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スタッフHです。

最近は臨床研究、他部署・院内向け資料作成などで多忙にしております。という言い訳でブログが書けておりませんでしたが、興味深い血液感染症関連の文献が出ておりましたので共有します。

今までも薬剤と感染症についていくつか記事にさせていただきました。

今回は近年多用されているベネトクラクスと感染症の関連についての研究を、私見・過去文献を交えつつ述べていきます。

ベネトクラクスは本邦において「再発又は難治性の慢性リンパ性白血病[CLL](小リンパ球性リンパ腫を含む)」、「急性骨髄性白血病[AML]」で適応が通っています。CLL、AML共に、タイプは違えど感染症について特によく考えておかなければならない疾患・治療特性がある難しい疾患ですが、この疾患治療中に起こる感染症にベネトクラクスが関連するかどうかはよく分かっていません。作用機序としては、抗アポトーシス蛋白であるBcl-2の特異的阻害であり、腫瘍細胞を迅速にアポトーシスへ導きます。

ECILのposition paperでは、ベネトクラクスの免疫抑制作用は基本的に血球減少であり、特に好中球減少についての記述に留まっています。別のCLLの研究では、非腫瘍細胞をスペアし最終的に免疫を回復させるような結果も出ています。

Risk of infectious adverse events of venetoclax therapy for hematologic malignancies: a systematic review and meta-analysis of RCTs
Connor Prosty et al, Blood Adv 2024, doi: 10.1182/bloodadvances.2023011964

今回紹介する研究はカナダのMcGill Universityの先生方のベイズ理論を使った少し特殊なシステマティックレビュー・メタ解析で、過去のRCTからベネトクラクスの感染症への影響を調査しています。

簡単にベイズ統計学について説明します。
 

統計学には流派があり、大きく頻度流とベイズ流に分かれます。一般的に医学系統計解析で用いられるのは頻度流で、多くは検定を前提とした差・比などで優劣を付けるスタイルです。一方でベイズ流は、推定量の確率分布を事前に設定し、適時追加されるデータを基にした尤度関数を用いて推定量の事後分布を求めるスタイルで、頻度流が点推定値と信頼区間が出てくるのに対して、ベイズでは分布を持った推定量(確率変数)と信用区間が出てきます。信頼区間と信用区間は異なり、より直感的に結果を受け入れやすいのはベイズの方で、実は頻度流の解釈は難しいです(詳細はHにお尋ね下さい)。

以下、文献のまとめです。
 

MEDLINE、EMBASEより検索された1777の文献のうち、1759が除外され、残り18文献を全文レビューし、残った7文献のRCTで解析を行った(Covidenceというオンラインシステマティックレビュー支援ツールを使用)。利用文献はベネトクラクスを使用した血液悪性腫瘍に対する治療のRCT、ベネトクラクス単剤もしくは併用とその他治療を比較したもので、解析はlog risk ratioに弱い事前分布を用いて事後分布を推定した。


抽出文献はCLLが3つ(G+V vs. G+chlorambucil、V+ibrutinib vs. G+chlorambucil、V+R vs. B+R[risk ratio:RR])、AMLが2つ(AZA+V vs. AZA、AraC+V vs. Ara-C[RR])、多発性骨髄腫(MM)が1つ(V+Bd vs. Bd[RR])、FLが1つ(V+BR vs. BR[RR])であった。予防的抗微生物薬は1つの研究を除いて二群で同じだった。


CLLではgrade 3-5, fatalな感染症、high-grade neutropenia、発熱性好中球減少症(FN)はRR>1の事後確率が低く、感染症を増やすとは言い難かった。重症日和見感染として比較群で侵襲性Scedosporium感染症およびListeria monocytogenes感染症/敗血症がみられ、対照群では1例の真菌性肺炎がみられた。軽症のものでは対照群で非重症の気管支肺アスペルギルス症がみられた。


AMLでは研究数が少なく解析が困難であったが、対照群ではtotal、high-gradeの感染症数が多く、high-grade neutropenia、FNが多かった(P[RR>1]=94.6%、P[RR>1]=90.6%)。
 

MMでは1つの研究しかなく、PFSでは対照群が良好であるが、致死的感染症増加のためOSは対照群で不良な結果であった。やはりhigh-grade neutropenia(35[18.0%]vs. 7[7.2%])、FN(5[2.6%]vs. 0[0.0%])が多かった。

 

FLも1つの研究しかなく、high-grade neutropenia(29[56.9%]vs. 14[27.5%])、FN(6[11.8%]vs. 3[5.9%])が多かった。

 

全体の解析では全および高度の感染副作用は増加するかもしれず、好中球減少は高度化する可能性が高い。

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ベネトクラクスは全体として感染症を増やす方向には働きそうですが、体感と機序、そしてこの研究の結果から、その原因は好中球減少に集約されそうです。CLLは再発難治の場合、長期に細胞性免疫が低下する治療・疾患特性があり、AMLは高度かつ長期の好中球減少を来すという治療・疾患特性があります。CLLにおいて感染症の増加が観察されなかった事については、やはり現病の免疫状態が反映されており、ベネトクラクスの影響が薄まっていると考えると腑に落ちます。


私見ですが、白血病についてはやはり高度かつ長期の好中球減少を考慮し、抗細菌薬・糸状菌活性のある抗真菌薬の必要性が高いと思いますが、CLLについては原疾患の状態・治療歴に応じる対応とするのが良いと思います。

おまけ



大濠公園の梅の花です。春が近づいていますね。