【Tears】2008.4.30


歌詞

Tears~お父様の祈祷から~

私の心の中に流れる涙が
地に流れる神様の涙よりも大きくて・・・
私があなたの慰労の息子になりますので
未来に希望をお持ち下さい・・・


내속에 마음속에 흘리는 눈물이
하나님의 땅에 흐르는 눈물보다 더 커가지고
내가 위로의 아들이 될수 있으니
미래를 희망하소서・・・

(訳詞)
私の中に、私の心の中に流れる涙が
神様が地に流す涙よりももっと大きくて・・・
私が慰労の息子になりますので
未来に希望をお持ち下さい・・・






歌詞は、文 鮮明先生の祈祷をそのまま引用いたしました。
同じタイトルの映像「Tears」の冒頭で祈祷されている内容ですが、以前、真のお父様は神様に「あなたの涙の色を知りたい、あなたの涙の量を知りたい・・・」と、孝の心情を相続すべく祈祷をされました。涙をもって神様に出会い、また涙をもってこそ神様の心情を復帰することが出来るということを、私たちはよく理解しなければならないと思います。
この歌詞を通して、更に神様の心情に触れ、“真の父母様の慰労の息子娘になっていきたい”と願い決意して、新しい出発をしていきましょう。



この曲は2010年度「第10回全国合唱コンクール」中高生の部の課題曲として選ばれ、全国の多くの二世たちが讚美しました。この曲を通して、神様の心情を知り、真の父母様の心情に触れることができた恵み多き合唱の時間となりました。




【苦労することは ~真の愛の香り~】2009.1.29


苦労することは
心を大きくすること
苦労することは
心を大きくすること

人を愛することは
その大きな心を美しくする
大きな心を美しくすること




「美しい心」とは真の愛に溢れた心。その心を持てるようになるためには、人を愛する「大きな心」が必要です。そして、その「大きな心」に育つために「苦労すること」は、私たちが歩むべく人生においての財産であり、それは神様が与えて下さった貴い環境なのではないかと思います。

また、「苦労」によって私たちは大きく成長していけるのであり、信仰の道に欠かせない「苦労」というのは、苦痛ばかりではなく感謝と喜びで神様と共に乗り越えていけることなのだと感じます。




歌詞の素晴らしいみ言に感動しますが、そのみ言に出会わせて下さったことに感謝するばかりです。




曲はいたってシンプルですが、ポイントの一つとしては「人を愛することは~」のマイナーコードトーンのフレーズ。この部分は、愛し易い人ばかりを愛するだけではなく、苦労の先にある敵や怨讐までも心尽くして愛したい、、、というイメージが表現されています。

歌詞は短いフレーズを繰り返していますが、言葉の意味を噛みしめて心情深い愛の世界を描きながら讃美していただければ幸いです。







~文鮮明先生のみ言から~


 いかなる宗教でも、苦労ということが目的に行く過程において絶対的要件となっている。なぜ苦労が必要か?これが問題である。
 原理で教えられるところによると、人間は堕落し、無原理段階に落ちてしまった。人間としての形はもっているんだけれど、本然の神の理想に沿うような基準から見た場合、それは原理の内容に立っている価値のものと見ることはできない。そういうような人間が、再び復帰の目的に戻っていくには、反対の方向をたどっていかなくてはならない。反対の方向というのは結局再創造の道である。
 こう考えてみると、自分というものは、神を主体とすれば相対の立場に立つ。堕落しなかった場合には、主体と相対は同一な次元において理想を果たすべき存在であった。それが堕落してしまったのだから、我々は相対的立場にいるんだけれど、その相対的価値、あるいは内容においては、神は相対者として認めることはできない。

 絶対服従、それは苦労である。苦労の目的は、結局は神の創造本然の位置から、完成される立場にまで立った条件として認められる。だから苦労を、犠牲をしていけば、我々は完成圏に立つ。それ以外に道がないからその道を満たし、宗教は相応した苦労の道を強調せざるを得ない。ということを理論的に整理しておかなければならない。堕落の道を乗り越えるには、絶対服従の道以外ない。だから神は、仕方なしにこの道を求めざるを得ない。

