前回の続き。

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『堂堂たる人生』 (1961)、 『青年の椅子』 (1962)は、いずれも石原裕次郎とコンビを組んだサラリーマンもの。

石原裕次郎の相手役といえば、夫人となった北原三枝だが、実は北原三枝の結婚引退が早かったので、芦川いづみさんとのコンビも多いのだ。

熱血で型破りな若手社員・石原裕次郎が、活躍しちゃいますという話で、その主人公とやり合い、やっつけるが、一方でしっかりフォローして心強い。そんなヒロインである。

 

『堂堂たる人生』で面白いのは、舞台が玩具メーカーだということ。

オープニングからして、汽車の模型が走るさまが描かれ、物語のキモとなるのも、煙を吐きながらポッポーッと走るおもちゃの汽車だ。

裕次郎とその相棒・長門裕之が、会社の危機を救えと、大阪へ金策に行かされるが、裕次郎たちの勤める老田玩具の社長・宇野重吉の行きつけの寿司屋の娘が芦川いづみで、OL(…当時はBGと言いました…)をやってみたい彼女は、老田玩具へ就職できたと親に嘘をついて、裕次郎たちに同行する。

そこで裕次郎たちは、行きつけのバーのマダムのパトロン・原大作(演:東野英治郎)に最初は間男と疑われるか?と戦々兢々だが、逆にすっかり気に入られ、200万円の投資を受ける。

一方、大阪行きの電車内で出会った友人の研究者が開発中のガスを「XYZガス」と名付けて、それを使ったおもちゃは確実に儲かりますよと、大阪の取引先玩具メーカーにハッタリをかけ、そちらからも融資を取り付けたが、実はその息子(演:藤村有弘)がそれを足掛かりに実業界へ打って出るという野心を抱き、先ずは老田玩具を乗っ取りにかかる。裕次郎たちは、その息子の妨害を振り切り、折しも来日していたアメリカの玩具王に、新規開発の煙を吐きながら汽笛を鳴らして走る汽車のおもちゃを売り込むことに成功し、会社の危機を救うというお話。

一方、『青年の椅子』は、山出しの営業部員の主人公が、冒頭、鬼怒川温泉で接待役に選ばれ、そこで酒癖の悪い取引先社長・東野英治郎を投げ飛ばしてしまい、上役から大目玉を食らうかと思いきや、直属の上司・営業部長の宇野重吉からは、男としての行動を認められ、当の取引先社長からは気に入られる。

やがて実直で賄賂を受け取ろうとしない宇野重吉を追い落とし、代わりに営業部長に成り代わってやろうと野心を燃やす総務部長の菱山と、社長の病気をいいことに、会社を我が物にしようと企む専務・田崎がつるんでいることを知った裕次郎は、田崎の会社の社員・山田吾一と意気投合し、東野英治郎社長の協力も得て、2つの会社内に渦巻く陰謀を一網打尽にしようと動き出し…という筋。

裕次郎の世話役に、有能タイピスト・伊関十三子が同士として活躍し、それが芦川いづみさん。

しっかり者のいづみさん、裕次郎から「母ちゃん」と呼ばれてる。

物語中で、東野英治郎社長からも、「いい嫁になる。もらうならああいう娘をもらえ」と太鼓判を押されているほど。

一方、悪の参謀・菱山の手先として、卑劣な画策を企てる嫌~なヤツに、またしても藤村有弘。

 

…こうして記すと、この2作、実に話のつくりも配役も似てるなぁ…。

それもその筈。監督こそ違えど、原作は共に源氏鶏太。

裕次郎の同志として、悪の陰謀に立ち向かう僚友が、片や長門裕之であり、片や山田吾一である位しか違いを感じない。

 

そういえば若かりし日の山田吾一氏は、『事件記者』シリーズのガンさんだが、私が最初にこの人の名を覚えたのは、あの田宮二郎の遺作となったTVドラマ版『白い巨塔』であった。

物語後半、裁判の重要証人として、当時の亀山婦長に証人に立ってほしいと、佐枝子(演:島田陽子)が家を訪ねると、えらい剣幕で「もう関係ないねん!わしらにもう構わんとってえな。こんなもん、持って帰ってくれ。え!お嬢さんよっ」と凄むのが、亀山婦長の結婚相手で、気難しい工員である、山田吾一氏演じる男であった。

殆どその場面しか出番がないが、強烈な印象として残っている。

 

悪徳野心家・総務部長の菱山以上に嫌な野郎なのが、取引先会社専務の田崎である。

インテリを鼻にかけ、表向きは善人ぶって聖人君子面しているが、裏ではバーのマダムを囲い、そのバーのカネを会社からチョロまかし、おまけに病弱の社長に成り代わるために、社長の娘と結婚しようとしている男だ。

役者は誰だろう?と調べてみたら、何と若かりし高橋昌也氏であった。

痩せているし、黒縁眼鏡で今一つ顔がわからなかったし、後の「江戸川乱歩・美女シリーズ」や大映ドラマの印象があまりに強すぎて、そのイメージとは全くリンクしなかったし…で、「まさか?」と思ったが、実際にそう書いてあるからそうなのだろう。

石原裕次郎との共演作としては、2年半前に詳しく記した『あした晴れるか』 (1960)や、 『乳母車』 (1956)、 『陽のあたる坂道』 (1958)のほうが遥かに有名だが、さすが映画の黄金時代。

楽しい作品はまだまだ見つかる。

 

葉山良二氏が準主役の『男なら夢をみろ』 (1959)も、裕次郎映画の一つだが、元は終戦後のチンピラ仲間だったのが、片や検察官、片やヤクザになっている。

兄貴分だった健太郎(演:葉山良二)は正義派検察官になった。

その恩人・小野寺刑事の忘れ形見で一人娘の由紀(演:芦川いづみ)は、ヤクザだが心優しい夏雄(演:石原裕次郎)にいつしか惹かれ始めている。

もはや住む世界が違うのだと、夏雄は、似合いの健太郎と由紀を結ばせようと、自ら手を引き、行方をくらませた。

3年の月日が流れた。今やヤクザ追及の先陣を切る健太郎は、ヤクザにとって目障りな存在となり、彼の暗殺が企まれるようになった。

健太郎と由紀の結婚式当日、式への参列を約束しながらも、殺し屋に拉致された夏雄は、健太郎を助けに脱出を果たし、式場へと向かい、すんでのところで健太郎を狙う殺し屋を撃ったが、自らも殺し屋の弾丸に倒れた。

 

裕次郎作品は、今、DVDマガジンが刊行中で、かつてないほどの数が出ようとしているので、安く手に入れる絶好のチャンスである。

かくいう私も、このシリーズのお蔭で、念願の『あじさいの歌』 (1960)の入手が叶った。

裕次郎作品のDVD-BOXのプレミア価格が付いたものに手を出すのも憚られる。一度新百合ヶ丘のBOOK OFFで見つけた時は、一瞬狂喜したが、外箱なしで2万円近くもし、裕次郎ファンでもないのに『あじさいの歌』1作だけのために大枚はたくのも馬鹿らしく思え、やめにして本当によかった。

 

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『嵐を呼ぶ男』 (1966)。

これはホームページを見た時、当初、あまりに有名な裕次郎版だと思ったが、こんなリメイク版があったのか…と驚いた渡哲也版のほう。

これももうすぐDVDが出る。

芦川いづみさんは、裕次郎版にも出ているが、こちらではジャズ楽団のマネージャー・美弥の役。

裕次郎版では、「美弥子」となっているが、演じたのは北原三枝で、この辺り、看板女優の移り変わりの様子がよくわかる。

裕次郎版で芦川いづみさんが演じていたのは、主人公の弟・英次を慕う娘・みどりの役。

渡哲也版では、弟の夢がオートレーサーに変わっており、彼を慕う娘の名も阿矢と変わり、演じたのは若かりし由美かおる。

弟・英次を演じたのは、裕次郎版では青山恭二だったが、渡哲也版では、若かりし藤竜也氏。

芦川いづみさんのご夫君であられることは、この文章をお読みの方には無論、説明不要でありましょう。

若かりし日の藤竜也氏といえば、もう少し後の『野良猫ロック』シリーズのような、チョビ髭の不良というイメージしかなかっただけに、もっと前の、本作のような純朴青年役もあったのか…と感心。

