おちゃのこシャイシャイ☆ SHU DE HOJE

おちゃのこシャイシャイ☆ SHU DE HOJE

紆余曲折で、アフリカのモザンビークに赴任することになった男の日々を綴ってました。
現在はベトナム就業中、ブログは全然更新していません。

モザンビーク南部のガザ州シャイシャイにて、

初等教員養成学校(小学校の先生の養成学校)の
PCインストラクター
として活動中。。。



Amebaでブログを始めよう!
ここホーチミンでの生活も2ヶ月が経過した。

やっぱり仕事で来ていると、時間が経つのがあっという間。
だいぶビジネス感覚も戻ってきたかな。。

今後このブログについてはどうしようかなーという本音もあって。

以前は自分の生存確認だったり、モザンビークの広報のような役割もあって
このブログを書いていたけど、今はそういう感じもあまりなくて。
ベトナムでの生活ではあまり苦労することもなくて。
今頭にあるのはビジネスの事が占めてて、ここで書けることもあまりないし。
でも、まあ楽しくやれているので、ご心配なさらずいてください。

とりあえず、しばらくはここでの執筆活動は当面休止します。
日本に帰国するタイミングがわかれば、それは報告しますね。

もし、ベトナムでの僕のビジネス、生活の近況が知りたい人、
もしくはモザンビーク関連のことで僕に聞きたい場合、
直接メールを送ってください。ikdnetdx@hotmail.comもしくは、
このブログ内でコメントでも良いです。
それでは、また。
新年明けましておめでとうございます。

全然更新していなくてごめんなさい。

ちょっと今、近況報告といっても、
まだ具体的に新しいことがスタートできていなくて。。

新年はベトナム・ホーチミンで迎えました。
こちらはテト(旧正月)があるので、正月ではないのですが、
クリスマス・ハッピーニューイヤーはさすがにベトナム商人、
色んなところでイベントが行われていました。
元旦は休みにしている個人商店は多いのですが、
また明日から徐々に活気が戻るとの事です。

ベトナム・ホーチミンでの就職が決まって、
こちらに移住してきているわけなんですが、
実はまだワーク・パーミットがちゃんと許可が出ていません。
それ以外の部分、例えば住居などは既にホテルから身を移し、
生活が出来る環境は整えたのですが、
まだ具体的には何も始まっていないのが現状。
なんとなくモヤモヤが晴れないスタートとなりました。

自分の心情としても、ちゃんと働くスタートが切れたら、
もう少し踏み込んで近況報告ができるようになると思ってます。
おそらく、あと1週間くらいの辛抱なのかな、、。
しかし、ベトナム語は難しい。友人作りもままならない。
モザンビークのときは、それなりにポルトガル語をしゃべれてたので、
日本人が任地にいなくてもなんとか寂しさはなかったのだけど。
身一つで来たので、本当にゼロからスタートしています。

少しずつ、環境にも慣れていっているので、
また色々と整理がついたら報告します。
現在ベトナムのホーチミンにいます。 日本に10年在住した後、現在ベトナムで人材紹介ビジネスを 手がけている方と出会いました。 是非会社を紹介してほしい(海外に出てビジネスをしたい方へ)という事だったので、 下記にURLを記載します。
営業募集中です。問い合わせは私までお願いします。 http://www.hrnavi.com 代表のPhucさんはとてもアイデア豊富で、 このベトナムの市況にてご活躍されています。 協力隊員など海外志向の強い方は大歓迎だと言うことだったので、 この場にてPRさせて頂きました。 それでは。

7/25の土曜日に退院して以来、
経過観察をしていた
足の具合も良くなり、
明日いよいよ帰国へと出発することができることとなった。

シャイシャイの任地を出るときは、
足の痛みで感傷に浸る隙間などなかったが、
今帰国を目前に控え、様々な感情が押し寄せている。

モザンビークでの2年4ヶ月の生活。
決して日々切磋琢磨したとは言い切れないけど、
毎日色々な事があって、異国の地でストレスyと向き合い、自分と向き合った。

最初のうちは自分で何とかしないといけない事が多かったけど、
慣れるにつれて現地の友人に頼ることもできたし、
それが信頼を作るキッカケにもなった。
活動終盤は日本人であることを更に意識するようになり、
またこの地にいる日本人の大切さを再確認し、
そして彼らから学ぶこと、感化されることが多かった。
自分に無いものをたくさん持ってて、飽きることなんてなかった。

志願理由であった「たくましい人間になりたい」という部分については、
日本に帰ってみて気付く部分もあるのかもしれないけど、
この貴重な時間を通じて、少しでも人として成長できたのではないかと思う。

色んなことがあった2年4ヶ月。
最後にホウカシキエンで入院して帰国が遅くなったけど、
改めてこの国に来て良かったと思う。皆様に感謝!ありがとう!


