スイスの大学病院での私の仕事は、血管造影検査であった。
スイスの医師免許を持たない私が医者として働けた理由は、私を血管造影検査の専門家と勝手に決め込んだ教授が, 私は偽医者ではないと保証したからであって、私が格別に語学と医学に長けていたわけではない。
大学病院に赴任したその日、私は血管造影の部屋に連れて行かれ、お前はここで働けと申し渡された。
その場で錬金術師の仕事着のような白衣を支給され、その日から私の苦労と試練は始まった。
仕事は難しくはなかったが、来る日も来る日も動脈硬化の血管造影検査で、なじめない環境の中、黙々と働く日々は長く辛いものであった。
最初は免除されていた当直業務も始まり、ノイローゼにならなかった私はよほど図太かったのであろう。
そんな仕事場に何故か明るい光を放つ一隅があり、そこに放射線技師のマリアンがいた。
私の仕事を優しく助けてくれたし、働き続ける私にお腹空いたでしょうと、マスクの隙間からそっとチョコレートを私の口に入れてくれたりした。
数ヶ月たった頃、そんな彼女が私に『今夜、街でお食事でもいかが?』と誘ってくれた。
その時、訳もなく喜んだのは単に男の性であったが、あとで本人から聞いた話によると、友達もなく働く哀れな私を彼女がスイス人とて歓待してあげなければいけないと義務感に駆られたためだそうで、残念ながら深い意味はなかったそうである。
ともかくも彼女は私が得た最初のスイスの友達であった。
彼女はその病院の美人コンテストでいつも選ばれるほどの美人で、一緒に街を歩く時はどんなに自慢であったことか。
その後、彼女は私を彼女の友達の輪に加えてくれた。
その中にはノルウェーから来た草刈正雄のようなシェッテルも居たし、フィンランドからのプラチナブロンドのモナもいた。
厚い言葉の壁があったけれど皆でテーブルを囲みワイングラスを片手に彼らと時を過ごすのは、それだけで心地よく、異国に居る寂しさを余りあるほどに紛らわせてくれた。
ある時、そんないつもの話の最中に、モナが突然、『私、妊娠してるの』と言いだした。
彼女は三十半ばの私とほぼ同じ歳であったかと思う。
驚き慌てて相手は誰かと問い詰めると、スイスのナショナルホッケーチームの二十歳そこそこのスター選手だと言う。
マリアンに聞くと、とっても頑丈でナイスガイだとういう。
そんな関係の恋は実るはずがない、みんなでヤメロ、ヤメロと合唱したが、モナは答えた。
『私は彼と結婚する気はないの』。
そこでスイス人もノルウェー人も日本人も、ともかく、アカン、アカン、彼に責任を取らせるべきである、と口をそろえて訴えたが、モナは静かに言った。
『私が彼に結婚を迫れば、彼はスター選手として活躍できなくなってしまうし、私も彼を幸せにはできないわ』と言う。
国籍も文化も違う3人は異口同音に、それではモナは良くても赤ちゃんがかわいそうではないか、と叫ぶように言った。
モナは更にゆっくりと、『赤ちゃんが大きくなったらね、あなたのお父さんはこんな人よと説明するわ。あなたのお母さんはお父さんと本当に愛し合ってあなたを与えられたのよ、あなたは私の愛の結晶よ、と言ってあげる』、と遠くを見ながら話すのであった。
しばらくして私はスイスを離れ日本に帰り、フィンランドから手紙が届いた。そこにはあのモナとかわいい赤ちゃんの写真が同封され、写真の裏には『彼と私のサマンサ』と書かれてあった。
なんと、あの『奥さまは魔女』と同じ名前ではないか。
もう一度みんなで会ってヤメロヤメロと言ってやりたかったが、その声ももう届きはしない。
その後、サマンサはどんな女の子になったのだろう。
お母さんに似てブロンドのサラサラ髪の美人かなあ。
今はもう、モナとの連絡も途絶えて久しく、その後を知る由もない。