還暦後の自分について考えさせられる 垣谷美雨『あきらめません!』 | 茶々吉24時 ー着物と歌劇とわんにゃんとー

主人公がほぼ同じ歳ということで、いろいろ考えさせられる小説を読み終えました。

 

垣谷美雨さんの『あきらめません!』。

 

 

 

 

 

霧島郁子、60歳。

3人の子どもを産み育てながら定年まで勤め上げた。定年退職して半年になる。

夫の幹夫も同時期に定年を迎えたが、定年延長制度を利用して今は嘱託として働いている。だから郁子にとって一日の大半が自由時間で、毎日開放感を満喫している。

 

そんなある日、夫が不意に、故郷の母親が心配だと言い出した。

夫の実家は山陰地方にあり、81歳の母親が一人で暮らしているのだ。

よくよく話を聞いてみると、夫は会社を辞めたがっているようだ。定年後、役職を解かれ、決裁権もない状態で働くことにやりがいを見出せないでいるらしい。母親が心配だという言葉に嘘はないだろうが、それ以上に会社を辞める理由を見つけたというのが本音のように見える。なんの疑問もなく、夫には65歳まで働いてもらうつもりだった郁子は衝撃を受けた。

 

そんなタイミングで、義母が住む家の隣家が売りに出されたという。

義母と同居は気づまりだが、隣の家に住むのだったら問題がないかもしれない。それにマンション住まいと違って、夢だった素敵なイングリッシュガーデンをしつらえることもできるだろう。

「隣の家(土地)が売りに出されたら借金してでも買え」という言葉もあるし、これ以上無理に会社勤めをさせて夫が鬱にでもなったら意味がない。郁子は夫と共に山陰地方への移住を決意する。

 

しかし、郁子の友人や同僚は口を揃えて反対した。

東京生まれ東京育ち、東京以外で住んだことがない郁子が田舎暮らしに耐えられるわけがない。田舎の人間の干渉に耐えられるわけがない、と。

 

だが、夫婦で相談した上で、郁子たちは東京のマンションを売り払い、引っ越していくのだった。

(垣谷美雨『あきらめません!』の出だしを私なりにご紹介しました)

 

郁子さん、思い切りましたねぇ。

東京に戻る家を無くして地方に引っ越す、退路を断つという感じです。

大丈夫なのかな、と思いながら読み進めてみると、早速問題が起こります。

いえ、正確にいうと「これは後々嫌なことが起こるのでは」と思わせられるんです。

郁子たちが購入した家の元の住人が、売買契約が終わった後も、我が物顔で現れるんです。

しかも、郁子がイングリッシュガーデンにしようと楽しみにしていた庭には、大きな松の木と灯籠がデーン!!そういったものは処分するという契約だったのに、元の住人は「こんな立派な松の木や灯籠を処分するなんて勿体無い!ぜひそのまま置いておくといい」と言い出します。それだけではありません。家の中には電子レンジやテレビも置いたまま。「まだ十分使えますよ」と。

 

どうです?

郁子の身になって読んでいると、イライラしてきます。

しかも、数日経つと村では「今度戻ってきた霧島の家の嫁は気が強い。偉そうにモノを言う鼻持ちならない女だ」と噂が立ちます。そう、松の木や灯籠、テレビや電子レンジを始末させられた元の家主が言いふらしているんですよ。

嫌だわぁ。私だったら耐えられない。元の住まいに戻りたい…と思っても、もう東京のマンションは売っちゃったのよね。「どうする?どうする?」と、ページをめくる手が止まりません。

 

垣谷さんのすごいところは、ここから話が飛躍するところです。

ネタバレになるかなとは思いますが、表紙をご覧になって気がつく方もいらっしゃると思うから明かしてしまいますね。郁子さんは夫の生まれ故郷で市議会議員選挙に立候補しちゃいます。

もちろん、郁子さんがいきなり、自ら進んで立候補するわけではありません。

選挙で勝つためには「地盤」(組織)「看板」(知名度・肩書)「かばん」(資金力)が必要、と言われます。郁子さんはそのどれも持っていないわけですから。

なのになぜ立候補という話になるのか?

 

それは、郁子さんの性格に原因があります。郁子さんは、物事をうやむやにしない性格。

もし、何事も波風立てずにやり過ごしたい性格だったら、引っ越し先に自分の好みではない植木や灯籠があったら文句を言わずにそのままにしておくかもしれません。元の家主さんと言い争うより、夢だったイングリッシュガーデンをあきらめた方が気が楽だと思うでしょうから。

 

そのほかのことに関しても、郁子さんはきっぱりしています。それは意地悪とか意固地とはちょっと違います。筋を通す、というのが近いかも。男尊女卑の傾向が強い土地柄で生きてきた女性たちが、そんな郁子さんのことを「カッコいい」「素敵」と思うようになり、郁子さんの出馬を促すわけです。

 

さて、郁子が立候補してみると、考えてもみなかった問題が起こってきます。ううむ、まさかこの人が足を引っ張るとは、と唸ってしまいました。

また、地方議会における女性議員の待遇などは、小説だというのに真剣に腹が立ってしまいます。

 

ちなみに、選挙に出馬する話ですが、選挙戦の様子はほとんど描かれていません。きっとこの小説の主眼はそこではないのでしょうね。

 

私とほぼ同じ歳の郁子さんに感情移入し、一喜一憂しながら最後まで一気に読めました。

同世代の郁子さんだけではありません。私たちの親世代の女性、逆に二十代三十代の若い女性が直面している問題も人ごととは思えないものがありました。

とてもリアルであり、面白い小説でしたよ。

 

 
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