O meu pé já está bem! Vou partir daqui em Moçambique amanhã de manhã.
O meu grande amigos moçambicanos, deram me muitos apoios em varias coisas.
Estou a agradecer muito porque, nesta semana já consegui encontrar grande amigos de Xai-Xai em Maputo! Estou sentir muito feliz...
Passei por momentos maravilhosos em Moçambique. 
Agradeço de coração por ter me aceite calorosamente como um membro da família. Muito obrigado por tudo. 
Kanimambo!


残念なことに、今マプトの病院に入院している。

前回書いたフルンケルの件が、
文字通りずっと足を引っ張っている。

先週、シャイシャイでの最後の業務をやり遂げたのだが、
この時は薬が効いていたと思った。

しかし、7/17(金)の夜から発熱してしまった。
発熱後、ふくらはぎだけでなく、足首、甲、指の付け根くらいまで
腫れ上がり、歩くのが困難になった。

18(土)に再び病院に行き、薬を換えてもらったが、
もはや何が良いのかよくわからなくなっていた。
満身創痍で19(日)は任地引き上げの準備をした。
後輩隊員、近所の友人、生徒にも手伝ってもらった。本当に感謝。

20(月)にマプトに上京し荷物をドミトリに置いた後、
マプトの病院で診てもらうことにした。
どうも、もう足は薬じゃ効果ないくらいに菌が進行していたみたい。
足にたまった膿を取り除き、点滴で抗生剤を処方してもらっている。
そして今まで安静に病院で過ごすことになった。
(そう言えば、入院した経験は人生でこれが初めてである)
ラッキーだったのは、任地からの引き上げというタイミングだったこと。
おかげで配属先の車でシャイシャイからマプトのドミまで
ノンストップで来れた。普段の乗り合いバスでは相当しんどかっただろう。

んなこんなのドタバタで、どうも帰国の便のタイミングがズレそう。
フライトの日までには確実に良くなっているはずだが、
長時間のフライトにはかなりの不安があるため、こちらで少し様子を見る事に。

ちなみにマプトの病院では膿を採取し検査にかけてるけど、
未だ原因は判ってない。
病状としては、こちらの健康管理員の方の話では、
蜂窩織炎(ホウカシキエン)という病状のよう。
でも病状はかなり良くなっているので、心配しないで大丈夫です。
一応、明日の土曜には退院できる見込み。
シャイシャイでの生活もあと1週間を切った。
その後は、首都に1週間滞在し、いよいよ帰国である。それなのに。

プチフライに続き、今回はフルンケルというものを患っている。

先週末から、左足のふくらはぎ全体が腫れ上がり、
痛みを伴っている。
現在は病院で処方された薬もあり、だいぶ症状が和らいだが、
まだ歩行についてはビッコを引く状態。。

今回も虫が足の中で悪さしてんのかと思ってたのだが、
医師の判断では、これは虫じゃないとのことだった。
でも受診したのはシャイシャイという地方病院だし、ホントに信じてよいのか
分からないけど、とにかく早く治って欲しいと思う。
帰国後にはすぐにフットサルも企画しているし・・・。

