初回のソロフライトの命題は、離陸し飛行場の周りを四角く回り、車輪が接地したら直ちに舞い上がる訓練(タッチアンドゴー)を3回繰り返せ、とのことであった。
私は極度に緊張しながら、この命題を完遂した。
地上に降りても歩けないくらいに憔悴しきっていた。
不思議に高揚感や達成感はなく、何が楽しくてこんな苦労をしてるんだろうと感じるばかりであった。
2回目だったかと思う、1回目がうまくいったので油断したに違いない。
滑走路の端からエンジン全開で滑走路を走りだすと、ものすごい音がし始めた。
何が起こったのかさっぱり分からない、すでに滑走路の中間地点だ、これを過ぎたらもう離陸するしかない、私はとっさの判断でスロットルを閉じ、ブレーキを踏み、滑走路のぎりぎりで飛行機を止め、駐機場に引き返した。
起こったことを整備の人に説明したら、ドアをロックするのを忘れたので、隙間から空気が入り込んだからだと言われた。
完全な私のミスである。
ミスの上にあの判断が1秒でも遅れていたら、私は滑走路から飛び出し、離陸失敗の記事を新聞に載せてもらっていただろう。
後で、管制官の許可なしに離陸をキャンセルし、無断で駐機場に戻ったと管制官から大目玉を食らった。
ミスの原因は明らかで、安全チェックリストを確認しなかったからだ。
それからもソロフライト訓練は続いた。ある時、滑走路に近づき着陸前に車輪を下したが、操縦室のパネルに車輪が下りたとの確認ランプが点灯しなかった。
もう着陸態勢に入っている、このまま下りれば胴体着陸になる。
そんな訓練受けたこともない。頭の中は真っ白である。
『緊急事態、緊急事態』と私は無意識に無線で叫んでいた。
驚いたのは管制官も一緒だろう、無線を通して管制官も極度に緊張しているのが判る。
こっちはもっと大変だ。
『速度を落としてゆっくりと管制塔の近くを通過せよ』との指示が来た。
幸いスローフライトという技術を知っていたのでギリギリの低速度、低高度で通過した。
通過した後,管制官から明るい声で『双眼鏡で車輪の下りていることを確認』との通信があった。再び上昇し、飛行場を周回し、必死の思いで着陸した。
後で整備の人に、間違えて真昼間に着陸燈を点灯したので、操縦席のパネルの明るさが自動的に落ちて、明るい光の中で車輪が下りたことを知らせるランプが見えなかったと説明を受けた。
無意識に触ったスイッチが着陸灯だったのだ。
安全チェックリストに乗らないような凡ミスが、管制官を慌てさせたのだ。
まだある。
サンノゼから1時間も飛んだところにあるカルフォルニアのニンニク畑の小さな飛行場に着陸した。
空港に近づくとニンニクの花のいい匂いを機内でも感じる。
教官が、突然、今から一人で飛べという。
『落ちるなよ、俺、家に帰れなくなるから』、いやなジョークである。
一人で飛び立ったのはいいが、なぜか操縦桿が重い。
左に旋回しようと思うが、操縦桿も飛行機も重い。
これではニンニク畑に不時着もできず、飛行場に帰ることもできない。
先程のジョークが、重たく心にのしかかる。
操縦桿が折れるかと思うほどに力を入れ、何とか旋回した。
なぜ?なぜ?考えることより、とにかく力いっぱい操縦桿を回し、高度を下げないようにスロットルを回す。
何としてもあの飛行場に、重い飛行機を滑走路がまっすぐ見える位置まで戻すしかない。
もうすっかり飛行機と闘っている気分だ。
普段よりかなりの大回りしかできない。
何とか真っすぐ前に滑走路が見える!
飛行機から、崩れるように外にでて、教官に事の顛末を報告した。
『自動操縦装置のスイッチ入れたやろ』、すっかり呆れた顔で答えてくれた。
飛行機はまっすぐ飛ぼうとし、私は旋回しようとし、力くらべだったのだ。
そんなスイッチがあることを知らなかった私が悪いのだ。
そんなスイッチを無意識に入れるほど、動転していたのだ。
飛行機はとにかくアブナイ。
そんなこんなを経験し、何とか無事試験合格し、自家用陸上単発の免許証を得た。
そんなわけで日常生活には何の役にも立たない免許証だが、本職のカテーテル治療の時は、医師免許証を片手にアブナイ、アブナイ、を呪文のように唱えながら仕事をしている。
ただし、この場合のアブナイは自分の命ではなく、患者さんの命なのである。