 信仰の道は落胆を感じながら行く道ではありません。だから犠牲と苦労は、すべてを授ける器になるというんだね。

 しかし、本当の親である神であるならば、神がそういう苦労を子どもにさせて喜ぶ立場であろうか、つらい立場であろうか?この世の堕落した親子関係から考えてみた場合にも、自分の子どもに苦労させたい親は、絶対一人もいません。しかし、神はなぜ、こういう苦労の道を人間にさせるか。こういう摂理のみ言を率いていかなければならない神の立場はいかばかりつらいであろうか。神の立場を考えてみた場合、いかにかわいそうな神であろうか。我々、いかに苦労するといっても、一生以外にはない。地上生活は一世紀以内の生涯である。だから、神に対して今日一日の励ましのものを授けてあげるのが孝の道であり、忠の道である。ここにおいて、自分ながらの不平、不満を言うのは天宙的に許されない不幸者である。(1972.9.11 水沢里)








【天宙が好む人となろう~人格~(御旨の道)】2006.7




1.父の為に母の為に 我らは行く
 そして平和理想目指して 突き進むだけさ
 天宙が好む人となろう 天宙が好む人となろう
 ために生き愛を分かち合おう 父母様に勝利捧げよう

2.苦しいときどんなときも 我らは行く
 そこに真 永遠の愛 溢れて行くのさ
 天宙が好む人となろう 天宙が好む人となろう
 ために生き愛を分かち合おう 父母様に勝利捧げよう



2006年7月は「御旨の道」のみ言をモチーフにした曲がたくさん生まれました。この曲もその中の一つです。オリジナル曲は特に心情的に歌い上げる曲が多い中、このようにビートの効いた楽曲は数少ないのですが、定例で開催していた青年と二世を中心とした讃美礼拝の最後に全体でも讃美でき、決意を込めて新しい出発ができるようにと願いながらこの曲が生まれました。



8ビートのリズム感溢れる曲で、ダンスと共に歌えるアップテンポな曲です。希望に満ちた青年の力と勇気、決意を込めて讃美したい曲でもありますね・・・。ぜひ、体全体で表現し讃美しましょう!!



真の愛で「ために生きる」人になろう!
そのような息子娘になって親孝行しようではありませんか!


世界中の若者にそう叫びながら、真の父母様を証しましょう・・・。




【人と和するのが幸福の初歩である ~心情~(御旨の道)】 2006.8


人と和するのが幸福の初歩である
あなたがそばに居られて
愛で 心つつむ
人と和するのが幸福の初歩である



教会での聖歌隊活動を、より活発にしていこうと様々な試みをしていた当時、青年
や二世の為の讃美礼拝を定期的に行なっていましたが、み言を歌詞にしたオリジ
ナルワーシップソングは、讃美する者も聞く者も神様と真の父母様の心情に触れ
、神霊に満ちて真の愛を感じながら恵み多き礼拝を捧げていくようになりました


始めの頃はその様なオリジナル曲も少なかったので、讃美礼拝に備える為に1週間
に5~6曲の楽曲を作り上げていました。この「人と和するのが幸福の初歩である
」も他の数曲と同時に生まれた一曲です。



み言集「御旨の道」から選んだたった一行のみ言。このフレーズをどの様にして
歌詞を作りメロディーを付けたらいいのか、、、。祈り求める中に与えられた曲
は、まず最初にみ言を歌詞にしてそのまま歌い、サビでもう一度み言を、、、と
いう形になりました。初めて聞いて気付かれる方も多いかと思いますが、サビは
最初のフレーズがほとんどそのまま活かされて音の長さがアレンジされているだ
けなのです。






人と和する、、、

「和する」という意味は、
仲よくする。親しむ。調子を合わせる。声を合わせる。混ぜ合わせる。調和して
一つになる。穏やかになる。和む。
etc.



