前回の続き。

1/15のこと。

後半戦初日に身体が空いたので、参戦する。

一部出店内容が変わっているので、やはり公式サイトからチラシを借用して掲載する。

この日は朝から雨だった。

後で昼過ぎには嘘のように晴れたが、現地に着いた11時過ぎはまだ雨が結構降っていた。

私にとり、後半といえば玉出木村家のパンである。

大阪からの空輸で、通常なら11時半頃から売り始める。

前は何はともあれ列に並んでいたのだが、最近、必ずしも販売開始前からずっと並ばなくても大抵のものは買えるのではないかと思い始めた。

この日は後で時間に制約のある映画などに寄る予定はなく、幾らでも時間を費やしてもよいのだが、現地でたくさん食べ、たくさん持ち帰る催しだから、現地で満腹すると、途端に欲が満たされ、もうそれ以上長居しようという気が途端に失せてしまう。

生憎の悪天候なので、屋上に多数置かれたビヤガーデン用穴あきテーブル席は用をなさない。

建物の壁沿いに設置された数少ないベンチを確保するしかないのである。

そこで、真っ先にその場で食べる弁当を買い、12時には食べ終わることを目標とし、それからパンに並ぶ作戦に出た。

 

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そんなわけで早速実食タイム。

 

鮨処桐のうに弁当 (1,980円)

ここ数年、毎年リピートしている生ウニだけの海鮮丼。

今回は弁当箱が正方形に変わり、うにの量が減ってしまった。

 

参考画像として昨年の写真を載せる。(↓)

やはりこれも消費増税の影響なのだろう。

減量した代わりに、値段もぎりぎり2,000円を切るよう下げましたといった店屋の事情が透けて見える。

やはりこのイベント、というより弁当1個に払えるカネは2,000円がボーダーという考えが主流なのだろう。

実際、2,000円を超えた弁当が今回は複数あるが、あの宮島口の「あなごめし」でさえ、私が行った日は券が余っていたし、牛肉弁当の実演では一人勝ち状態だった佐賀牛も、見た目は2,000円の大台を突破させていない。

過去には礼文島から来た1折4,000円超えのうに弁当を出す店もあったが、1回で姿を消してしまった。

 

さて、このうに弁当である。

形は変われど、生ウニを鮨飯に気持ちよく豪快に乗せ、付け合わせは僅かに生姜、海藻、それに今年は飛子も加わった、シンプルな構成。

生ウニはとろりと舌の上でとろけ、仄かに甘い。

この食感、味は、決して焼いたり蒸したりしたウニでは味わうことができない。

 

夏の北海道で、うに丼を求めたことがあるが、ススキノの安いと言われる店で「時価」とあり、びびったが、果たしてお値段8,000円。

さすがにやめにしておいたが、それに比べりゃこのうに弁当は随分と割安だ。

決して“クズ”の寄せ集めでないことは、写真が示す通り。

庶民にとっては、プチ贅沢くらいで味わえるこういううに弁当でいいのにねぇ。

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米沢牛赤身ステーキ弁当(米沢駅)(1,980円)

米沢牛弁を各種擁する松川弁当店の、今回最高値がこれ。

ピンク色が美しい赤身肉のステーキがどーんと4枚、白米の上に乗り、付け合わせはなますに玉子焼きのみというシンプルな構成。

どろっとしたタレをかけると肉のうま味が増すが、ステーキというよりもローストビーフといった味で、ほぼ同じ値段の佐賀牛・ザブトンステーキと比べてしまうと、どうしてもあちらに軍配が上がる。

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・金の鶏樽めし(大舘駅)(1,350円)

変わらぬスタイルで我が道を行く秋田・大舘の花善による初登場駅弁。

数年前に、やはり「鶏樽めし」という名の駅弁が来たことがあった。

その時以来の樽型容器である。

近年、このイベントで“推し”の金色容器の「黄金対決」の一角を担う弁当だが、個人的には容器が金色なのを有難がる気持ちはない。

過去の記事を調べてみたら、「鶏樽めし」が来たのは2015年。

実に5年ぶりとなる。

比較のために、その時の写真を再掲する。

 

(参考画像)  「鶏樽めし」 (2015年版)↓ その時の記事はこちら

比べてみると微妙な違いはあるが、基本的には似た構成。

今回の「金~」には玉子焼きがなく、いそ揚げの代わりに枝豆入りの白い蒲鉾が付け合わせに入っているのが目につく。

鶏肉は金箔が蒔かれた煌びやかなものだが、金箔の味が特にするわけではない。

オリジナルの鶏めしに比べると、鶏肉の大盤振る舞いぶりがよくわかる。

5年前の記事では、同じ鶏の煮汁ご飯でも、「鶏樽めし」のほうが甘みが抑えられていると記しているが、今回はオリジナルの「鶏めし」は食べなかったので、わからない。

特筆すべきは、その甘辛ご飯の量の多さ。

まさしく大盤振る舞いである。

この時、昼食に一気に食べた、これが3個目の弁当。

いや~食べ慣れた美味とはいえ、この分量は実に応えた。

逆の言い方をすると、1個位では全く満足できない駅弁にあって、この弁当は珍しく量的にも十分満足のいく内容だということになる。

オリジナリティーは大有りだし、量も多く、値段も安い。

自家製割り箸やお手拭きがちゃんと付いているなど、きめ細かな心遣いに好感が持てる。

何より美味しい。

何度も幾つも買いはしないが、毎回必ずリピートしている。

私も花善ファンの端くれといえそうである。

 

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鯖威張る弁当 (犬吠駅)(648円)

銚子電鉄といえば、経営の厳しさを逆手に取り、車両の検修費が足りないので自家製ぬれせんべいを買って下さいと宣伝を打ったり、「まずい棒」なる自虐的ネーミングのお菓子を売り出したり、ユニークな経営戦略を打ち出すことで知られている。

この駅弁も、その流れにある。

 

「さばいばる弁当」と読ませ、英語の「survival」とかけたネーミングセンスが面白いが、この会社の場合、「survival」という言葉がものすごく実感が籠っている。

銚子といえばサバの本場。

鯖の水煮缶を混ぜた炊き込みご飯に、半身の鯖の塩焼きが乗った、さばづくし弁当。

塩焼の鯖には小骨があり、そのまま丸かぶりしないほうが無難。

鯖の骨は結構硬い。

家庭でも作れそうな素朴な味わいだが、生臭さを消すためのネギと、生姜というひと手間が、やはり店屋の味。

弁当箱一面に鯖ご飯がぎっしり詰められているので、見た目以上にボリュームがある。この弁当で4個目は、先の「鶏樽めし」に更に追い打ちをかけ、実にキツかった。

初登場で、安いせいか、今回前半は特に逸早く完売することがあったようだ。

売れ行きを見てか、入荷量が増えたのかもしれない。

この日、真っ先にこの弁当を買い求めた。

 

包装紙の端っこに見える「3843」の数字は何の意味があるのだろう?と思ったが、どうやら“サバ読み”と読ませるらしいのだ。

包装紙に色々書いてあることがちょっと面白いので、ご紹介。

長いこと、銚子電鉄に乗っていないが、澪つくし号、まだ走っているのだろうか?

終点の外川という駅は、つげ義春の「ねじ式」を石井輝男監督が映画化した際、「やなぎ屋主人」のエピソードの舞台に設定されていたり(原作では内房線の長浦駅周辺)、押見修造の惡の華」ではクライマックスシーンの舞台であったりと、なかなか味のある場所なのだが、“聖地巡礼”の需要はあまり出てこないのであろうか?

