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おちゃのこシャイシャイ☆ SHU DE HOJE

紆余曲折で、アフリカのモザンビークに赴任することになった男の日々を綴ってました。
現在はベトナム就業中、ブログは全然更新していません。

ナンプラー、モザンビーク島から帰ってきました。
やっぱり任地は落ち着く・・・。
帰ってきたら早速、
「なんで何も言わずに行ったんだ」
 (→配属先にちゃんとドキュメントとして出したし、何人かには言っている)
「おみやげ
はないのか」
 (→キリがないので今回はおみやげは買わなかった)
「飛行機代は誰が払ったんだ」
 (→自分だけど。シャパだと2日かかるし、陸路の場合、治安状況から中部は通れない。)
などなど、配属先から
は様々な事を言われながらも、それはそれとして笑顔で過ごしています。

まずは、ナンプラーについて報告。
ナンプラーまではマプトから飛行機で2時間。
マプトのキレイな空港とは違い、ナンプラーの空港は古くて小さい空港だった。
空港から市街地までは車だと10分くらいで到着する。
北部最大の都市であり、成長著しいナンプラーではあるが、Cidadeと呼ばれる市街地は歩いて見ることのできる範囲だ。

ナンプラーでは同期隊員がシニアボランティアも含め3人いて、
それぞれの配属先を見せてもらうことからこの旅は始まった。

公共住宅局(で合ってるのか?)、農業局、ナンプラー中央病院と、
それぞれの活動を見せてもらった。
※時間の関係で、農家さん周りはできなかったけど。

中でも印象的だったのは、ナンプラー病院。
中を案内してもらったんだけど、ベッドが足らなくて床で寝ている患者もいたり、衛生面で多少なりとも素人目での問題があるのはわかった。
ここで勤務するのは大変だな。
それに、ここでは50人以上の外国人が勤務しているけど、ほとんどがキューバ人と北朝鮮人で、日本人はただ一人。
あと、病院のすぐ近くにソマリア人街があって、少しだけ歩いたけど、
あまり治安は良くなさそうだったな。。

治安、という面で言うと、ナンプラーはあまり評判が良くはない。
隊員も何人かは強盗被害に遭っていたりで。。。
だから夜はあまり出歩かなかったかな。


ナンプラー中心街の見どころ① Museu(博物館)
100Mtで入れます。が、見どころ・・・はそれほどでもなかった。
行ったときは僕以外お客さんはいなくて、
僕のために展示物のある部屋のカギを開けてくれた。
そんなんで、係員が付きっ切りで付いてきて、
あまり落ち着いて見学はできなかったかな。



ナンプラー中心街の見どころ② Igreja(教会)
僕が行ったときは特に誰もいなかったし、
ミサの時間でもなかったけど、誰もいないのが逆に良かった。
中心街にあっても、この教会の敷地は大きい。
ちなみにこの向かいに大型のフードコートが中国の支援で建設中で、
そして隣にも大型のショッピングセンターができる模様。


ナンプラー中心街の見どころ③ 岩山
中心街ではないけど、見えます。
ここがかの有名な岩山。ナンプラーに点在している。
ここを登るときは要注意。たまに山賊がでるようです。


あとそのほかの訪問先として、自身の
活動にも少し関連させて、
IFPナンプラー(僕の配属先の姉妹校)を訪問できたこと、
ウンターパートの家族に会えたこと(同僚の出身がナンプラーだったので)
は収穫だったな。


↑ 初等教員養成学校のナンプラー校。
ここは昨年度より大体のクラスが3年制となっている。(シャイシャイは1年制)
当然、3年制を卒業した方が卒業後の給与が高いらしい。
シャイシャイの場合、1年制を出た後、教員をしばらくしたら、
教育大学に再入学する生徒もいたりして、IFPが踏み台になっている事が多い。
3年制でもしそれなりの給与が与えられるなら、その方が良いのかも。


↑ 図書館。


↑ 情報室。ここで生徒の授業と先生の授業作成、生徒の課題制作などを行っている。
 驚きなのは、1クラス20名なので、ほぼ1人1台、
パソコンに触れられる環境になっているということ。校長に報告せねば。


