5月3日。


この日が愛媛滞在の最後であり、10時にはフェリーが出るのでほとんど時間が無い。私はこの松山市が本当に大好きになったので離れがたい気持ちが大きかった。このシリーズも3回ほどで終わらすつもりが愛情を持ちすぎて10回と3倍以上にまで膨らんでしまった。

一日いれば一日好きになる街だ。



見かけたらラッキーな伊予鉄の媛ひのき・媛すぎ電車である

南堀端から松山駅までは10分程度。

「朝」というのは季節に関わらず最も好きな時間帯だ。

 

朝の旧松山駅

 

 

 

春や昔 十五万石の 城下かな

子規のこの句だけでこの街がどんなところかわかろうというもの。気候が良く、明るく穏やかで伸びやかであり居心地が本当に良かった。日本中探してもこの松山より良い所というのはちょっと珍しいだろう。

これからの幸先を告げるかのような縁起物

 

 

解体途中の旧ホーム。

また次に松山を訪れる時、この駅舎はもう無いだろう。ただ思い出としてはずっと持っているだろう。

新駅舎ももう使用されている

特急宇和海で松山を発つときはやや雲が出ていたが晴れであり、八幡浜に着いた時には雲は消え快晴に。結局松山滞在中に雨は夜中に一回降っただけで、雨嫌いの私にとって良い贈り物だった。

八幡浜駅。ここからフェリー乗り場まで2キロ歩く

 

フェリー乗り場に隣接する道の駅では伊予柑がいっぱい。


そして船は別府へ向けて出航。
フェリーは激混みで船内はほぼ満席。おかげで身の置き所が甲板にいるよりなかったが、好きになった愛媛の地を最後まで見ていたかったので別に問題にもならなかった。

八幡浜の港。


離れていく八幡浜の山にはみかんの段々畑。
段々畑など長崎にもあるが造作がかなり異なり、最初の日にこれを目にして「違う土地に来たんだ」とただこれだけのことでどれほど感動したか。

佐田岬の突端。

 


それから別府までの3時間は遠ざかっていく愛媛をずっと眺めていた。
これほど気分の良い、桃源郷のような街が他にあろうか。

誰もが好きになる街、それが松山市であり愛媛県であろうと思う。

引き続き湯築城跡。

 

武家屋敷が再現されており雰囲気良し。「地侍」とかいうのはこういう屋敷に住んでいたんだろうと想像させられる。

おじゃましまーす

 

この人なにしてんだろうと思ったら…

 

こっちの人たちに饅頭とお茶を用意してたんですね

 

池のほとりに佇む数寄屋…と思ったら休憩所なのだ

 

いかにも山城といった風


そして湯築城跡をほぼ一周した温泉寄りの所に正岡子規記念博物館があるのだが…でかい。
松山市民の正岡子規への愛情の深さを端的に表しているのがこの建物だ。

半分しか写ってないが実際見ると本当にデカい

 

市内の随所に子規の句を彫り込んだオブジェもあったりするので子規関連のスポットをコンプリートするのはさぞ難しかろう。それと学芸員の方が正岡子規のことを「子規サン」と呼んでいたのが愛を感じられてすごく良かった。

ちなみに市駅のほうに子規堂もあるのだがそちらは時間の都合上行けなかったのが残念。

この地に最もふさわしい句。


足なへの 病いゆとふ伊予の湯に 飛びても行かな 鷲にあらませば

 

鷲にでもなって足の病にいい道後の湯に飛んで行きてえなぁ~という意味。


展示物は子規の著作や直筆の書簡、病床で描いた絵などで、こういうのを見ると子規が「生きた人間」であったのを実感する。

「文字」というのには人の感情が宿っていると思うんだね。字を見ればそれを書いた人がどういう人物かある程度はわかる。思うに子規というのは「少し浮世離れしているほど欲が無く天真爛漫、それでいて情熱に満ち命を燃やしていた純粋な人」というのが私の感じた子規像。

記念館で本当に記念として買ってきた句集。


そして死が間近に迫っていながらなお生きている日々が楽しくてたまらず、生活の中で小さな幸せを見つけて喜べるという心境に子規の凄みと天性の明るさがある。



店ん中に機関車があるよ


子規記念館を出たあとは大街道まで戻り、愛媛最後の夜なのでぶらぶらと歩き回る。この大街道商店街の長いこと、それと幅の広いこと。おまけに端の方には銀天街商店街というのが控えていて実質的な長さはもっとある。

銀天街は飲み屋街的なところ

 

大街道のどこかで見かけた足跡


そして松山での最後の夕食は最初の日に訪れた南堀端電停近くの「アムール」さん。

ロシア風ハンバーグというのもあったので次はそれを食べたいものだ

 


せっかくなので白ワインも頼んで飲んでみた。

 

旅のことを後日振り返っているだけとはいえ、終わりが近づくとどうもテンションが下がってきていけない。

次の日は帰るだけであるが意気の上がらないことといったら…。

つづく。

松山市滞在4日目。

 

3日目は若干曇り空であったが4日目のこの日は雨は夜半に上がってしまい、朝のうちに雲はすべて東へと流れていった。


雲一つ無いのである

土産物は全て買ったその場で宅急便で送っていたのだが、それができなかった単発的に買った土産や漫画などをひとまとめにして送るため松山駅近くのヤマト運輸の営業所まで発送しに出向く。

なので松山駅からスタート。

余計な手間かもしれないがこれで手ぶらで帰れるというものだ。

 

せっかくの快晴🔆であったのでこの日はまた松山城に登り、明るい空の下の松山市を見物する。

唐揚げのリンゴソースがけ

 

よもぎ団子と抹茶。

 

が、その前に昼飯。前日と同じ「みつのもり」さんでメニューも同じ。

なぜかといえば前日写真撮るのを忘れていたからだ。

城門。これも江戸時代から続くもの。

 

ピンボケ気味だがみきゃんも顔を出す

 

ところでこの松山城を築いたは加藤嘉明公であるが、城主としての期間は久松松平家の方がずっと長い。なのに非常に影が薄い。

南西方面の松山市。

 

同じく北西方面。

 

街に満ちている気分というかなんというか、この松山市は雲一つない晴れやかな空というのが本当によく似あう。

これは…一の門だったと思うが自信が無い

 

わらび餅。暑かったのでひんやりしていてうまかった


前日に見るものは全て見ているので城内の甘味処でわらび餅などを食い、リフトで再びロープウェー商店街に戻り大街道電停から道後温泉駅まで向かう。
そしてちょうどこの日坊っちゃん列車のお~いお茶ラッピングのお披露目式であり撮っておく。

これ普通に運行しているのである

 

乗っていて気分として楽しそうだ


この坊っちゃん列車は市内電車で定期的に運行されているから次の機会に乗っておこう。
そのあと道後温泉駅すぐ前の坊っちゃんからくり時計が変形する頃だったのでそれも見物。一時間に一回色々開いたり色々せり上がったりするので他の観光客も大勢見物していた。

これがこうなる


このあとちょっと歩いたところにある子規記念博物館に行くつもりだったが、その前に道後公園湯築城跡に回る。この湯築城というのは伊予国の守護・河野氏の居城で今は庭園と復元された武家屋敷などがある。

 

 

いかにも初夏!といった感じで気分がいい

 

しかしこの湯築城跡は道後温泉に押されてどうも人が少なかった。

かなりの出来なのだからもうちょっとPRしてもいいんじゃないのかな…と思ったり。

 

つづく。