こんばんは!!
仮面女子の猪狩ともかです!



先日、記事にして頂きました!

新R25さん

「車椅子ネタでまわりを困らせちゃうことも…(笑)」あの事故から1年、猪狩ともかの現在




入院中は毎日ノートに記録を残していました。

事故から2日後に
「ノートを買ってきてほしい」
と頼んで記入し始めたのを覚えています。


そして取材の中でも話題に出た
「不幸中の幸いリスト」





事故から4日後に書いていたものでした。


この前お母さんに
「なんでこれ書いたんだっけ?」
って聞いたら、

「ともが書いてって言ってきたんだよ」
って言われたけどよく覚えてないや〜。

 

上の方がお母さんに書いてもらった部分で
下の方の汚い字はわたし。

普段はもっと綺麗に字書けます!(笑)


数日間は上体を起こすことさえ
体調や身体の痛み的に困難だったので、

寝たまま顔の前に腕を伸ばして書いていました。





っていう言い訳……(笑)

※絵は相変わらずのクオリティですみません※



まだ自分の状況をちゃんと知る前だったし、
どんな気持ちでこれを記してたんだろう。


でも書いたキッカケは
「すぐに助けてもらえてよかったね」
とかそういう話をしていて、

「じゃあ不幸中の幸いを書き出そう!」
って感じだったと思います。



久しぶりにノートを開いたら

ノートにはその日どんなことをしたとか、
そのときの気持ちだったり、
目標を立ててたり、
試合ある日はライオンズのスタメンとか、
看護師さんたちの名前と特徴とか、
言うだけならタダなので色々言ってみるリストとか、
同部屋の人の名言集とか…(笑)

とにかく色んなこと書いてた!!


見ればそのときの状況や気持ちがすぐわかる。



そして改めて、
いちばん近くにいる家族がどんなときも前向きな言葉をかけてきてくれたから。

だから自分は前を向くことができたんだって思います。 


お父さん、お母さん、お姉ちゃん、お兄ちゃん。
みんながわたしの家族でよかった(^-^)

りきたんもずっと心の支えだった。





表紙は全部りきの写真貼ってるんだ(^-^)



そしてずっとツッコミたかったことがひとつ。


まだ前向きになれていない頃、

弱音を綴ったらそこに赤ペンお父さんがメッセージを書いてくれてたんだけど。


父よりっていうか…。



これペルソニアの歌詞やん!!!!!!









猪狩ともか