2週間の間が開いてしまった。
先週は相鉄~JR貨物直通新線開業、翌日は映画の日とイベント続き。さすがにblog作成まで手が回らない。
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さて前回の続き。
「うる星やつら」については前回かなり語り尽くした感があるのだが、言い残したことといえば、やはり最後に予告めいた触れ方をした“純情ギツネ”のことである。
「うる星」ワールドとしてはかなり異質とも挑戦作ともいえた「ビューティフル・ドリーマー」で押井守監督が退場。後を継いだのが、やまざきかずお氏であった。
とんがった印象の押井「うる星」から一転、全体を覆うほのぼのとしたムードが印象に残る作風で、この後、「うる星やつら」の後番組として始まった「めぞん一刻」初期や、OVAとして作られた「ぼくの地球を守って」(原作:日渡早紀)が印象に残る。
「めぞん一刻」については、この流れに乗って、後で存分に触れることになると思うので、ここでは簡単にするが、やまざき氏が手掛けた初期アニメ版の雰囲気は、うららかな春の情景を思わすほのぼのとしたムードが漂っていて、私は好きであった。
「ぼくの地球を守って」は、DVDソフトもとうに廃盤となり、OVAの宿命か、本来ならこれから物語がさぁ盛り上がるぞ!というところで尻切れトンボのように終わってしまったが、チェロ奏者・溝口肇氏が手掛けた重厚なサントラの魅力も手伝って、実に緻密で素晴らしい出来であった。
今は“ぼく地球(ぼくタマ)”について語り尽くす場ではないので、サラリと触れるに留めるが、闇空の下、どこまでも続く平原、そこに佇むキャアという巨大猫(…「うる星」のコタツネコとは全くキャラが違います…)と、穏やかな髭のおじさん、ヒロイン・亜梨子が歌姫・木蓮として覚醒するさまが、さわりしか描かれずに終わったのは返す返すも惜しい。紫苑の回想をこのクオリティで見てみたかったと今でも思う。
前々回、やまざき氏が手掛けた劇場版第4作「ラム・ザ・フォーエバー」を、“失敗作”と断じたが、TV版「うる星やつら」後期において氏が展開したほんわか路線は、原作の持つ本来の雰囲気への回帰を思わせ、一時期リアルタイムで見ていたことも手伝って、個人的には押井ワールドよりも好きであった。
そのほんわかムードを醸し出す代表格が、“純情ギツネ”シリーズだと思う。
牧歌的雰囲気漂う山里から、しのぶを慕う一匹の可愛らしい子ギツネが、しのぶ会いたさに友引町へやってきて、ガチャガチャした「うる星」ワールドに巻き込まれてひと悶着というのが、何作か作られたエピソードに概ね共通する筋。
最初、意地悪な野犬たちに足蹴にされていたところを、怪力少女・しのぶによって助けられる。丸太ん棒をぶん回して野犬どもを蹴散らしてくれる可憐な少女・しのぶの何と愛らしくも頼もしいことか!