この自虐ネタ戦略、うまくいってくれるといいですね。

 

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満腹膨満状態となって会場へ戻ると、玉出木村家の列はさほど長くはなっておらず、6階へ下りる階段の踊り場までしかなかったのは幸運であった。

これまでで最も短い列だったように思える。

いつもの顔の赤い面長の大将と挨拶を交わしたが、次は2月の吉祥寺東急はなく、3月の京王百貨店の大阪物産展のようであった。

 

列が進み、7階休憩コーナーの折り返しにいた時、まだ最後の販売をしていた杉山フルーツが漸く完売となった。

屋上へ弁当を持って上がる時、キャンセル待ちの列が連なっていたのだが、様子を見るにつけ、キャンセル待ちだけでは捌けなかったようだ。

パンに並ぶのをもう少し後にしていれば、労せずしてミックスゼリーが買えたかもしれないが、前に何度も食べたので、もう未練はない。

↑「スギちゃん!感激!!」という、今となっちゃちょっと古い赤紙にご注目!

 

玉出木村家は、確かマスカルポーネチーズを練りこんだという食パンが、初めて見かけるものだったが、ここでは基本的に甘いパンを買いたいのでパス。

ベネティアーナ、ウィンナーショコラ、雪山パンは買うつもりでいたが、現地に行くと、つい雰囲気に呑まれ、ロールデニッシュマロンミルク棒も衝動買いする。

ロールデニッシュは今回はリンゴ味が来ていた。

 

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今回の駅弁大会では、クレジットカード払いにより柔軟に対応すべく、携帯端末を持った専門係のお姉さんたちがあちこちに配置されているのが目を引く。

やはり消費増税に伴い、キャッシュレス決済推進政策が捕られている影響なのか。

本当は玉出木村家でカード払いを強行できればよかったのかもしれないが、流れ作業で次々と列が捌けていく中で、流れを澱ませるのが憚られ、例年通り現金払いをした結果、手持ちの軍資金が危うくなってきたことに気がついた。

この後、家に持って帰る弁当が悉く現金払いを余儀なくされた場合、確実に資金不足になる。

8Fにゆうちょ銀行のATMがあることは、屋上から降りてくる時、確認したが、普段使っておらず、手数料をくれてやることになってしまう。

碌な利息は寄越さないくせに、手数料だけあれこれ銀行に取られるのは馬鹿馬鹿しい。

それで仕方なく一旦会場どころか京王百貨店からも離脱し、自分の取引銀行のATMまで行って、再び取って返した。手持ち資金に余裕が生じると、気持ちも大きくなるから不思議だ。

 

この後、更に実演ブースで弁当を4個、甘いものを色々と買い込み、マチの広い紙袋を2袋提げることとなったが、いざ蓋を開けてみると、結構カード部隊を呼び寄せることが叶い、これなら元々の資金でも十分間に合った。

 

荷物も増えたので、いつものように菅原ぶどう園のぶどうジュースで喉を潤し、続いて清泉寮のソフトクリームで火照った体をクールダウンし、会場を後にしようと思ったのだが、最後に「C-2」へ戻り、更に甘いものを買い足して、今度こそ退散となった。

 

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菅原ぶどう園 ぶどうジュース (ミックス/1杯200円)

毎年必ず飲んでいるぶどうジュース。

果汁のみで作られているという話だが、濃厚でいてサッパリのどごしよい。

普段食べている葡萄たちもそりゃ美味しいけれど、こんな複雑な甘みにはとても思えないなぁ…。

過去には瓶を何本か家へ送ってもらったこともあるが、今はミックスで落ち着いている。

近年流行りの「シャインマスカット」の瓶ジュースが確か1,980円で売られていたのがちょっと気にはなったが、流石にこれ以上重たい瓶を持ち帰るのは無理な相談であった。

 

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清泉寮ソフトクリーム(清泉寮)(400円)

今回もモバイルクーポンの恩恵で350円で購入。

今さらだが、いちいちインターネットで呼び出さずとも、スクリーンショットを撮っておけばよいことに気づき、今回はそれを敢行。

電車に乗っていると、「カシャッ、カシャッ」と時折音がして、「何撮ってんだ? 盗撮魔か?」などと訝った。

コイツの音かと気づいたが、スマートフォンの表示画面などどうして保存する必要があるのか、皆目見当がつかずにいたものの、近頃映画のQRチケットといい、今回のクーポンといい、段々とスクリーンショットの利便性も感じつつある。

 

柔らかく滑らかなクリーミィなものとはちょっと異なり、シャリシャリとしたあいすくりんのような食感が僅かに感じられる、独特の舌触り。

熱気に満ちた会場では、この食感が寧ろ有難い。

 

次回へ続く。

前回の続き。

 

今回も持ち帰った弁当のレビュー。

 

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湖北のおはなし  (米原駅) (1,200円)

近年ほぼ毎年のように食べている。

昔、「どろぼう風呂敷」と呼んでいた唐草文様の包み紙に、すだれの木製弁当箱、お品書きがついていて、開ける前から独自の世界が展開する。

おこわの具は季節によって入れ替わるようだが、今回も黒豆バージョンが来た。

小芋、鴨ロース、玉子焼、ぬた、ヤングコーン、山牛蒡、赤かぶらの漬物、菊の葉、蒟蒻、小梅と、パッケージに負けず劣らずの独自性の高いおかずが多数揃い、サイコロキャラメルならぬサイコロ飴まで付いている。

これは果たして幕の内弁当の一種といえるのか?

ご飯はもち米のため、意外と食べ応えあり。

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松山名物醤油めし  (松山駅) (780円)

昔、四国へ旅した時、現地で2度食べたことがある。

醤油で炊いたご飯に、人参、牛蒡、山菜、レンコン、椎茸、竹の子など野菜の煮物がぎっしり。

半分は錦糸玉子が散らされているが、肉類といえば煮た鶏肉が2切ればかりのみ。

西の食い物らしく、「醤油めし」という名の割には、至極あっさりとした味わい。

玉子の中央に鎮座する赤いチェリーのシロップ漬けは、今の目からは随分レトロ趣味に思えるが、これは味というよりは見た目のアクセントゆえか。

以前の調整元は既に廃業してなく、岡山かどこかの業者が引きついで復活、販売しているらしい。

以前のものと味が全く同じなのか、変わったのか、そこまではっきりとした記憶はない。

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長崎角煮めし (長崎駅) (1,150円)

「A-0輸送」に初登場。

炊きこみご飯に錦糸玉子、その上に豚の角煮が乗っている。

付け合わせは高菜漬け、デザートにサツマイモのレモン煮。

かつて「D-1」に整理券対応で売られていた、坂本屋の長崎駅弁を彷彿とさせ、甘辛濃厚醤油味の豚肉は美味だが、形が平べったく、これでは“角煮”とはいえない。

さしずめ「平煮」である。

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近江牛大入飯 (米原駅) (1,150円)

名前からはちょっと想像がつかない、カレー味のご飯が一代特徴の個性派牛弁。

牛肉は脂身がたっぷりの肉厚で、玉ねぎを絡めた甘辛炒め。

カレーピラフとまではいかない、あっさりめのカレーご飯が食欲をそそる。

付け合わせは彩メインの赤かぶ漬けとパセリのみという潔さ。

ガッツリ系の食べて満足の駅弁だ。

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リラックマまちみつチキンランチ (新神戸駅)(1,080円)

これも昨年のリピート。

パッケージからも、名前からも、完全にお子ちゃま向けキャラ弁なのだが、甘さ強めの鶏の甘辛煮はなかなか肉厚で、蜂蜜味のクルミ、パセリが散らされたキノコピラフ、味付煮玉子と、バランスがとれた美味である。

茹でたブロッコリーがついているが、ターゲットのお子様たちは、これを抵抗なく食べられるのであろうか?

