されている。貞亨4年(1687)の建立で、和様と唐様を折衷した建築様式である。

   全体の寸法は、桁行9m、梁間5m、高さ13mで江戸期の山門として四国随一の規模を誇る。

             天女の画

        

   上層広間の東西二本の丸柱には東に昇り竜、西に降り竜を、天井には六体の天女を描き、総て極彩色で壮麗である。

 これらの絵画は建立者・長意和尚の弟子で、龍意の代の宝永3年に補充完成された。長意和尚は熊谷寺中興の祖と云われる当時の住職である。

   山門を潜って50mほど進み県道139号線を横断すると右手に弁天池が、左手には寺務所と駐車場がある。駐車場の先から左手に上がっていくと、参道の左側に多宝塔が建っている。

   真言宗独特の堂宇が

「多宝塔」と言われる。

           多宝塔

        

   二層の仏塔で下層が方形、上層は円形でその上に相輪を載せた屋根を戴き、上層と下層の連結部は饅頭型をしている。

   こうした形式は中国や朝鮮半島にもなく、日本で生まれた独自の建物だと考えられる。

   一般的に内部には、胎蔵界の大日如来を中心に、東に阿閦如来、南に宝生如来、西に無量寿如来、北に不空成就如来と、四方に四仏が祀られている。

             多宝塔軒天井

         

   多宝塔は安永3年(1774)に建立され、高さ20.7mあり四国では最大最古の規模を誇っている。

   屋根を支える垂木がなく、板張りに彫刻が施されているのが特徴で、雲を模った極彩色の渦巻き模様が広がっている。

             石畳の参道

         

   参道を進み、石段を上がると中門に至る。中門には色も鮮やかな広目天と増長天の二天の像が安置されており、他の二天は本堂から中門を通らない迂回路に安置されている。 

  霊場に四天王が祀られているのは、この寺が始めてであるが今後は色々の霊場でお目にかかると思う。

            中門

         四国八十八カ所 お遍路日記

   四天王は帝釈天に仕える4人の仏教守護神である増長天、広目天、多聞天、持国天のことを云う。

  その姿には様々な表現があるが、日本では一般に革製の甲冑を身に着けた、唐代の武将風の姿で表されることが多い。

             増長天

         

   増長天は南方を護る守護神として造像されることが多い。仏堂内部では本尊の向かって、左手前に安置されるのが原則である。持物は刀や剣の場合が多い。

  胎蔵界曼荼羅では体色は赤肉色、右手は胸の前で剣を持ち、左手は拳にして腰に置く姿で描かれる。

              広目天

         

   広目天は西方を護る守護神として造像されることが多い。仏堂内部では本尊の向かって、左後方に安置されるのが原則である。

  持物は古くは筆を持ち、巻物に何かを書き留めている姿で表現された。

  しかし、これは主に天平時代のもので平安時代以後は徐々に別の持物を持つようになった。

   胎蔵界曼荼羅では体色は赤色、右手は三鈷杵を持ち、左手は拳にして左腰に置く姿で描かれる。

            多聞天

         四国八十八カ所 お遍路日記

   多聞天は北方を護る守護神として造像されることが多く、毘沙門天とも呼ぶ。

   また四天王の一員としてだけでなく、独尊として信仰の対象となっている。

  四天王の一尊として、造像安置する場合は多聞天、独尊像として造像安置する場合は毘沙門天と呼ぶのが通例である。

  持物は宝塔が一般的で、邪鬼と呼ばれる鬼形の者の上に乗ることが多い。

   例えば密教の両界曼荼羅では甲冑に身を固めて右手は宝棒、左手は宝塔を捧げ持つ姿で描かれる。

             持国天

         