仏滅高校総番(オットセイみたいな化け物に見える。後に筋力アップの薬を飲んだラムと決闘するエピソードが出てくるが、タフさにおいて尋常ならざるものがあり、人間離れしているのは容姿だけではないことが、手下によって呆れ気味に語られる)に気に入られ、ドドドド…と迫ってこられたしのぶの巻き添えを食らって吹っ飛ばされるも、へたくそな変化(へんげ)で、耳や尻尾丸出しのまま、何故かものすごく優等生のあたるに化け、ド近眼の校長に褒められる。
他の生徒たちから、しのぶに取り憑こうとする妖怪変化だと気味悪がられるが、当のしのぶは怯えるキツネを抱き上げ、「お礼がしたかったのよね」と優しく微笑みかける。
このシリーズでしのぶは随分株を上げた。
その後も、ギンナンの実を持ってきて、「うる星」メンバーたちがそれを食すと、みんなキツネの姿になって一緒に遊んでもらったり(ラムだけ虎縞模様になっているのがかわいい)、動物たちの森の学校で、老猫先生から「一番好きなものを持ってくること」と宿題を出され、「持ってこにゃいと、好きなものを八つ裂きにしてしまうよ」と脅され、しのぶが猫の爪で切り裂かれるさまを想像して落ち込んだりと、純情ギツネ、とにかくかわいい。
シリーズ最終エピソードとなった「きつねの嫁入り」の話では、遂にしのぶを嫁にもらおうと、紋付き袴で友引町にやってくるが、友引高校は全校挙げての仮装大会真っ最中。
竜之介と結婚式を挙げるカップルに仮装したしのぶの花嫁姿に、あわれ純情ギツネは、恋破れたりと思い込み、フーッと深くため息つけば、大事に持ってきたタンポポの綿毛の魔法が効いて、校長が白無垢姿に化けちゃって…。
キツネの里でいつも昔話を聞かせてくれるおばあさんがおり、希望に胸ふくらませたキツネがしのぶに会いに里を下りて友引町へやってくるのがお決まりパターン。
今回は好きあった同士の村の若者が、彼女に花嫁衣裳も買えない貧乏人。また彼女が「土星貧乏」で(…輪をかけた貧乏ってことさ…)、一面タンポポ咲き乱れる野っ原で、2人して大きなため息をフッとつけば、あら不思議。彼女が白無垢姿に変身し、バンザーイ、バンザーイ。
それで純情ギツネちゃん、しのぶの白無垢姿を満月に思い浮かべ、目を潤ませて友引町へ出向いたって寸法だ。
TVアニメ版では、このキツネの里の様子が、より深く描かれ、カカシの三四郎さんというアニメオリジナルキャラが登場する。
かの「ムーミン」のスナフキンよろしく、いつも池の畔に釣り糸を垂れるさまはさながら吟遊詩人だが、どこか世捨て人的雰囲気を醸していたスナフキンと違って、素朴で飾りっけのないフラットなお人柄。
西村友美さんが、この三四郎さんが大好きだと興奮気味に熱く語っているのを昔何度もテレビで見たものだ。
今回の「全るーみっくアニメ大投票」に彼女がゲストで呼ばれていたら、きっと三四郎さんの話が飛び出していたことだろう。
人里離れたメルヘン世界の住人。純情ギツネの佳き友にして指南役。
カカシの三四郎さんのことも忘れてしまっちゃいけません。
前回の記事で熱く語った、「ダーリンのやさしさが好きだっちゃ…」の冒頭、後に幽霊少女となる望ちゃんがまだ生きていた頃、病室から、外を元気に走ってゆくあたるの姿に憧れのまなざしを送る場面でも、実に効果的に使われていたが、この純情ギツネ回では毎度欠かせなかったメルヘンチックなサントラ曲があった。
発売から何年か経ってから、奇跡的に某店の通販サイトで30,000円はたいて手に入れたこの大箱にさえも収録されていない。

「うる星やつら」のサントラばかり実に15枚にも及ぶ、今のところこれに優るもののない大全集だが、それでも尚、この曲は漏れている。
純情ギツネがキツネの里で、例えば雪野原をコンコンと嬉しそうに鳴きながら駆けてゆく場面には欠かせない、オルゴール調のInstrumental曲だ。
恐らく元は劇場版第3作「リメンバー・マイ・ラブ」のサントラの一つだろう。

ラムがルウに連れ去られた後、弁天、おユキ、ランちゃん、テンらが地球を去り、“―祭りが終ればまた普通の毎日が始まる―”しのぶのモノローグの場面で用いられたのが最初ではなかったか?