なかなか丈夫で、そのまま、また弁当箱に使える容器が付いてくるのも大きな魅力。

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続いて甘いもの。

 

あきたのバターもち (秋田県/蕗月堂) (702円)

今回初登場。

名前からして、塩気の効いた濃厚なとろけるバターの味を想像したが、ほの甘い求肥餅にバターの味がするのかしないのか?という程度で、実に控えめ。

求肥餅なので冷やしても固まりにくく、マイルドで食べやすい。

 

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萩の月 (宮城県/菓匠三全)(簡易包装5個入・831円)

いわずと知れた超有名な仙台銘菓。

前半のみ出店していたので、そちらで購入。

趣ある着物のお姉さんの小箱入りだと一層有難みが増すが、その分値段も嵩むので、ご自宅用なら簡易包装で十分。

類似品は日本全国数知れないが、やはり“本家”の足元にも及びません。

ざらっとした舌触りの濃厚な玉子味のカスタードクリームと、ふわふわっとしたどこまでも優しい食感のカステラのハーモニーの妙。

もらって一番嬉しい、最強のお土産菓子の地位は全く揺らぐことがない。

自分で勝手に言っている二大巨頭は、「西の赤福、東の萩の月」。

姉妹品で「萩の調」というココアバージョンがあり、こちらのほうが遥かにレアだが、「萩の月」の魅力には及ばず。

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蜜衛門 (大分県/菊家) (756円)

今回初登場。

大分特産の「べにはるか」というサツマイモを使った、焼き芋を象ったお菓子。

表面にサツマイモ特有の穴まで開いていて、これは果たして本当にお菓子なのか?本物の皮だけ剥いで使っているのでは? というレベルの再現性。

中身の餡は、バターや卵黄が加わり、本物よりも濃厚さが増している。

味の割に値段が安いのも嬉しい。


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これにて1/10に買った食べ物は終了。

結局、場内で整理券をもらった「あなごめし」と「桜島灰干し弁当」は、引き取らずに帰ってきてしまった。

次回に続く。

前回の続き。

実際に食した順通りとは限りません。

 

「岩手短角牛やわらか煮弁当」(肉のふがね)(1,480円)

今回も前半のみ登場。

毎年リピートしている。

他の牛肉弁当が脂身を絡めたすき焼き風味付けが圧倒的に多いのに対し、この弁当は脂身が殆どない赤身肉を、ひたすら醤油で煮詰め、繊維がほぐれるほど軟らかくしたものがメイン食材。

高級コンビーフといった体。

下に敷き詰められたきんぴらごぼうが良いアクセントとなり、付け合わせの野菜もどれも美味い。

個人的に苦手なほうの、しょっぱい梅干しさえも、この弁当の付け合わせとしては、寧ろ有難く感じる。

又、白米の味がよいのも特筆すべき点。

個性的で、かつ美味しい牛肉弁当である。

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岩手短角和牛焼肉重 (肉のふがね)(1,980円)

昨年に引き続き、リピート。

器は岩手短角牛やわらか煮弁当」と全く変わらないが、こちらはやわらか煮ではなく香ばしい甘辛味の焼肉がぎっしり。更にピンク色が美しいローストビーフが加わる豪華仕様。

先に取り上げた佐賀牛と、この弁当が、美味しい牛弁の双璧だと思っている。

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以下は、「A-0 輸送」で入手した駅弁。

 

四季の近江八景 (草津駅) (1,150円) 

小さく区切られたスペースに、色々なおかずを脇に、メインは中央の2つで、山菜おこわと近江牛のすき焼きご飯。

あんころ餅まで付いている。

量がものすごく少なく、試食レベル。これは少食の人向け。

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鶏の肉みそ味と漬けたれ弁当  (福井駅) (918円)

濃い味付けの鶏肉醤油焼にそぼろ、半分は炒り卵と唐揚げ。

付け合わせの肉味噌を絡めて食べる。

下はご飯が全面に敷き詰められ、ボリューム大。

鶏に絞った食べ応えある弁当。

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神戸麻婆すきやき丼  (新神戸駅) (1,000円)

初登場の駅弁。

“麻婆すき焼き”って何だろう?と思って、衝動買い。

チラシの写真で、てっきりすき焼きの脇に麻婆豆腐が乗っているのかと思ったが、要するにピリ辛味のすき焼き弁当であった。

牛丼に七味をかけて食べるのが好きな方には丁度よいかもしれない。

この弁当もご飯は容器全体にぎっしり敷き詰められているので、食べ応え十分。

次回へ続く。

今年も駅弁大会が始まった。

通い始めて既に干支を一巡以上している。

これに行くと、正月気分が吹き飛ぶ。

本来の順序からすると、前回の続きを先にすべきところだが、タイムリーな話題を優先する。

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「第55回 元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」

 

2020年1月8日(水)~1月21日(火)まで

10:00~20:00(1月14日(火)は17:00まで、24日は18:00まで)

京王百貨店・新宿店7階・大催場にて

通称「駅弁大会」。

 

今回も、チラシの自前での撮影はやめ、公式サイトのpdfを借用させて頂いた。

毎度の繰り返しになるが、最低限の用語解説をすると、

「実演販売」会場の販売ブースで、調理して出す駅弁。

「輸送駅弁」現地から輸送されてくる駅弁のこと。「A-0」という大きなブースに地域毎に置かれるのが大半だが、現地からの輸送が遅くなる一部の駅弁は14時からの販売に先立ち整理券が配布され、「D-1」という別の場所で販売される。又、一部の人気駅弁と、復刻掛紙付など特殊なものは、整理券なしで「D-1」で販売される。

「全国うまいもの」会場の販売ブースで売られる、駅弁以外の食品。


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12月下旬にwebチラシを見て、今回ほどやる気のなさを覚えたことはなかった。

どれも見たことのあるような内容だし、以前は毎回買っていた「うまいもの」の業者の廃業あるいは撤退が著しい。

メインの対決企画は、オリンピックイヤーに因んでか、「カニ駅弁」が5種類並ぶ。

 

エビ、カニが一切ダメという古くからの友人がいる。

別段アレルギーというわけではなさそうだが、とにかく受け付けないのだそうで、

数年前に残念ながら廃業してしまった神保町の「いもや」に初めて連れて行ってもらった時、「天丼~」に行ったが、わざわざ並びの席が空くまで待って、彼の海老天と私のイカ天を「いっせ~の、せっ」で取り換えっこして食べたことがあった。

従ってこの友人とは「かに道楽」へ飲みに行くなど以ての外なのである。

 

私自身は、格別エビ・カニが嫌いなわけでもないが、かといってものすごく好きかというと、それほどでもない。

特に駅弁に出てくるような茹でたエビ、カニの寿司は、さほど旨いと思っていない。海老なら生は美味いと思うが、それは駅弁ではなく海鮮弁当の領域だ。

従って、5種類も揃えられたカニ弁当は全てパス。

 

「牛肉弁当に外れなし」と一応は思っているが、似たものばかりでこれも飽きた。

 

去年さんざんこきおろしたから、繰り返すのはやめにするが、強度の鉄道マニアのくせに、特に今のJRの「特急」に全く魅力を感じないので、ヘッドマーク弁当にも興味なし。

嵩張る容器を手に入れても、使い道がないまま捨てるに捨てられない。数年前に高いカネをはたいて手に入れた台湾駅弁のステンレス容器で、ほとほと懲りた。

 