渡哲也&藤竜也兄弟を女手一つで育て上げた母を捨て、家を飛び出した“ろくでなし”の父親は、歌舞伎町でヌードスタジオの親父に収まっていたが、それがまたしても宇野重吉。

 

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宇野重吉つながりで、やはり『いのちの朝』 (1961)にも触れておく。

売れない偏屈な画家・小次郎(演:宇野重吉)を父に持つ保険外交員の冬子(演:芦川いづみ)は、父の個展が開かれるのを機に、100号の大作のモデルを務めることになるのだが…という筋。

その大作は、朝の縁側を描いたもの。

浴衣姿の娘が雨戸を開けたら、目の先に朝日がまぶしく差し込んでき。その瞬間を描いた清々しい作品。

 

幾ら画家の娘とはいえ、絵のモデルの心得などあるはずもなく、絵のことになると妥協を許さぬ頑固親父の父に「馬鹿ッ!」と怒鳴られ、いたたまれなく引っ込んでしまう。

代わりにひょいと顔を覗かせたのは、冬子の母すなわち画家の妻。

頑固な夫をたしなめながら、雨戸の内側を見やると、娘がしくしく顔を覆って泣いている。かわゆい。

 

破門にした元弟子・沢辺の動向が気になり、モデルに集中できない娘の様子にいら立ちを見せ、描きかけた100号のカンバスを十字に引き裂いてしまったのを見て、冬子は父の画室を訪ね、「バカ、バカ、バカ」と拳固で父の背中を叩く。

 

最後、大作を仕上げ、個展は大成功を収め、絵は高値がついた。

その偉業を素直に認め、褒め称える親友の商業画家にして評論家。

成功に奢ることなく、小次郎は手にした大金をそっくり妻に託し、その労をねぎらう。自らは近所へスケッチに出、普段と何も変わらない。

そんな父を誇らしく思い、迎えに来る娘。

 

芦川いづみさんの可愛らしさと健気さがひときわ印象に残る作品。DVD発売は実に嬉しい。

 

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『その人は遠く』 (1963)、 『白い夏』 (1957)は、いずれも純真な青年が仰ぎ見る憧れの存在としての芦川いづみさんが印象に残る作品。

『その人は遠く』は、主人公の青年の、憧れ、恋心、落胆、苦悩、期待、幻滅、戸惑い、決心と、さまざまな感情に揺れ動くさまが実に丁寧に描かれる。

一方の『白い夏』は、純朴青年が高嶺の花に淡い憧れを抱きつつも、周囲からの誤解と悪意に挫折を感じ、舞台から立ち去る。

いずれも青年とヒロインとの別れのシーンで幕は閉じる。

 

『その人は遠く』のラスト、単身九州へと向かうヒロインの頬をツツーッと伝う涙が余韻を残す。

 

『白い夏』の穢れなき明るく手を振るヒロインの姿も、それに劣らす印象的だ。

『その人は遠く』だけでなく、『白い夏』も是非DVDを出してほしい。

(これだけ写真を撮り忘れたので、前回特集時のものを再掲)

 

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掉尾を飾るのは、代表作といってよい『硝子のジョニー 野獣のように見えて』 (1962)。

知恵は足りないが純真無垢で清らかな娘と、彼女の救世主と目された流れ者、元は娘の人買いだった男の逃避行。

 

稚内の貧しい漁村から、人買いに売られる薄幸の娘・みふね(演:芦川いづみ)。途中で逃げ出し、汽車に乗り込むも、無賃乗車を咎められ、なすすべもない。そんな彼女の窮地を助けてくれたのが、流れ者のジョー(演:宍戸錠)。

元は腕のいい板前だったが、競輪選手に入れ込み過ぎて、競輪の予想屋で何とか生計を立てている。

函館に流れ着いたジョーを慕いくっついて離れないみふねを、ジョーは行きがかり上、面倒を見ることになる。

 

競輪選手にカネをねだられ、ジョーは何とか工面しようとするが、うまくいかず、誘惑に負け、みふねを騙して売春宿へ売り飛ばしてしまった。

 

何の疑問も抱かず、ジョーが迎えに来てくれることを信じてやまないみふねのもとへ、人買い(演:アイ・ジョージ)が姿を現し、みふねは連れ去られるが、人買いを恨みに思う男に刺され、人買いは入院してしまう。

人買いから逃げ出すチャンスは幾らでもあったのに、みふねはそうしようとはしない。

人買いは自分の元を去った妻の消息を求め、病院を脱走。

漸く探し当てた元妻から拒絶され、無常感ゆえか、いつしか人買いはギターでメロディーを奏でるロマンティックな男になっている。

 

一方、みふねを捨てたジョーは、競輪選手に裏切られ、再び函館に舞い戻り、板前に戻っている。心に空しいぽっかりとした穴が開いている。

 

1人になったみふねは、大変な苦労の末、故郷の稚内へ戻るが、母と妹たちは既に家を引き払い、行方知れずになっていた。

 

絶望の淵に立たされたみふね。

一方、吸い寄せられるようにジョーと人買いもまた、稚内へやってきた。

だがそれと入れ違いに、みふねは海へ足を踏み入れ、彼らがみふねの生家を訪ねた時、既に彼女の姿はなかった。

 

フェリーニ監督の『道』を思わせる、何ともいえない無常感漂う作品。

頭は弱いが、人を信じて疑わぬ純粋無垢なみふねの明るさが、余計に寂しさを抱かせる。

 

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会場には漫画家・江口寿史氏の手によるイラストをあしらった非売品のTシャツが展示されていた。

上映期間中、特に土曜日は毎回ほぼ満席の大盛況であった。

結構な年の私でさえ、ここでは若造といえるほど、ご老体が大半を占めていた。

今の映画では決して味わい得ない、素直で純粋な気持ちが滾々と湧き上がってくる。

そして画面に登場しただけで、何ともいえない清々しい、心洗われる思いがする。

そんな女優はそうそういない。

 

かつて俳優はスターで、庶民からすれば仰ぎ見る存在で、別の世界に生きる存在だった。

現在のように、お笑い芸人のトークとやらに乗せられ、女優といえども大口開けて笑い、私生活を自ら曝け出し、それを「等身大」とか「身近になった」とかと勘違いしては、番宣にいそしむ。決してそんな存在ではなかった。

勿論、俳優だって役者だって、一人の人間だ。

それは昔も今も変わらない。

作られた偶像、虚構の存在という要素は十分ありうる。

しかし、誰しもが容易に発信でき、表現者たり得、スターとの垣根が低くなっているように見える一方、少なくとも見かけ上はお笑い芸人の顔色を窺い、少なくとも見た目はそこらに同程度か場合によってはそれ以上の者が一般人として幾らでもいそうな雰囲気を纏う。

我々視聴者にとって、どちらが有難く、幸せなことなのだろうか。

今回、毎度上映前に、現在の芦川いづみさんの肉声の録音が流れた。

さすがにスクリーンで微笑む姿のイメージ通りにはいかない。

何せ引退してから既に50年だ。

まだ若い時分にすっぱりと引退し、以後、公の場に一切姿を見せなくなった元女優の現在の姿は想像を巡らすしかない。

弱弱しさを感じるものの、客にお元気でお過ごし下さいねと気遣ってくれる声から、幸せで穏やかな年の重ね方をして来られたのだろうと信じてやまない。

何でも目に見えて、発信されてしまう今の世の中のありようからは決して得ることのできない甘やかな想像というか淡い夢というか、もしかしたら幻影を、感じずにはいられない。

 

それは丁度、『白い夏』や『その人は遠く』で、主人公の青年が憧れの女性を仰ぎ見る感覚に似ているかもしれない。

 