黄昏の街中、大ガードを電車が走り抜け、信号が変わり人々が黙々と歩く、日常の淡々とした世界。
「うる星やつら」は、TVアニメ放映中に劇場版が次々と公開されていったので、それ用に作られたサントラが、以後のTVアニメ版にも流用され、物語の深みが増していった。
「全るーみっくアニメ大投票」ではほとんど語られる場はなかったが、とりわけ「リメンバー・マイ・ラブ」のサントラが後期TVシリーズに果たした役割は大きい。
抒情的な場面には欠かせなかった。
このサントラなくして、名作・「ダーリンのやさしさが好きだっちゃ…」は成り立ちえなかったとさえ私は思っている。
後に何かで読んだことがあるが、「うる星やつら」の膨大なサントラ盤の中で、一部原盤が紛失してしまい、日の目をみることができない曲があるらしい。
後の「めぞん一刻」でも、とても印象的なサントラで、これまで一度も日の目をみていない楽曲が存在する。
何とか発掘して、名曲復活ののろしを上げては頂けないものであろうか。
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サントラ盤の話になったのでついでに記すと、1988年夏、日本青年館のKAC夏のイベントというものに初めて行ってみた。
その時は、「めぞん一刻」総集編「移りゆく季節の中で」がお目当てだったのだが、「うる星やつら」も、劇場版第5作として、「完結篇」が上映されたばかり。
根強いファンの声を受け、アニメ化されていなかった後期の原作からOVAが制作、上映された。「うる星」&「めぞん」という2枚看板揃い踏みという非常に贅沢な布陣であった。
その時のエピソードが、「電気仕掛けのお庭番」、「月に吠える」の2作である。
OP、ED用に、それまでのTVシリーズ用OP・ED曲を寄せ集めてつなぎ合わせたのが、知る人ぞ知る、さ・と・みの「STARS ON」という新曲(?)で、冒頭は「オンリー・ユー」の挿入歌にしてTVアニメのEDとしても一時期流れた「星空サイクリング」の印象的なイントロ部分がそっくり使われている。
当時、「うる星」ファン駆け出しだった私には、まだまだ知らなかった過去のOP・ED曲の概要を知ることができたという意義があった。
会場ではラムちゃんの絵柄が全面印刷されたピクチャーレコードを随分推していた。
しかしながら肝心の唄が、何だかベタッと粘着した感じの声で、オリジナルのイメージを壊したものか、古くからのファンには、この「STARS ON」は著しく不評であった。
そのせいか、この後何本か作られたOVAでは、歴代のOP・ED曲がそのまま使われるように変更されている。
番組中でも言われていたが、「うる星やつら」のOP・ED曲は、全てが“神曲”といえるほどであった。
番組のランキングにこそ入っていないが、「オンリー・ユー」の宣伝も兼ね、「星空サイクリング」と「I, I, YOU & 愛」が短期間で入れ替わりEDに使われた後、OPもEDも総とっかえとなった。
その時の新ED・「夢はLOVE ME MORE」は、CM前後のアイキャッチで、ラムちゃんがかわいらしくニコッと笑う画が未だ記憶に新しいが、この曲のアレンジBGMが使われた。メルヘンチックで夢見る少女的甘い曲調が、どれほど中期「うる星」のイメージアップにつながったか知れない。
続く「恋のメビウス」は、番組中で、しょこたんが激賞していたOP・「パジャマ・じゃまだ!」の対になるED曲だが、
「♪あなたに会えば ベサメテキエロ
夜空にステップ アメウステ」
という、部分的に挟まれるスペイン語の意味がわからんのに、つい口ずさんで覚えてしまう魔力を持っている。
黒画面に真紅のバラの図案と、スペイン語に合わせたあたるの動きがとてもリズミカルで、これもとりわけ印象深い。
その後の「OPEN INVITATION」は、主要キャラたちがシルエットで次々に登場する。エンディングの映像を見返してみると、今でもどれが誰だかわかってしまう。
ラムの父ちゃんは縦にも横にも巨漢なので、影もデカいが、意外にサクラさんが豪快な動きで、巫女装束も相まってシルエットが大きい。
