IFRS適用後の原価計算をどうするかという点に関しては、課題があるという記事を書きました。

※「IFRS適用後の原価計算・棚卸資産の大きな課題 」参照


IFRSベースの財務数値と日本基準ベースの財務数値は異なるため、IFRS適用後の経営管理をいずれの会計基準をベースに行うか方針決定する必要が出てきます。


そのような点も踏まえ、この記事ではIFRSが製造原価(原価計算)にどのような影響を与えるかについて整理します。



IFRS適用が製造原価に与える主な影響は、以下の通りです。


○借入費用の資産化

有形固定資産の取得原価が借入費用分増加するため、減価償却費の増加が想定されます。特に借入費用は、グループの資金繰り状況や資金計画と密接に関係しているため、当該借入費用を製造部門の責任コストとすることの妥当性については、議論の余地があると考えます。


○耐用年数等の見積り

耐用年数、減価償却方法、残存価額等について、法人税法基準が原則利用できないことから、減価償却費が変わります。減価償却費の変化(増減)については、個々の資産毎の法定耐用年数と経済的耐用年数との乖離の仕方(年数の長短)とその度合い(年数の差)に依存します。


○耐用年数等の定期的な見直し

耐用年数、減価償却方法、残存価額等について、毎期末の見直しにより減価償却費が増減します。特に中期経営計画、業績予想等への影響度が大きい場合には、当該見直しに伴う増減と財務数値へのインパクトについて、経理部門は経営者に対する説明責任が発生するものと思われます。


○コンポーネントアプローチの採用

構成要素別の減価償却費を行う資産が多い場合は、減価償却費が変わります。減価償却費の変化(増減)については、コンポーネント別償却が必要な資産の数とその耐用年数に依存します。


○開発費の資産計上

現状、開発費は一般管理費として発生ベースで計上する場合が多いと思いますが、IFRSでは資産計上された開発費は減価償却されます。開発費が減価償却費として計上されるのであれば、製造原価への算入が容易になるため、製造原価が変わります。また、資産計上された開発費は、費用の認識タイミングが変わり、結果減価償却費が増えます。


○有給休暇引当金

有給休暇引当金の計上が必要となるため、繰越有給休暇の取得率によって期末の人件費が増減します。有給休暇取得率が低い会社は期末の人件費(コスト)が増加するため、部門別に有給休暇の取得率を把握し、業績評価指標として活用するという考え方もあるかもしれません。



本記事は、「経営管理をIFRSベースで行う」ことを前提にしています。各企業様におきましては、まずはこの大枠の方針を決定する必要があるでしょう。

もしIFRSベースでの経営管理を行う場合は、上記要素を勘案し、各々の費目について管理可能な責任部門を定義した上で適切なKPI設定を行い、業績管理の指標として活用していくことが望まれます。経営管理が形骸化することのないよう、慎重な対応が望まれます。



トモ

IFRSでは、IAS36「資産の減損」において非流動資産である有形固定資産・無形資産に係る減損を規定しています。その他特定の資産については、他の基準書において以下の通り規定しています。


(a) 棚卸資産(IAS第2号)
(b)工事契約から生じる資産(IAS第11号)
(c)繰延税金資産(IAS第12号)
(d)従業員給付から生じる資産(IAS第19号)
(e)金融資産(IAS第39号)(なお、子会社・関連会社・ジョイントベンチャーについてはIAS第36号が適用される。)
(f)公正価値で測定される投資不動産(IAS第40号)
(g)売却費用控除後の公正価値で測定される農業活動に関する生物資産(IAS第41号)
(h)保険契約から生じる繰延取得コストおよび無形資産(IFRS第4号)
(i)売却目的保有に分類された非流動資産(IFRS第5号)


ここでは、以下IAS36「資産の減損」に絞ってご説明します。


IFRSにおける減損の流れは、以下のようになります。


(1)減損の兆候判定


(2)回収可能価額の測定(減損テスト)


(3)減損の認識及び測定



以下、補足します。


(1)毎期末、資産が減損している可能性を示す減損の兆候の有無を判定します。IFRSでは、減損の兆候の判断材料として、外部情報源と内部情報源を区分し、以下の通り例示しています。


<外部情報源>

・時間の経過により、または正常な使用にもかかわらず、資産の市場価値が予想を超えて著しく低下している
・技術、市場、経済または法的環境において、企業にとって悪影響のある著しい変化が発生したか、または近い将来発生すると予想される
・市場利率または市場の投資収益率が上昇することで、資産の使用価値の計算に用いる割引率に影響する結果、資産の回収可能価額が著しく減少する見込みである
・企業の純資産の帳簿価額が、その企業の株式の市場価値を超過している


<内部情報源>

・資産の陳腐化または物理的損害に関する証拠が入手できる
・事業の廃止、リストラクチャリング、資産の処分計画など、現に利用しているか、または利用が予定されている資産について、重大な変化がすでに発生しているか、または今後発生することが予想される
・資産の経済的効果が当初の予測よりも悪化しているか、または悪化が予想される

日本基準においては、減損の兆候の判断指標に「市場価格の著しい下落」という指標があり、「著しい」の目安として、50%程度下落を用いています。しかし、IFRSでは詳細な数値基準は示されていません。従って、IFRS適用までに、自社で減損の兆候の判断基準を設定する必要があります。


また減損が認識されなかった場合においても、減損の兆候があった場合には、資産の残存耐用年数、減価償却方法または残存価額の見直しが必要となるケース出てくるのではないかと考えます。