一つになった、温かい和みの世界をイメージ出来るかと思います。またその世界
が、神様が共に居られ、真の父母様の心情に包まれた空間であったなら、どれ程
の恵みでしょう。永遠に続く幸福が、そこから生まれていくのではないでしょう
か。



この曲を通して、穏やかで温かい神様の愛に包まれた世界を表現出来たら幸いで
す。




【心の中で神様が・・・】 2010.3.13


神様は私たちの心の中に住み
私たちの心の動きを
じっと見つめておられます

嬉しい時、悲しい時
そして楽しい時
神様が共にその心を
味わっておられることを
忘れないでください


~こころの四季~



素敵な歌詞、文先生のみ言ですが、この歌詞を通して神様と共なる私たちの心情は、神様の真の愛で満たされているということがよく分かります。感動的な言葉で表現されています。





親であるからこそ、嬉しい時は共に喜び、悲しい時は共に悲しむ、そして楽しい時は子ども以上に楽しいのですね。





この曲の中に、神様の親の愛を感じ、その温かい心情の世界を表現出来るように讃美して頂けたら幸いです。大きなフレーズを意識して、言葉を語る様に歌うと良いでしょう。



この曲はどのように生まれたか・・・

West Youth Choirのメンバーたちが、伝道コンサートに向けての条件としてみ言を訓読するという取り組みがありました。それが「こころの四季」のこのみ言だったのですが、その報告をメールで受けた時に、メロディーが一緒に送られて来たのです。神様の演出に感動してしまいました。夜中の1時前後だったと思います。









【Goal】2008.1029

この曲の歌詞は1986年頃、ニューヨークで開催された原研の世界大会で、当時の会長だった文孝進様がスピーチされた内容が基になっています。


Sometimes I say to Heavenly Father,"I wish I can just show everybody.
I wish I had hundred, thousand of me to go around. "
Many times I see Father, it hurts me.
Because, we are still young inside.
We must totally give yourself on to Father.
That's your mission, and that's our goal.

(歌詞)
時々、私は神様に
私はこのように言います。
全ての人びとに示せるようにして下さいと、、、
何千の私がいれば
世界を駆け回って
示せるのにと、、、

お父様を見るたびに
私の心は痛みます
私たちがまだ幼いからです

お父様に全てを捧げる心情を持ちましょう
それが私たちの使命であり
辿り着くべきゴールなのです




当時の映像を見ると、20代の孝進様が勇敢に力強く、世界の救いの為に堂々と涙ながらに語られ、まさに孝の心情が溢れ、真の父母様に喜びをお返ししたいという篤い心がみなぎっています。




I wish I had hundred, thousand of me to go around.

「何千の私がいれば、、、」


このような表現を、孝進様はどのような心情で語られたのでしょう。

そして、、、



We must totally give yourself on to Father.

「お父様に全てを捧げる心情を持ちましょう!」


このみ旨の道を命がけで歩まなければならないということでしょうか。

孝進様は音楽を通してまさに“命がけ”の歩みをされました。そして、音楽を学ぶ兄弟姉妹にも「音楽をやるのも命がけでやらなければならない」と仰っておられたそうです。孝進様は1万曲の楽曲を残し、世界中の人びとに慰労と感動、勇気と力を与えて下さいました。



この「Goal」は、2008年12月に開催された「第1回聖歌隊コンクール」にWest Youth Choirが出演するための自由曲として書き下ろされた楽曲でもあり、ピアノとバイオリンの伴奏によって、心情豊かに表現できるようにアレンジされています。天のメッセージを伝えようと、若い青年達が世界中を駆け回っているイメージが醸し出されています。

どうぞ、この曲を通して、孝進様の決意の心情を相続し、溢れ出す「孝」の心情の世界を表現して下さい。




【喜び~真の愛に生きる~】2007.5.21

限りない喜びと
終わりのない幸福
神の愛の内にあって
あなたの身体のすべての細胞は喜び
躍動し
宇宙と共に呼吸するでしょう

そのとき
あなたは
神と共に喜び
真の愛に酔って生きるのです
私たちの喜びは
神ご自身の喜びであり
神の喜びは
人間の喜びとなるのです

~愛のシンフォニー~


この曲は、2008年度の第8回全国合唱コンクール中高生部門の課題曲として制作した曲です。第7回までは小学生のコンクールでしたが、合唱文化をより拡大していくために第8回から中高生部門が加わりました。(※それまで中高生の合唱は中和文化祭の中で取り組んでいました)その最初のオリジナル課題曲がこの「喜び~真の愛に生きる~」です。


