私は中国語が喋れる、、、ような気になることがある。
リュウヤンが横にいるからだ。
私が中国で講演するときは、リュウヤンは私の傍に立つ。
リュウヤンは私の日本語をタチドコロに中国語に訳してくれる。
私が喋り出すと3秒遅れで同じことを中国語で喋り出す。
彼と私は一心同体なので、私が喋りながら私が左手で頭を掻くと彼も左手で自分の頭を掻く。
それに声はやたら大きくすっかり中国になじんでいる。
私は比較的小さな声で喋るのだが、彼につられてだんだんと声が大きくなってゆくのは、致し方がない。
だから、どんな質問が来たって怖くない。
リュウヤンが耳元で質問を日本語にしてくれるので、私は日本語考え日本語で堂々と答える。
すると彼は大きな声でタチドコロに中国語で答えてくれる。
講演が終わり、大きな拍手をもらうことが度々だが、もしかして、この拍手はリューヤンをほめたたえているのかと、頭を下げながらリュウヤンの顔をそっと見る。
中国いるとき、私はカタトキもリュウヤンから離れない。
食事も必ずリュウヤンと一緒だ。
私はいつもこれはナニ?、あれはナニ? と聞きどんな料理も必ず材料を把握するので、食べてしまった後で、エー・・・と思うことはまずない。
街に出たときなんか、解らないことはすぐにリュウヤンに聞くので、私の中国理解度はかなり高い。
中国人が来た時も、決してリュウヤンから離れない。
だから私のクリニックを訪れた中国人は、かなり私のノウハウを盗み取り、日本の医療のことは良く理解しているはずだ。
彼は多くを語らないが文化大革命の最中に育ち、大変な苦労を重ねたらしい。
彼は中国で医者になったが、何故か日本に移住し、ここでも苦労を重ねたらしい。
だが、いつもニコニコしているので、彼がそんな大変な人生を送ってきたとは誰も思わない。
彼はもうとっくに日本に帰化し、日本人の奥さんだっている。
彼の名前を日本名で呼ぶと堅苦しいので、二人だけでいるときはいつもリューヤンと呼んでいる。
彼は二胡の大家でもあるらしく、時々いろいろな所でコンサートなんかを開いているらしい。
私は二度ばかり聞いたが、その音色は柔らかで優しく、やたらと人々の琴線に触れる。
次は入院中の患者さんに聞かせてあげたいものだ。
最近、美人で可愛い中国人看護師がクリニックの仲間になった。
国籍は中国だが、誰も彼女のことを中国人だと思っていない。
シシリアという名前も持っていて英語だって普通にしゃべるので、とても助かる。
中国の動脈塞栓術の研究会が瀋陽であった。
研究会が彼女も招待してくれたので、私は中国で講演したという気分は全くしない。
リュウヤンも最近忙しくなり、私にだけ構っていられなくなりそうで少し不安だ。
でも、リュウヤンは彼女に免許皆伝を目指して秘伝を伝授し始めている
リュウヤン、ありがとう。
『鬼に金棒』、二人にかなり失礼だが、私はそんな気分でいる。
もう、中国の何処へ行くにも困ったことなんて何も起こりそうにない。
次は雲南か? 西安か? 蘇州か? もう一度成都もいいな。
とても楽しみにしている。