(2)減損の兆候ありと判定された資産については、回収可能額を測定し、帳簿価額と比較します。これを減損テストと言います。回収可能価額は、「売却費用控除後の公正価値」又は「使用価値」のいずれか高い金額を使用するため、この2つの金額の見積りが必要になります。

IFRSとの差異という点では、使用価値において以下の2点が挙げられます。


①日本基準における回収可能価額は割引前の見積将来キャッシュ・フローであるが、IFRSでは「資産又は現金生成単位から生じることが期待される将来キャッシュ・フローの現在価値」と規定されているため、減損対象となる資産の範囲が変わる

②日本基準では見積キャッシュ・フローの期間が上限20年、割引率に内部情報や資本コストを使用することが認められているが、IFRSでは「見積キャッシュ・フローは原則として最長5年の見積りを行い、以降の期間は残存耐用年数まで推定計算を行う」「貨幣の時間価値や当該資産に固有のリスクに関して現在の市場の情報を基礎とした割引率を用いる」と規定されており、 算定の前提及び基礎情報が異なっている


減損テストを実施する単位として、減損の兆候がある資産の個別の回収可能価額を見積ることができなければ、資産をグルーピングすることがIFRSでも認められています。これをキャッシュ生成単位(以下、CGU)と言います。CGUは、「他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュフローを生み出す生成単位」と規定されており、日本基準におけるグルーピングと同様の概念であると考えられます。



(3)資産の回収可能価額が帳簿価額より低い場合には、当該資産の帳簿価額をその回収可能価額まで減額することにより、減損を認識する必要があります。CGUに対して減損を認識する場合、減損額を各資産の帳簿価額にもとづき比例配分します。



IFRSの減損に関して最も注意すべき点は、、IFRSでは日本基準で認められていない「減損損失の戻入」が強制されることです(但し、のれんに関しては減損の戻入は認められていません)。


IFRSでは、期末毎に減損の戻入れの兆候を判定し、兆候ありと判定された資産について回収可能額を測定し、回収可能額が帳簿価額を上回った場合はその範囲で減損を戻し入れます。

なお、戻入金額は減損処理時に減損しなかったら減価償却を通じていくらの簿価になっているかを計算し、この金額を超えて戻すことはできません。従って、減損の戻入を行うためには、固定資産管理システム上に「減損処理時に減損しなかったら減価償却を通じていくらの簿価になっているか」というデータが必要となります。



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無形資産の取得には、(1)外部からの取得と(2)自己創設により取得とがあります。



(1)外部からの取得

外部から取得する場合、個別に取得する場合と、企業結合によって取得する場合とがあります。

個別に取得する場合は、以下の通りとなります。


無形資産の取得価額 = 購入価格 + 関税など + 値引・値増 + 直接付随費用


直接付随費用とは、専門家報酬、機能評価のための費用等が該当します(広告費や一般管理費に類する費用は含まれません)。取得価額に関しては、日本基準と差異はありません。



企業結合によって取得した無形資産は、のれんとは別に「取得日の公正価値で測定」することとされています。

IFRS3「企業結合」では、企業結合で取得する識別可能な無形資産として下記の例示が挙げられています。


・市場関連のもの : 商標権、インターネットのドメインなど

・顧客関連のもの : 顧客リスト、顧客との契約および付随する顧客との関係、受注残など

・芸術関連のもの : 作曲、絵画や写真など

・契約に起因するもの : ライセンス、ロイヤリティ、リース契約、フランチャイズ契約など

・技術関連のもの : 特定の技術、コンピュータソフトウェア、データベースなど


なお、のれんとして認識すべき無形資産には、被取得企業がB/S上で認識していなjかったものも対象となりますので、留意が必要です。



(2)自己創設による取得

自己創設による取得の場合、無形資産を創出するための内部プロジェクトにおける研究局面と開発局面を区別し、研究局面の支出はすべて費用処理、開発局面の支出は、資産計上の要件を満たすかどうかにより、資産計上または費用処理を行うことになります。本記事では、取得原価にフォーカスしてご説明します。


自己創設無形資産の取得原価は、「直接配分可能な原価」で構成します。例としては、以下のものが挙げられます。


・無形資産を創出する上で使用又は消費した材料及びサービスに関する原価

・無形資産の創出から生じる従業員給付の原価

・法的権利を登録するための手数料

・無形資産を創出するために用いられる特許及びライセンスの償却


但し、自己創設の「ブランド、ロゴ、出版タイトル、顧客リスト、及び実質的にこれらに類似するもの」は、事業を全体として発展させるための費用と区別することができないため、無形資産として認識することはできません。



さて、記事「無形資産の定義・要件と減価償却 」にて、HOYA株式会社のIFRS決算における無形資産の耐用年数をご紹介しました。その際、「顧客リスト」が無形資産として計上されていることをご確認頂きましたが、先ほどの説明から、あの顧客リストが無形資産として計上された背景をご理解いただけると思います。

あの顧客リストは、自己創設による取得ではなく、M&A等の企業結合を通じて取得した無形資産と判断できます。なぜなら、自己創設無形資産として、顧客リストは認識できないからです。

なお、日本においてもコンバージェンスの一環として、「企業結合に関する会計基準」が平成22年4月1日以後実施される企業結合及び事業分離等から適用されています。企業結合等により受け入れた無形資産が識別可能なものであれば、原則として識別して資産計上することが求められています。



話を戻します。


以下の費用は取得原価の構成要素ではないとされていますので、注意が必要です。

・販売、管理及びその他一般の間接費支出。但し、この支出が資産のしようのための準備に直接起因する場合を除く

・識別された非能率ロス及び資産が計画した稼働に至るまでに発生した当初の事業損失



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