↑ 情報室の入口に張ってあった時間割。計画的だ。


↑ この生徒は元々ナマーシャ校という所の生徒で、去年留年して
 今年ナンプラーに再入学している。
 ナマーシャにも隊員がいて、彼女を通じて会うことができた。



ナンプラーの町全体の印象は、とても活気に溢れていて、あと中心街では現地人同士でも多くの場合ポルトガル語を話していたのが印象的だったな。
シャイシャイの場合、中心街でも現地人同士であればシャンガナ語が多用されるので。
でも、そのあとのモザンビーク島旅行でそれはあくまでも中心街のみでの話だってことがわかった。

次はモザンビーク島旅行について書きますね。
語学学校も無事終了し、来週から1週間ちょっとの旅行を計画。
(マプトでの会議などを経由するので、シャイシャイを離れるのは12日間)
ということで、今マプトに来ています。

今までなんだかんだ、国内旅行でも飛行機は使ったことがなかったけど、
今回は飛行機チケットも手配した。

旅行の行程はざっくり下記。
7/25(金) シャイシャイ→マプト
7/26(土) マプトで協力隊関連の会議に出席
7/27(日) マプト空港からナンプラーへ
7/28(月)~7/31(木) ナンプラー探索
8/1(金) シャパでモザンビーク島へ移動
8/2(土) モザンビーク島探索
8/3(日) シャパでナンプラーへ
8/4(月) 飛行機でマプトへ
8/5(火) シャイシャイへ帰宅

↑モザンビーク全土が見渡せる画像を探してたら、
まあそれとなく近いものがあったので拝借。
マプト~ナンプラ~モザンビーク島の位置はこんな感じ。

ナンプラーはモザンビーク北部の都市。
ここには協力隊員同期が3人いる。
彼らと久々に会って、彼らの配属先や色々な見どころに連れてってもらう予定。
あと、僕の配属先の同僚もナンプラー出身だったので、
彼からの預かりものを渡しに彼の家族を訪ねるという予定もある。

モザンビーク島。ここはモザンビーク唯一の世界遺産となっている場所。
モザンビーク島は、この隊員期間じゃないと中々来れないだろうなーと思ってた。
日本からここまで来るのには飛行機を3回は乗り換える必要があるからね。
行って来たらここに写真とかで紹介しますね。
それでは~。
こちらはすっかり冬となり、
(といっても日本のような寒さではないんだけど・・・。)
それでも体はもうモザンビークの暑さに順応しているので、
10℃くらいの夜の冷え込みが身に染みる今日この頃です。


前期の授業も終了して、評価も終わって、
ハッキリ言って時間を持て余してしまうので、
先月中盤から語学学校に通っている。

前期と後期の間で学校も休みなので、
集中的に通ってる。平日の午後。
やっていることは基礎的なことばかりで
自分が希望していたレベルの授業ではないんだけど、
でも基礎的な単語や文法が抜けていることが改めて判ったし、
アクセントは、なんか癖のようなものがついているらしく、
イチイチ直してくれる。なので進度は全然進まないが。
それでも、先生の説明が去年よりも聞き取れているのが
実感できるのは嬉しいし、やりがいはある。

こういう基礎的な部分がおろそかになってたわけで、
よって二本松訓練所で勉強した範囲からは抜け出ること無さそう。
(下手したら中間試験くらいまでの範囲しかできないかもw)

いかに二本松では効率的に莫大な範囲を勉強していたかがわかる。
さすがJICAの訓練だと感心する。

今、僕が通っているのはInstituto das línguasという語学学校で、
モザンビークの各州ごとに拠点がある教育機関だ。
マプトから取り寄せた教科書も、
外国人がポルトガル語を習うための教材になっているので取っつきやすい。
資格試験とか受ける気はないけど、
やっぱ帰国までまだ時間もあるし、もう少しは話せるようになりたい。


さてさて。これからの活動のことなんだけど。
昨年の後期の活動は、パソコン室を開放して、
そこで個別に生徒の質問に対応してたけど、
今年もそれで終わるのはもったいないと思っていた。

なので昨日、その作戦第一弾として、
自宅からバスで20分ほどの場所にある、
ガザ州の教育大学に訪問し、
語学学校の先生に修正されまくった学長宛の手紙を提出してきた。

