唇にまだ
美咲の感覚が残っていた。

俺は自分のベッドで
寝転がりながら
漫画を開いていたが、
内容なんて頭に入ってこなかった。


キスをしていたのは
ほんの数秒だったと思う。

その間は
何かを考えるなんて事は出来ず、
まるで時間が止まっているように感じた。

無音に感じた。

考える事も、
物音を聞く事も、
何かを見て感じる事も、
この瞬間だけは
唇に感じる美咲の感触に
かき消された。

止まった時間を動かすように
美咲が数センチ顔を離し、
「帰ろっか」
微笑みながら言った。

鼻先があたる位に
顔が近くにあったので、
俺は触れないように小さくうなずいた。

不思議と
恥ずかしさのようなものは
無かったが、
言葉が出てこなかった。

頭の中が
真っ白になっていた。

「達也ぁ、今日の事は口チャックだぜ?」

俺は美咲の目を見た。
するとまた
腕を掴んで言われた。

「達也は達也の道を行けばいいんだよ」

「…分かった」

「いつか守りたいものが出来たらよぉ、
今日みたいに優しくしてやるんだぜ?」


横たわりながら
何度もさっきまでの事を思い出していた。

もう部屋の中は
薄暗くなってきていた。

「帰ったぞー!」

親父が帰ってきたので
俺は本を閉じて出迎えた。

「おーう!アカシ君はどうだった?」

「意識戻ったよ」

「そおか!よかったよかった!」

「うん、よかった」

「よしよし。明日から学校いけよ?」

「わかった」

「それとよぉ達也、
明日から放課後は
児童保育行け。
今話してきたからよ」

初めて聞く言葉に
俺は首をかしげた。

次回
第20話-ブンブン登場
つづく