   持国天は東方を護る守護神として造像されることが多い。仏堂内部では本尊の向かって、右手前に安置されるのが原則である。持物は刀の場合が多い。

   例えば胎蔵界曼荼羅では体色は赤く、右手を拳にして右腰に置き、左手に刀を持つ姿で描かれる。

   中門から石段を上ると右側に手水場があり、正面に本堂が建っている。

  本堂手前の左手に鐘楼塔があり、その先の42段の「男厄除けの石段」を上ると大師堂があり、境内が懐の深い寺である。

             本堂

          四国八十八カ所 お遍路日記

   弘仁6年に弘法大師が、この地の奥にある閼伽ヶ谷という所で修行されているとき、紀州の熊野権現が現われ、5cm余りの観音菩薩の金像を感得された。

  そこで大師は結跏趺坐されて日夜精進し、一刀三礼して霊木に等身大の千手観音菩薩を刻まれ、仏舎利120粒と共に金像の本尊を胸に納め、堂宇を建立して安置された。

  因みに一刀三礼とは仏像などを彫る態度が敬虔であることを云い、仏像をひと彫りするごとに三度礼拝する意味という。

           千手観世音菩薩

               四国八十八カ所 お遍路日記

   千手観世音菩薩とは、千本の手とその手に目をもつ仏様で、千とは方便が無明であると意味し、延命・減罪・除病を祈り、差し延ばされた手は、永遠の幸福を授けると言われる。

  子生れのお守本尊

             大師堂

         四国八十八カ所 お遍路日記

   天正年間の兵火で多くの寺院が焼失したが、この寺は山中にあったため被害を免れた。

    しかし、昭和2年の火災で本尊千手観音菩薩像と本堂は焼失してしまった。

  現在の本堂と本尊を安置する奥殿は昭和15年に再建され、昭和48年に祀られた千手観世音菩薩(秘仏)を本尊にしている。

             鐘楼塔

         四国八十八カ所 お遍路日記

   霊場には熊野信仰との関連を思わせる札所がいくつかある。この熊谷寺のご詠歌に詠まれた「薪とり」や「水をくむ」に来た人物は、熊野の修験者だろう。

  神仏混交の時代には四国霊場も熊野神社も同じような神仏のおわす処として、人々に信仰されていたのだろう。

           延命龍頭観音像

        

   寺宝の弘法大師像は室町時代の永亨3年(1431)の造像銘を持ち、12番焼山寺の像に次いで県内では2番目に古い。

             修行大師像

         

   参拝を終え、法輪寺に向かう。境内を打戻り、再び仁王門へ。

   この辺は山麓の小高い傾斜地になるので、目の前の仁王門の向うには徳島平野と山並みが見渡せる。

  仁王門を出た先を右に折れ、徳島自動車道の高架を潜り、法輪寺を示す道路標識に従って20分程歩くと、前方の平野のなかに法輪寺らしき、こんもり茂った森が見えてきた。

 10:30 法輪寺に着く。

   熊谷寺より2.4km。

     第九番 正覚山法輪寺

          高野山真言宗

     ご本尊 涅槃釈迦如来

         開基 弘法大師

釈迦如来真言 

 のうまく さんまんだ 

              ぼだなん ばく

御詠歌 

大乗の誹謗も咎も ひるがえし 

      転法輪の 縁とこそきけ

              仁王門

         四国八十八カ所 お遍路日記

   法輪寺は広々とした田んぼの中にポッコリと、孤島のように佇んでいる。

           金剛力士像

         四国八十八カ所 お遍路日記

           金剛力士像

         四国八十八カ所 お遍路日記

   重層の山門を入ると左側に手水場があり、最も奥に本堂が建ち、本堂の右に大師堂が並んで建っている。

   本堂に向かって左側に綺麗な参拝者休憩所、納経所等が建てられ、その休憩所の左手に鐘楼がある。コンパクトなお寺で閑静なことこのうえない。

              境内の風景

         四国八十八カ所 お遍路日記

   弘仁6年、巡錫中の大師が北方山麓の法地ヶ谷で白蛇を見つけ、「 これは御仏の使いである 」 とこの地に寺を開基し、白蛇山法林寺と名付けたという。

             本堂

         

   本尊は弘法大師が刻まれたと伝えられる釈迦如来涅槃像で、四国88ヶ所霊場ではここだけと言われる。

  釈迦は悟りを開かれてから45年余り、主として中インド地方の諸国を巡って説法され、人々の救済に当たっておられたが80歳に至るや涅槃に入ることを自覚し、拘戸那掲羅城外の沙羅双樹の下に床を延べ、最後の教えを説かれたあと横になって、頭を北に顔を西に向け右脇を下にして、涅槃に入られたという。