教育大学に通う友人が、ここでは情報の授業がないと言っていたし、
大学で情報の授業を教えてみたいと思っていたからだ。
返答は10日後(らしい)。どうなることやら。
ダメなら次の作戦を考えなくては。


↑語学学校のInstituto das Línguas
大分ヘンピなところにあるけど、中は結構キレイ。


↑ これは教育大学の学長に宛てた手紙。
 実際、自分で書いた手紙からは大幅に修正された。
 公的文書で使う単語って、ホント難しい。
 よく企業募集で言語の基準が、「ビジネスレベル」ってあるけど、
 こういった文書をすらすら書ける人のことを言うのだろうか。

先週末から下腹部辺りに違和感があって。
これは何だろうってアタリはついていたのだけど、
色々調べたりしたところ、やっぱり「プチフライ」ってやつだった・・・。

症状と経過を書くと、こんな感じ。

■症状
 下腹部に2cm-3cm程度の赤みと、中心部1.5cmくらいの腫れ。
 痛みを伴う。ピーク時の夜は痛みで起きることもあった。

■経過
6/6(金) なんだか下腹部あたりに違和感と痛みを覚える。
      夜、現地の友人に飲みに誘われ、それは行く。
6/7(土) なんだか調子が悪く、午前中に嘔吐。
      (これはプチフライに関係あるかわからない。飲み過ぎた?)
      午後、他の協力隊員が泊りに来る。一応調子悪いことは伝える。
      下腹部の腫れは大きくなり、ちょっと痛い。
6/8(日) 他の隊員は昼を外で食べたが、下腹部の腫れものが痛かったのでキャンセル。
      下腹部の腫れから少量の出血と少し汁のようなものが出る。
      今までもダニに刺されたりしたときに塗っていた軟膏を塗ってみる。
6/9(月) 下腹部の腫れの痛みが少し治まる。
      腫れをつねってみたら、白いものが見えた。
      この時点でプチフライを予想していたので、ピンセットで取ってみたところ、
      1cmくらいの白い変なものが出てくる。(幼虫らしい・・・ひい。)
6/10(火)以降・・・
      腫れが徐々にひく。が未だ少量の出血あり。

症状から推察するに、
隊員の間ではよく話に挙がる「プチフライ」と思われるものにかかった・・・。
プチフライとは、アフリカなどの地域ではハエが洗濯物に卵を産むことがあり、
それをそのまま着ると衣服に付着した卵が孵化し、皮膚の下に侵入する。
それが
プチフライらしい

予防としては、洗濯して干していた衣類にハエの卵が付着することが
プチフライにかかる多くの要因らしいので、
アイロンがけをすること、もしくは取りこんだ衣類は2日以上間を置くことなどを
日常の習慣とするってところだろうか。

いずれにせよ、皮膚のすぐ下とは言え、
体内に幼虫がいるのはあまりにも気持ちが悪いし、
それを自分で取り出すのもなんだかもう経験はしたくないな。
以降気をつけないとw

ちなみに、調べてみるとプチフライってあまり正式な病名じゃなさそうで、
色々調べると蝿蛆症とか、ハエ症って名前の方が妥当だと思った。
※違かったらごめんなさい。
もしちゃんとした見識がある方、もし間違ってたら訂正してください。



以下、自分が調べた中でもわかりやすい記事の記載があった、
日本旅行業協会の記事を参考としてまとめました。
=================================================
蝿蛆症(
ハエ症):
http://www.jata-net.or.jp/travel/info/safety/health/medical/0705.html

主な症状:
皮膚に直径1cm程度の赤みをもった、腫れぼったい、痒みを伴う硬いしこりができ、しこりの中央に小さな孔が認められその中で何か動く感覚がある。しこりの内部の幼虫は成熟すると抜け出して外でさなぎになるため、重い症状にはならない。

原因:
ヒトヒフバエなどの卵がほかのハエ、蚊、ダニなどの身体の上で幼虫になり、これらがヒトに止まった際、皮膚から幼虫が侵入する。また、ヒトクイバエなどの卵が衣服で孵化し、着た人間の皮膚に幼虫が侵入する。