下記に現在までの処置状況をまとめてみた
7/10(金)
2~3日前から、虫に刺された程度かと思っていた、
ふくらはぎに出来た虫刺されを中心に傷みが出始める。
深夜から朝方に掛けては、激しい痛みを伴った。
7/11(土)
朝方、多少微熱(37.1度)もあったため、
持っていたパラセタモールを服用した。
また、虫刺され後周辺がかなり腫れていたため、
冷却シップを貼って様子を診た。
夜、再度パラセタモールを服用し、シップを貼り替えた。
日中は痛みが多少和らいだため、タクシーで友人宅に行き、様子を相談した。
7/12(日)
友人からもらった抗生剤を服用し、一日安静にした。
7/13(月)
朝、多少痛みは和らいだが、
まだ十分に歩ける状態ではないため、
配属先に休暇の申し出をする。
今までの経緯も含めJICAに相談してみたところ、
すぐマプトに来てという話だったのだが、
あと1週間で任地引き上げというタイミングなので、難しいと伝える。
そのため、シャイシャイにある私立病院に行った。
~病院の処置~
 ・採血検査
 ・膿などの駆除(ふくらはぎを絞るように押す。めちゃ痛い。)
 ・薬の処方(抗生剤・鎮痛剤)
7/14(火)
学校まで行って見る。(とは言っても隣接しているのでそれほど距離はないが)
やっぱり長時間歩くのはしんどく、午前中で帰宅、安静し現在に至る。

フルンケル(ポルトガル語ではフルンクォ)は、
調べたところ日本語ではせつ(毛包性膿皮症)と言う。
ちなみに、今回のケースは冷却シップはダメだったみたい。
(膿が固まって取りにくくなる。)

下記にネットで見つけたフルンケルの説明文を添付してみた。

急性深在性の毛包炎で、毛穴の入り口から奥まで膿瘍となる。
症状は、毛包炎から始まり、発赤、腫脹、浸潤し、頂点に膿を持ち、自然痛、
圧痛を伴う結節ができる。
膿が排出されると急速に治癒に向かう。
リンパ節の炎症も伴うことが多く、軽い発熱を起こすことがある。
昔は顔に癤ができると、髄膜炎や脳膿瘍の原因となることがあり、
面疔(めんちょう)として恐れられていた。原因はほとんどが黄色ブドウ球菌。
治療法は、抗生剤の内服、外用。切開しての膿の排出。
URLリンク→ 毛包性膿皮症について

なんだか仰々しいタイトルとなってしまった。

この国の人は、自分でイチから発想することがどうも苦手だと思う。
これはパワーポイントを扱った授業を行ったときに強く感じた。

生徒に対してある課題を与えた。
それは、小学校で使えるような教材の作成。
あらかじめ作成しておいた見本を見せて、グループで取り組んでもらう。

 

↑ こんな感じで、小学生に算数をわかりやすく説明できる教材を見本に作成する。

僕のポルトガル語がイマイチなのはわかるけど、
それでも「自由にやっていいよ」と言うと、どうもうまく理解してくれない。
元々、小学校から今まで、「自由な表現をしてよい授業」という経験に乏しい。
だから、見本どおりコピーしてしまう子が大半である。

例えばモザンビークの学校では、一人一冊教科書が配布される訳ではない。
基本的には全て板書されたものをノートに写し取り、勉強する。
だから、テストで説明を問う問題を出すと、一字一句違わない回答が山積みとなる。
内容を深く考えず、暗記しているだけ。内容から想像し、解釈する力に弱い。
(それ以前にノートや文房具すら無い子どもが多い。。)

頭で想像したものを表現すること。
日本では、おそらく当たり前のように指示できることが、こちらでは通用しない。
こどもの頃、当たり前のように文房具や美術用具があったけど、
こちらはそういった環境ではないのだ。
それが、想像力を乏しくさせてしまう一つの要因なのかもしれない。
(別の切り口で、歴史的にも抑圧された民族であり、
想像したものを実現するという機会に恵まれなかった、ということもあるかもしれない)

これは教育のみならず、モザンビークの至るところで思わされる。

例えば、この国には食事のバラエティが本当に無い。
いつも決まった料理で、レストランのモザンビーク料理も同じメニュー。
食材が無いから、という事だけでなくて、
そもそも新しいメニューを開発して売り込もう、という気がないように見える。
日本だったら、次々に新しい味が出したりするのに。それが本当に無い。

授業の話に戻って、だから僕の授業では生徒のアイデアを引き出すために、
グループ1つずつまわって、「自分が先生になった時、こども達にどう説明するか?」
というのを根気強く説明して回らなくてはならず、1クラス9グループ×12クラスで
かなり骨の折れる作業となった。