以上、一部敬称略。

3月下旬から5週間に亘り、芦川いづみ特集上映を神保町シアターでやっている。

これは「芦川いづみ デビュー65周年記念」と銘打ち、日活から全10作が、今月と来月の2回に分けてDVDが発売されるのを機に組まれた特別企画である。

神保町の後、大阪・九条のシネ・ヌーヴォでも、引き続き特集上映が予定されており、東京とは上映作品が一部異なるようだ。

神保町で今回上映されているのは全20作。

今から2年半ほど前の夏、『恋する女優 芦川いづみ』第3弾が組まれ、上映された12作を全て観た。

その時の模様は、当時、2度に分けて詳しく記している。

2016.7.27『恋する女優 芦川いづみ』

2016.7.28『恋する女優 芦川いづみ』続

その後、各名画座やスカパー!などにより、他の出演作品の視聴経験をそれなりに得た。

2ちゃんねるなどを読むと、コアなファンが多く、「懐かし邦画」のスレッド内で、特定の女優を扱った掲示板としては、活発に、又大した“荒らし”もなく、健全な内容であり続けてくれているようだ。

そうした先輩諸氏、猛者連中に比べると、まだまだ勉強中の身。

未見作品も多い。

ソフトを手に入れた作品、何度も劇場で観た作品、BDに録画しライブラリーにできている作品、それらに加え、そもそもがDVD発売記念の今回特集なので、劇場でどうしても観なくても他の手段で補完できるタイトルが実に14作もあった。

時間も費用もかかるので、当初は適当に間引こうかとも思ったが、結局20作の内、既に幾度もDVDで観て、個人的にあまり気に入っていない『誘惑』以外の19本は観に行った。

かなり最初の時点で、コンプリートからは離脱したので、今回スタンプラリーには最初から参加していない。

 

今、改めて2年半前の記事を読み返してみると、今回の特集上映と重なっているものも結構多い。

 

『いのちの朝』 (1961)

『あした晴れるか』 (1960)

『その人は遠く』 (1963)

『白い夏』 (1957)

『硝子のジョニー 野獣のように見えて』 (1962)

 

である。

これらはその時、詳しく記した。なるべく繰り返しは避けたいと思う。

 

以下、印象に残った作品を中心に述べてみたい。

 

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DVDの発売が控えてはいるが、今回最も観られてよかったと思ったのは、『佳人』 (1958)である。

物語は大学生のしげる(演:葉山良二)が、兵役に就くため、郷里である山陰の城下町へ汽車で向かう場面から始まる。

しげるの回想が始まる。

その女(ひと)の名はつぶらといった。

格式ある名家の出格子の硝子窓越しに、いつも窓辺の肘掛椅子に腰かけ、静かにこちらを向いている。

彼女は小児麻痺を患っており、自分の足で歩くことができない。

小学生のしげるは、そんなつぶらの元へ足しげく通い、唯一の仲の良い友達として、一緒に蓄音機を聴いたり、本を読んだりして過ごした。

つぶらに対するしげるの想いに嫉妬した、豆腐屋の娘で上級生の・時江は、しげるを誘惑しにかかるが、しげるのつぶらへの献身は揺らぐことはなく、やがて早熟な時江は、料亭の息子で、つぶらの兄の同級生・太刀雄と駆け落ちを果たす。

長じて尚、又戦争が始まっても尚、不幸な佳人へのしげるの純愛は変わらなかった。

…大学生のしげるを乗せた汽車は郷里へ着き、入隊を前にしげるは久方ぶりにつぶら(演:芦川いづみ)の元を訪ねるが、互いの想いを打ち明ける間もなく、しげるは出征し、表で響く「バンザーイ」の声を、つぶらは陰気な屋内で一人耳にするしかなかった。

戦争を経て、商才に長けた太刀雄(演:金子信雄)はその財力を増し、一方つぶらの家は戦争で父も兄も喪い、太刀雄の援助なしには維持できなくなっていた。

一方、しげるはつぶらにもらった石を心の支えに、苛烈な戦火のもと生き延び、終戦を迎え、漸く故郷へ復員してきた。

その日はまさにつぶらの嫁入りの日であった。

太刀雄に金で買われるように嫁ぐことになったのであった。

どうすることもできないしげるは、街で時江(演:渡辺美佐子)と再会した。時江は太刀雄と駆け落ちした後、早々に別れ、故郷へ舞い戻り、今では芸者になっていた。

大人同士の関係を時江はしげるに持ち掛けるが、しげるの今なお変わらぬつぶらへの想いに打たれ、嫉妬深い太刀雄によって出入り禁止を申し渡されたしげるに代わり、つぶらのために尽くすことを約束した。

料亭の主人になり、益々羽振りのよい太刀雄は、芸者と毎夜浮気に身を窶すが、つぶらは耐えるしかない。唯一の味方であった母も、心労で早世してしまった。

時江は芸者をやめ、太刀雄の料亭の傭われ女将として住み込み、つぶらの母に代わり、世話を焼くようになった。

太刀雄の暴虐ぶりはエスカレートし、つぶらを無理やり自分の寝室に寝かせ、その目の前で引っ張り込んだ芸者と痴態の限りを尽くしては、つぶらに見せつける日々。

時江は身体を張って、つぶらを守る。

東京で大学を卒業したしげるは新聞社に就職した。

久しぶりに帰郷したしげるは、時江の計らいで太刀雄に内緒で料亭を訪ね、つぶらと再会する。

しげるはつぶらに東京へ一緒に逃げようと懸命に訴えるが、つぶらは静かに首を振った。

その翌朝、時江がしげるの元へ急を告げに転がり込んできた。

つぶらは自らの命を絶ったのであった。

逢いたがっていた人に逢えて、その変わらぬ想いも伝えられ、もうこの世に思い残すことはない。

そんな佳人の悲しい人生の幕引きであった。

 

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芦川いづみさんの演じた役柄は大まかに言って、次のように分けられると思う。

 

・純真で健気な娘

・薄幸の美女

・青年が仰ぎ見る憧れの女性

・無国籍アクションものの主人公の翳のある恋人役

・主人公をやり込める気の強いしっかり者の娘

・周囲に流されず地に足をつけた堅実な女子大生

・結婚を真剣に考え、これからの生き方に真剣に悩む若い女性

・ヒロインを支える姉や同級生

 

他にもあるとは思いますが…。

時代が今とは全く違うので、本作のような真面目な文芸作品も数多い。そうであればこそ、薄幸の美女役も回ってくるのだが、『佳人』のヒロイン役は、その最たるものだと思われる。

やり手で財力に富むが、人でなしの暴君というのは、物語における憎まれ役として、類型的だと思うが、本作では、宇野重吉氏演ずるつぶらの父親も、結構心無い言葉を投げかける人物で、他作品でよく見かける朴訥だが温かみのある人物像とはかけ離れている。

そんな中、最初は2人の純愛に嫉妬する意地悪少女だった時江が、物語後半、擦れた芸者として再登場し、性悪になるのかと思いきや、主人公の変わらぬ純粋な想いに心打たれ、薄幸のヒロインに尽くす味方に転じてくれるほどに、まともな人だったことが、この悲しい物語の数少ない救いであろう。

 

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『青春怪談』 (1955)は、近年ちくま文庫を中心に復刊が続いている獅子文六のユーモア小説が原作。

新東宝でも同年映画化されており、競作となった作品。

こちらは当然日活版で、監督は市川崑が務めた。

芦川いづみさんの役は、シンデという脇役で、バレリーナのヒロイン・千春(演:北原三枝)を“お姉さま”と慕う、今の言葉でいうと不思議少女。

言うなれば怪演で、新人当時ならではの役といえようが、何故今回の「DVD10作」に選ばれたのか不思議である。

“芦川いづみ出演作品”という切り口なら、他に幾らでもあるだろうに…と思う。

轟夕紀子さんの太ったママが絶品で、主役の三橋達也氏よりも、その相手役で素晴らしいプロポーションの北原三枝さんよりも、その父親役の山村聰氏よりも、私は本作は“轟夕紀子映画”だと思ってしまうのである。

 

