第85回
全国都市問題会議
文化芸術・スポーツが生み出す
都市の魅力と発展
(1日目の午後の部)
文化事業ディレクターで演出家の吉川氏は、文化芸術事業ディレクターとして八戸市の「はっち」を開設する段階から関わっておられた。市職員と➀中心市街地を関心空間にする。②フラットなコミュニケーションの場を創る。③地域資源の価値をみんなで見出す。ことを立案された。プロジェクトを任されたときは商店街や商店同士の交流も固定化しており、関心事をまちなかに見出すこと困難な状況であった。そこに着目し、地域の資源を大事に思いながら新しい魅力を創り出すことであった。
そんな中、八戸三社大祭の山車の造形がトラック野郎の「デコトラ」がモデルであることを見出し、「デコトラヨイサー!」のプロジェクトを行った。衣装づくりの市民とデコトラのドライバーとう異色のプラットフォームがシビックプライドの醸成の場となった。八戸港で水揚げした新鮮な魚をこのトラックドライバーが寝ずに東京築地市場まで運んで歴史を話し合った。異端児と思われていたドライバーが東京まで魚を運んでくれたために、八戸が発展したことに気づき、文化の発展を支えた彼らにリスペクトが得られることができた。
また、細かな装飾や地道に行う山車づくりの場面では、利他の心を育む場・人を動かすスキルを身につける場・子どもが大人になる場・継承を実践する場・お年寄りも磨かれる場として、「地域をつくる人」を育てる場になっていたことがわかった。さらに発見したことは、山車組や祭りを支える見えざる人々の存在であった。差し入れを持ち寄る人々・子どもを送迎する親たち・炊き出しや着付けを担う人たち・山車小屋の土地を提供をしている人・門付けにご祝儀をはずむ人たち・祭り期間中社員の休暇を許してくれる経営者たちなど、見えざる力があまりにも評価されていないに危機感を覚えた。祭りを「支える」市民の無償の行為と心意気こそが八戸三社祭を支える「地域の分母としての文化」として、行政も市民も意識するべきであると提言された。
さらに祭りを「する」「ささえる」「見る」という多様な世代の三者がいてこそ文化が継承されるとも話された。
次に文化継承の危機として、東日本大震災で関わった宮城県南三陸町の例を挙げられた。
同町では漁師がカキ養殖が盛んに行なわれていたが、あの津波ですべてが流された。まちの主要部と基幹産業、行政機能を丸ごと失ってしまった。そんな中でも、地元の漁師たちのが「地域社会の分母としての文化があったから」、「話し合い、許し合う力」「利他の心」「未来のビジョンを共有」「困難な選択への勇気」これらが次世代につなぐまちづくりの思いから、復興のために全員の漁師が養殖の権利を一斉に放棄する決断をした。その結果、海の環境は改善され、収益も1.5倍へとアップし、跡継ぎたちが浜に帰ってきた。
南三陸町では、元来から自然と命の畏敬の念、地域で支え合う「講」の習わしが育んできた利他の精神が、災禍をきっかけに地域や未來を俯瞰する眼差し、議論し倒すコミュニケーション力(年間100回以上あったとのこと)、新たなチャレンジへの勇気。それが彼らの「文化」であった。
私自身も前職で南三陸町災害ボランティアセンターの支援に入っていました。町の人々は家族や大切な人を亡くしている方・まだ行方不明の方もいるにも関わらず、私たちに感謝してくれ、自分よりももっと不遇の身になっている町民のことを思い遣っていました。また、ライフラインが復旧していない私たちの寝泊まりしていたところに川から何往復もしてトイレ用の水汲みをして頂いていたことを思い出しました。
この講演で、「利他の心」ということ改めて思い出させてもらい、生きとし生ける者の有難さを再確認できました。
(続く)