先生が色んなアイデアを出して、子どもも想像力を育める環境ができるのは、
あとどのくらいの年数がかかるのか、この場にいて想像もつかない。
でも彼らのような未来の先生が少しずつ変わっていって欲しいと思う。

残りの授業ももうわずかとなり、
来週に各クラス最後の授業を残すのみとなった。
その後にテストがあって、評価があって、前期過程が修了する。

授業の進行については概ね順調に進んでいる。
先月に実技テストを一律に個人に対して行ったことで、
出来ない子も時間を見つけて試験対策のために
情報室に顔を出してくれたりしたのがうれしかった。

と言っても、教室には9台しかパソコンが無いため、
1クラス40名弱の生徒に一律の試験を課すとなると、
持ち時間10分で交代させるということになった。
ちなみに、実技試験はこんな感じ。

ワードを起動し、シカクで囲っている文書を書いて、
USBメモリに指定した場所へ保存する、というもの。
少しでもワードができる人なら、なんてことはない。
それに、この試験を課す前の授業でこの形式の問題を見せて、
試験対策として違う文章に取り組んでもらったところ、事のほか時間を要したので、
当初の想定よりもボリュームを減らした文章問題となった。
それでもいざ試験をしてみると未だにパソコンの電源が入れられなかったり、
ワードを開けなかったり、マウス操作が怪しかったり、
今まで何してたんだいっていう生徒がいたりして・・・。
でも、そういう子を発見できたのはよかった。
そういう子の中には後日個別補習をすることができたし。

ペーパーの試験だと、どうしてもカンニングする子も多いし、
カンニングができることがわかると努力しない。
実技という言い逃れのできない試験まで持っていったことで、
それなりの危機感もあり、それが学ぶ意欲に少しでも結びついたのだと思う。

できない子や持たざる子を救うという土壌がモザンビークにはあまりない。
僕の授業では少しでもできない子に興味を持ってもらえたら、と思っている。
活動にあたって、重宝したものはたくさんある。

コンピュータ隊員は発展途上国では入手困難なものを持ってきている場合が多い。
この様な状況の中で、何を持ってきたら良いか。
ここでは、自分の活動の中で役に立ったものについてピックアップする。

1.工具(ドライバーなど、リペアで使うであろう工具一式)
  色んな機種の機械に触れる機会があるので、工具は持ってきたほうが良い。
 首都に行けばそれなりに売っているけど、自分の中で使い慣れたものの方が良いだろう。
 あと、厳密に言って工具ではないけど僕はPCの中を掃除するのは綿棒を使っている。
 こちらで売っている綿棒はフニャフニャなので、日本で調達したほうが良いかも。
 
2.書き込み制限付きUSBメモリ
  とにかく、途上国のPCはウィルスがいっぱい。
 自分のパソコンは有償ソフトでウィルス対策をしているけど、
 同僚やら友人で有償ソフトを持っている人など皆無。
 なんやかんやUSBでデータ交換をする機会は多い。
 なので、人に渡すデータは自分のUSBで書き込み制限をかけてから渡す。
 これを怠ると、USBがウィルスを貰って返却される。。
 これは日本で複数本買ってきてもいいかも。
 モザンで売ってたのはみたことが無いし、USBの新品はこちらでは高級品だ。

3.内蔵HDD読み込みケーブル
 日本で2000円程度で買ったが、結構周囲の同僚からも貴重がられている。
 これは、例えば壊れてしまったであろうパソコンの中で、
 眠っているSATAなどのハードディスクを他のノートパソコンとUSB接続させて、
 ノートパソコンからはあたかも外付けハードディスクに見えるようにするものだ。
 これにより、大切な文書などが入ったパソコンのリペアを依頼された場合、
 最終手段としてデータだけは移行できるようにすることができる。
 (ディスクが壊れていなければ)

4.外付けCD/DVDドライブ
 これも何故かこちらで見かけたことが無い。
 多くの同僚、周囲の友人はデスクトップよりもノート型を保有している。
 が、どれも中古で仕入れているので、大体なんかしらの問題がある。
 その中でも多いのが、内蔵ディスクドライブが機能していない、という問題。
 何かディスクでインストールしたい時、内蔵Dが機能してなければこれを使う。
 これも持ってきて損は無いと思う。