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『その壁を砕け』 (1959)は、主人公の冤罪を晴らすべく懸命に奔走するヒロインというのが芦川いづみさんの役どころだが、後に『青春を返せ』 (1963)という、とてもよく似たシチュエーションの作品があり、そこでも同様の役を演じている。

異なるのは、『その壁を砕け』は主人公・小高雄二氏の恋人役で、最後、恋人の冤罪が晴れ、ハッピーエンドに終わるのに対し、『青春を返せ』のほうでは、主人公・長門裕之氏演ずる木工職人の妹として、兄の冤罪を晴らすべく懸命に奔走し、遂には兄の無罪が証明されたにもかかわらず、その寸前、重要証人の幼い娘を庇って砂利トラックにはねられ、命を落としてしまう悲劇的結末になっていることである。

 

『その壁を砕け』は中平康監督作品である。

今では入手困難になってしまったDVD-BOXの3作品の内に入っている『誘惑』 (1957)や、今回の10作品の1つである『学生野郎と娘たち』 (1960)も中平監督作だが、“芦川いづみ出演作品”としては、本作こそソフト化されてしかるべきだと思う。

前者は芦川いづみさんに限って言うと、回想シーン位しか見せ場がなく、物語自体もモダンでお洒落ではあるが、登場人物が多く、物語が散漫に思えてならない。

後者は女子大生たちの一人だが、鼻持ちならぬボンクラ息子に手籠めにされて、売春婦に身を持ち崩した挙句、仇の馬鹿息子を彫像で殴り倒し、自らもガス自殺を遂げるという不幸な役。しかもそれが、理屈ばかりで心に温かみのない仲谷昇氏演ずる大学総長に、大学の一方的な改革の非を訴える方便としてしか物語中機能していないという、芦川いづみさん視点で言えば、救いようのない役柄とさえ言える。

結局、『学生野郎と娘たち』目立つのは、ケンケンと激しい自己主張を繰り返し、最後まで台風みたいな中原早苗さんのほうである。

 

『その壁を砕け』、『青春を返せ』も、芦田伸介氏が一見強面の頑固親父だが、実はヒロインを温かく迎え、支えになっていく役で出ている。

長門裕之氏も、片や功名心にはやり、誤認逮捕を犯すが、最後は自らの判断ミスを疑い、真実の追求に走る警官役、片や誤認逮捕される張本人の朴訥な木工職人役(~小林旭主演の『さぶ』を思わせる~)と、役柄こそ違えど、両方に出演しており、ヒロイン・芦川いづみさんのひたむきさと共に、益々作品のイメージはダブるばかりだ。

 

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この辺で少々駆け足。

 

『霧笛が俺を呼んでいる』 (1960)、『青い街の狼』 (1962)はいずれも無国籍アクションの、主人公の相手役。

『霧笛―』は、何度もコンビを組み、実際に恋仲だったと言われる葉山良二氏が、主人公・赤木圭一郎氏の敵役で出ているが、かつての親友で、命を落としたはずが、実はそれは見せかけで、裏で麻薬密売の首魁となっていたというもの。

芦川いづみさん演ずるヒロインは、その葉山氏の恋人だったという設定。従って主人公・トニーからすれば、亡くなった無二の親友の恋人だった女性ということになり、翳のあるヒロインとなっている。

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『祈るひと』 (1959)、 『風のある道』 (1959)は、いずれも今回のDVD化作品。

芦川いづみさん演ずるのはいずれも、結婚を真剣に考え、これからの生き方に真剣に悩む若い女性。

その相手候補として登場するのがいずれも小高雄二氏で、片や身勝手で強引な見合相手として、片や華道の後継者でセレブの婚約者として登場する。

前者は他の真剣に向き合うカップルたちの姿を目の当たりにし、ヒロインが「この人とは結婚できない」と見切りをつけ、後者は精神薄弱児施設で教師をしている貧しいが純朴な青年(演:葉山良二)の登場で、心が揺れるも、周囲からのプレッシャーで結局華道後継者との道を選びかけるが、土壇場で教師を選ぶという筋。施設の教師を狙っていた妹が、最後は姉の後押しをする役を担っており、この辺りに一昔前の文芸作品の登場人物ならではの良心を感じる。

父親の大坂志郎氏がどうやら娘の本当の気持ちを理解していたようで、打算と見栄から、娘をさっさとセレブのもとへ片付けようと迫る母親の方が、娘思いでないようにも見える。

 

『祈るひと』では、ヒロインの出生問題が絡んでいる。世間的には有名学者だが、家庭では冷淡で温かみのまるでない父親、その死後、奔放な振る舞いに思えてならない月丘夢路演ずる母への反発、その愛人(?)役として、またしても“憎まれ役”・金子信雄。

物語中盤、ヒロインが手伝いに通うようになる佐々木教授は“冷血動物”の父とは対照的な人間味溢れる人柄で、演ずるは宇野重吉。

『佳人』では、わが娘を恥さらし呼ばわりする冷酷な父親役だったが、宇野重吉氏といえば、本作のような朴訥だが、人間的温かみを感じさせる役柄のほうがなじみ深い。

その父が、実は外面がすごく良く、登山や植物の趣味があり、学生にも慕われていた人物だったということを、佐々木教授に示された学術雑誌によって、父の死後初めて知る娘。

それもひどい話だが、世間体とか見栄とか体面とか、そういったものにだけ重きを置いて、家庭を振り返らず、「稼いでやってるんだからいいだろ」的な男性像が垣間見えるが、そこは物語。妻の不倫を疑い、娘との血のつながりを疑い、人知れず苦悶していたのだという、“冷血動物にも一部の理”が与えられてある。

 

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『真白き富士の嶺』 (1963)は、どちらかといえば吉永小百合さん演ずる妹娘と、日活青春映画で吉永さんの相手役だった浜田光夫氏演ずるヨット青年の純愛がメインの話。

芦川いづみさんはその姉の役。

長年住み慣れた逗子の屋敷を引き払うところから物語は始まる。

今では座り主を失った籐椅子がポツンと庭に忘れられ、それを見つけた姉が回想するという構成。

 

先に取り上げた2作では、結婚を意識する相手でいながら、いずれもヒロインに振られる、ちょっと嫌味で鼻持ちならない強引な男という役柄だった小高雄二氏だが、本作では姉の心ある婚約者となっている。

 

不治の病に侵され、最後はその命を散らす吉永小百合と、彼女の心の支えになる純朴青年・浜田光夫という組み合わせは、『愛と死をみつめて』 (1964)などと同じだが、“M.K.”なる謎の人物からの手紙を心待ちにする妹、しかもその仲が結構進んでいるらしい様子に、姉はやきもきさせられ、「もしかしてM.K.?」と疑ったヨット青年もイニシャルが違う…と見せかけて、実は何らかのトリックがあって、やっぱりM.K.イコール浜田光夫なのでは?と思いながら見ていたが、実は…という話。

これも現代では到底あり得ないような、純真で回りくどい文芸作品なのだが、逆に言うと、直接的な通信手段が蔓延る現代は、純文学が成立しがたい詰まらない時代なのかもしれないと思う。

 

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『若草物語』 (1964)は、ご存じ4人姉妹の話だが、芦川いづみさんは長女で既婚者。3人の妹たちの世話を焼く役どころ。

本作も、物語の主軸は二女・浅丘ルリ子に見せかけて、実は三女・吉永小百合である。

何となく、浅丘ルリ子さんのほうが芦川いづみさんよりお姉さんに見えてしまうのは気のせい?

浅丘ルリ子が、幼馴染で、かつては子分と従えていたのが、今はTVニュースのカメラマンになっている次郎(演:浜田光夫)と恋仲になり、一方、年下の大学生だが金持ちの息子でボンボンの圭一(演:和田浩治)からも言い寄られ、揺れる女心…。

その次郎のことが好きな三女・吉永小百合は、次郎を蔑ろにしているとしか思えぬ姉に怒りを覚え…。

最後、迷いを吹っ切ってもらおうと雨の中、社にやってきた浅丘ルリ子を袖にして、次郎は事故現場へと向かってしまい、結果、ルリ子はボンボンのほうを選ぶ。

振られた次郎は、酒を呷りながら、ルリ子の気持ちも分かると、理解を示しているのか、負け惜しみを言っているのか…?