予防、対策:
ハエやその卵が体に付着・侵入しないために、洗濯し、干した衣服にはハエの卵が付いている可能性があるので、乾いたらアイロン掛けをする。(熱でハエの卵が死滅するため)

同期の協力隊員が僕の配属先を見学に訪れた。
授業風景を撮影してもらったので、その写真なども紹介します。
たまには、活動のこともね。書かないと。

現在使用しているPC室の稼働しているコンピュータが少なく、
4,5人のグループを組んでもらって実習形式の授業を行っている。

今回の授業はMicrosoftWordを利用して、タイピングの練習。
実際、ポルトガル語の入力は少し特殊な項目があって、
「Ç」や「Á」の入力方法を教えていた。



こんな感じで、各グループを見回りながら進めている。

  ↑
これは授業前に作成して、生徒に配った資料。
紙がもったいないので、A4に4枚同じものを印刷して、裁断して配った。
空白を数か所作っておいて、実習の中でメモするよう指示。
どこをタイプすれば良いか、各自に試しながら取り組んでもらえるようにした。
個人レベルではパソコンがない生徒が大多数なので、
ノートにでも貼っておいてくれれば、何かの役には立ってくれればいいかな。



実際、5人で1台は厳しい。

今後、生徒用PCを増やしてほしい要望は学校にあげている。
けど、なかなか状況は良くならない。
できる子が教えながら取り組んでいたりしていて、
なんとか、授業を進行している今日この頃です。


先週末は、イニャンバネ州の南部の海岸沿いにある
キシコ(Qussico)という町を訪問した。
ここにも隊員がいるので、彼を頼って。
シャイシャイから大体100km強くらいで、2時間前後ってところ。

もう一つ地図写真を載せるが、
QussicoにはLagoa(湖)があり、国道1号沿いからキレイな眺めが見れる。



こんな感じで、


なが~い湖があって、その先にすぐインド洋があって。。
とっても景色が良いところ。
以前にもここキシコで行われたアミザバ祭りという祭りに参加したことがあって、
訪問は2回目。

今回はこの湖まで行ってみようと、やや冒険チックな事をしてきた。


こんな道を、延々と1時間歩く。
湖まではジャングルなんだけど、少しだけロッジとかがあるので、
4X4の車が通ったりして、タイヤ痕を辿ってくと着く様になってる。
あと、頼りなさげなLagoaのカンバンもあるけど、これはほんとに頼りない。


途中、女の子軍団に、「写真を撮って」と命令?される。
ので、撮ってあげた。


しばらく歩くと、景色が開ける。もう湖の直ぐ側だ。

 

湖はこんな感じで。
幸い天気も良くて、湖がきれいだった。



最近の天気は実に気持ちよく、秋と言った感じ。

湖に隣接するロッジを覗いたら、誰もいなかった。
いたのは、犬、猫、ヘビ。ヘビはホント勘弁。
マジで怖かったし、噛まれたら大事である。

そのうちの犬は、何故か僕らに着いてきた。

 

湖の水をガブ飲みしてたw


水浴びしていた子どもたち。

キシコは景色がキレイだし、人も擦れてなくって楽しい。
ただ、まだまだ観光地化されてないし、飲食店なんかも少ない。
住むのは住むので大変だと思う。
(なので、ここが任地の隊員はよくシャイシャイに買出しに来る)

夜はキャッサバを味噌汁に入れて調理をしてみた。
サツマイモのようで、おいしかった!
(貴重なだしの素、海苔をたくさん使わせていただきました。Hさん、すいません。)


※キャッサバは芯に毒があるので、皆さん、
 調理の際はご注意! → キャッサバ(Wikipedia)


昨日の金曜日に復旧した。よかった・・・。
(来週は、任国外からの来客も予定されていたので・・・)

モザンビークでの修理依頼にしては、早かったと思う。
最近のモザンビーク人との関係に少し疲れていた僕にとって、
追い打ちのような今回の事件だったが、修理が迅速に?完了したこと、
その対応の良さにすごく救われた気がする。

