わが道をゆく -3ページ目

わが道をゆく

☆ 自己研鑽のために、男性も仕事も髪もすべて捨ててみました ☆

・・・・・・・・・相変わらずしつこい出張ホス○。



特定の個人がしつこいのではなくて、


<エテ○ナ>という出張ホ○トの会社に登録している人たちが、

ブログに営業かけてきます。




向こうは

女性と判断した人に

ランダムにぺタしていると思うので、

ブログにぺタされた方もいることでしょうあし



いつもなら、

どれどれ、どんなダメ男だ、と思ってチラッと見てから

すぐ削除してしまうのですが


あまりにも衝撃的な

見過ごせないものを見てしまったのでメラメラ


今日はちょっと

ここで紹介?してみます。








私のブログの8月3日の一番上についたぺタの人あし




この人のブログ右側のアメブロランキングの下に

ブックマークがあります。






そこに




                   <風俗嬢・デリヘルの求人>

    



・・・・・・・・・・・があるんですよ。




どういうことだかわかります?









普通のホストクラブというのは

信じられないようなものすごい金額が

飛び交います。








私は以前

銀座や六本木の高級クラブで

バイトしていたことがありましたが、

いくら高級店といっても、


何か特別な飲み方 カクテルグラスをした

<お店での>高額だな、という売値が、

一人一日50万~60万くらい。







売れっ子の女の子やママの誕生日プレゼントで、

ワンテーブル

100万強売ればかなりの売り上げ、という感じです。


まあ、お店にもよるのですが、

私がバイトしていた所はそうでした。



確かにそれでも馬鹿らしいくらいの高値¥とは思いますが

ホストの場合は

その倍です。



ホストクラブで

一日で普通に

100万、300万使う人って

実際、本当にいるんですよ。





ホストクラブは風俗嬢キスマークが本当に多くて


稼いだお金を全部つぎ込む上、

借金まで作って通う人が

信じられないほどたくさんいます。









以前ホストの男が

普通のOLを風俗で働かせた上、


ホストでのノルマ達成に達しないからと

そのOLに保険金かけて殺人未遂だか殺人だかして

逮捕された事件がありました。





私は新宿付近に住んでいて

よく新宿のホストクラブの前を通ったりしますが、


             とにかく金、金、金 お金!!!!!


            「 愛ラブマネー・カモン マネー!!! 」




女=金!!!という空気が蔓延していて


もうね、

吐きそうなくらい気分が悪くなってしまいますむっ





・・・・・・・・・・それで、

この出張干すと君ですが




ブログみると

かなり営業していて

「今日は何時から何時まであいています」・・・・・・と

力入れて仕事しているようです。





要するに、


お金ないなら、

風俗で働いてお金作っておいでよ。


それで僕を指名してね・・・・・・・・ってことでしょう。







出張干すとは

普通のホストよりお金がかからないとは思うけど、


それでも

うまいこと引っ張って

時間延長させたり、

次回につなぐようなやり方するだろうから


普通のOLが何度も

気軽に遊べる金額じゃない。


だから風俗求人貼り付けたのではないでしょうか。



店のホストも

出張ホストも、

金額や仕事の形態は違えど、

考えてることは大差ない、って事を私は言いたいのです。








私は女性でも自分の名前を呼びながら話す人を

( 「 美香ね~ 」という感じ )


