我々が甲子園出場のための要素として掲げる「愛される(応援される)チーム」ですが、この解釈って本当に難しいですね。
なぜこんなこと言い出したかと言うと、73期生が2年生に上がり、少し応援されにくい状況になってしまっているからです。
生徒の人生を応援することが仕事の教師から、「さすがにその態度では応援できない...」という評価をあちらこちらでいただいています。
私も同意見です。
だからといって、教師の言う通りに動け、指示にさえ従っていればいい、もっと媚びろ、と言いたいわけではありません。
それでは、クリエイティブでバイタリティーのある人材は生まれませんしね。
では「応援されるチーム」って一体どういうことなのか?
個人として「なんか憎めないんだよな~」「なんか応援したくなる」という特殊能力を持った人は必ず周りにいると思いますが、チームとして確実に応援される状況を作ると考えたとき、非常にその解釈が難しいなと思った訳です。
そこで、平日の(2年生の)練習を中止し、2時間程かけて考えてもらいました。
↑グランドが空いた分、1年生は成松コーチの指導を仰ぎます。
そこで2年生が出した一つの考えは「応援されるチーム」=「自分たちのために動くこと」でした。
何もこれは「自己中心的に」という意味でなく、「自分たちが将来本当に輝くためには、今、律することが不可欠である」ということです。
確かに行動をコントロールできるようになれば、結果は変わりますし、そうやって頑張っている人を応援しない教師はいないと思います。
なかなかいいまとめ方だと思います。
...と感心したのも束の間、今日も3年生不在の中、B戦に大勝し気が緩みきっている所を注意すると、「あの2時間のミーティングは何だったの?」と思ってしまうような幼すぎる反応がありました。
どうやらまだ、野球というスポーツがどれだけ周囲の支えで成り立っているか気付いていないようです。
応援されることを「有り難し」と思えないようでは、運にも見放されますし、強いチームなんて作れるはずがありません。
甲子園に出場できる可能性があるからこそ、敗者の要因を少しでも減らしていきたいと思います。





