最後のトリで現れるのがあたる。モンキーダンスなのだが、ラムがチュッとキスして不意を突かれて戸惑うのが、時折あたるが垣間みせる照れくささを見事に表している。
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「うる星やつら」TVアニメ版といえば、完全収録版の「LD50」についても触れないわけにはいかない。
TVシリーズ放映終了の翌1987年、KITTYレコードから予約限定版としてLD-BOXが発売された。
33万円という、バブル期真っ最中でもありえなかったほどの超高値にもかかわらず、あっという間に完売してしまったときく。
(当時は消費税自体がまだなく、このLDセットがどうだったかは忘れてしまったが、有名どころではSONYの「EDV-9000」というED-βというVTRが、発売時は29万5,000円ほどしていたのが、逆に消費税施行後、物品税の廃止で27万円ほどと安くなった。)
当時、如何に「うる星やつら」が人気があったかを物語るエピソードである。
Wikipediaには載っていたと思うが、この「LD50」が大成功を収めたことがきっかけで、以後、TVアニメ、ひいてはTVドラマといった連続もののLDボックスが続々とリリースされていった。
今の若い人には通じないかもしれないが、「LD」とはレーザーディスクの略称で、DVDやブルーレイの先輩格といったらわかりやすいだろうか。
TVアニメ版「うる星やつら」のLD-BOXの成功がなければ、今日のDVD-BOX、BD-BOXの隆盛はなかったかもしれない。
当時、予備校生活を終え、漸く大学受験から解放されたばかりの身では、到底33万円ははたけず「LD50」は見送ったが、リアルタイムで最初から全て見通した「めぞん一刻」については、同様に「LD24」というTVシリーズ完全収録盤が、その後1989年に出た。
その時は、満を持してバイト料をつぎ込んで予約して手に入れたのが懐かしい。
確かそちらは15万円したと思う。
「うる星やつら」の「LD50」の存在、その稀少価値が、当時の私のLDへの著しい関心を呼んだ。
「うる星やつら」のビデオソフトは、それまでは初期のエピソードだけが5タイトルだったか10タイトルだったか出ていたにすぎない。
VHSにβ、後にLD、VHDまで各種規格があったが、「LD50」に対応するVHSは当時出ておらず、LDオンリーだったことも、「LD50」人気に拍車をかけた。
レンタルもなかったから、全部見たけりゃLDを箱で買え、という時代だった。
KACイベント会場で、件のさ・と・みのピクチャーレコードに手は出さなかったが、上映されたOVA2作がカップリングされた会場限定版LDには手を出してしまった。「めぞん」総集編のほうは、最初LDは出ず、ビデオテープのみのリリースだったが、迷わずVHSを買っている。
大学生になり、バイト料を稼ぐようになった途端、随分気が大きくなったものだ。
だから、私にとって初LDは、「LD24」ではなく、「うる星やつら」OVA2枚組なのである。
「めぞん一刻」の「LD24」は、リセールバリューのある内に、逸早くS-VHSにダビングして12万で売ってしまったが、会場限定版ということもあって、「うる星」OVAのほうは今も手元に残っている。
尚、「LD50」も「LD24」も、初回限定という触れ込みだったが、再生産が何度かなされ、「LD50」は確か再生産分は箱の色が微妙に違うとか何とか言われていた。
時代が下り、DVDが出始めた頃、1999年に地元のBOOK OFFで、この「LD50」が9万円で売られているのを見つけ、迷った末に衝動買いしてしまった。
ほどなくLD→DVDへの世代交代が一挙に進み、長年の募る想いを遂げた筈の「LD50」はとうとうLDプレーヤーにかけることさえ碌にしていない。
今となっては、増え続けるソフトの置き場を占有する、邪魔な存在でしかなく、買取さえしてもらえない代物だろうが、嘗ての高嶺の花として仰ぎ見る存在だった現物だけに、記念碑的存在として、捨てずに書棚の奥に今も埋もれている。