「頭悪そう~」と思ってしまうのですが


この干すと君、男のクセに

自分で自分の名前呼びながら話してるよ~www




うう~

鳥肌 ガーン 立つのは私だけでしょうか。







自分の名前呼びながら


「○な○(←彼の名前)の指名お願いします!!!」


「な○とはあなたの言うことなんでも聞きます!!!」


・・・・・・・・って

絶叫に近い懇願を

何度もしてるwww





しかも名前が

ありえない名前。



何で干すとって、

浮世離れした名前つけるんでしょうかねオバケ







本人確認していないので、

単なる憶測から発展した

彼の吊るし上げみたいで申し訳ないけど、





しょうがないね、私に営業かけたのがそもそもの間違い。


そして運の尽き。かわいそうに~。







だって、私

以前は

ノンフィクションライター志望だったんだもん。










もしその道行ってたら、

間違いなく

指名して話聞いたのに。




違う道を選択しちゃって、

ごめんなさいね~ねこへび













熊田 聖亜 ・ 熊田 胡々という子役の姉妹がいる。


CM、テレビ、映画などに出ずっぱりで、

メインの番組を持っていたりと、

二人ともかなりの活躍をしている。



彼女達の両親と私は友人だ。



初めて

聖亜ちゃんを見たときは

まだ彼女が幼稚園にも行っていないくらい幼かったのだが、


とにかく

かわいくて驚いた。



こんなにかわいい子が世の中にいるのかと思ったほどだ。



案の定、当初からよくスカウトを受けていたらしい。



もう、普通の子とぜんっぜん違う。


実際はあんなにかわいいのに、テレビでは普通の子に見える。


メディアでそのかわいさが伝わりきれていないのが残念だ。










彼女たちをテレビで見るたび、

            私は数年前のある夏の日を思い出す。









「クラコさん、

彼氏いないんだったら

彼女探している人がいるので

会ってみません?」


姉妹の母親、K子に話を持ちかけられた。






当時、私は愛人をしており、

人にその事を言えなかったので

友人に私はフリーだと言っていたのだ。





面白そうだから会ってみるか、ということになった。





その男性は

K子のママ友の友人で、K子も会ったことがないという。











「 どんな人ですかね~音譜イケてるといいですね~ 」

K子の言葉に私も次第にワクワクしてきた。







しかし、セッティングの場所を指定されたとき、

なんだか嫌~な予感がした。





そこは私の家からかなり離れた

千葉県のとある田舎のカラオケボックス。


それだけでも

十分な不安材料となりえるのに


セッティングの場所を目の当たりにして

私は倒れそうになった。












震度3の地震でも倒壊しそうな古びた店。







男女の紹介の場が、

今にもつぶれそうなカラオケボックスって、一体どういうこと・・・・・・・・・・・・・???




当時、付き合っていた彼とは

それなりのいい店しか行っていなかったので、

私はあまりの衝撃にめまいがした。




・・・・・・・相手が、

      この 「 田舎の古びたカラオケボックス」 が恐ろしく似合う人だったら・・・・・・・・


 不安で胸がいっぱいになった。














指定された部屋に入ると、

K子夫婦、聖亜姉妹、そして紹介者夫婦、その子供たち(2人)がいた。






子供たちは無邪気に騒いでおり、

走り回る子供たち親がを叱りつけたりしている。






その光景を見て私は疑問を抱いた。




























・・・・・・・・・ここ、団地の集会所?????

























そのカラオケボックスで

当時K子がバイトしていて、

K子が作るつまみや飲み物を

なぜか私がお運びした。








K子がどんどん料理を作る。


私はどんどん運んでいく。






そのうち私は厨房に入って

両手で料理を運び出した。







私、まるで店の人。












一段落したところに、

男性が2人入ってきた。


一人は明らかに私の相手となる人ではないとわかった。



なぜなら、

年は40代後半、

どう見ても

「子持ちの田舎のお父さん」という印象の上、


着ている服は

ジャージにTシャツ、

強烈な生活臭を放っていたからだ。


このさびれたカラオケボックスで生まれ育った、ときいても

何の疑いも持てないたたずまい。




ママ友がそのジャージの彼を紹介してくれた。






























「 隣の家の山田さんです 」






















「 いや~、楽しそうだから来てみました~アハハ 」

山田さんは陽気に笑った。








・・・・・・・・・・・・・どんだけヒマなんだ。



そんなに娯楽がない日常なのだろうか。











そして私の相手となる人もまた、衝撃的な人だった。




最近お目にかかることの出来ない

パンチパーマちっくな

かかりの激しいきついパーマをあて、


こちらもTシャツを着ていて、

その下は

ひざまでの長さのズボン、

( <ズボン>という言葉がぴったりだった )

靴は白いスニーカー。







子供がカブトムシを採りに行くようなファッションだった。







ファッション、なんて横文字を使用することに

ためらいを覚えるいでたち。






私はといえば

張り切っておしゃれして

ちょっと大人っぽいヒールなんか履いてきちゃったよ。






私の嫌な予感は見事的中したのだ。












・・・・・・・・・・・・・・早く帰りたい・・・・・・・・・・・・・・

私は帰宅に向けてソワソワしだした。













彼は沖縄の人のような顔立ちをしていて、

着ているTシャツには

<海人>の文字が書かれていた。



しかもご丁寧に

ひらがなで

<うみんちゅう>とルビがふってある。




私は彼に「沖縄出身なんですか」と聞いた。





彼は答えた。


「いえ、この近所の出身です」






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」







女性を紹介してもらう、いわば見合いの席。



沖縄人でもないのになぜ、


<海人>のTシャツのチョイス・・・・・・・・・・・・?















