『事業には、たった二つの形態しかない。たとえ、あなたの経営する事業が何であってもだ。商社であっても、小売でも問屋でも、地方でも都会でも、大規模でも小規模でも、新しくても老舗でも...(中略)...事業の形態はたった二つしかないのである。』
これは、昭和57年に初版された牟田学著『社長業』の一節です。この本はその後50版を超える版を重ねており、永遠の名著とされているとのこと。
今回は会計の話しから少し離れて、企業経営についてのお話しです。
二つしかない事業の形態とは?
続きをご紹介すると....。
『それは、前述した「基本的に儲からない形態の事業、つまり受注形態の事業」と、もう一つが「不安定で、いつもハラハラしながら経営をしなければならない形態の事業、つまり見込形態の事業」とである』社長は、事業を経営するのに、まず、この二つの形態があることをよく頭に入れて、真剣に取り組んで欲しいものである。
二つの事業形態を要約するとこうです。
まずは「見込形態事業」、お客様は不特定多数で商品が生命である。商品の売れ行き次第で大儲けと大損が表裏一体となる形態。値決めの権利は自分が持つ。倒産は商品が売れないのが原因。事業の成長拡大は新商品の開発がキー。
次に、「受注形態事業」、お客様は特定少数でお客様が生命。受注の繰り返しが効き、経営は安定的だか儲からない体質。値段は世間相場かお客様主導で決まる。倒産はお客様に裏切られるのが主因。技術力やサービス、人間関係を売り、最後には値段まで売ってしまうことも有る。事業の成長拡大は新規のお客様の開拓がキー。
社長は自社の事業がこの二つの形態のどちらであるかをわきまえて経営戦略を立案しなければならないのです。
この本の中盤に、『社長がやるべき「儲かる事業構造の確立」戦略』という章があります。
一つの会社の中に「見込形態事業」と「受注形態事業」の双方を持ち、それぞれの長所を「意識的」に「戦略として」用いることが大きな利益に繋がるとのこと。
良い例と、悪い例をあげて見ましょう。
まず、「見込形態事業」に「受注形態事業」を取り入れたケースです。
有名な例としては、大手家電メーカーの系列店がそれにあたります。以前は街の電気屋さんの多くは「○○のお店」などととして大手家電メーカーの系列店となっていました。今では家電量販店が幅を利かせているのですが、昔は全国の街に系列店を組織し大手家電メーカー各社はエアコンや白物家電をその系列店経由で売りさばいていたのです。
家電メーカーはれっきとした「見込形態事業」です。商品が生命なのですが、全国に系列店を組織することで、あたかも「受注形態事業」のような販売を実現することができました。「受注形態事業」がもつ繰り返し受注のシステムの長所を持ったのです。ある種ノルマを課せられた系列店から繰り返し繰り返し商品の注文が舞い込みます。さらに、値決めの権利はメーカーが持ったままという、これ以上儲けようがないくらいの仕組みが作られていたのです。
次に、失敗例です。本来は「見込形態事業」であったものが、経営の安定欲しさに「受注形態事業」になってしまった例です。
スーパーなどではいつでも安い価格の食材が手に入ります。中には一丁数十円という豆腐なんかもあったりもします。
昔は、街中にお豆腐屋さんがあり、朝早くから味自慢のお豆腐や油揚げを作り、売っていました。商品が生命の「見込形態事業」です。しかし、製造工程の技術革新による大量生産の実現と、スーパーという巨大なバイヤーができて来た背景もあり、街のお豆腐屋さんが大量生産、大量消費の実現に向け、スーパーとの取引を開始しだしました。
スーパーと取引を開始したお豆腐屋さんは、「受注形態事業」の長所の一つである『繰り返しのシステム』を手に入れました。毎日毎日スーパーからの受注が繰り返し入ってきます。当然経営は安定していきますが、競合他社との競争も激化して行ったのです。
とどのつまり、お豆腐屋さんたちは、値決めの権利をスーパーに渡してしまったのです。「あなたの言い値でお豆腐を納めますので、どうか私の会社に繰り返しの発注をお願いします」と。
事業とは、この二つの形態に分けることができ、それぞれに戦略が異なります。これは、これからも変化しない不変の真理ではないでしょうか。
著者の牟田学氏は、この本の中で、もう一つこのようなことを書いています。
『世の中の大多数の社長たちが、事業を見る場合に、まず大企業と中小企業とに分ける。次いで多いのが、メーカーであるか、商社であるか、サービス業であるか、小売業であるか、という区分で事業を見る社長たちである。こんな見方は、就職を捜す学生の見方である。断じて、社長が事業をやる場合の見方であってはならない。
だいたい、大企業と中小企業とでは、経営のやり方や戦略が根本的に異なるとでも思っているのかと言いたい。何ら変わらないのだ。資本が多少大きかったり、人員が多かったり、狙う市場が広いだけである。大きくても倒産し、小さくても発展するのが事業である』
真に痛快な言い回しです。「うちのような小さな会社...」と言われる社長にお目に係ることがありますが、できればこの言葉を投げてやりたくなるのは、私だけでしょうか。