歌詞は文先生のみ言集から抜粋した内容ですが、私はこの曲を作りながら、み言を歌詞にして歌う事が出来る恩恵を改めて実感し、感謝に尽きませんでした。限りなく深い愛に満ちたみ言を二世たちの合唱で讃美出来ることが、どれ程の感動であり恵みでしょうか。そのように思ったのです。



計り知れない神様の親の愛、その真の愛に酔いしれて生きるとはどのようなことなのか。子どもたちは合唱を通して神様の心情世界を学ぶ事が出来、その土台の上でハーモニーを作り上げていきます。既成の合唱と違う神主義の合唱は、天が誇る素晴らしい子女へと育ててくれることを感じました。


2001年から始まった二世の合唱コンクールを通して、子どもたちの目まぐるしい成長と合唱文化の発展を遂げ、真のご家庭、真のご子女様が来日されるたびにその歌声を披露するようになり、真のお母様からは「鮮鶴合唱団」という称号を頂くことになります。これまでに、多くの鮮鶴合唱団の歌声がたくさんの人の心に癒しと感動を与えてくれました。









荘厳で厳粛な楽曲として完成した「喜び~真の愛に生きる~」

多くの人がこの曲を聞き、そして歌い「神様と共に喜び、真の愛に酔って生きる」ことを実感出来たら、本当に素晴らしいことでしょう。




※原曲の課題曲は序奏を含む混声三部合唱ですが、その後、韓国語の歌詞を入れた混声四部として改訂しました。また、首都圏の小中高生500名による大合唱では、独唱ととシンセサイザーとのアンサンブルで演奏しました。





【理想世界は「ために生きる」世界である~天国~(御旨の道)】2006.8

一つの花も、風も空も
あなたの愛ゆえに私を癒す

理想世界は「ために生きる」世界である
理想世界は「ために生きる」世界

いつも通り渋谷駅の一つ手前の駅で下車し、静かな住宅街を歩いて職場に向かう途中のことです。ある朝、コンクリートの建物の横に咲いている花に目を向けました。何度も見ている何げない花でしたが、その日は特別に輝き、とても温かい雰囲気で私の心を癒し豊かにしてくれました。



その花の名前は、
キダチチョウセンアサガオ(木立朝鮮朝顔)
英名「エンジェルトランペット」※天使のラッパ?(笑)
といいます。


どなたも見たことがある花だと思います。ユリの花に似た淡い色の大きな花が、高木から下を向いて風に揺られ、私の視線の延長には真っ青な空が広がっていました。おそらくこの日は、新しい曲が生まれるために神様が設定してくれた特別な日だったのだと思います。



その時私は、随分前に教会の礼拝で講話をされるために来られた、史吉子先生が話された内容を思い出しました。


「真のお父様は自然や植物を見て“ために生きる”世界を発見されましたね。神様の理想とする世界は“ために生きる”世界なのですね・・・。」


“神様が創造された万物は、我々人間のために生きている。一生懸命に喜びを与え、希望を与え、そして力と勇気を与えて癒やしてくれる。すべては神様の愛ゆえである・・・。”という確信。

神様の愛が完全投入されて造られた万物世界と、その愛に改めて感動し、職場に着くまでの数分間でこの曲が生まれたのです。


不思議なハーモニーが特徴ですが、4度の動きやメジャー7thの響きにも、その不思議な花の色や風の動き、壮大に広がる青い空の深さを表現しています。

どうぞ、大自然に広がる神様の愛の世界を自由にイメージし表現して讃美してください。





孝心~ご父母様を慰労する孝子とならせて下さい~ (父の祈り~孝心編)】2003.6

神様、イエス様、知らない私たちに
任された責任を知らせて下さり
天宙に供えて下さい

十字架を担っても(すべて感謝)
どんなに困難でも(感謝)

お父様私がおりますので心配などしないで下さい
私たちご父母様を慰労する孝子とならせて下さい



過去に何度か、名節のエンターテイメントで演奏させて頂く機会があり、その際に当時の総会長様と席をご一緒させて頂いたことがありました。その時に総会長様から「父の祈りを歌にしなさい。流行歌では無く、普遍的な楽曲として残さなければなりません。新しい聖歌をです。」というみ言を頂きました。



