この度、アメリカから講演の依頼があった。
癌の動脈塞栓術に関することであったので、アメリカ人に私のクリニックの診療を知ってもらうためには誠にありがたいことであったが、私のつたない英語力で思いを正確に伝えられるのか、それが問題だ。
言いたいことそのままを英語で伝えることが簡単であるわけがなく、得体の知れない英語を聞かされるアメリカ人も迷惑に違いない。
ともかくもインターネットで調べると、学会はサウスカロライナのリゾート地で開かれるという。
そこはまさに天国のようだと書いてある。
日頃天国とはおよそかけ離れた生活をしている私はその一点に引かれ、うかつにもOKの返事をしてしまった。
関空からソウルに飛び、雪のシカゴを経由して、サウスカロライナに到着、車をチャーターして漆黒の闇の中、キワワサンクチュアリーリゾートに着いた。
部屋のテラスで出てみると、そよそよと吹く風は心地よく、無数の星が降り、大西洋の優しい波音が響いている。夜明けには水平線からため息の出るほど美しい朝日が昇る。
ここが天国というのは本当だったのだ。
でも私の心はこんなことでは容易には晴れない。
なにせ30分の講演が待っているのだ。
おまけにスライドは出来ていても練習は出来ていない。
同じホテルで開かれている学会に時々顔を出しながら、部屋にこもり練習に余念がない。
2日目にやっと、少しばかり余裕ができたので、2時間ほどの散歩に出た。
せっかくの天国をよく見ておかなければならない。
ヨーロッパのお城のような素敵なホテルを出て少し歩くと、海岸沿いなのに大きなオークの森があり、その中を舗装道路が大きく曲がりながらどこまでも続く。
時々すれ違う人たちは実に優しく微笑みながら挨拶をしてくれる。
道沿いにはオークの木々に隠れるように立派な家が立ち並んでいる。
でも、異様に静かだ。
アメリカ人の金持ちは何でこんなところにこんな豪華な家を買うのだろう。
疑問は膨れるばかりだ。
脇道を見つけ裏に回ってみると、なんと、美しいゴルフコースではないか。
ハハーン、ここの住人は裏庭からゴルフコースに出てゆくのだ。
それでこんな立派な家を買ってしまうのだ。
やっぱりここは天国なのだ。
ところどころに「鰐に注意」と書いてあるが、何ほどのものであろう。
再び家の間をすり抜け海岸に出るとそこにも美しいゴルフコースがある。
青空と海と砂がどこまでも一直線につながる浜辺を歩き続けると、手をつなぎながら波打ち際を歩いてくる二人連れがいる。
二人ともこの学会で知り合った有名な日系三世の医者と白人の奥さんである。
私に「人生を楽しんでいるか?」と聞く。
その時、頭の中に日本の自分の生活が突然フラッシュバックしてきた。
この恐ろしいほどの違いを、適切な英語で答えなんか言えるわけがない。
その夜、学会の会長の招待で、お食事会があった。
まるで社交界のようだ。
私の横に座ったのは南部で生まれ育った人である。時々判る単語は英語に違いないが、何を言っているのかさっぱり判らない。
前に座ったテキサスの医者は冗談をいっぱい言うが、よく判らない。
明日の発表がますます心配になるが、開き直る以外の方法があったら教えてほしいものだ。
天国を離れるその日が講演である。
アメリカ人はジョークが好きだと聞いているので、何とか笑いもとらねばならぬ。
講演の最初に私はこう言ってみた。
「私は確信している、私はこのカンファレンスホールで最も英語がへたであることを。しかしながら私が用意した写真は国際用語みたいなものなので安心して、私に言いたいことを理解するように努めていただきたい。」
…少し拍手と笑い声・・・
講演は何とかこなすことができた。
質問も来たが、アメリカ人が良く使う「それは素晴らしい質問です。」とか言って、何とか無事に切り抜けた。
外国では講演が終わると拍手をしてくれる。
これが妙に心地よい。
どれぐらい話が受けたか拍手の大きさで判断できるものだが、そんなことを判断できる余裕は私には全くなかった。
会場を出るとミネアポリスの教授が寄ってきて、貴殿の話は面白かったので、今度ミネアポリスに来い、と言う。オーオー、判ってくれたのかと、とてもうれしかったが、その時、私の頭の中でこの度の経験が走馬灯のように蘇り、容易にOKサインを出さなかったのは、我なりに思慮深かったのだと思う。
すっかり頭の中が疲れ切った私は、天国を後にスーツケースを引きずりながら一人、次の目的地ソルトレークに向かうのであった。
続く