ルリ子姉が新婚旅行に空へ向かうため、羽田へ見送りに来た吉永小百合は、同日、次郎が瀬戸内へ単身撮影旅行へ発つときき、後を追っかける。

すぐには受け入れてもらえないかもしれないけれど、とりあえず私は一緒に居たいのヨ。

 

…それにしても、浜田光夫と和田浩治って似てるよなぁ…。

入れ替わったって、見た目じゃ区別がつかないゾ…。

声としゃべり方で辛うじて識別できるという有様。

 

開業間もない東京モノレールの旧型車両がカラーで出てくるし、最後は山陽本線直通の急行「よど」に、非冷房時代の153系電車が出てくるのが、鉄道好きとしては堪らんが、本作に限ったことではないが、何故新性能電車なのに、猫も杓子も釣りかけ駆動の「ぐも~」って効果音を被せるのだろう?

次郎はまだまだ駆け出しのカメラマンに見えるのだが、その割にはグリーン車に乗っており、何だか身の丈に合っていない気も…。

 

“北極おばさん”になる前の、若き日の和泉雅子さんが末娘役で出ているが、ふっくらした丸顔の少女といった感じで、まだ初々しい。

近藤正臣氏との逃避行を演じた、TV時代劇『斬り抜ける』の若き武家の奥方役が、個人的には一番印象深い。昔は美人で清純派女優でした。

 

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字数制限のため、一旦おしまい。

次回へ続く。

以上、一部敬称略。

先週まで延々綴った「駅弁大会」の連載で、今年は思いがけず「ご当地パン特集」にどっぷり浸ったことを述べた。

中でもお気に入りだったのは、兵庫県・加古川にあるニシカワ食品なるメーカーの手による甘~い菓子パンたちである。

今からひと月ほど前のこと、ニシカワ食品からだけは、本当に菓子パンを大量にお取り寄せするに至った。

その後、今ではすっかり恒例と化した、大阪・玉出木村家を取り上げた際、現在蔓延する「甘さ控えめ」至上主義の風潮に対し、相当辛辣なことも書いた。

 

今宵ご紹介するは、“甘さ控えめ信者”の方々が見たら卒倒しそうな、滅茶苦茶甘いパンばかり。

来たれ!甘々星人の同志たちよ!!

クロネコから届いた段ボール箱を開けると、こんな感じ。

その分、納品書もごっついことになっちまった。

単価をチマチマ入力するのも面倒なので、写真をのっけてしまいませう。

そんなわけで、以下はパンのご紹介。

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きなこモッチー

「駅弁大会」会場で、狙っていたのに当日空輸されて来ず、買いそびれたパン。

お取り寄せでは真っ先に選択。

てっきりきなこクリームだけが挟まったコッペパンだと思っていたが、さにあらず。粒あん入り。

十勝産なのだそうだが、それを言い当てられるほど我が舌は肥えてはおらず。

おまけに栗の粒々まで入ってる。

「もっちー」というだけあって、パンはもっちりと書いてあるが、今となっては忘れちまった。

やはり食レポはすぐやらんとダメだねぇ…。

 

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ピーチョコ

コンビニでも似たのがありがちな、“コッペパン、ピーナッツ入りチョコレートがけ、クリームサンド”だが、クリームがミルク風味というのがミソ。

真っ白なバタークリームじゃないんだ…というのが第一印象。

すぐにでもぱくりとかぶりつきたいのを我慢して、指に力を籠めてガバッと開いてみたのが下の写真。

クリームのお陰か、見た目よりはマイルドな印象。

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丸太ブレッド 瀬戸内産ネーブルオレンジ

時々ベーカリーでも見かける、円い形の食パン。

ネーブルオレンジのマーマレードが生地に織り込まれ、見た目以上に甘い。

最初見た時は小ぶりに思えたのだが、結構量があり、ちぎっては口へ放り込み、またちぎっては放り込み…を繰り返すこと3日。

他にメープル味もあり、そちらは化粧箱入りのスペシャル仕様もある。

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にしかわフラワー

注文前に「ニシカワ食品」で検索した時、真っ先に目に飛び込んできた、最強甘々パン。

見た目は、島根の「バラパン」に似ているが、表面にふんだんにまぶされたアイシングがとにかく甘く、甘党には堪らん味だが、そうじゃない人にとっては、これだけで「うげー」ってなるかもしれない。

さらに追い打ちをかけるのが、中にしみ込んだカラメルとミルククリームの波状攻撃。

見よ!この艶々とてかったシロップの輝きを。

手がべちょべちょになろうと、構うことはない。

延々続くかと思われるロールを剥いては口に放り込み、また剥いては口へ放り込み…。

我こそは甘々星人!と名乗りを上げられし方にこそ、このパンは相応しい。

逆に言うと、甘党以外は食べちゃダメ。…そう言いたくなる爆発的威力を秘めたパン。

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折角なので、既に「駅弁大会」で紹介したパンたちも再掲。

写真、文章ともに使い回しはご勘弁。

 

くりぃむパン

白あん入りメロンパン

紡錘形というと、もう死語に近いが、そうとしか言いようがない形が一大特徴。

「くり~むぱん」の中身は、濃厚なカスタードクリームで、しっとりと柔らかいケーキ状のブリオッシュ生地も相俟って、贅沢気分が味わえる満足の一品。

「メロンパン」のほうは、中身が今どき珍しい白あん。

これだけ白あんがたっぷり入ったメロンパンは初めて食べた。

その昔、丸形でてっぺんがクッキー生地で網目が付いた、スタンダードなメロンパンでも、中に白あんが入っていた記憶がある。

幼少期、白あんは食わず嫌いだったので、メロンパンは子供時分、必ずしも好物ではなかった。

クリームと違って、どっしり食べ応えがある割に、さっぱりとした味わい。

 

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アベック

ロールパンの間に白いバタークリームをはさみ、表面をチョココーティングしたものかと思いきや、カスタードクリームを練りこんだ生地をうずまきデニッシュ状に焼き上げた柔らかいパンを中央からバッサリと切りこみ、寸止め状態で2つ折りにして、その谷間にミルククリームをたっぷりと注入。チョコレートをかけるというなかなか凝った作り。

 

これ1個で軽く400kcal近いが、いつでも手に入る環境なら、上の2つ共々、何十回と食べ続けていたに違いない味。

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(左)・クリームブリオッシュ

(右)・ピーナッツバター

 

並べてみると、姉妹品のように見える。

「くりぃむパン」白あん入りメロンパン」がさしづめ“紡錘姉妹”なら、こちらは“満月姉妹”といったところか。

「クリームブリオッシュ」は、ブリオッシュ生地の中にミルク味とカスタード味の2種類のクリームを巻き込み、渦巻き状に円く仕上げ、表面にザラメ糖をまぶしたもの。

グラニュー糖とは違った、この粒の粗い四角いザラメ糖がどこか懐かしさを覚えさせるが、中身はケーキ風で洒落た味わい。

単なるクリームパンではなく、量も多い。このパンも実に満足度の高い一品であった。

「ピーナッツバター」のほうは、ご覧の通りシンプルな構成。

やや固めに焼かれた甘い味付けのパンの中央の窪みにたっぷりとピーナッツバターが入っている。

このピーナッツバターが頗る美味い。

クリーミーで甘みも十分。

大抵、ピーナッツバターというと、小学校の給食でよくお世話になった、味噌を思わせる色、クセのあるピーナッツ味というのが通り相場で、それはそれで美味いが、このパンのピーナッツバターは全く別物である。

恐らくクリームと調合してあるのであろう。

私は木村屋總本店「ピーナッツコロネ」が大の好物で、すぐ裏のシネスイッチ銀座という映画館を訪ねる度に、看板商品のあんぱん達よりも、ピーナッツコロネを探し、2個、3個と買っては、映画の予告の間に平らげてしまうのが常である。