年が明けて漸く掲載された「駅弁リスト」を見るにつけ、西日本~四国、九州エリアの駅弁の激減ぶりは目を覆いたくなるばかりだ。

今も東日本大震災の傷跡は大きく、東北地方を応援したいというのはわかるが、駅弁大会でまで露骨な“東日本推し”をされるのには辟易する。

これでは東京駅の「祭」と大差ないではないか。

 

「祭」はJR東日本がやっている店だから、自社の東北、北海道、上越、北陸の各新幹線で運べる駅弁ばかり品揃えが良いのも、そっち方面ばかりアピールして、自社の新幹線に何とか乗せようという隠れた意図を勘ぐってしまうのも、まぁ向こうも商売だから偏向も仕方ないかと思うが、「駅弁大会」までそれに倣う必要はない。

 

「駅弁大会」というのは、ここでしか買えない全国の駅弁が一堂に会するからこそ、わざわざ人ごみの中に出向く値打ちがあるのであって、代替手段があるのなら、存在意義も薄くなる。

逆にいえば、「駅弁大会」の盛況ぶりと駅弁ブームに目を付けた、商魂逞しきJR東日本が、「祭」という店をどんどん充実させていった結果、特に東日本地域の駅弁に関しては、東京駅へ行けばいつでも気軽に買えるという状況を生み出すに至ったのだといえる。

 

実際のところ、駅弁を巡る環境は厳しく、廃業する業者が後を絶たない。

例えば数年前には「駅弁大会」にも来ていた徳島の業者が廃業してしまい、かの地の駅弁は消滅してしまったようにも聞く。

随分前に出た、確か光文社新書の「駅弁大会」という本を拾い読みすると、業者を口説き、出店してもらう苦労が並大抵でないことが伺える。

だから、たかだか年に一度数万円のカネを落とすだけの者が偉そうに、「どこそこのあの弁当が来ない」とか、「どこそこの県の弁当が少ない」とか、安易に言ってはいけないのかもしれないが、それでも今年のラインナップを見ていると、日本という国はいつからフォッサマグナから東しかなくなってしまったのか?と皮肉の一つも言いたくなる。

 

私が子供時代は、既に一般客車は勢力を弱めていたが、それでも電車や気動車の急行列車が数多く走っており、例えば信越本線の横川駅では、電車の窓を開けて、駅売りのおじさんから「峠の釜めし」を買って食べていた。

それが今では窓の開かない特急ばかりになり、車内販売でさえ合理化とやらのせいで廃止が後を絶たない。これでは旅のどのシーンで駅弁を買えというのか。駅ナカビジネスはコンビニを駅に誘致し、駅弁はコンビニの一角に肩身狭く置かれ、より安いコンビニ弁当やサンドイッチ類に負けてしまう。

 

スローライフが推奨される一方、鈍行列車に使われる車両は、地方でもロングシート車が増えた。

ロングシート車では、車内でものを食べるのは憚られる。

首都圏の通勤電車と同じような設備の車両が走るようになれば、「近代的になった」と歓迎されるという話を読んだことがある。

とんでもない話だ。

言い過ぎかもしれないが、とんだ都会コンプレックスもあったものだ。

ゆったり空いていて皆座れるほうが快適に決まっている。

“お一人様”向けが広まり、ラーメン屋のカウンター席にも1人ずつの衝立が立ち、漫画喫茶の狭い個室が喜ばれる時代に、人目に晒され放題のロングシート車が快適なわけがない。

快適だとすれば、狭苦しいボックス席に比べれば、空いている時、足が投げ出せること、近年増えたキャリーカートを足元前の通路に置けることくらいである。

駅弁というものは、その地方、地方の空気、方言などに触れつつ、のんびりと暇を持て余す中で、「さて腹が減った」と、移りゆく車窓を横目に頬張るのが本来の姿だと思うのだが、それが一番できうる鈍行列車で、駅弁を味わえる機会が今ではどんどん減っている。

快適だが密閉空間で、金魚鉢越しに外界を眺めるような特急や新幹線の車内で、駅弁を、コンビニ弁当よりはちょっと贅沢気分にと乗車前に買い込み、僅かな移動時間の中で慌ただしく消費するのは本来そぐわないと思っている。

 

従って、時代の流れと言えばそれまでだが、駅弁というものの本来の存在意義を失わせてしまった責任の大半は、当の鉄道会社自身にあると私は思う。

 

ともあれ、今や駅弁は、鉄道つながりの大義名分のもとに、ご当地グルメを実にわかりやすく体現する食べ物として、物産展やフェアで売られ、消費されるべく、様変わりしている。

だからこそ、55回も続く老舗イベントであるのなら、余計に全国満遍なく名産品を集めた食の一大祭典であってほしいと思うのだ。

私が関西の出だから余計にそう思うのかもしれないが、東京人が東日本エリアばかり見ていて、それが当たり前だと思ったら大間違いだ。

今のままでは、“東京駅の二番煎じ”と本末転倒な評価が下され、駅弁そのもの同様、このイベント自体が、あまり先の見通しが明るくないのではないかと思えてしまう。

 

それに10月の消費増税。

駅弁は持ち帰り食品で、増税の影響はないと思うのだが、それでも便乗なのか、原材料費は増税なのか、今回も値上げされた印象がある。

とうとう宮島口の「あなごめし」が2,000円の大台を突破した。

牛肉駅弁の目ぼしいものは、1,000円超えどころか1,500円超えがザラである。

高山駅の飛騨牛駅弁は、2,500円もの高値となった。

旨そうだが、幾ら年に一度の祭典とはいえ、そこまではたく値打ちがあるか?と躊躇してしまう。

じわりじわりと値上げの波が押し寄せている。

過去に食べたことのあるものは、特に気に入ったもの以外、簡単に手出しができないというよりも、手を出したくない気持ちになりつつある。

既視感を覚えるものの購入は抑制したくなる。

「A-0輸送」も、今年は目を引く初登場ものがない。

 

そんなわけで、今回はいつになく通う回数を限ることにした。

それでも現地に出向くとあれやこれやと欲張って、当初の予定よりは、多くのものを買い、味わいつつある。

以下はそのレポートである。

 

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1/10のこと。

11時半頃現地に着く。

毎度のことながら、前半のみ「うまいもの」に出店する551蓬莱は今年もものすごい列だ。大阪近郊では色んな場所にあるので、また向こうへ行った時、食べればいいやと思ってしまう。東京だと物産展でしか買えないから、あんなに並ぶのだろうが、何もそこまでせんでも…と思う。

 

今年も前半限定で展開される「ご当地パン」特集も、相変わらずの長蛇の列。

昨年は、最初は買うつもりなしといいつつ、結局2度も買い込んだが、その時の牽引役だった「ニシカワパン」は、webサイトから後で直接山ほど取り寄せたせいで、却ってここで無理して買う意義が失せた。

数年前の初登場時、喜んで大量買いした盛岡の「福田パン」も、そのボリュームは有り難いが、味の想像がつくようになってしまった。

気になるとすれば、高知の「ぼうしパン」くらいだが、何となく味や食感の想像がつく。

…とこんなわけで、今年は本当にパス。

 

総合案内の整理券を最初にチェックすると、昨年まで一番人気だった宮島口の「あなごめし」が残っていた。記事にできるかわからないが、昨夏、現地で食べた。その記憶が残っているので、今回は特に欲が湧かないが、とりあえず整理券をもらう。

