数ヶ月を経てナディーンは、約束通り関西空港に降り立った。
実に残念なことに、上司のアメリカ人、かなりガタイの大きな男も一緒である。
もう一つ不本意なことは、私に会いに来たのは主目的ではなく、がんの血管内治療の見学と動脈塞栓術に球状塞栓物質をどう使うかというのを勉強に来たことである。
まる3日間、私のクリニックで私が手取り足取り血管内治療をみっちり教えてあげて、ナディーンの魅力で世界中にこの技術を広げてもらう作戦である。
わくわくするではないか。
私はかねての約束通り、彼女の泊まっているホテルの52階のかなり高級の割烹料理店に招待した。
私はいくつかの日本酒を勧めたが、日本酒にはテイスティングなんかないので、争いなんか全く起こる余地はない。
お箸の使い方も教えてあげた。
おぼつかない手つきで、お刺身をつまみ上げ、これはなあにとたずねる仕草も妖しいく美しい。
大阪湾と関空の夜景に映える麗しのナディーンである。
三人で仲良く美味しく割烹料理をいただき、三国の友好の象徴のようなお食事会だ。
ところがである、!
そのあくる日の朝から彼女は激しい腹痛と下痢に襲われた。
食べ慣れない食材の何かが彼女の身体に合わなかったのだ。
お酒も料理もそれぞれの文化であろう。
文化が違うと心も体もいろいろと反応するのに違いない。
そんなこんなで、難しいことが起こってはいけないので、一回も彼女のお部屋には見舞いに行かなかった。
2日後にすっかり回復したナディーンは、彼女は重いX線プロテクターを着て私と一緒に緒に治療室に入り、私の治療をしっかりと見学してくれた。
でも、もう手取り足取り教えてあげる時間は残されていない。
彼女が部屋から出たあと彼女が着ていたX線プロテクターを着た私の同僚は、少し上向き加減に、少し首を傾けながら、いかにも幸せそうに
『うーん、、、いい匂い。。。』
麗しの君は、実にかぐわしい香りを私の同僚に残したのであった。
その夜、少し痩せてやつれて見える彼女を同じホテルのフランス料理店に招待した。
幸いアメリカ人は前の日にアメリカに帰ってしまったので、二人きりだ。
彼女、これはなあにと聞くこともなく。美味しそうにフランス料理を全部食べた。
その晩、ワインを一緒に飲んだか、どんな話をしたのか、残念ながら記憶にない。
あくる日、彼女の身体に何も異変は起こらなかった。
関西空港まで送ってあげて、ここは日本だからね、と一言添えて、握手をしてお別れした。
もう少し親しくなっておけば、私の中東情勢の判断能力は類い稀に優れたものになっていたに違いない。
少しだけ残念な気持ちでいる。
彼女は程なくして同業他社に移り、一度だけ学会場で彼女を見かけた。
商品説明をしている彼女の周りは人だかりがすごく、私は、“ハーイ、ナディーン”と言うのがやっとであった。
フランスの会社、貴重な人材を失ったというべきであろう。
歴史も国籍も生活習慣も違う人間たちが織り成すこの世界、難しいねとつくづく思う。
いろいろな争いが世界中に絶えない。
それぞれの国の人々の性格の違い、価値観の違い、好き嫌いの違いにその根源の一つがあるとすれば、争いのネタはいくらでもできてしまいそうだ。
でもその違いを認め合い、お互いの魅力だけを見つめあえば、この世界、何がともあれ楽しく華やかな関係で満たされるのでは、、、と、麗しの君を思い出しながら、日本酒を片手にこの拙文を書いている。
来週、ドバイの学会に出席するのだが、麗しのナディーンに会えるだろうか、、、、