その木村屋の「コロネ」に入っているピーナッツバターに、本品のそれは匹敵すると思う。

又、折角のピーナッツバターも、量が少なければ台無しだが、このパンについてはそんな心配は全くの杞憂であった。ふちを取り囲むようなパンと共に食べるのだが、クリームのほうが多すぎて、パンを口に入れるのを控えねばならぬほどだったのである。

 

今回の「お取り寄せ」では、一度ほんの30秒ばかりレンジで温めてみた。

クリームが溶け出し、器状になったパンのへりをかじると、滴り落ちそうになったので、「おっとっと」とばかり慌てて口をつけ、ドロドロのピーナッツクリームを啜るという珍しい経験をした。

 

工場で製造されたパンは当日発送、翌日届く。

更にその次の日から食べ始めたので、幾ら今より寒かったとはいえ、あまり長いこと常温にさらしておいてはカビが来るから、これを3日半で片づけたわけだが、至福の時とは裏腹に、体重が増えてしまった。

 

やはり身をもって悟りえたこと、それは、

 

菓子パンは太る。

 

総カロリー数は…怖くてとても計算できません。

週1ペースで続けてきた、今年の駅弁大会記事も漸く今回で最終回を迎える。始めた時は真冬であったが、いつしか4月を迎えた。

 

前回の続き。

 

ぶりかまめし (富山駅)(1,100円)

駅弁大会に行くようになって以来、唯一毎年欠かさず食べている弁当。

今年も最後に漸くありつくことができた。

姉妹品の「吹雪」とペアで来るのがここ数年の定番となっている。

なますが入った「吹雪」とどちらを選ぼうかいつも迷う。

迷った時は両方買え!というのが私の基本スタンスだが、この日も持ち帰る弁当が多く、食べ過ぎ防止のためもあり、今回はスタンダードなこちらのみを選択。

それほど酸っぱくない酢飯はわさび風味で、わかめ、青菜、甘酢生姜、白えびが脇を固める。

中央にドーンと鎮座ましますはぶりかま。

骨までそのまま食べられるよう柔らかく煮込まれ、それを更に甘辛ダレに漬けて焼いたもの。

山椒をまぶして食べると尚良し。

弁当の名に冠しながら、メイン食材がチマチマとケチ臭く、何が主役なのやらよくわからない弁当がたまにあるが、本品に関してはそんな心配は全くのご無用。

分厚いぶりかまはボリュームたっぷりで、酢飯と共に夢中でかっ込みゃ、ご飯が足りなくなるほどだ。

今まで気づかなかったが、白海老は富山の名産品。ここでは完全なる脇役だが、さり気なく富山の駅弁であることを主張している。

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ながさきくじらかつトルコライス弁当 (長崎駅)(1,300円)

歌川国芳の巨鯨絵図をあしらった素晴らしい掛け紙が際立つ弁当。

確か一度駅弁大会に来なくなったが、近年復活し、「ながさき鯨カツ弁当」が定番となっている。又、店頭では鯨カツだけ単品でも売られている。

今年はそれに加え、本品が初登場。

鯨カツが全面に乗っかった「鯨カツ弁当」に比べ、鯨カツは小ぶりだが、珍しい鯨ハンバーグと、スパゲティナポリタンを並べ、トルコライスに見立てたもの。

鯨カツは、肉は薄く、はっきり言ってペラペラだが、昨今の捕鯨を巡る情勢を思えば、文句は言えない。

鯨肉がこうして食べられるだけでも有難いと思わねばなるまい。

鯨ハンバーグは、肉の食感がやはり独特の固さと風味を感じさせ、牛肉や豚肉のそれとはやはり違う。

 

幼少期、食卓にクジラステーキが時折並び、硬くて噛み切れない鯨肉を、指を口の中に突っ込んで無理やり引きちぎる間に、かけたソースがすっかり抜けてしまったものだし、小学校の給食では鯨の竜田揚げが出てくることがあった。

リアルタイムで鯨肉を経験した者には、例えカツでも懐かしく思える。

洋風でちょっと毛色の変わった駅弁として、これからも出品し続けてほしい調整元である。

確か、以前は和歌山の新宮駅からも鯨の駅弁が輸送で来ていたはずだが、そちらはどうなったのだろう?

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元気甲斐 (小淵沢駅)(1,600円)

チラシには一切紹介されておらず、入荷数も少ないとのことで、いつの間にか売り切れてしまう駅弁。

「甲州かつサンド」の実演で毎年目立っている丸政という調整元が出している駅弁。

今年は「平成最後のかつサンド」がチラシにも載るメインだったが、如何せん幾ら分厚いとはいえカツサンド2切れで1,200円というのは高すぎると思い、最初から購入予定には入れなかった。

カツサンドに1,200円はたくなら、もう少し足して、本品を買うほうが遥かに満足度が高いと思うのだが…。

「元気かい?」に引っ掛けた親父ギャグ的ネーミングセンスにどうしても目が行くが、2段重ねのなかなかボリューミィな弁当である。

駅弁大会で買うのは初めてだが、どこかで食べたことがあるんだよなぁ…と懸命に記憶を辿ってみれば、随分前に「18きっぷ」の余りを使うために中央本線~身延線~東海道本線~御殿場線~相模線と巡った際、現地で電車待ちの時に食べたものと思われる。

 

さて、本品。

中に入っているお品書きの紹介をなぞる。

 

一の重

胡桃御飯、蓮根の金平、山女の甲州煮、蕗と椎茸と人参の旨煮、蒟蒻の味噌煮、カリフラワーのレモン酢漬、紫萁(ぜんまい)と揚げの胡麻酢合え、セロリーの粕漬

二の重

栗と占地(しめじ)のおこわ 銀杏、蓮根入り

アスパラの豚肉巻、鶏の柚子味噌合え、公魚(わかさぎ)の南蛮漬、山牛蒡(ごぼう)の味噌漬、沢庵

…と、どちらのお重にもご飯が入り、しかもどれもありきたりでない一癖も二癖もある山の幸をふんだんに用いたおかずで、大変食べ応えのある内容であった。

内緒で持ってくるような売り方ではなく、寧ろこっちを実演でメインにすればいいのにねぇ…などと思うが、多分多品目ゆえ、手間がかかりすぎるのだろう。

満足の一品。

 

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リラックマまちみつチキンランチ(新神戸駅)(1,080円) 

以下の4品は「A-0輸送」で買ってきた駅弁。

パッケージから、どうせ幼児向けのクマちゃんキャラ弁だろ…とバカにしてこれまで一切見向きもしなかった弁当。

鶏の甘辛煮と、クルミの甘煮をメインに、下は細かなパセリが散らされたキノコピラフ。煮玉子、茹でブロッコリーが脇を固める。

ターゲットがお子ちゃまだけに、クセのない甘めの味つけだが、メインの鶏肉とピラフ、甘いクルミが意外にマッチし、思った以上に美味だった。

それにこの弁当の一番の長所は、かなりしっかりしたキャラデザのタッパー容器が手に入ることである。多分レンジくらいは耐えられるのではなかろうか。

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近江牛大入飯 (米原駅)(1,100円)

近年よく選んで買っている牛弁。

他と違い、下のご飯がカレー味になっているのが一大特徴。

脂身のついた牛肉と玉ねぎを絡めた甘辛炒めが上に乗る。

付け合わせといえば彩り目的なのか、赤かぶ漬けと、肉の上のパセリしかなく、一面にカレーご飯が敷き詰められている。

「大入飯」の名に恥じない、ボリューム溢れる個性的な牛弁といえよう。

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松坂名物黒毛和牛モー太郎弁当 (松阪駅)(1,350円)

毎年「A-0輸送」で大量に積まれているのを見ていたが、かなりリアルな牛の顔を象った容器に、“お子ちゃま向け”と決めつけて、見向きもしないでいたが、一度食べてみるか、と試してみたのが昨年のこと。