鹿児島中央駅の「桜島灰干し弁当」も、ボリュームはないが味は美味しいので、これも券をもらう。

 

「C-2」甘いもの輸送コーナーへ行く。

初登場の「あきたのバター餅」、大分の「蜜衛門」を買う。

「バター餅」はそろそろ残り少なくなっていた。

 

今年は実演うまいものの出店数が減ったのか、これまでより随分と通路が広いので、場内を通るのは随分楽になった。

実演ブースで列が出来ているのは、うまいもの北海道の海鮮弁当くらいである。

 

それらを一頻り見て回ったところで、先に「A-0輸送」に行ってみた。

平日の11時半過ぎだったせいか、全く並ばされることなく場内に入れた。

「2ちゃんねる」では、初登場の「きつね寿し」(京都駅)の“瞬殺”ぶりが何度も触れられているが、元々子供時分にいなり寿司が嫌いだったせいもあり、これをどうしても試してみたいとまでは思えないのである。関東風の濃い味付けではなく、関西風のあっさりめのお稲荷さんの味なのだろう。容易に味の想像がつく。

 

やはり初登場の駅弁で唯一気になったのが、長崎駅の「長崎角煮めし」

かつて毎年リピートしていた坂本屋が来なくなって久しいが、その面影を求める。

一度は見逃してしまったが、他の弁当の山の間から2個残っているのを見つけ出し、無事確保。

それで気をよくしてつい欲張り、結局8個も買い込んだ。

既に予定外の購入、出費である。

 

今回は前半にしか来ない弁当に照準を合わせ、購入する。

とはいえ、牛肉弁当ならここ数年来、高いが絶対の信頼を置いている佐賀牛だけは初っ端に味わうことにした。

ここだけ少し並ぶ。

 

 

…早くも大きな手提げ袋にレジ袋多数。

12時になる前に屋上へ退散。

ペット売り場の前を通ると、昨年まで和ませてくれた犬猫コーナーが、ペットフード置き場と化していた。百貨店業界の厳しい現状を感じさせられるようで、何だか虚しい。

ビヤガーデン用の穴あきテーブルが多数出ていて、どうにか席にありつくことができた。

早くも実食タイム。

 

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佐賀牛ザブトンステーキ・ローストビーフ・ロースすき焼き弁当

 (武雄温泉駅)(1,998円)

今年もトップバッターは佐賀牛。

容器はそのまま、基本構成も変えずに、毎年間違い探しのように微妙に中身を変えてくる。

メインは勿論、手前に3枚鎮座まします分厚い“ザブトンステーキ”。

日差しと影のコントラストで上の写真では分かりづらいが、ピンクの赤身の美味そうなこと。

塩胡椒で味がついているが、レモンソースをお好みでかけるのもいつもと同じ。

柔らかく分厚く、牛肉を食っているという喜びを感じさせてくれるザブトンステーキの美味さは格別。中央のロース肉のすき焼きも旨いが、奥の小ぶりの赤みを帯びた3枚のローストビーフは硬く、実はこれが一番いらない子だったかもしれない。

辛うじて2,000円の大台を突破せぬよう留まっているのは、少しでも割高感を感じさせまいとする心意気か?

他の弁当、駅弁で2,000円超えが続出したので、何年も前からこの値段の佐賀牛駅弁が、何だか相対的に割安に思えてならぬ今日この頃。

味は文句なし。どうせ高いカネをはたくなら、ここのものが間違いない。

 

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青魚4品盛り (釧路駅)(1,390円)

釧路駅弁・いわしのほっかぶり寿司。

今年は前半のみ出店。

昨年食べそびれた「漬けさんま」を求め、今回は売り場がすいていたこともあって、売り子のお姉さんに教えてもらい、漸く購入。

「青魚4品盛り」といっても2種類あって、去年はさんまのマリネのほうを買ったというわけネ。

左上の2貫が「漬けさんま」。

右隣から順に時計回りで、鯖のほっかぶり、炙りさんま甘辛握り、いわしのほっかぶり。

”ほっかぶり”とは魚の表面に生大根の薄切りを乗せたもの。

たったそれだけのことだが、イワシやサバという魚の生臭さが嘘のように見事に消え去ってしまう。

他では味わえない独自性豊かな寿司だ。

 

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常陸牛厚切りカルビ焼肉弁当(水戸駅)(1,600円)

昨年のものに比べると、牛肉の切り方が大きくなっている。

ドーンと気前よく分厚い牛カルビ焼肉の甘辛味が実に男前。

ステーキ肉の下に隠れたそぼろ肉もいい脇役の仕事をしている。

消費税は上がったが、お値段据え置きは嬉しい。

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あんこう三昧弁当(水戸駅)(1,100円)

珍しい鮟鱇の駅弁。

唐揚げ、味噌煮、あんきもまでついている。

味噌煮込みご飯は弁当箱一面ぎっしり。ささがきゴボウ甘辛煮、三つ葉のおひたし、花人参、椎茸と野菜も豊富。

なかなか食べ応えのある弁当だ。

やはりこの弁当一番のキモは、文字通りあんきもだろう。

生臭くならないよう、付け合わせのしらたき含め、全体を味噌味で統一しているのも良い。

常陸牛弁当の影で脇役としてあまり売れていなさそうだったが、なかなか個性的で、地元の特産を活かした、よい駅弁だと思う。

 

初っ端からいきなり昼食で駅弁4個一気食いは結構腹にこたえた。

今年は暖冬なので、これ位のペースでどんどん消費していかないと、何日も常温で保存しておけない。

 

次回は持ち帰った弁当のレビュー。

2週間の間が開いてしまった。

先週は相鉄~JR貨物直通新線開業、翌日は映画の日とイベント続き。さすがにblog作成まで手が回らない。

 

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さて前回の続き。

「うる星やつら」については前回かなり語り尽くした感があるのだが、言い残したことといえば、やはり最後に予告めいた触れ方をした“純情ギツネ”のことである。

 

「うる星」ワールドとしてはかなり異質とも挑戦作ともいえた「ビューティフル・ドリーマー」で押井守監督が退場。後を継いだのが、やまざきかずお氏であった。

とんがった印象の押井「うる星」から一転、全体を覆うほのぼのとしたムードが印象に残る作風で、この後、「うる星やつら」の後番組として始まった「めぞん一刻」初期や、OVAとして作られた「ぼくの地球を守って」(原作:日渡早紀)が印象に残る。

「めぞん一刻」については、この流れに乗って、後で存分に触れることになると思うので、ここでは簡単にするが、やまざき氏が手掛けた初期アニメ版の雰囲気は、うららかな春の情景を思わすほのぼのとしたムードが漂っていて、私は好きであった。

「ぼくの地球を守って」は、DVDソフトもとうに廃盤となり、OVAの宿命か、本来ならこれから物語がさぁ盛り上がるぞ!というところで尻切れトンボのように終わってしまったが、チェロ奏者・溝口肇氏が手掛けた重厚なサントラの魅力も手伝って、実に緻密で素晴らしい出来であった。

今は“ぼく地球(ぼくタマ)”について語り尽くす場ではないので、サラリと触れるに留めるが、闇空の下、どこまでも続く平原、そこに佇むキャアという巨大猫(…「うる星」のコタツネコとは全くキャラが違います…)と、穏やかな髭のおじさん、ヒロイン・亜梨子が歌姫・木蓮として覚醒するさまが、さわりしか描かれずに終わったのは返す返すも惜しい。紫苑の回想をこのクオリティで見てみたかったと今でも思う。

前々回、やまざき氏が手掛けた劇場版第4作「ラム・ザ・フォーエバー」を、“失敗作”と断じたが、TV版「うる星やつら」後期において氏が展開したほんわか路線は、原作の持つ本来の雰囲気への回帰を思わせ、一時期リアルタイムで見ていたことも手伝って、個人的には押井ワールドよりも好きであった。

 

そのほんわかムードを醸し出す代表格が、“純情ギツネ”シリーズだと思う。

牧歌的雰囲気漂う山里から、しのぶを慕う一匹の可愛らしい子ギツネが、しのぶ会いたさに友引町へやってきて、ガチャガチャした「うる星」ワールドに巻き込まれてひと悶着というのが、何作か作られたエピソードに概ね共通する筋。

 

最初、意地悪な野犬たちに足蹴にされていたところを、怪力少女・しのぶによって助けられる。丸太ん棒をぶん回して野犬どもを蹴散らしてくれる可憐な少女・しのぶの何と愛らしくも頼もしいことか!

