先日、ある市の農業体験農園の利用者の夏の収穫祭に招かれました。ひと言なにかと言われて、「畑の足音」のことをはなしました。

 すると、その後の交流会の場で、私の席にわざわざご婦人がおいでになり、「足音が、畑の最大の肥料だというキーワードに、納得しました。」と話され、さらに、主人が病気をして、農園の継続をするかどうか迷っているときに、園主から「畑が待ってるよ」と電話があり、再び申し込みました。と話をしてくれました。

 さらに、「花や野菜の朝のご機嫌うかがい」というキーワードで農園に通ってます。と語っておりました。

 にこやかな顔をされていました。






 日本の食べ物は、ふるさと食、郷土食、伝統食など地域の特性を活用した食の文化があります。また、手を加えた家庭食があります。
 

 これらは、もてなしや地場の資源を大切にするといった心を込めた料理でもあります。
 グローバルな画一的な食品や味のファーストフードが増加し、また、輸入農産物に違和感を感じなくなっていく中で、地域色や家庭色を大事にした食べ物の位置づけが必要ではないでしょうか。

 世界的には、イタリアから発生した「スローフード」という言葉が、使用されていますが、「ファースト」・「スロ-」という時間的なイメージがされるが、実のところは、ふるさと食、郷土食、伝統食といった元来りっぱな日本語があります。

 わたしは、カタカナ社会の中で、こういった心を込めた食べ物を総称してあえていうなら「ハートフード」はいかがでしょうか。

朝ご飯の定番は、味噌汁と漬け物 + (魚、たまご、のり、梅干し、納豆など)です。


日本食は、面倒だという声も聞くけれど、手のかかるものはせいぜい味噌汁だけしゃないでしょうか?


それはさておき、魚と言えば、さんま、さば、いわしの「3大庶民サカナ」だ。焼いても煮てもよい。


40年前の山奥には、塩さんま、塩さば、いわしの丸干しばかり。一度でいいから、生サンマ、生サバ、生イワシを食べたいものだとあこがれたものだ。ちなみに、当時は、冷凍の鯨肉が刺身であった。


そのため、悲しいかな 高級魚といわれる魚の刺身の味を、知らないのだ。「うまい」というけれど、刺身の基本の味を知らないから、比べようがない。


ところが、この「3大庶民サカナ」の味は、脳にも、目にも、舌にも、生活にも染み付いているから、その姿や味にはうるさいのだ。

朝食に、この「3大庶民サカナ」があれば、いうことなし。

 

でも、どういうわけか、最近は、島に泊まっても朝食にシャケが出てくる時代になった。


時代も食べ物も変わったのだな。