アトランタのマイク その2 | S.H@IGTのブログ

S.H@IGTのブログ

大阪府泉佐野市にある、ゲートタワーIGTクリニックの院長のブログ

マイクが無事に帰って1月ほどしたとき、マイクから連絡があった。

食事はちゃんと食べているという。よかった、よかった。

 

でも用件はそのことではなく、私の勤めている病院をCNNが取材したがっているという。

CNNってなんだ・・・? 良く聞くとやっぱりニュースで有名なあの天下のCNNである。

なんでこの病院を? と聞くと、アメリカでもうアカンと言われたのに、元気で帰ってきたので日本の病院で何をしてもらったの? と隣の住人が驚いているからだという。

隣って誰? と聞くとCNNの社長さんだという。

あとで調べたら、ほんとにCNNの本社はアトランタにある。

マイクはそんなところに住んでいたんだ。

 

CNNの記者が取材に行くので、治療の方法や経過を説明しろとのことだ。

私の頭の中で、いろいろな場面が見える。

私が下手糞な英語でシドロモドロになっている場面・・・。

それがアメリカで放映されて、なんだ、この医者何言ってんだかわからないと全米の人が私を馬鹿にしている場面・・・。

なんだ大した治療なんかやってないくせに何を偉そうに、とアメリカ中の医者から冷たい視線を浴びている場面・・・。

 

院長に相談したら、『その話、ほんとかア?』という顔をしているし、私の英語対応にもなんだか不安げな様子だ。

そんな事情で、返事を一日伸ばしにしていると、その話は沙汰止みになってしまった。

 

次の年の3月の終わりごろ、朝日新聞のある訃報記事に目が止まった。

マイクが死んだ・・・・。 

マイクはアメリカで有名な彫刻師で歴代の大統領の胸像を作っていたとのこと、アメリカで名を成した日本人の一人だったと書いてある。

そうか、レーガン大統領とのツーショット写真、怪しいなあ、なんて思ったりして申し訳なかった、マイク・・・。

 

その病院から新しいクリニックに移り、久しく胃癌の患者さんの治療を行うことはなかった。

マイク、あれから15年以上も経ったよね。

あれから随分と技術も進歩し、私もずいぶんと経験を積んだ。

アメリカではダイエットできない人の体重を落とすことを目的に、左の胃動脈を詰めているらしい。

学会で発表している医者が、自信を持って言った一言を覚えている。

副作用はない。

 

最近、東京から80歳の患者さんが来た。

食道と胃の境に5㎝程のがんができ、時々出血するので貧血が出始めている。

場所が場所だけにそのうち食事も通らなくなるだろうと言われたそうだ。

 

治療法は手術しかないと言われ、食道と小腸を繋ぐ大手術になるだろう、でも半年生きられるかどうか判らないと言われたそうだ。

そんな大変な手術をしても、半年なんて・・・。

ここなら何かの治療をしてくれるかも、そんな希望を抱きながら、何かの縁で私の今のクリニックに来られた。

 

私はその患者さんの治療を引き受け、胃の動脈にいくつかの抗癌剤を少しだけ流し、ほんのちょっとだけ血流を止めておく処置を続けている。

もうすぐ、治療を始めて2年になるが、元気でご飯はちゃんと食べている。

少し肝転移が現れ始めたけどこれも少しの抗癌剤と塞栓術で何とか大きくなるのを押し止めているきががする。

時々内視鏡をしてもらっているが、胃と食道の間の腫瘍はちっとも大きくならない。

 

あの時、マイクに同じ治療をしていたら・・・? 

今ならできることもあるような気がする。

ひょっとしてステーキ、ずっと食べ続けられたかも知れないなあ。

あれから少しは英語も上手になった気はするので、CNNが来たって胃癌にはこんな治療もあるよと伝えることが出来そうだ。

 

そう、あの時、15年前に確かにマイクは私に言った。

アメリカではすることはもうないと言われたんだよ、ここで死んでも構わないので、先生、思う通りの治療をしてくれないか。

何故か、その言葉を聞いて、なんとかなるかも・・・、と思った気がする。

 

今もAOPAのバッジが私の部屋の壁に小さくかかっている。

飛行機好きの私にはたまらない。

何しろ飛行機のオーナーパイロット協会の会員バッジである、持っているだけで豪勢な気分が味わえる。

 

今度、アメリカに行ったらアトランタの空港に降り立ち、マイクの名前を叫ぶから、ホンダジェットに乗っけてもらえる人を紹介してくれないかなあ、ねえ、マイク。