仏滅高校総番(オットセイみたいな化け物に見える。後に筋力アップの薬を飲んだラムと決闘するエピソードが出てくるが、タフさにおいて尋常ならざるものがあり、人間離れしているのは容姿だけではないことが、手下によって呆れ気味に語られる)に気に入られ、ドドドド…と迫ってこられたしのぶの巻き添えを食らって吹っ飛ばされるも、へたくそな変化(へんげ)で、耳や尻尾丸出しのまま、何故かものすごく優等生のあたるに化け、ド近眼の校長に褒められる。

他の生徒たちから、しのぶに取り憑こうとする妖怪変化だと気味悪がられるが、当のしのぶは怯えるキツネを抱き上げ、「お礼がしたかったのよね」と優しく微笑みかける。

このシリーズでしのぶは随分株を上げた。

その後も、ギンナンの実を持ってきて、「うる星」メンバーたちがそれを食すと、みんなキツネの姿になって一緒に遊んでもらったり(ラムだけ虎縞模様になっているのがかわいい)、動物たちの森の学校で、老猫先生から「一番好きなものを持ってくること」と宿題を出され、「持ってこにゃいと、好きなものを八つ裂きにしてしまうよ」と脅され、しのぶが猫の爪で切り裂かれるさまを想像して落ち込んだりと、純情ギツネ、とにかくかわいい。

シリーズ最終エピソードとなった「きつねの嫁入り」の話では、遂にしのぶを嫁にもらおうと、紋付き袴で友引町にやってくるが、友引高校は全校挙げての仮装大会真っ最中。

竜之介と結婚式を挙げるカップルに仮装したしのぶの花嫁姿に、あわれ純情ギツネは、恋破れたりと思い込み、フーッと深くため息つけば、大事に持ってきたタンポポの綿毛の魔法が効いて、校長が白無垢姿に化けちゃって…。

キツネの里でいつも昔話を聞かせてくれるおばあさんがおり、希望に胸ふくらませたキツネがしのぶに会いに里を下りて友引町へやってくるのがお決まりパターン。

今回は好きあった同士の村の若者が、彼女に花嫁衣裳も買えない貧乏人。また彼女が「土星貧乏」で(…輪をかけた貧乏ってことさ…)、一面タンポポ咲き乱れる野っ原で、2人して大きなため息をフッとつけば、あら不思議。彼女が白無垢姿に変身し、バンザーイ、バンザーイ。

それで純情ギツネちゃん、しのぶの白無垢姿を満月に思い浮かべ、目を潤ませて友引町へ出向いたって寸法だ。

 

TVアニメ版では、このキツネの里の様子が、より深く描かれ、カカシの三四郎さんというアニメオリジナルキャラが登場する。

かの「ムーミン」のスナフキンよろしく、いつも池の畔に釣り糸を垂れるさまはさながら吟遊詩人だが、どこか世捨て人的雰囲気を醸していたスナフキンと違って、素朴で飾りっけのないフラットなお人柄。

西村友美さんが、この三四郎さんが大好きだと興奮気味に熱く語っているのを昔何度もテレビで見たものだ。

今回の「全るーみっくアニメ大投票」に彼女がゲストで呼ばれていたら、きっと三四郎さんの話が飛び出していたことだろう。

人里離れたメルヘン世界の住人。純情ギツネの佳き友にして指南役。

カカシの三四郎さんのことも忘れてしまっちゃいけません。

 

前回の記事で熱く語った、「ダーリンのやさしさが好きだっちゃ…」の冒頭、後に幽霊少女となる望ちゃんがまだ生きていた頃、病室から、外を元気に走ってゆくあたるの姿に憧れのまなざしを送る場面でも、実に効果的に使われていたが、この純情ギツネ回では毎度欠かせなかったメルヘンチックなサントラ曲があった。

発売から何年か経ってから、奇跡的に某店の通販サイトで30,000円はたいて手に入れたこの大箱にさえも収録されていない。

「うる星やつら」のサントラばかり実に15枚にも及ぶ、今のところこれに優るもののない大全集だが、それでも尚、この曲は漏れている。
純情ギツネがキツネの里で、例えば雪野原をコンコンと嬉しそうに鳴きながら駆けてゆく場面には欠かせない、オルゴール調のInstrumental曲だ。

 

恐らく元は劇場版第3作「リメンバー・マイ・ラブ」のサントラの一つだろう。

ラムがルウに連れ去られた後、弁天、おユキ、ランちゃん、テンらが地球を去り、“―祭りが終ればまた普通の毎日が始まる―”しのぶのモノローグの場面で用いられたのが最初ではなかったか?

黄昏の街中、大ガードを電車が走り抜け、信号が変わり人々が黙々と歩く、日常の淡々とした世界。

「うる星やつら」は、TVアニメ放映中に劇場版が次々と公開されていったので、それ用に作られたサントラが、以後のTVアニメ版にも流用され、物語の深みが増していった。

「全るーみっくアニメ大投票」ではほとんど語られる場はなかったが、とりわけ「リメンバー・マイ・ラブ」のサントラが後期TVシリーズに果たした役割は大きい

抒情的な場面には欠かせなかった。

このサントラなくして、名作・「ダーリンのやさしさが好きだっちゃ…」は成り立ちえなかったとさえ私は思っている。

後に何かで読んだことがあるが、「うる星やつら」の膨大なサントラ盤の中で、一部原盤が紛失してしまい、日の目をみることができない曲があるらしい。

 

後の「めぞん一刻」でも、とても印象的なサントラで、これまで一度も日の目をみていない楽曲が存在する。

何とか発掘して、名曲復活ののろしを上げては頂けないものであろうか。

 

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サントラ盤の話になったのでついでに記すと、1988年夏、日本青年館のKAC夏のイベントというものに初めて行ってみた。

その時は、「めぞん一刻」総集編「移りゆく季節の中で」がお目当てだったのだが、「うる星やつら」も、劇場版第5作として、「完結篇」が上映されたばかり。

根強いファンの声を受け、アニメ化されていなかった後期の原作からOVAが制作、上映された。「うる星」&「めぞん」という2枚看板揃い踏みという非常に贅沢な布陣であった。

その時のエピソードが、「電気仕掛けのお庭番」、「月に吠える」の2作である。

OP、ED用に、それまでのTVシリーズ用OP・ED曲を寄せ集めてつなぎ合わせたのが、知る人ぞ知る、さ・と・みの「STARS ON」という新曲(?)で、冒頭は「オンリー・ユー」の挿入歌にしてTVアニメのEDとしても一時期流れた「星空サイクリング」の印象的なイントロ部分がそっくり使われている。