■経過
月曜・・・マプトから帰宅すると、我が家のみ電気がついていないことが判明。
火曜・・・学校の事務所に連絡。事務員が見に来る。
水曜・・・事務員と技術者?が見に来る。
木曜・・・技術者が詳しく見る。部材が足らないことが判明。
     (昨日確認したんとちゃうんかい、と突っ込みたかったけど、まあよし)
金曜・・・修理完了。

■原因
分電盤から我が家までの電気系統が断線したことによる停電。

■被害
断線したとき、電圧の変化に絶えられず、
所持していた変圧器、携帯の充電器、電源タップが故障。

被害がそんなになくて良かった。
こういった途上国では使用しない電気プラグはせめて抜いてから出かけよう。
改めて思った。

結果から言うと、イカれてました・・・。

本日の午前中に学校の事務所に連絡して、
(学校の教頭にイヤミのような事を言われてムカっとしたのだが。
「マプトに行ってる間に、お前が切ったんじゃないの?」のようなことを言われた。
調べもしないで軽々しい態度に、冗談でも僕は怒ってる、早く直してくれという態度でいた。
案の定、結果はブレーカではなく、他に原因があるのは嬉しくない事実だが。)

午後に学校の事務員に見てもらったが、
教員寮の分電盤を見ると、僕の家のエリアだけ電気が
安全弁か何かでスイッチが入らない。

ということは、分電盤から僕の家までのどこかで
断線、もしくは何らかのトラブルがあるということだ。

今日はお手上げで、技術スタッフが来るのは明日以降となるようだ。

は~あああ。2日連続で地底人のような暮らしをしています。

シャワーも厳しいが、夕飯はムリ。今日も外食して寝ます・・・。


※原因はおそらく、先週末の変圧器の煙を吐いた事象から見ても、
先週末の電圧の急な変化に対応できなかったために起こったっぽい今回の件。
そのおかげで、今のところ分っているのは携帯の充電器も壊れてた。
思えば先週、マプトに上京する直前、
ベッドの上でパソコンをいじってたら、
変圧器が「シュ~・・・ボン!」という音をたて、煙を吹いた。

あの時は停電から電気が回復する際、その電圧の変化に耐え切れなくて、
変圧器が死んでしまっただけかと思ったが、どうやらそうではなかった。

マプトからシャイシャイの自宅に戻ると、
家の電気がつかない・・・。

我が家は教員寮の一角となっていて、それ以外の家は電気がついている。

どうも、我が家の電気系統だけが落ちたままみたい・・・。
この家の電気系統のブレーカーは学校にあるので、
明日事務所で話せばすぐ直るのか、
それとも本当に我が家の電気系統がイカれてしまったのか・・・。
だとしたらこれ、直るのにどれくらいかかるのだろう?

暗闇の中でシャワーを浴びて、
暗闇の中でブログを書いています。。。ううう・・・。

何故か、冷蔵庫の電源を取っている電気系統だけは生きていて、
それだけが救い。
気の抜けたコーラを飲んで寝ます。
PCの充電も無いし、おやすみなさい。
明日にでも電気が回復しますように・・・。
Vou dormir, até amanha...

マプトの小学校で活動する女性隊員の小学校で日本祭りを開催し、
そのお手伝いをさせてもらった。


Unidade 2 (第二地区)小学校。


Festa do Japão(日本祭り)の旗を飾る。

今回の日本祭りは、彼女の行動力に後押しされ、
他の隊員や彼女の同僚など、様々な方が動き、
モザンビークのテレビやラジオでも取り上げられ大盛況だった。


開会の挨拶のときの人だかりを上から。


剣道のシニアボランティアが所属するAKIMOという団体から、
剣道、居合道などのパフォーマンスが行われた。


書道を体験中の生徒。


我々モザンビークの協力隊員は顔なじみのフラビオ君。
既に帰国している剣玉日本チャンピオン(協力隊はホント色んな方がいます)
に剣玉を教えてもらい、日本の大会で優勝した実績がある。
彼も日本祭りに駆けつけてくれていた。


ちなみに僕は音楽担当として、
日本の音楽を大音量で流しまくってた。
一番盛り上がった曲は、
以外にも、ちび丸子ちゃんの踊るポンポコリンだった。

みなさん、お疲れ様でした!