         釈迦如来涅槃像

             

   それを静かに見守る菩薩や嘆き悲しむ羅漢や大衆の様相を彫刻によって表現したのが、本堂に安置してある本尊の涅槃像である。

  この寝姿は別名「賢者の寝相」とも呼ばれ、安静を保つには最良の形であると云う。 5年に一度開帳される秘仏である。

             大師堂

         

   当時は寺勢も強かったが、天正年間に長曽我部元親の兵火で焼失した。

  土石流の影響もあり、正保年間に現在地に再興され、その時に山号と寺号も改められたが、安政6年に火災で楼門以外を焼失し、現在の堂宇は明治時代に再建された建物である。

           奉納された草鞋

         

   松葉杖なしでは歩けなかった人がこの寺を訪れ、参道の真ん中辺りで足が軽くなって、杖が無くても歩けるようになり、足が完治したという逸話がある。

  そのため本堂には健脚祈願の草鞋が多数奉納されている。私も「健脚祈願」の草鞋を模ったお守りを買って奉納した。

             鐘楼

         

             梵鐘

         

   休憩所で休んでいると地元の方らしい年配の男性が話しかけてきた。

 「どちらから来られましたか」と聞かれ「香川県から」と答えると、「なんだ、香川県か」という顔をされたように思えた。

  地元の方が話しかけてくる最初の言葉は、「どちらから来られましたか」が多い。「北海道から来ました」と答えるのを期待して、「それは遠方からご苦労様」と労いの言葉をかけたいのであろう。

            修行大師像

         四国八十八カ所 お遍路日記

   私の勘違いでなく、四国出身の遍路の共通の印象であると後日分かった。

   そういうことが度重なると私も「北海道から来ました」と答えたいと思うが、お遍路の心得としての十善戒に「不妄語・嘘をつかない」という戒めがあるので嘘もつけない。

 「近くから来ました」と言葉を濁すことにした。

   因みに十善戒はとは次の戒めである。

 1.不殺生 2.不偸盗 

 3.不妄語 4.不邪淫 

 5.不綺語 6.不悪口 

 7.不両舌 8.不慳貪 

 9.不瞋恚 10.不邪見

  悪いことをしない、嘘や悪口を言わない、そして欲や怒りなどの悪い考えを抱かない、「持戒」とは戒めを守ること。

  しかし、我々は「盗まない」というように自分の意志で出来るものがある一方で、守ることが出来ないものもある。

            水子地蔵尊

         

   たとえば、「不殺生」といっても、我々は肉や野菜などの生き物を食べなければいけない。

  このように十善戒といって総てを守ることは、現実的には不可能に近い。

  だから、あまり厳密に考えることなく、遍路の心構えとして少しずつ出来るところから始めていけばよいのではないかと思う。

              立派な休憩所

         四国八十八カ所 お遍路日記

             灯篭

           

   法輪時の参拝を終えて切幡寺に向かう。

のどかな田園風景の中、法輪寺南側から西の方角に回り込むように進む。

  途中には円光寺といった由緒ある寺があり、参道の左側に「番外霊場・小豆洗大師堂」とお堂の傍に泉が湧いている。 

  当地に水がなく、農民が苦労しているのを憐れんだ大師が、小豆の洗い水に加持をして水が得られたという伝説の霊跡である。

             小豆洗大師堂

         

   また、別の伝承もある。

大師は法輪寺を建立されたのち、切幡寺に向かわれましたが日が暮れてしまった為、当地で野宿されることにされました。

  折しも12月の寒い季節でありましたので、身体が温まる小豆粥を焚こうとされましたが、付近に水がありません。
   そこで大師が近くにあった楠の木の根元を杖で突くと、清冽な清水が湧き出したそうです。
  その清水こそが、「小豆洗大師堂」の傍にある泉であると云われます。
   周辺の真言宗の家には、大師が清水を湧出させた12月24日の夜は必ずお粥を焚くという、この伝承に因む習慣が近年まで残っていたそうです
               門前町
         四国八十八カ所 お遍路日記
   そこから県道139号線の合流地点を左折して、更に西の方に進むと切幡寺下の門前町に着く。

   切幡寺はここから500m程の山麓にある。