角に紙が引っかかり、意外に開けにくい容器を漸く開ける。

すると流れる

〽う~さ~ぎ お~いし か~の~や~ま~

の何とも間抜けな電子音。

間抜けなんだが、明かりに反応して延々鳴り続けるメロディーは結構うるさいので、ここいらで蓋をして封じ込め、いざ実食。

白飯に牛肉の甘辛煮というすき焼き風。

勿論松阪牛だ。

付け合わせに紅生姜というのが何とも心憎いじゃあ~りませんか‼

酸味と仄かな辛みが、結構濃厚な牛肉ご飯の甘辛に、絶妙な味変を加え、飽きずに完食できるようになっている。

しかし、それにしても、蓋の裏が奏でるメロディーが「ドナドナ」じゃなくて本当によかった‼

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湖北のおはなし (米原駅)(1,150円)

これも幾度かリピートしている駅弁。

以前は実演販売に来ていたこともあったが、近年は「A-0輸送」のみに落ち着いている。

実は今年は、広島駅の「広島名物お好み焼き風豚玉めし」を狙っていたのだが、途中で目の前で見ていながら、この日まで買うのをやめにしていたら、後半戦でチラシに載ったせいか、完売してしまい、今回食べる機会を失した。

大阪駅の「たこやきご飯」と食べ比べてみようかと思っていたが、「豚玉めし」を逃したショックでこちらも買い忘れ、代役として買ったのがこの「湖北」である。

おこわは季節により種類が変わるが、今回は駅弁大会にはよく来る黒豆バージョン。

おかずは独自性の高いものが多数。

小芋、鴨ロース、玉子焼、ぬた、ヤングコーン、山牛蒡、赤かぶらの漬物、菊の葉、蒟蒻、小梅など。

鴨ロース以外は関西風らしく、薄めの味つけ。

実はこの弁当、買った2日後の夜食べたのだが、真冬なので常温でも平気だろうと、ご飯が固くなるのを嫌って冷蔵庫に冷さずにおいといたら、小芋が酸っぱくなっていて、痛みかけていたようだ。

冬場とはいえ、薄味弁当はご用心。

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続いて甘いもの。

 

とろなまバウムクーヘン・とろなまチョコ (千葉・千年の木)(1,420円)

見た目からして濃厚そうな、チョコレート好きなら必ずや引き寄せられそうなチョコレートがけのバウムクーヘン。

表面全体を覆いつくすとろりととろけた濃厚なチョココーティングのみならず、中身はバウムクーヘンの上にチョコレートムースという、まさにチョコづくしの一品。

冷凍保存から取り出して、アイスケーキ風に味わうもよし。1時間ほどで解凍し、とろっとした食感を楽しむもよし。

店には他に抹茶味、ベリームース味、それと限定品でモンブラン味もあった。

又の機会があれば、試してみよう。

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赤福2切 (240円)

赤福餅も毎回駅弁大会に来ているが、関西旅行の度に土産に買って帰るだけでなく、現地で朝食代わりに食べたりしているだけに、わざわざ駅弁大会で買わんでも…と思っていたが、今回初めて購入。

昔は大阪の阪急百貨店位にしか、この2個入はなく、他所では仮に自分1人で食べるためでも8個入を買い、ドカ食い必至であったが、昨今のお一人様需要は侮れない。赤坂トップスのチョコレートケーキだって、お一人様サイズが出るくらいだからねぇ…。

上野駅だったかに「御福餅」という似た品が売られているが、食べ比べてみるとやはり別物。甘みが十分だが、同時に上品さを湛えたこしあんの旨みと、とろりとろける白い餅のハーモニーは永久不滅だ。

「東の萩の月、西の赤福」とは、私が勝手に掲げる、好きな土産菓子双璧を表す造語。

 

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かくして5回通った今年の駅弁大会。

全10回に分けてお届けした記事はこれにて終了となる。

最初に記した対決企画云々以上に、今回抱いた印象は、これまで毎度買い続けてきた業者の相次ぐ撤退乃至廃業である。

 

私がリピートしてきた中でも、

・伊久間養鯉場の「鯉の甘露煮」

・赤松どおりの「八幡平サーモンづくし」

・大村寿司

が姿を消した。

 

いずれも、自分にとっては毎年欠かせぬ楽しみだっただけに、残念でならない。

八幡平サーモンづくしは京王に来なくなっただけのように思えるが、他の2軒はどうやら廃業してしまった模様。

特に大村寿司は、長年存在は知っていたが、子供の頃、魚のないチラシ寿司や太巻きが嫌いだったこともあり、ずっと敬遠していたのが、近年試してみたら、思ったよりも好みに合い、毎年リピートして、「来年はあれ」と順に食べていただけに、廃業はとても残念である。

 

又、こうして振り返ってみると、出店されてはいたが、買いそびれた、食べそびれたものも多いことに気づかされる。

 

「2ちゃんねる」によって知った「おやき村」の「りんごおやき」や、梅ヶ枝餅、駒乃屋の「焼き釜飯」も食べそびれてしまった。

又、福岡の「特撰バターケーキ」も気にはなったのだが、「とろなまバウム」のあおりを食った格好になってしまった。

 

輸送駅弁では、松山駅の「醤油めし」が折角目の前に山積みされていたにも関わらず、逃してしまったし、鹿児島中央の「桜島灰干し弁当」にも未練が残る。

新潟駅の「えび千両ちらし」は、実演販売で駅弁大会に来たのは初めてかもしれないが、駅弁に特に関心を持ち始めた最初の頃、東京駅地下で何度も食べただけに、実演を是非試そうと思ったが、残念ながら人気がなく、作り置きの弁当が山と積まれているのを目にしたので、これなら東京駅の輸送も大して変わらないのではないか?とやめにし、台湾駅弁の鶏めしも、似たものを幾度か食べているので、優先度を下げたら機会を逸してしまった。

 

あまりに欲張って、「あれもこれも」を繰り返すと、完全に食べ過ぎになるし、そうかといって過剰に抑え込むと、折角の年に一度のお楽しみが詰まらないものになってしまう。

興味を抱いたものを丹念に拾っていくのと、過剰摂取との兼ね合いをどうつけるかが、なかなか難しいと思っている。

 

次は新しい時代の下になっている。

消費税が上がるので、きっとここで売られる食べ物も、確実に値上がりするだろう。

これまで辛うじて2,000円の大台を突破せずに踏み止まってきた、宮島口のあなごめしや、佐賀牛の駅弁は、遂に2,000円を超えてしまうのであろうか。

値上がりをものともせぬような、魅力的な食べ物との新たな出会いを期待して、今年の当シリーズ締め括りとしたい。

前回の続き。

日を改め、1/20のこと。

3連休以外で日曜日まで使って駅弁大会へ出向くのは、自分としては異例なことだ。

この日に出向いていなければ、あるいは当blog記事の作成がもう少し早くできていたかもしれない。

流石に朝の開店前から並びに行きたいと思うほど熱望する弁当はもはやない。それでも10時過ぎには会場に到着した。

今回はこの日が自分にとり“最終日”のつもりなので、買い逃し、取りこぼしのないよう、場内を回る。

早々に昼食用の弁当を幾つか買い込み、早くも屋上でランチと洒落こむ。

 

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・うに丼ハーフサイズ (長万部・浜形水産) (1,296円)

ここにも生うにの海鮮丼があった。

先日の札幌の寿司屋「鮨処桐」の弁当と食べ比べ…といくにはそろそろ懐具合が寂しく、それでもフルサイズを手に取って、ふと売り台を見渡すと、このハーフサイズを見つけ、急遽こちらにしてもらった。

フルサイズは確か「桐」と同じ2,000円位だったと思ったので、量が半分=値段も半分とはいかず、少々割高だが、あれこれ色々食べたい自分のような者には、ハーフサイズの存在はこの上なく有難いのである。

付け合わせは海藻に錦糸玉子が少々。ガリ。

朝の陽光を浴びると、ほらこの通り。

生うにの粒が艶々と輝いている!