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「うる星やつら」は、原作が完結する前に、TVアニメの放映が終わったので、原作後半には8本のOVAを以てしても尚、埋められない、未アニメ化エピソードが幾つも存在する。
肉まんの話はオチも面白く、アニメ化したら楽しい出来になっただろうにと今も思う。
ほんわかムードの後期「うる星」だが、30分枠に1エピソードというスタイルにかなり初期に変わったので、先に取り上げた「ダーリンのやさしさが好きだっちゃ…」でもそうだが、原作の話を膨らませたり、元は別々の話を1本にまとめたりされている。
後期のTV版で、例えば「星に願いを」という回では、願い事を3つ叶えてくれるという星の精が諸星家に墜落してきて、諸星家の面々はてんでに自分の願望を思い描く。ラムはあたるとのラブラブ生活を、あたるはハーレムを夢見、あたる母は現実的にカネ儲けだが、ここで異質だったのがあたるの父。
原作では「何というかもっと夢のある…」と言いかけて、妻に却下されるだけだったのが、アニメ版では、普段のよれた着物姿はどこへやら、パリッとしたスーツに中折れ帽で決め、今まさに列車で遠い人生の旅路へ発とうという寸法。
夢の世界の中では、小言ばかりのうるさい妻も、何かとトラブルを持ち込む息子の姿もなく、代わりに現れるのは、旅立つ自分を優しく見送る愛娘の姿。
妄想の愛娘は、何故かしのぶだ。
アニメ版ではこれに限らず、しのぶは随分お洒落で色んな姿が描かれた。
劇場版第4弾「ラム・ザ・フォーエバー」では、面堂と恋人同士のようにデートを敢行。2人だけの世界に浸り、面堂と口づけを交わす寸前にまで至る。
後半の夢の具現化の場面では、大正浪漫溢れるハイカラ女学生の出で立ち。
気になる殿方としてあたると面堂が登場するが、2人とも書生さんという設定で、これだけでスピンオフが作れそうな雰囲気だった。
当時よく言われたのが、ラム派か? しのぶ派か? というもの。
私自身は、周囲に同レベルの「うる星」ファンが誰一人としていなかったので、直接人と論じ合ったことはないが、しのぶ派であった。
前に記した通り、特に劇場版では、しのぶは時々ラムを中心としたガチャガチャとした世界に、心から嫌悪感を示し、皮肉をいう、ちょっと嫌な性格に描かれることがあり、“こんなのしのぶじゃない!”と思ったものだが、その意味でも、シリーズ後半の純情ギツネのエピソードは、しのぶが本来のしのぶらしさを発揮された回で、心の優しい女の子として描かれている。
繰り返しになるが、「リメンバー・マイラブ」の中盤では、その感受性の強さ、文学少女としての側面を遺憾なく発揮。ラムたちが姿を消した後の友引高校面々の空虚さの語り部としての役目を果たした。
そろそろ今回も長くなってしまった、当記事の締めにかかるが、「うる星やつら」こそ、何でもありの世界観ゆえ、美人キャラの宝庫である。
かつて当blogで池田理代子の「おにいさまへ…」について集中的に取り上げた際、“「おにいさまへ…」美女選手権”なるものを企画したが、 “「うる星やつら」美女選手権”こそ本当はやるに値する。
まぁ「うる星やつら」の場合、美女を讃える存在として、あたるに面堂という“アホの双璧”がおり、彼らに任せておけば、十分お釣りがくるほどなので、女性キャラたちを逐一取り上げるのはやめにしたいが、言いそびれることのないよう、以下は箇条書き風に。
元々は宇宙人の身分を隠し、幼少期からラムの天然で奔放でガチャガチャした性格に翻弄され続け、恨みつらみを果たさんとダーリン(あたる)の若さを吸い取ってやろうと虎視眈々つけ狙っていたランちゃんの、普段はかわい子ブリっ子なのが、一皮むけば「くぉら!何やねん、おのれは」とド汚い河内弁に豹変するギャップの面白さ。
それが「リメンバー・マイラブ」ではいつもの恨み節はなりを潜め、地球から飛び立つ時に、UFOを操作する真剣そのものの表情が忘れられない。
一度あたるの若さを吸い取ることに成功するが、錯乱坊(チェリー)の作った若返りの妙薬をあたるが間違って飲んでいたことから、プラスマイナス0で、あたるは若さを失わず、それでランちゃんはあたるにちょっかいかけても無駄だと思ってしまった。