当時、「うる星」ファン駆け出しだった私には、まだまだ知らなかった過去のOP・ED曲の概要を知ることができたという意義があった。

会場ではラムちゃんの絵柄が全面印刷されたピクチャーレコードを随分推していた。

しかしながら肝心の唄が、何だかベタッと粘着した感じの声で、オリジナルのイメージを壊したものか、古くからのファンには、この「STARS ON」は著しく不評であった。

そのせいか、この後何本か作られたOVAでは、歴代のOP・ED曲がそのまま使われるように変更されている。

 

番組中でも言われていたが、「うる星やつら」のOP・ED曲は、全てが“神曲”といえるほどであった。

 

番組のランキングにこそ入っていないが、「オンリー・ユー」の宣伝も兼ね、「星空サイクリング」I, I, YOU & 愛」が短期間で入れ替わりEDに使われた後、OPもEDも総とっかえとなった。

その時の新ED・「夢はLOVE ME MORE」は、CM前後のアイキャッチで、ラムちゃんがかわいらしくニコッと笑う画が未だ記憶に新しいが、この曲のアレンジBGMが使われた。メルヘンチックで夢見る少女的甘い曲調が、どれほど中期「うる星」のイメージアップにつながったか知れない。

 

続く「恋のメビウス」は、番組中で、しょこたんが激賞していたOP・「パジャマ・じゃまだ!」の対になるED曲だが、

「♪あなたに会えば ベサメテキエロ

夜空にステップ アメウステ」

という、部分的に挟まれるスペイン語の意味がわからんのに、つい口ずさんで覚えてしまう魔力を持っている。

黒画面に真紅のバラの図案と、スペイン語に合わせたあたるの動きがとてもリズミカルで、これもとりわけ印象深い。

 

その後の「OPEN INVITATION」は、主要キャラたちがシルエットで次々に登場する。エンディングの映像を見返してみると、今でもどれが誰だかわかってしまう。

ラムの父ちゃんは縦にも横にも巨漢なので、影もデカいが、意外にサクラさんが豪快な動きで、巫女装束も相まってシルエットが大きい。

最後のトリで現れるのがあたる。モンキーダンスなのだが、ラムがチュッとキスして不意を突かれて戸惑うのが、時折あたるが垣間みせる照れくささを見事に表している。

 

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「うる星やつら」TVアニメ版といえば、完全収録版の「LD50」についても触れないわけにはいかない。

TVシリーズ放映終了の翌1987年、KITTYレコードから予約限定版としてLD-BOXが発売された。

33万円という、バブル期真っ最中でもありえなかったほどの超高値にもかかわらず、あっという間に完売してしまったときく。

(当時は消費税自体がまだなく、このLDセットがどうだったかは忘れてしまったが、有名どころではSONYの「EDV-9000」というED-βというVTRが、発売時は29万5,000円ほどしていたのが、逆に消費税施行後、物品税の廃止で27万円ほどと安くなった。)

 

当時、如何に「うる星やつら」が人気があったかを物語るエピソードである。

Wikipediaには載っていたと思うが、この「LD50」が大成功を収めたことがきっかけで、以後、TVアニメ、ひいてはTVドラマといった連続もののLDボックスが続々とリリースされていった。

今の若い人には通じないかもしれないが、「LD」とはレーザーディスクの略称で、DVDやブルーレイの先輩格といったらわかりやすいだろうか。

TVアニメ版「うる星やつら」のLD-BOXの成功がなければ、今日のDVD-BOX、BD-BOXの隆盛はなかったかもしれない。

当時、予備校生活を終え、漸く大学受験から解放されたばかりの身では、到底33万円ははたけず「LD50」は見送ったが、リアルタイムで最初から全て見通した「めぞん一刻」については、同様に「LD24」というTVシリーズ完全収録盤が、その後1989年に出た。

その時は、満を持してバイト料をつぎ込んで予約して手に入れたのが懐かしい。

確かそちらは15万円したと思う。

「うる星やつら」の「LD50」の存在、その稀少価値が、当時の私のLDへの著しい関心を呼んだ。

「うる星やつら」のビデオソフトは、それまでは初期のエピソードだけが5タイトルだったか10タイトルだったか出ていたにすぎない。

VHSにβ、後にLD、VHDまで各種規格があったが、「LD50」に対応するVHSは当時出ておらず、LDオンリーだったことも、「LD50」人気に拍車をかけた。

レンタルもなかったから、全部見たけりゃLDを箱で買え、という時代だった。

 

KACイベント会場で、件のさ・と・みのピクチャーレコードに手は出さなかったが、上映されたOVA2作がカップリングされた会場限定版LDには手を出してしまった。「めぞん」総集編のほうは、最初LDは出ず、ビデオテープのみのリリースだったが、迷わずVHSを買っている。

大学生になり、バイト料を稼ぐようになった途端、随分気が大きくなったものだ。

だから、私にとって初LDは、「LD24」ではなく、「うる星やつら」OVA2枚組なのである。

「めぞん一刻」の「LD24」は、リセールバリューのある内に、逸早くS-VHSにダビングして12万で売ってしまったが、会場限定版ということもあって、「うる星」OVAのほうは今も手元に残っている。

尚、「LD50」も「LD24」も、初回限定という触れ込みだったが、再生産が何度かなされ、「LD50」は確か再生産分は箱の色が微妙に違うとか何とか言われていた。

時代が下り、DVDが出始めた頃、1999年に地元のBOOK OFFで、この「LD50」が9万円で売られているのを見つけ、迷った末に衝動買いしてしまった。

ほどなくLD→DVDへの世代交代が一挙に進み、長年の募る想いを遂げた筈の「LD50」はとうとうLDプレーヤーにかけることさえ碌にしていない。

今となっては、増え続けるソフトの置き場を占有する、邪魔な存在でしかなく、買取さえしてもらえない代物だろうが、嘗ての高嶺の花として仰ぎ見る存在だった現物だけに、記念碑的存在として、捨てずに書棚の奥に今も埋もれている。

 

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「うる星やつら」は、原作が完結する前に、TVアニメの放映が終わったので、原作後半には8本のOVAを以てしても尚、埋められない、未アニメ化エピソードが幾つも存在する。

肉まんの話はオチも面白く、アニメ化したら楽しい出来になっただろうにと今も思う。

 

ほんわかムードの後期「うる星」だが、30分枠に1エピソードというスタイルにかなり初期に変わったので、先に取り上げた「ダーリンのやさしさが好きだっちゃ…」でもそうだが、原作の話を膨らませたり、元は別々の話を1本にまとめたりされている。

後期のTV版で、例えば「星に願いを」という回では、願い事を3つ叶えてくれるという星の精が諸星家に墜落してきて、諸星家の面々はてんでに自分の願望を思い描く。ラムはあたるとのラブラブ生活を、あたるはハーレムを夢見、あたる母は現実的にカネ儲けだが、ここで異質だったのがあたるの父。

原作では「何というかもっと夢のある…」と言いかけて、妻に却下されるだけだったのが、アニメ版では、普段のよれた着物姿はどこへやら、パリッとしたスーツに中折れ帽で決め、今まさに列車で遠い人生の旅路へ発とうという寸法。

夢の世界の中では、小言ばかりのうるさい妻も、何かとトラブルを持ち込む息子の姿もなく、代わりに現れるのは、旅立つ自分を優しく見送る愛娘の姿。

妄想の愛娘は、何故かしのぶだ。

 

