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スタッフHです。
 

血液悪性腫瘍におけるサイトメガロウイルス(CMV)感染(症)の後編です。

これまでお話したように、一連の移植治療の流れで多くの抗ウイルス薬に曝露されるようになりました。しかし、細菌・真菌同様、大量の抗ウイルス薬に曝露されたウイルスはbreakthroughを起こします。抗ウイルス薬作用部位に耐性点変異が起きた、耐性CMVが問題となってきました。

ところで、サイトメガロウイルスの感染症には様々定義があるのですが、御存じでしょうか。意外とこれを知らないと話がかみ合いません。日本造血・免疫細胞療法学会のウイルス感染症の予防と治療 サイトメガロウイルス感染症(第5版)でも言及されていますが、"CMV感染(CMV infection)とは、血液やその他の検体から体内にCMVが同定される状態を意味し、臓器障害など臨床症状を伴うCMV感染症(CMV disease、CMV end-organ disease)からは区別される。CMV感染は、CMV感染症の前段階にあるが、CMV感染がすべてCMV感染症に移行するわけではない。"としています。これは国際的な定義であり、先制治療はCMV"感染"に対するもの、標的治療はCMV"感染症"に対するものです。また、難治性・耐性CMV感染についても様々な定義があります。


事例を交えながら説明します。
 


【事例】

レテルモビル治療を開始したハプロ移植患者で生着後にCMVモニタリングで閾値以上のDNA量を検出しました。ガンシクロビルへ変更し3週間治療しましたがウイルス量が増加傾向にあります。



このような事例では"耐性CMV感染"を疑います。少なくとも2週間以上の適切な用量での抗ウイルス治療を行った上でウイルス量の増加を認めた症例を言い、その中で1 log10より高い増加がみられた場合を"耐性CMV感染(refractory CMV infection)"、それ以下の増加がみられた場合を"耐性CMV感染かもしれない(probable refractory CMV infection)"と言います。これらは"耐性"とは異なり、耐性とは抗ウイルス薬に対する感受性の低下に関連したウイルスの遺伝子変異がある場合を言い、"抗ウイルス薬耐性(Antivital drug resistance)"と言います。

なぜこのように分けるかというと、耐性変異が検出されなかった状況で"耐性CMV感染"を起こす事があるからです。これは、耐性変異がないにも関わらず、ホストの問題で二次的に耐性CMV感染を起こしている状況と、同定されていない耐性機序によるウイルスの問題の2つが想定されます。これは前述の文献には記載されていませんが、別文献ではclinical resistanceと表現しています。このような状況は実際に遭遇します。

抗ウイルス薬耐性の機序はいくつかあります。核酸アナログであるガンシクロビルは、感染細胞内に取り込まれる際にpUL97とcellular kinaseにリン酸化されガンシクロビル三リン酸となり、CMV DNA ポリメラーゼであるpUL54のdNTP結合部位に結合しCMVの複製を阻害します。同じく拡散アナログであるcidofovirはpUL97を介さずcellular kinaseによってリン酸化されcidofovir diphosphateとなり、ガンシクロビル同様pUL54のdNTP結合部位に結合しCMVの複製を阻害します。ホスカルネットは有機ピロリン酸アナログでppi結合部を介して直接的にpUL54を可逆性に阻害します。


よって、pUL97の結合基質やリン酸輸送部の変異はガンシクロビル・バルガンシクロビルの耐性を引き起こし、pUL54のエクソヌクレアーゼ活性部位の触媒部位の変異はガンシクロビル・バルガンシクロビル・シフドフォビルの耐性を引き起こします。pUL54のppi結合部位の変異があればホスカルネット耐性を引き起こします(論文は→こちら)。

これら薬剤耐性と薬物毒性により治療が困難となる事は多々あり、耐性機序に打ち勝ち、副作用の少ない治療薬の開発が望まれています。既に本邦で発売されているレテルモビルはpUL54のDNA合成経路の後半(pUL56 subunit of the terminase enzyme complex)に作用し、前述の耐性機序に打ち勝つ可能性があり治療薬としての期待もされていますが実現にはまだ至っていません

そんな中、本邦のアンメットニーズを満たす薬剤が既に米国では承認されています。
 

Maribavirは、ベンズイミダゾールリボシドであり、UL97を阻害することにより、CMVのDNA複製、カプセル化、およびウイルスキャプシドの核脱出を阻害し、多彩な機序により抗CMV活性を有します。in vitroでは既存薬剤へ耐性のCMVに対しても効果があり、第Ⅲ相試験のSOLSTICEでは、難治性(with or without resistance)CMV感染に対して既存薬剤と比較し良好な結果を出しています。更に、好中球減少・腎障害も少なく、治療中断が少なく忍容性も高いです。同試験をもって2021年11月23日にLivtencity(maribavir)は移植後難治性(with or without genotypic resistance)CMV感染(症)に対してFDAに承認を受けました。移植後初回CMV感染に対する先制治療としてバルガンシクロビルとの第Ⅲ相試験非劣勢試験では非劣勢は示せなかったものの安全性の高さが示されました(好中球減少・治療中断)。

UL97変異にはガンシクロビルもmaribavirも影響するはずですが、交叉耐性は一般にないとされています(ガンシクロビルはコドン460、520、591–601、maribavirはT409M、H411Yが分かっている)。しかし、近年ガンシクロビルとの交叉耐性も発見されており、また、SOLSTICEの事後解析の結果が2023年に出ています。以下、結果を記載します。
 

治療開始前の遺伝子検査では介入群の56%、対照群(ガンシクロビル、ホスカルネット、cidofovir)の68%でガンシクロビル、ホスカルネット、cidofovirへの耐性が見つかり、それぞれに割り当てられた治療に63%、21%に効果がみられています。治療終了後にmaribavirへの耐性はmaribavir群の26%でみられ、maribavirに治療反応が無かった患者のうち48%と、一旦反応があったがリバウンドした患者のうち86%で耐性がみられました。Maribavir耐性で最も一般的な耐性はUL97 T409Mが34人、H411Yが26人、C480Fが21人であり、治療開始後に最初に耐性が見つかったのは26日から130日目(中央値56日目)でした。

ベースラインでのmaribavir耐性は稀ですが、治療中の耐性化がみられ、リバウンドが耐性化の兆候である事が分かります。

以上、血液診療におけるCMV感染(症)の歴史と治療、耐性株について簡単にまとめてみました。一部支持療法でのドラッグラグは個人レベルで大きな問題となっている気がしますが、全体としてはなかなか表在化していない、認知されていないように思います。CMV治療では治療選択肢の少なさと毒性の高さが問題であり、ドラッグラグの早期改善を望みます。

おまけ



小樽の似鳥美術館でみたステンドグラスです。