とろりとほの甘い生うにの味を一口楽しんだ後は、醤油をまんべんなく。ますますうにの表情に深みが増し、味はこの上ない至福の時だ。

あぁ…やはりフルサイズを買えばよかったかな…。

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・青魚4品盛り (釧路駅)(1,390円)

釧路駅弁・いわしのほっかぶり寿司のリピート。

今回は欲張って「4種盛」。

手前左より順に紹介していく。

いわしのほっかぶり寿司。

 

炙りさんま甘辛握り。

 

さんまのマリネ風。

 

鯖のほっかぶり寿司。

 

…と、またしても「づけさんま」を食べ損ねてしまった。

前のサーモンとの相盛の時にも記したが、薄切り大根を乗せ、「ほっかぶり」とすることにより、鰯やサンマといった生臭くなりがちな魚を、シャキシャキとした風味と共に、爽快な味わいに変えている。

4種の中で最も濃厚なのは、いうまでもなく「炙りさんま甘辛」だが、小骨の食感が残っているのはさすが。缶詰とはモノが違う。

 

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・うなぎとあなごとはものごはん(京都駅)(1,800円) 

後半より出品の、当「駅弁大会」初登場の駅弁。

総合案内脇の「C-1」という一等地の角に売り場はあったが、気の毒なほど客が素通りしてしまう。

全くと言っていいほど売れてはいなかったが、対決企画の一角としてチラシ1面に載っていた姫路駅の「四味穴子重」は、見るからに量が少なそうで、最初から食指が動かなかったのに対し、寧ろこの駅弁は個人的には随分と気になっていた。

四角い箱が2つに仕切られ、下はいずれも白飯。半分は穴子、もう半分が鰻と鱧の相盛となっている。

どれも関西風なだけに香ばしく焼かれ…と言いたいところだが、味に変化をつけるためか、穴子だけは煮穴子である。甘辛なタレは同様だが、3種類の細長い魚の風味、食感がどれも異なり、京都発なだけにどこか上品な味わいがする。

結局鰻とはもの「焼き」と、穴子の「煮」で2つに分けたということである。

個人的には焼穴子を昔から食べつけているので、ここは穴子も焼穴で、全て香ばしくしてほしかった気もする。

やはり個性が際立つのははも。

骨切りの仕事が入った小骨の食感が、駅弁でも楽しめたのはとても新鮮であった。

穴子駅弁としては、前半に食した宮島口のあまりにも有名な駅弁があるが、こちらは3種類の食べ比べで独自の存在感を示す。

こういう弁当が、大会の定番として育ってくれればよいのだが、人気のなさからすると、多分来年は来ないのだろう。

尚、全く売れていなかっただけに、現地で食べた時でさえ、既に随分と冷めかけていたが、固まりかけになりながらも、タレのしみこんだご飯が美味であった。

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・味比べ牛肉どまんなか(米沢駅)(1,500円)

「牛肉どまんなか」といえば、かつての牛肉弁当断トツの人気駅弁で、大行列が絶えず、甘いものの「B-2」、「B-1」をも通り過ぎ、輸送駅弁の「A-0」に至らんとするのをスタッフの方が懸命に列を整理していたものだった。

売上高1位は森駅の「いかめし」という状態が長らく続いているが、あれは値ごろ感と、大量生産に向いている作りと、知名度ゆえだと思っており、実質的にフルサイズの駅弁で、かつては最も売れていたのは「どまんなか」だったと思っている。

個人的には、幾らミンチなど変化はつけているとはいえ、甘辛牛肉の細かいのを白飯に乗せただけの駅弁が、なぜかくも高い人気を誇ってきたのか、あまりよくわからない。

米沢牛の駅弁なら、もっと牛肉の存在感のある弁当は他に幾種類もある。

「どまんなか」という如何にも直球のネーミングセンスが嵌まったのか…と思っていたが、どうやら「どまんなか」とは現地の米の品種名であるらしい。

ところが近年、牛肉弁当の多様化のあおりなのか、さしもの「牛肉どまんなか」も、当大会では人気に著しい翳りが見られるようになり、全く並ばずに買えるようになっていた。

とはいえ、東京駅の「駅弁屋祭」では、正面センターにドーンと置かれ、相変わらずの高人気を誇っている。

 

さて今回の一品。

「四味食べ比べ対決!」企画に乗っかる形で、私が通うようになってから初めて「4種盛」が登場した。

かねてより現地では色々なバリエーションがあることは知ってはいたが、目に触れるのはレギュラーの「しょうゆ」のみであった。

「カレー」が美味いという評判を読みつけ、興味は抱いていたのだが、食べる機会がなかったのである。

「しょうゆ」(右下)は食べつけているので置いておくとして、順に時計回りに「しお」、「味噌」、「カレー」となる。

どれも思ったよりは大人しい味であった。

グリーンピースの散らされた「カレー」も、“牛肉を炒めるのにカレーを混ぜました”といった雰囲気で、決してカレーメインではない。

「しお」、「味噌」はもっとその傾向が強く、あくまでベースは「しょうゆ」で、その微妙なバリエーションといった感じだ。

ご飯はさすがに美味しい。

その美味しいご飯と、牛肉を一緒に頬張るのが旨くない筈がないのだが、牛肉は御覧のように細かく、更にこの弁当は箱が4つに仕切られているので、箸で掬い上げて食べるのに、何だか細々としたものをチマチマ食べることを強制させられる気がする。

一回り大きな箱か、いっそのこと二重にした「大盛」を作ってくれないものだろうか?

 

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再び場内へ戻り、“最後”なので、「D-1輸送」や、実演販売から尚も幾つか弁当や甘いものも買い込み、2種類のジュースで喉を潤し、会場を後にした。

 

・ぶどうジュース(菅原ぶどう園)(200円)

今回は結局この日1度きりとなってしまった。

濃厚で独特の風味のある「ミックス」がやはり一番好みで、このような複雑な甘みが葡萄果汁のみから出来上がるというのが未だに不思議に思えてならない。

 

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・ミックスジュース(梅田)(200円)

大阪ではミックスジュースが定番の飲み物として、昔から庶民に定着している。

吉本新喜劇で、すっちーという座長の1人が、劇の最初のほうで客席に向かって飴ちゃんを投げるのだが、それが商魂たくましい吉本らしく、ほどなく商品化された。「すち子のねぶり飴」というその飴も、勿論ミックスジュース味である。

喫茶店に入ると、まず例外なく、大阪では「ミックスジュース」がメニューにある。

 

幼少期、神戸で過ごしたが、神戸では大阪ほど“ジュースといえばミックスジュース”という文化は浸透していないのか、子供時分にミックスジュースを何度も飲ませてもらったという記憶はない。

果物は昔から好きで、特にぶどうとメロンは中でも双璧をなしていたが、どちらも高級果物だったので、そう日常的に口に入るものではない。

生ジュースそのものにありつける機会もそうはなかったが、「ぶどう」や「メロン」というともう一段高いので、大抵却下されるか、遠慮する。

そんな時、選んでいたのが「ミックス」だった。

今では残っているのかどうかもわからないが、不二家の「ネクター」でもそれは同じで、「ミックスネクター」というのを敢えて選んで買ってもらったことが何度もあった。

フルーツのミックス味が美味いと子供ながらに学んだのは、ロッテの「フルーツ」というあの黄色い包装紙の板ガムに拠るところも大きい。

 

さて本品。

阪神電車の梅田駅東口改札前のジューススタンドとして愛されて半世紀…とあるが、そんな店あったかな…?

という程度の認識しか、所詮よそ者にはない。

東口といえば、ホーム先端の、御堂筋線改札がすぐの、年中混んでいるあっちだよね…。

よく考えてみれば、阪神電車の顔ばかり見ているし、降りれば降りたで、人の流れの激しい地下通路を、迷わずサッサと行かなアカンとばかりに、先のほうばかり見ているから、気づいていないのだろう。

 

オレンジがかった黄色はまさにミックスジュースの色。

みかん、黄桃、バナナのミックスである。

細かい氷の粒粒、シャリシャリ感が、心地よい食感を生み出している。

どろりとしたジュースは、昨今のペットボトルの飲み物からは決して味わえない飲み心地。

この独特の深みのある甘みは、やはりバナナのなせる業か。

コップは小さいがなみなみ注がれたジュースは、熱気に満ちた場内の清涼剤となった。

今度大阪へ行った時は、忘れずにチェックするとしよう。

 

次回へ続く。