“父の祈りを歌に・・・”



聖歌は祈りであり、信仰の告白であると言われていますが、この貴い父の祈りをどのような楽曲として作り上げて行けば良いのか、私は尋ね求めるように祈りました。


普通、歌詞付きの曲を作るときには、先に言葉(歌詞)があって、それにメロディが付けられる場合が多いわけですが、父の祈りの長い文章を歌詞にするためには、言葉の要約という面でも、戸惑いを感じざるを得ませんでした。





とにかく私は、この祈りの章を何度も何度も読んで祈って行く中で、ようやく曲が先に出来上がったのです。





そこから、父の祈りの内容を凝縮し、歌詞として整理していきました。真のお父様がいかなる困難や迫害の中にあっても、切ないまでに神様を慰めようとされ、責任を果たして親なる神様に孝の道を尽くそうとされる、そのような心情を私たちも相続していきたいと願いながらまとめました。そして、当時の日韓家庭の文化局長夫妻に、要約した日本語の歌詞を更に韓国語に訳詞して頂き、最終的に総会長様に確認して頂いて承諾を得ることが出来ました。




このようにして、父の祈り~孝心編~の祈祷集から最初に生まれた曲がこの「孝心」です。




また、曲のタイトルは初め「お父様を慰労する孝子とならせて下さい」でしたが、後の総会長夫妻にこの曲を聞いて頂く機会があり、その際に総会長夫人から「お父様を慰労する~」ではなく、「ご父母様を慰労する~」にしたら良いとの指示がありました。そしてその後は、2009年度の第9回全国合唱コンクール中高生部門の課題曲にもなって、タイトルが正式に「孝心~ご父母様を慰労する孝子とならせて下さい~」になりました。



父の祈り~孝心編~は真のお父様の神様に対する「孝」の心情が計り知れなく、余りにも深いものであることがよく分かります。この曲の短い歌詞のみならず、祈祷集の内容を訓読して頂き、真の父母様の心情に触れ、素晴らしい讃美をお捧げ出来ますように、心からお祈りします。







【愛は与えて忘れなさい~心情~(御旨の道)】2006.8


日曜礼拝の説教で、教区長様が次のように語られました。

「子どもを思う親の愛は計り知れません。親の愛がまさに神様の愛なのです・・・。」

このみ言の感動と共に神霊に満たされた礼拝の中で、瞬時に曲のサビの部分が頭の中に流れて来ました。

♪ 愛は~与えて~忘れなさい    ♪愛は~与えて~忘れなさい

しばらくの間、礼拝の後もサビの旋律ばかりが脳裏に響いていましたが、教会を出て自転車のペダルをこぎながら家に帰る中で、前半部分の歌詞とメロディが与えられました。

♪何も要りません
  あなたを愛したい
  すべて与えたい
  あなたへ心から


では、この部分「あなた」とは、誰のことなのでしょうか。



・・・「子ども」です。



当時、私には1歳2か月の息子がいましたので、私にとっての「あなた」は「我が息子」ということになります。

神様の愛・・・。
限りなく深く温かく優しく、時には厳しく等いろいろ考えますが、完璧に理解することは難しいでしょう。

その愛とは、親の位置に立ててはじめて、しかも自然に、そして必然的に分かるようになっているということです。
子どもを愛する親の愛とはどれほど素晴らしい愛でしょうか。

そして、神様の真の愛で愛され、生かされている私たちは、神様にとっては「子ども」なのです。

ですから、この世界を神様の目で見た時に、この曲を神様の立場で讃美する時には、「あなた」・・・は、私たち全人類になるわけです。


真の父母様は、全人類の真の親として私たちを限りなく愛して下さっています。私たちが親孝行の心情ですべてを捧げたいと願う時には、この「あなた」が神様、真の父母様に変わることがあるかも知れませんね。

この曲を通して、より神様との親子の絆を深め、感謝し、感動し、その心情世界を表現して讃美を捧げて頂きたいと思います。