アニメ版ではこれに限らず、しのぶは随分お洒落で色んな姿が描かれた。

劇場版第4弾「ラム・ザ・フォーエバー」では、面堂と恋人同士のようにデートを敢行。2人だけの世界に浸り、面堂と口づけを交わす寸前にまで至る。

後半の夢の具現化の場面では、大正浪漫溢れるハイカラ女学生の出で立ち。

気になる殿方としてあたると面堂が登場するが、2人とも書生さんという設定で、これだけでスピンオフが作れそうな雰囲気だった。

 

当時よく言われたのが、ラム派か? しのぶ派か? というもの。

私自身は、周囲に同レベルの「うる星」ファンが誰一人としていなかったので、直接人と論じ合ったことはないが、しのぶ派であった。

前に記した通り、特に劇場版では、しのぶは時々ラムを中心としたガチャガチャとした世界に、心から嫌悪感を示し、皮肉をいう、ちょっと嫌な性格に描かれることがあり、“こんなのしのぶじゃない!”と思ったものだが、その意味でも、シリーズ後半の純情ギツネのエピソードは、しのぶが本来のしのぶらしさを発揮された回で、心の優しい女の子として描かれている。

繰り返しになるが、「リメンバー・マイラブ」の中盤では、その感受性の強さ、文学少女としての側面を遺憾なく発揮。ラムたちが姿を消した後の友引高校面々の空虚さの語り部としての役目を果たした。

 

そろそろ今回も長くなってしまった、当記事の締めにかかるが、「うる星やつら」こそ、何でもありの世界観ゆえ、美人キャラの宝庫である。

かつて当blogで池田理代子の「おにいさまへ…」について集中的に取り上げた際、“「おにいさまへ…」美女選手権”なるものを企画したが、 “「うる星やつら」美女選手権”こそ本当はやるに値する。

まぁ「うる星やつら」の場合、美女を讃える存在として、あたるに面堂という“アホの双璧”がおり、彼らに任せておけば、十分お釣りがくるほどなので、女性キャラたちを逐一取り上げるのはやめにしたいが、言いそびれることのないよう、以下は箇条書き風に。

 

元々は宇宙人の身分を隠し、幼少期からラムの天然で奔放でガチャガチャした性格に翻弄され続け、恨みつらみを果たさんとダーリン(あたる)の若さを吸い取ってやろうと虎視眈々つけ狙っていたランちゃんの、普段はかわい子ブリっ子なのが、一皮むけば「くぉら!何やねん、おのれは」とド汚い河内弁に豹変するギャップの面白さ。

それが「リメンバー・マイラブ」ではいつもの恨み節はなりを潜め、地球から飛び立つ時に、UFOを操作する真剣そのものの表情が忘れられない。

一度あたるの若さを吸い取ることに成功するが、錯乱坊(チェリー)の作った若返りの妙薬をあたるが間違って飲んでいたことから、プラスマイナス0で、あたるは若さを失わず、それでランちゃんはあたるにちょっかいかけても無駄だと思ってしまった。

 

「めぞん一刻」の響子さん同様、登場時はケバい化粧で、更には紫煙をくゆらせる、ミステリアスな大人の女そのものだったサクラさんが、響子さん同様、物語が進む内に柔和な表情になっていくが、霊能者でかつ保健教諭という立場から、どんどん暴走する生徒たちの中にあって、大人の分別を体現する役どころであったこと。とりわけ「完結篇」終盤、弁天らにかけた「私はお主たちのこと、気に入っておったぞ」というセリフに泣かされた。

全るーみっくアニメ大投票」中で、島本和彦氏が熱弁を振るわれていたように、高橋留美子氏の描く女体は簡素な線の中に、清潔さと何とも言えぬ色気が同居し、女性が描く線ゆえか、それがいやらしくない。

アニメになると、男性の描き手というフィルターが通されるせいか、時折原作よりも艶めかしい“女体”が登場する。

「Gコン」を埋め込んで、サクラさんの砂人形を動かす回では、アニメ版のサクラ人形が生を承けた後は、80年代前半ならではのムチッとしたローライズ・ビキニ姿が実に艶めかしく、そこだけ見れば何の作品かもーわからん。

図書館のエピソードで、メガネたちが隠れてエロ本のお姉さんを見ながら「この腰つきがたまらん…」とのたまっていたが、この回のサクラさんこそ、腰つきがたまりません。

このサクラさんを見ると、どこもかしこも細けりゃいいってもんじゃないとつくづく実感する。

 

キャラクターの投票結果では、ものすごく上位でもなく、さりとて低くもなくという位置だが、個人的に「うる星」美女たちの中で、一押しなのは海王星の女王・おユキさんである。

弁天やランからは、冷血商人、自分じゃ手を汚さないなどとエラい言われようだが、どんな時も自分のペースを乱すことなく、冷静で、物静かで楚々とした佇まいの和服美人。

それでいて実は着物は防寒着で、時折着物を脱げば、色っぽい身体の線が浮き出る露出度高めのレオタード風コスチューム姿が現れる。

クラマ姫も同じなのだが、話が展開していくにつれて、コスチュームのお色気度が増し、紐もない状態でおへそあたりまで大胆に開く作り。

バニーコートよろしくよほど硬い骨で固定されているのか、プロテクターみたいな固い素材でできているのか?

いずれにせよ重力の法則に著しく抗うような衣装なわけで、ああ、そんなに動いたら、胸、出ちゃいますよ…と見ている側がハラハラする。

 

そういえばおユキさんは、初登場時、あたるに言い寄られて、あわやというところでラムが出てきてあたるに電撃を食らわせていたが、「もう少しだったのに」と後のキャラからは想像できぬような、殿方との情事を内心期待せぬでもない気持ちの片鱗を伺わせるのも、この人のミステリアスさを増している。

 

「うる星」全キャラ中で、最強と目されるのがコタツネコだが、そのコタツネコでさえ、風邪をひいた時のおユキさんには敵わなかった。風邪薬の調合をしようとするも、ネコの髭が海王星では手に入らず、それでおユキさんは地球へやってきたのだが、くしゅんとかわいくくしゃみをするだけで辺りが凍りついてしまうから、このままでは地球全体が凍土と化してしまう。

クライマックス・シーンでは、おユキさんが逃げるコタツネコとつかまえようと、必死になって氷柱を放つ。行く手を阻むぶっといツララ。ドスッドスッと体に突き刺さったら…と思うと、そっちの恐怖で血が凍る。

「お願い、ネコさん!」と必死の呼びかけ。

最後はコタツネコを氷漬けにして捕獲成功。めでたしめでたし…というところが、さてどうやって解凍して髭をもらえばいいんでしょう…?!

相手をやっつけてやろうとしての振舞いではなかったが、いざとなるとものすごい力を発揮しながら、その自覚すらなく、あくまで控え目でいるおユキさんが珍しくメインの話だった。このエピソードも、確かアニメ化されていないはずである。

 

以上、NHKの番組を逸脱し、思いつくまま好き勝手放題記してきた「うる星」話。

最後はエロおやじまる出しのコメント続出で、ちょっと顰蹙ものかもしれないが、高橋留美子先生がかつてこんな名言(迷言?)を残されているので、ご勘弁。

 

SFとは半裸のねーちゃんである

 

あ、こんなあたるの名言もありましたっけ。

 

人間誰しも間違いはある

私は常に人間らしくありたいのだ

 

どこに出てくるか、熱心な方、お暇な方は、どうぞご自分で探してみて下さい。

(一部敬称略)