書籍紹介:『わが解体』 | 奈良の石屋〜池渕石材のブログ

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本日は書籍紹介をいたします。

今回取り上げるのはこちら、

高橋和巳『わが解体』河出文庫、2017年

 



全共闘時代、革新派のシンボル的な作家だった高橋和巳の晩年のエッセイ集です。

晩年と言っても、高橋はさらなる活躍が期待される中、三十九歳という若さで早逝しているので、晩年であると同時にその活動の充実期でもあったわけですが。

 

さて、高橋和巳というとかつては学生運動に寄り添う著作家として、右の三島由紀夫に対する左側の象徴的な存在だったようですが、今ではすっかり忘れ去られたとは言わぬまでも、知る人ぞ知るというような存在になっているという観があります。

大衆運動とともにあった作家は、時代の波が去るとそれと運命を共にしてしまうのか、なんてことも考えさせられるわけですが、しかしあらためて学生運動華やかなりし時代に書かれた高橋の思索を読むと、やはり非常に理論的で明晰なことを書く人だったのだと感じます。

その理論的な整理能力が、小説となるといささか頭でっかちな印象を与えていたことも確かかと思われるのですが、本書に収められた、深い自省も伴いながら、京大での学生運動に助教授という立場で関わった時期の激動を振り返る文章などは、当事者でありながら同時代の出来事から距離を取ることもできる能力を持った作家による、知的で貴重なルポルタージュとなっています。

 

とりわけ本書に収録されている文章の中でも、左翼の宿痾ともなった内ゲバについて論じられたものは、その理論的なまとまりという点でも、書き手の思いを集約させた密度という点でも、白眉と言ってもいいと思われるものです。

高橋は内ゲバというものがどういった論理から発生するものか、そのメカニズムを腑分けし、またただ単にそれを断罪するのではなく、新たな政治運動が抱え込まざるをえない必然的な側面もあるものとして理解しようとし、そして悲惨な闘争をいかに乗り越えていくことができるか、その道を模索しようとします。

高橋は、内ゲバは個人のエゴイズムよりもむしろ、諸個人が組織の原理や信念に対して無私であるからこそ生じる面があることを指摘し、次のように述べます。

 

「要は構成員の無私性を救いあげながら、どうして、どのようにブレーキをかけるか、その方法があるのか、ないのかということに焦点はしぼられるべきである。そして、もう一つ、とりわけ党内闘争に、部外者からみればリンチとみられる事件がしばしば随伴することの理由をも、批判する前に人々は知っておかねばならない。

 簡単に言ってしまえば、それはこういうことである。自己権力の主体としての反体制的党派は、調査、裁判、刑罰の権限を自らそなえているとみなすこと。その権利を他に売りわたして、自立性などはありえないと理念される。ブルジョア民主主義が、三権分立をたてまえとするのに反し、プロレタリア政権は、理論上、それらの権力を、理想的にはソビエトへ、現実的には党に集約するという形態をとる。

 恐るべき規模で粛清が、秘密に行われうる基礎も実はここにあるのだが、その大もとにある、自らの行為や評価は、自らが把握しているべきだとする考え方それ自体が間違っているわけではない。ある事件が起こった時に、それを現行の警察権力に捜査してもらい、現行の法廷で裁いてもらうという立場を革命団体はとらない。しかも、それでいてスターリン体制に象徴されるような、粛清につぐ粛清と、冷酷な官僚制形成とは違った道を、どのようにしてたどるのかということが、問題なのである」

(194-195)

 

革命なる理念に対してかくも理想主義的な作家が現代では読まれなくなった、というのはある意味で当然のことのようにも思われますが、時代的な制約を脇に措いて高橋の文章に接しますと、その倫理性の高さや誠実性に今さらのように打たれます。

案外、現代の若者にも響くところがあるんじゃないだろうか、なんてことも思います。

 

高橋和巳がその早過ぎる死を迎えたのは1971年。

新左翼の内ゲバ的事象の極致とも言える連合赤軍山岳ベース事件が起こるわずか半年ほど前のことで、もし高橋が生きていればこの陰惨な事件についてどのような論評をしたか聞いてみたいものだった、そんな風なことを思う読書でした。