レアル・マドリーが不穏な空気です。
 
今季のリーガではバルサが走っていてレアルは星を落として3位。代わってファルカオが引っ張るもう一つの
首都クラブ、アトレチコ・マドリーが2位でバルサを追走しています。なかなかいいですね~。監督はあの、
アルゼンチンのチョイ悪オヤジ(になっちゃったかな?)ディエゴ・シメオネです。シメオネもしぶといですね!
アルゼンチンで名声を得、凋落し、スペインとイタリアを渡り歩き、アトレチコで今季はハマって好結果です。
バルサの優位は動かし難いところですが、さて、レアルです。
 
モウリーニョ監督が今季限りで出ていくそうですね。ペップ健在のときにはバルサをしのげず、スペシャルワン
も時間切れ。クラブのペレス会長との不仲が明白となったようで、ユースコーチを批判したりクラブにとっては
害にすらなりつつあるようです。最近はカシージャスをベンチに下げて、アダンという別のGKを使っています。
驚きました。EUROでも、チェフ、ブッフォン、カシージャスは抜けていた存在。ベンチに置くとは、リーガ優勝が
ついえたとはいえあんまりな仕打ちです。ファンもどんな気持ちでしょう。
 
バルサを超えられないフラストレーションに耐えられず…とは言いませんが、もう一人移籍をにおわせている
エースのクリスチアーノ・ロナウド。マンU復帰?はたまたパリ・サンジェルマン行きか?と噂が絶えません。
野心家で自信家のロナウドですから、どうなりますか…。メッシと同じ時代に生まれたことで、ヒールとなって
しまった運の悪さ。素行の荒っぽさからきているのでしょうが、時折いら立ちを見せるロナウドのスタイルは、
一層メッシとの対比ぶりを浮き立たせて見せますよね。もうひと花、咲かせて欲しいところです。
 
そうなると、来季のレアルは大きな立て直しの時期を迎えるのではないかと。バルサと違って、カンテラ上がりが
いまひとつ目立って来ないのがレアルの文化。どんな大物を獲得するのでしょうか。新たなスターが、求められ
ますね。もちろん監督のモウリーニョも、どこに行くか。クラブか、はたまた代表チームか。リーガに注目です。
東京ユース出身で、そこそこ試合にも出て活躍していた、若手のホープにして選手会長、選手。
FC東京から、セレッソ大阪へのレンタル移籍が、先日発表されました。
 
最初にウワサが出た時に、これはきっと成るだろうな、と思っていたのですが、そのようになりました。
クラブにとって、ジュニアユースからの生え抜きである椋原には、昨年選手会長を務めさせたところなどからも、
低くない評価は当然のところ。となると、移籍の噂が出ること自体、椋原本人がその気であることは明白でした。
 
椋原は、東京にとってはもちろん必要な選手です。しかし、東京のサイドバックは、徳永と太田がファースト
チョイスで、椋原はその次。2012シーズンのディフェンスラインの不安定さを懸念したチームが即戦力の選手を
他クラブから獲得するということになると、さらに現在のメンバー争いから後退してしまう可能性もありました。
その中で、出場機会を求めて、他のチームからいい誘いがあったとしたら、考えるのは当然でしょう。
 
また、東京ユース出身の選手たち、若手の選手たちが、上記のようなシチュエーションにあったときに、リーグの
ディビジョンを問わず他チームに移籍して、東京では出場できなかったかもしれないところ、試合に出場し、
真剣勝負の場で自己を研鑽しているような場面を見て、やはり思うところあったのでしょう。
短い選手生命、椋原の必死な気持ちが良く分かります。
 
東京にいれば、そこはジュニアユースから自分が過ごした場所。そこから出て、あえて厳しい場所に身を置き、
自分を追い込んでこそ成長できるんだ、と。これも全くその通りでして。身につまされるような話ですよね。
また戻ってくるかどうかは分からないです。それは、あとで考えること。今は、ここから出ていくんだと。
その通り!いいじゃないか!!、いってらっしゃい!!
 
※ただし、一部の熱狂的椋原ファンの皆様、移籍はしないでくださいね(笑)!
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ジェフから移籍してきて5年、の東京での冒険がひとつの区切りを迎えたということでしょうか。
からヴァンフォーレ甲府への、期限付き移籍が発表されました。東京にとって、羽生の貢献は
ピッチの中だけに限らないものだったと思います。「ムダ走り」というちょっと皮肉めいた言い方で表現される、
羽生の得意なプレーのように。
 
「走って、走って、走れ」とはもちろんオシムの言葉であります。そのオシムに「羽生はそのポジションに
もっといい選手がいても、どこかで使いたくなる選手だ」と言わしめた、オシムサッカーの象徴のような
選手です。あのときのジェフ、オシムジャパンの選手たちは日本のサッカーを変えましたよね。
それがいまの代表の活躍にもつながっていると思います。
 
羽生はオシムの教えを忠実に表現し、走り続けていました。どんな選手がきても、チームの雰囲気の中で
なあなあになって、最後は結局中位、というのが相場の東京にとって、全ての選手のお手本だったと思います。
いつでも「走って」いて、ちゃんと「サッカーしてる!」と思わせてくれる、気持ちのいい選手でした。
しかしそんな東京にあって、ジレンマを抱えているようにも見えました。パスをもらうため、スペースを作るため、
おとりになるために、走って、走って、走り続けたカラ走り=ムダ走りは、ほとんどがムダになっていました。
 
いちばん印象に残っているのは、2011年のホーム戦。羽生のゴールで1-0で勝った試合ですが、
試合後のインタビューで、羽生は泣いていたのでした。試合に出られない日が続き、意地の一発で男泣き。
「30歳過ぎてもまだやれる、背番号22はここにいると示したかった」と。
 
その思いがどれほどのものか、想像するに胸が詰まります。1979年生、日本サッカー黄金世代も今年34歳
僕も同い年なのですが、羽生には自分を重ねてみてしまい、応援するという気持ちとは別に、特別な親しみを
いだいていました。あと何年やれるか分からない、でも、まだやれる。もっと上に行ける。その焦り。苦しみ。
オシムから受け継いだ情熱。溜まりに溜まった内圧を、小瀬のピッチで存分に発散して欲しいと思います。
走って、走って、走って…。
サポーターにしてみれば、「羽生はそのポジションにいい選手がいても、どこかで応援したくなります」
 
もちろん、いつでも東京にカムバックは期待です。城福さん、貸すだけだよ(笑)。