こんにちは。血液内科スタッフKです。
今回は多分ブログでは初になるAnnals of Internal Medicineからで、DLBCL二次治療におけるCAR-T細胞療法の費用対効果を検証した論文になります。
Kelkar AH et al, Ann Intern Med 2023, doi: 10.7326/M22-2276
【背景】
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)の初回治療で約60%の患者で持続する寛解が達成される。再発難治性の場合、救援免疫化学療法と自家造血幹細胞移植(ASCT)による地固め療法では約20%の患者でしか寛解が得られない。ZUMA-7試験(axicabtagene ciloleucel[axi-cel])とTRANSFORM試験(lisocabtagene maraleucel[liso-cel])で、初回治療抵抗性もしくは早期再発(ハイリスク)DLBCLにおいて、救援免疫化学療法と地固めASCTと比較してCAR-T細胞療法は優れた無イベント生存率(ZUMA-7試験では全生存も)を示した。しかし、CAR-T細胞療法の定価は1輸注あたり40万ドルを超える。
【目的】
救援免疫化学療法と地固めASCTと比較した二次治療としてのCAR-T細胞療法の費用対効果を決定する。
【デザイン】
状態推移マイクロシミュレーションモデル
【データ提供元】
ZUMA-7試験、TRANSFORM試験、その他の臨床試験および観察データ
【目標母集団】
ハイリスクDLBCL患者
【計画対象期間】
生涯期間
【展望】
医療部門
【介入】
Axi-celもしくはliso-cel vs. ASCT
【結果判定法】
2022年の米ドルでの質調整生存年(QALY)あたりの増分費用効果比(ICER)と増分純金銭便益(iNMB)で、1QALYあたりの支払意思額(WTP)閾値を20万ドルとした。
【基準分析結果】
全生存期間中央値の増加はaxi-celで4カ月、liso-celで1カ月だった。Axi-celでは1QALYあたりICERは68万4225ドル、iNMBは-10万7642ドルだった。Liso-celでは1QALYあたりICERは117万1909ドル、iNMBは-10万2477ドルだった。
【感度分析結果】
WTP 20万ドルで費用対効果が見合うには、CAR-T細胞療法の費用がaxi-celで32万1123ドル、liso-celで31万3730ドルに減額される必要がある。ハイリスク患者に実施された場合、米国の医療費は5年間で約68億ドル増加するだろう。
【研究の限界】
輸注前のブリッジング治療が臨床試験間での比較を困難にする。
【結論】
二次治療でのaxi-celとliso-celのいずれも、1QALYあたりのWTP 20万ドルでは費用対効果に見合わなかった。臨床アウトカムは段階的に改善するが、CAR-T療法のコストは費用対効果に見合うためには大幅に下げなくてはならない。
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この手の研究は解釈が難しいですが、1QALY増加(健康な状態での寿命が1年延びる)に対して社会がどのくらいのコストを払うか(WTP)を設定します。ICERは1QALY増加させるのに必要なコストで、iNMBは増分効果とWTPの積から増分費用を引き算することで得られます。
WTPは社会によって異なりますが、一般に日本では500万円~600万円、米国では5万ドル~15万ドルが参照されるようです。疾患や治療の重要性からか本研究ではCAR-T細胞療法に20万ドルと高めのWTPが設定されていますが、それでもやはり医療コストが高く、現在のコストでは費用対効果は見合わないという結果となりました。薬価を下げると言っても、技術を開発した研究者や製薬会社に利益がないと、それはそれで将来の医学の発展にマイナスに作用しますので難しいと思います。今回の論文では、仮に米国でハイリスクDLBCL患者にCAR-T細胞療法を行ったとすると、医療費が5年間で約68億ドル(日本円で約9681億円)増加すると試算されています。
この結果だけをもってCAR-T細胞療法の是非を論じるつもりはないのですが、医療者も自分たちの行っている治療が社会にどのようなインパクトを与えているのかにもっと目を向けていく必要はあるのかなと感じます。目の前の患者さんにより良い医療を提供していくことが医療者の使命であることは間違いありませんが、長い人類の歴史において「良い医療」の指標は一つの転換期を迎えているのでは・・・などと考えさせられる結果でした。
おまけ
たまには食べ物じゃない写真で(笑)、大阪府立中之島図書館です。あいにく休館日だったのですが、一部の展示を見ることが出来ました。図書館建設、ひいては文化貢献に対する戦前の方の情熱は素晴らしいものがあるなと感心しました!