番外:持って来なくて良かったもの
 OSディスク、Officeデータ
 これはどう思うか人によりけりだろうけど、僕は要らないと思うし、持ってこなかった。
 赴任したての頃、よくXPやwin7のデータは無いかと聞かれた。
 これらは機種依存するし、ライセンスの問題もある。
 OSの再インストールに関しては、彼らがディスクを持っていた場合のみ、対応した。
 Officeに関しても色々と物議はあるけど、
 彼らの中での常識がある中に放り込まれていることもあるし、
 まああまりとやかくは言ってない。

冒頭書いたとおり、
コンピュータ隊員は活動がら途上国で入手困難なものを持ってくる。
そのため、それを知っている同僚からは「君は何を持ってきたの?」と思われる。
言い換えれば、「何をしてくれるの?」にもなるし、「何をくれるの?」にもなる。
(モチベーションが低いときは、これが「お前は何を俺にくれるんだ?」とも聴こえたり・・)

途上国に長期間で行く際、持ってくるものは種類が多い方が良いが、
活動を考慮し厳選して持ってくるのがベストなんだと思う。
必要以上のものを持ってきて、くれくれ言われても気分良くないだろうし、
現地の人はこちらでは手に入らないので純粋な気持ちで言ってくるし、ね。
これは自分の備忘録のためにも書いておこうかと。

日本から2年前に持ってきたもので、重宝したもの。
そして、もって行った方がよかったもの。
後者はどんな国に行くか、状況にもよるけど、
まあ自分が感じた範囲で。
モザンビークは他の途上国諸国よりも日本食の流通事情は悪いように思う。
色々書いたけど、やっぱ調味料関連が多かったな。
賞味期限も長いし、こっちで買えるものでバリエーションも豊かになるし。

重宝したもの
 こっちの食料だけでもなんとかなるけど、
 それでも飽きがくることはやっぱりあって。
 ・マルタイラーメン
  これは棒状の乾燥麺が入っているやつで。
  味もこちらの生活が長くなるにつれて格別に感じた。
  特に料理する気力も無いときなんか超便利。
  煮込み野菜に入れれば栄養も摂れる。
 ・S&Bカレー(特製ヱスビーカレー)
  これは400g入っている缶のものを持ってきた。
  なんにでも合うし、日本のカレーの味になる。
  こっちのあまり口に合わないインスタント麺も、
  これを入れるとまあまあ食べれる。
 ・とろろ昆布
  当地の料理はとにかく脂っぽい、味の濃いものが多い。
  たまに薄味の和ダシでとろろ昆布のスープは大変助かる。
 ・こぶ茶
  暑い時期は不要だけど、寒い時期になるに連れ恋しくなる。
  僕は梅昆布茶を持ってきたけど、寒い時期は格別にウマイ。
 ・だしの素
  これを入れるだけで日本の味になる魔法の粉。
  カツオ、イリコ、昆布など、何種類か持ってきても良いかも。
 
持って行った方がよかったもの
  ・ウェイバー
   こいつのスゴサにはこっちのドミトリで気づいた。
   これがあれば、ラーメン、チャーハン、その他の中華が作れる。
  ・インスタントの味噌
   中でも乾燥して野菜も入っているやつは極上にうまい。
   
番外:そんなに持ってかなくてもよかったもの
  ・お茶
   あっても良いけど、そんなに要らなかった。
   自分が持ってきたもの、先輩隊員が残したものなど、未だストックがたくさんある。
  ・お茶漬けの素、ふりかけ
   これは意外かもしれないけど。
   これらの美味さって、日本のお米あってこそだってことに気づかされた。
   こちらで流通しているお米は甘みがなくてパサついているので、
   なんとも味気がない。

と、まあこんな感じかな。思いついた範囲で。
とにかくこっちの料理に飽きたとき、日本ほど選択肢がない食材の中で、
いかに自分で手軽に料理をするか、を考えた中でのピックアップです。
あ、あと、上記の食料は割と賞味期限が長いやつを選んでるけど、
2年持つものって中々ない。
僕は賞味期限はとっくに切れているものも食べるし、
その辺りの責任は持てないのであしからず。