とぼけたわんこに癒される 山本甲士『迷犬マジック』 | 茶々吉24時 ー着物と歌劇とわんにゃんとー

 

表紙に描かれたわんこが、なんとなく我が家のシュヴァルツ・権三に似ている気がして手に取った本、山本甲士さんの『迷犬マジック』を読み終えました。

 

 

 

タイトルは「迷い犬マジック」と「名犬マジック」を合体させたものだと思います。

 

大まかにいうと、どこからともなく現れた赤い首輪をした黒柴っぽいわんこを、

しばらく居候させてあげると、その人にポジティブな変化が訪れる、という短編集。

赤い首輪にはマジックと書かれているので、それがきっとこの犬の名前なのでしょう。

マジックは男の子で、そんなに若くはなさそうです。

 

マジックが最初に訪れたのは、初老の男性一人暮らしの家でした。

 

70代の七山高生は5年前妻に先立たれてしまった。

二人の息子がいるが、妻がいなくなった家で一人暮らしをしている。

最近、頻繁に物忘れをするようになった。

長男夫婦からはしきりに認知症の診断を受けるように促され、少しムッとしている。

確かに物忘れをするが、それは年相応の衰えではないだろうか。

頭から認知症と決めつけないでほしいのだ。

そうでなくても、長男の転職を反対して以来、親子関係がギクシャクしている。

孫娘もそう頻繁にやって来はしない。

次男も忙しいようで、寄りつかない。

掃除にしても食材の買い出しにしても、ずっと妻に任せっきりだった。

二人の息子との間も、これまでは妻が取り持ってくれていたのだと、しみじみ感じる。

 

高生はご近所付き合いも得意ではない。

おはようございます、こんにちは程度の挨拶しか交わしたことがない人ばかりだ。

これもまた、妻が生きていれば、どうということもないのだが。

この先もこんな調子で生きていくのだろうかと思っていた高生の家に、

赤い首輪をした犬が迷い込んできた。

その犬は怖気付くこともなく、まるで元からここが自分の家だったかのように落ち着いている。

首輪をしているから飼い犬が道に迷いでもしたのだろう。

高生は元の飼い主が見つかるまで、その犬を家に入れることにしたのだった。

(山本甲士さんの『迷犬マジック』の出だしを私なりにまとめました)

 

七山高生さん。

奥さんに全て任せっきりだった男性が、思いもよらず自分が残されてしまった典型的な感じの男性です。

家事、育児、ご近所付き合い、全て妻に任せていたのです。

きっと、奥さんは高生さんの性格をよく知っていて、いろいろなことをオブラートに包んだり、

高生さんの気分を害さないようにうまく言い方を変えたりして、いろいろな人や物との軋轢を回避してくれていたのでしょう。

 

長男は30過ぎたところで銀行員を辞めて焼き鳥屋さんを開業しました。

高生さんから見ると「バカなことをするんじゃない!」という感じです。

せっかく銀行員という固い職業につけたのに、焼き鳥屋さんになるだなんて、

商売を甘く見過ぎだ、うまくいくはずはない!という考えです。

ところが長男さんはきっと人がよく客あしらいも上手だったのでしょう。

高尾さんの予想は大きく外れ、常連客もしっかりついて焼き鳥屋さんは軌道に乗ったのでした。

亡くなった奥さんはしばしばその焼き鳥さんに顔を出し、食事を楽しんだり、孫とも会ったりしていたのですが、高生さんは最初に頭ごなしに反対してしまったために、いまだに店に入ったことがないのです。

いずれ、妻がうまく執りなしてくれるだろうなんて思っていたら、その妻が先立ってしまって…。

 

人の親ながら、かわいそうです。

とはいえ、子どもの立場から見ると、そうなっても仕方ないよねぇ、と思わざるを得ません。

ほとんど毎日ひとりぼっちで過ごしますから、体も脳も衰える一方。

もう八方塞がりではありませんか。

 

そこにやってきたのがマジック。

ちゃんと躾もされているし、まるで人間の言葉がわかっているかのよう。

その場にふさわしい表情をして見せたりします。

短い間とはいえ、犬を預かるのですから、散歩にも連れて行ってあげねばなりません。

するとどうでしょう。

これまであいさつもろくに交わせなかったご近所さんから、あれこれ声をかけられるではないですか。

犬の社交力恐るべし。

しかも歩くわけですから運動にもなります。

寄りつかなかった幼い孫娘も「マジックに会いたい」と頻繁に来るようになります。

そして、思いがけず、地域のヒーローにまでなってしまいました。

いいことずくめです。

 

そのままマジックは高生さんの家のわんこになりましたとさ、めでたし、めでたし……

 

とはなりません。

 

高生さんが元気になり、家族やご近所さんとうまくやっていけるようになったところで、マジックは去っていくのです。

まるで「もう僕がいなくても大丈夫だよね」というように。

そして次に自分を必要としている人のところにフッと現れるのでした。

 

マジックによって人生を好転してもらう人たちを軽くご紹介しましょう。

 

・屋形将騎

 売れないミュージシャン。昼はアルバイト、夜は路上ライブをして演奏の腕を磨いている。

 学生時代のバンド仲間には「まだそんなことをしているのか」と呆れられるばかり。

 だけど、夢を諦めることができずに頑張っている。

 

・岩屋充

 40歳独身。さびれた理髪店の店主。

 不摂生で太り過ぎ、動きも鈍く、婚活パーティーに顔を出しても誰からも見向きもされない。

 

・鷹取苺

 アラサー女子。学生時代はライター志望だった。大小問わず片っ端から出版社の入社試験を受けたが全て落ち、仕方なくホテルの営業職となった。しかしパワハラに耐えられず退職。

 両親はもちろん、誰とも顔を合わせたくなくて、祖母が遺した商店街の空き店舗に引っ越してきた。

(山本甲士さんの『迷犬マジック』の第二話から第四話の出だしを私なりにまとめました)

 

どのひとも、なんだかうだつが上がらない状況です。

でも、マジックのおかげで前向きになるし、周囲の人たちとも交流ができるようになる。

犬を飼っていると、その辺りはよくわかる気がします。

ただ単に、犬が可愛いからというのではありません。

 

登場人物の一人がこう言っています。

 

人間、不思議なもので、誰かに何かをしてもらうよりも、誰かに何かしてあげる方が幸福感が大きいものなんです。心理学者がそのことをデータとして示すよりももっと昔から、仏教の教えとして語られてきたことではあるんですがね。本当の幸福とは、誰かの役に立つこと、誰かのためになれること。

(山本甲士さんの『迷犬マジック』P336の会話文から引用)

 

その「誰か」が人間とは限りません。

 

マジックのおかげで変化する人たちは皆マジックが大好きになり、元の飼い主なんか見つからない方がいい、ずっと一緒に暮らしたいと思い始めます。

でも、出会いが突然だったように別れも急にやってきます。

マジックが「もう大丈夫」と思った時がお別れの時。

 

この本は春、夏、秋、冬と章が分かれていて、それぞれ上で紹介した人がマジックと出会い向上していくのですが、それぞれの登場人物が別の章にちらっと顔を出すのも楽しいです。

 

一つのところに居着かないマジック。

この本には続編があるので、今後どんな人がどんなふうに変わっていくのか、楽しみも続くのでした。

 

  猫好きさんにはこちらをお勧めします

『迷犬マジック』を読んでいて、「あれ?これの猫版とも言える本を読んだことがあったナ」と気がつきました。

それは重松清さんの『さすらい猫ノアの伝説』。

ノアは小学校を訪れ、子どもたちと触れ合い、問題を解決すると去っていく…。

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