「めぞん一刻」の響子さん同様、登場時はケバい化粧で、更には紫煙をくゆらせる、ミステリアスな大人の女そのものだったサクラさんが、響子さん同様、物語が進む内に柔和な表情になっていくが、霊能者でかつ保健教諭という立場から、どんどん暴走する生徒たちの中にあって、大人の分別を体現する役どころであったこと。とりわけ「完結篇」終盤、弁天らにかけた「私はお主たちのこと、気に入っておったぞ」というセリフに泣かされた。
「全るーみっくアニメ大投票」中で、島本和彦氏が熱弁を振るわれていたように、高橋留美子氏の描く女体は簡素な線の中に、清潔さと何とも言えぬ色気が同居し、女性が描く線ゆえか、それがいやらしくない。
アニメになると、男性の描き手というフィルターが通されるせいか、時折原作よりも艶めかしい“女体”が登場する。
「Gコン」を埋め込んで、サクラさんの砂人形を動かす回では、アニメ版のサクラ人形が生を承けた後は、80年代前半ならではのムチッとしたローライズ・ビキニ姿が実に艶めかしく、そこだけ見れば何の作品かもーわからん。
図書館のエピソードで、メガネたちが隠れてエロ本のお姉さんを見ながら「この腰つきがたまらん…」とのたまっていたが、この回のサクラさんこそ、腰つきがたまりません。
このサクラさんを見ると、どこもかしこも細けりゃいいってもんじゃないとつくづく実感する。
キャラクターの投票結果では、ものすごく上位でもなく、さりとて低くもなくという位置だが、個人的に「うる星」美女たちの中で、一押しなのは海王星の女王・おユキさんである。
弁天やランからは、冷血商人、自分じゃ手を汚さないなどとエラい言われようだが、どんな時も自分のペースを乱すことなく、冷静で、物静かで楚々とした佇まいの和服美人。
それでいて実は着物は防寒着で、時折着物を脱げば、色っぽい身体の線が浮き出る露出度高めのレオタード風コスチューム姿が現れる。
クラマ姫も同じなのだが、話が展開していくにつれて、コスチュームのお色気度が増し、紐もない状態でおへそあたりまで大胆に開く作り。
バニーコートよろしくよほど硬い骨で固定されているのか、プロテクターみたいな固い素材でできているのか?
いずれにせよ重力の法則に著しく抗うような衣装なわけで、ああ、そんなに動いたら、胸、出ちゃいますよ…と見ている側がハラハラする。
そういえばおユキさんは、初登場時、あたるに言い寄られて、あわやというところでラムが出てきてあたるに電撃を食らわせていたが、「もう少しだったのに」と後のキャラからは想像できぬような、殿方との情事を内心期待せぬでもない気持ちの片鱗を伺わせるのも、この人のミステリアスさを増している。
「うる星」全キャラ中で、最強と目されるのがコタツネコだが、そのコタツネコでさえ、風邪をひいた時のおユキさんには敵わなかった。風邪薬の調合をしようとするも、ネコの髭が海王星では手に入らず、それでおユキさんは地球へやってきたのだが、くしゅんとかわいくくしゃみをするだけで辺りが凍りついてしまうから、このままでは地球全体が凍土と化してしまう。
クライマックス・シーンでは、おユキさんが逃げるコタツネコとつかまえようと、必死になって氷柱を放つ。行く手を阻むぶっといツララ。ドスッドスッと体に突き刺さったら…と思うと、そっちの恐怖で血が凍る。
「お願い、ネコさん!」と必死の呼びかけ。
最後はコタツネコを氷漬けにして捕獲成功。めでたしめでたし…というところが、さてどうやって解凍して髭をもらえばいいんでしょう…?!
相手をやっつけてやろうとしての振舞いではなかったが、いざとなるとものすごい力を発揮しながら、その自覚すらなく、あくまで控え目でいるおユキさんが珍しくメインの話だった。このエピソードも、確かアニメ化されていないはずである。
以上、NHKの番組を逸脱し、思いつくまま好き勝手放題記してきた「うる星」話。
最後はエロおやじまる出しのコメント続出で、ちょっと顰蹙ものかもしれないが、高橋留美子先生がかつてこんな名言(迷言?)を残されているので、ご勘弁。
SFとは半裸のねーちゃんである
あ、こんなあたるの名言もありましたっけ。
人間誰しも間違いはある
私は常に人間らしくありたいのだ
どこに出てくるか、熱心な方、お暇な方は、どうぞご自分で探してみて下さい。
(一部敬称略)