百条委員会の午後からの報告です。
午後からは、後援会長は本人の希望で秘密会として非公開で行われました。
よって、内容はお伝えできません。
その後、職員さんはプライバシーに配慮し衝立をし公開で行ないました。
(職員の業務内容)
4月 1日、秘書課勤務。政策秘書課扱いで市長室内に机などが準備された。
4月 9日、市長の「コロナで職員はヒマでしょ」という発言に対し、「みんな必死ですよ。そんなこと言ってはダメです」と強めの口調で進言。
4月10日、市長室内から出て行かされ、市長公室内で執務開始。
12月7日、併任業務発令
(タクシー会社の手配)
6月22日の朝礼で東大阪の妻の実家に行く。土日に行き月曜日に戻ってくると指示。
東大阪から朝5時10分に迎えにくるタクシー会社を当たれといわれ、15社に連絡したが断られた。
なんとか探し出した運転手の態度が気に食わないと代えてくれとしつこく言われたこともあった。
タクチケの支出命令書には課長と自分の二人しか押印していない。市長が他の職員に知られたくなかった。通勤に準ずる行為の説明ができなかった。
(駐車場定期券と後援会長)
4月1日打ち合わせ後、後援会長から裏玄関に呼び出された。「市長からもらった駐車券が使えない。」と言われ、この日から駐車場管理会社が代わり、利用方法が異なっていた。
→令和元年度から定期券を使用していたのが分かります。
市長が「会長、会長」と呼んでおり、後援会長の指示に従うように言われていた。
駐車場の無料処理はしたことがない。
夏休み中の出来事に関し、9月一般質問内容の「市議会だより」のゲラを見て、流布したら「名誉棄損で訴える」と言っており、簡単に訴えられる怖い人だと思った。
(秘密保持契約の経緯)
10月24日 副市長から「市長と後援会長が貴方が情報を流出させた犯人だと疑っている。事情を教えてほしい。サウナを搬出していることを知っているのは少なく、状況は不利である。」と言われた。
10月25日 冨田市長の後援会長との電話で「情報提供は私ではない。」と言うと「市長ともども貴方と確信している。違うなら証明してください。できないなら真犯人を探してください。所属政党が告訴したら検察動いて元の生活戻れなくなりますよ」と穏やかな口調で言われたが、「恐怖を感じた」と証言。電話の隣には課長が居たので会話を聞いてもらっていた。
後から考えれば、10/21の夜中にサウナ等を搬出した際、非常階段から搬出することを知っていたのは6人程度。他車両に停められないようにコーンを置いたのは、東京からの記者が来るための目印として教えていたのではと推測されたのでは。
→上司に報告し、共有することで不安が和らいだ。
10月29日 昼前、副市長から後援会長と私の3人で話をしたいと連絡を受けた。14時ごろに後援会長の車で事務所に行き、「ざっくばらんに話ができるように秘密保持契約書を締結したい」と契約書を見せられた。秘密の定義が無いし不思議に思ったが、変に拒否すれば何かまた変な思いを持たれるだろうと契約を締結せざるを得ないと思い拒否できなかった。副市長も知らなかったのか署名し、母印を押した。
3人しか知らないと思っていた。
その後、3月4日の冨田市長の証人尋問で、市長がこの契約書の存在を知っていてビックリした。だまされていたと感じた。最初の秘密会で、話し合いのことは百条委員会では言えなかった。弁護士に相談して秘密保持契約書の存在を出すことに問題がないとして、聞き取り調査で話を出させてもらった。
ある方から、自分が告訴されるかもしれないという動きがあったと聞いた。また別の方からも話を聞き、「やられた」と思った。
誰かが告訴か告発をするために、後援会長と弁護士が出向いたと聞き、上司に相談した。
この百条委員会の2日前の「3月10日の10時52分国会議員から私に電話があった。怖かった。公室長や課長とも相談した。本当に恐怖を感じた」
職員は、市長がパワハラの事実はないと言っていることについて「市長は職員アンケートは匿名で確実性がないとか厚労省のパワハラ定義に当てはまらないというが、秘密会(公開されない証人喚問)では明らかにされないので、名前を出し覚悟をもって臨んでいる。」「パワーハラスメントはありました。」と途中涙で詰まり、今までの恐怖を証言された。また、「市長は、普段『後援会の方、秘書課のモノ』という言い方をしています。秘書課の職員として自分たちはモノか?情けなかった。」と心情を打ち明けた。
また、新規職員内定者の辞退が2桁という事態についてもこれまでにこんなことはなかったと。
午前中の元平副市長やこの職員も冨田市長の言動で苦しみ悩み続けてきたことが証言からわかりました。聞いていてこみ上げるものがありました。この職員の退席時には応援なのか、覚悟に対してか、勇気に対してなのか、傍聴席が大きな拍手が起こりました。