その日は前の晩ちょっと飲みすぎたのか、もしくはドミトリーで隣のベッドに体臭のきついヨーロッパ人がいなかったのかもしれない。私は朝ご飯も食べないで寝ていた。
ちなみに浦江飯店の朝ご飯はパンとコーヒーだけなのだが、パンはお世辞にもおいしいとは言えず、少し遅く行くとバターとジャムは品切れになり、コーヒーはアメリカンの極限まで目指しているような代物だったのでほとんど行かなかった。前の日に早く寝て夕飯を早く食べてしまいお腹がすいた時ぐらいしか行かなかった。
それなのに私はホテルの服務員にたたき起こされた。
「どうしたの?」
と聞いたら、
「とにかく来て、困っているの。」
と言う。
「えっ…何?」
と渋っていたら女性服務員と一緒にいた男性マネージャーが、
「今日の夜は好きなだけビール飲んでいい。俺がサインする。」
と言ったのでやっと起きる気になった。すぐにホテルのある客室の前まで連れていかれた。浦江飯店にはドミトリーだけじゃなくて金を出せば1人部屋がもちろんあった。そういう部屋の一つだった。
私が行った時ドアをドンドン叩いて「大丈夫ですか?」と日本語で叫びながら男女の中国人服務員が二人いた。
「どうしたの?」
と聞いたら、この客室の客は日本人女性で今日の朝チェックアウトの予定だった。だけど予定の時間になっても下に降りてこなかったので服務員が合鍵でドアを開けようとしたら内側からカギをかけて、ロックしてしまいドアを開けない。
ドアをロック出来るのだから部屋の中で倒れてはいないと思うけど一体どうしたのかわからない。日本語で呼びかけても英語で呼びかけても、中国語で呼びかけても反応しない。それで日本人を探していたというわけだ。
「ビールにつられて飛んでもないところにきた。。。」
と思ったけど後の祭りなので、
「どうしたんですか?」
とドアを叩いたが反応ない。
「私は日本人です。どうしたんですか?」
「ドアを開けてください。中国人スタッフも心配しています。」
「答えてください。」
をやり続けること一時間ぐらいたってやっと本人がドアを開けた。もういい加減嫌になり、
「ビールはいいです。」
と言いそうになったところだった。ぐしょぐしょに涙で顔を濡らした女性が出てきた。
「三浦さん!どうしたんですか!」
思わず叫んでしまった。彼女も鑑真号で来た人だった。だけど彼女は私のような雑魚寝組ではなく一等客室にいた。食事の時に食堂で最初話をしたのが始まりだった。
「私は大部屋で雑魚寝なんか絶対にいや。」
とは言っていたけど彼女も佐藤君のイケメンぶりにつられて飲み会だけは参加していた。私が佐藤君と話をしていても中に入り込んできて、加えてどうも二人きりでお話がしたいようなので、
「はい、はい。」
と思って二人きりにしていた。ドアを開けた彼女はジャージ姿で裸足。髪はぐちゃぐちゃ、しゃくりあげていた。あっけにとられてしばらく何も言えなかった。私以外の中国人スタッフもそうだった。全員が泣きながら客室から出てきた三浦さんをしばらく呆然と見つめていた。