「三浦さん、とにかく落ち着いて。」
彼女はドアの近くに座り込み唸り声をあげ泣き、
「どうしてなのよ!」
とかわめき続けた。ホテルの廊下を通るお客が怪訝そうな顔つきで通る。
「中に入ろうよ。」
と言っても立ち上がらない彼女を引きずるように部屋の中に連れてきて、窓際の椅子に座らせた。窓からは黄浦江がよく見えた。
「いい部屋に泊まってるよな。」
と思った。浦江飯店は昔からのホテルなので、部屋の天井が高かった。数年後、南京東路近くの金門大酒店に泊まったけどあそこも天井が高かった。昔のホテルはそういう作りが多いんだと思う。今のホテルとは違う。
ちなみに浦江飯店のドミトリーは野戦病院みたいな感じだったけど天井だけは高かった。そこに五十人以上の男女が一緒に寝てたけど(笑)
「とにかくお茶でも飲んで。」
と言ってホテルに備え付けてあるジャスミン茶を飲ませ彼女が泣き止むのをみんなで待つしかなかった。それで彼女が私達に話した顛末と言うのが…
他の鑑真号メンバー達が和平飯店の上でジャズを聴いていた前の晩、三浦さんは一人で上海の街に繰り出していた。Barにいた彼女はリという名前の男から声をかけられた。
「和平飯店の近くだから安全だと思ったの。」
と彼女は言ってたけど、
「いや、違う。一番危険な場所。」
と思ったけど彼女には言わなかった。中国も東南アジアも旅行先で外国人が多くいるホテルの近くのBarなんか夜に行ったことない。獲物はないかとうろついている男や、女がうじゃうじゃいるからだ。お酒飲むのは大好きだけどその頃から昼のみをやっていたのはそういう理由もあった。とにかく三浦さんはBarで知り合ったリといい雰囲気になり部屋まで一緒に来た。情熱的な夜を過ごした。だけど朝になったら男はおらず、evianの空ボトル以外彼女の荷物は全部なくなってた。
「何でこんな目に遭わなくちゃいけないのぉ!」
と大泣きしている彼女に、
「飛んで火にいる夏の虫とはあなたの事だよ。」
とも言えず私はこれを通訳する羽目になった。