K子が私にささやいた。


「クラコさん、彼をよく見てください。

Tシャツもスニーカーも、新品ですよ」







確かにスニーカーは真~~~~~~っ白だった。


<海人>の文字も、色あせることなく、くっきり書かれてる。



私は思った。






スニーカーの新品って、

何でダサく感じるんだろう・・・・・・・・・・・・・。








彼の頭をよく見ると、

きつくあてられたパーマが、

竜巻のようにクルクルと激しく渦を巻いていた。


まるでさっき床屋に行ったかのような

パーマの仕上がり。
















「今日のために、彼なりにがんばったんですよ~」

K子は言う。



頑張ることはいいことだ。





しかしその頑張りが

人に認めてもらえるかどうかは、

また別の問題。














さらに

彼の腕には、キラリ宝石緑宝石白宝石紫と光る

金のコンビのオイスタータイプ

( 円周がギザギザのデザイン )ロレックスが。



 
わが道をゆく






カブトムシ採集ルックに、ロレックス。





センスレスも、ここまでくるとあっぱれだ。







私も当時ロレックスを持っていたが、

さすがに金のコンビなんて恥ずかしくて

選ぶ際、

目にも入らなかった。




今となっては、

金のコンビでなくとも、


オイスタータイプのロレックスなんて、

恥ずかしくて身につけられない。


( でも、私が買ったのは、

        オイスタータイプのロレックスでした・・・・・・・。

                   当時はまだ、若かったんです・・・・・・・・・・・・・・。

                          でもでも、金じゃなかったよ・・・・・・・・・・・。 )









・・・・・・・・・・・・・ああ、いつ帰れるんだろう・・・・・・・・・・・・・・・・。










そう思い続けて30分ほどたった頃、

隣の家の山田さんが

彼に言った。


「ほらほら~、だめじゃないか、

そんな離れて座っちゃあ~!

クラコさんの隣に座らないと~」















・・・・・・・・・・・・山田さん、歌でも歌って

                もう二度と、しゃべらないでくれませんか。






山田さんの言葉を素直に受け止めた彼が

私の隣に密着して座った。ヒー!!!





そこから私の拷問のような長~い時間が始まった。





しばらくして

K子の旦那が私にボソッと言った。



「クラコサン、<海人>から距離がどんどん離れてるよ。

            しかも、海人と話すとき面倒くさそうな上、

                    体がのけぞって弓なりになってます。

                          どんだけイヤなんですか~?!」

                          



彼のあだなが海人になってる。



最初はすきまなく座っていたのに、

気づくと

人が一人座れるくらい距離をとってしまっていた。




私は

自分のことを

他者から見たら理解しづらい人間と客観視していた。




でも、けっこう態度に出るみたい。



新たな自分の発見だったよ。






海人は寡黙な人だった。

何を聞いても

手ごたえのないありきたりなつまらない返答だった。



彼と話をしていて、2つのことわざが頭に浮かんだ。


・糠(ぬか)にクギ

・暖簾(のれん)に腕押し

意味 : 手ごたえのない様子( 広辞苑より抜粋 )




そのうち

気を使うのも面倒になり、


海人と話す気にもなれなくて

ヤケ酒よろしく

酒を飲みまくっていたが、

次第に酒を飲むことにも疲れてきて、


彼の

激しくあてられたパーマをボ~っと見つめたりしていた。








今の私だったら

服のセンスのなさで嫌悪しないし、

そんな失礼な態度はとらないだろう。


・・・・・・さすがにお付き合いは考えるけど。

( 金のコンビのロレックスって、私の中で絶対的に許せないのです。

                    もし、着用している人がいたら、ごめんなさい  )


人って、変わるのね。






























































ここにはたくさんの霊がいる。



そして私たちもまた、霊だ。



霊と私たちの違いといえば、

肉体があるかないかというだけで、

心や性格は

死んでも何一つ変わらない。











霊などいない、という人は大勢いる。

見えないし、聞こえないから、と。







もし見えても聞こえなくても、

それは幻聴であり、幻覚である、という。







私が霊や神の存在に

1ミリの疑いも持たず、

また、その心を誰にも変えることが出来ないように



霊や神の存在を否定する人の考えを

変えることなど出来ない。









私はそういう人々に

批判したり、

議論を仕掛ける気などさらさらないが、

ひとつだけ確かに言える事がある。











   神や霊と同じように

           人の心もまた、

                  目には見えない。
















もしその類の話が苦手という方は、

この場で画面を切り替えていただきたい。

















先日、

いつもお世話になっている女性の社長から連絡があった。




「クラコのことをA子に話したら、

A子がクラコに会いたいと言ってるんだけど」



私はA子を知っている。


私は

今、自分がしていることを

前職では、人を選んで話していた。








A子は前職の仕事の関係で顔見知りだったが

私のしていることを伝えてはいなかった。








彼女から

大きな物欲と金の匂いがする上に、


強い色情霊がついているように感じて、

私は関わりあいたくなかったのだ。












社長に聞いた。

「A子には、私の名前を伝えたんですか?」


「いや、こういう存在のひとがいる、と言っただけ」




それを聞いた私は社長に言った。

「じゃあ、申し訳ないのですが、

お断りさせてください」



私は続けて言った。

「A子に伝えてください。

とにかく化粧、特にアイシャドウを控えてください、と」














私は人と話しているとき、

言葉のキーワードが浮かぶときがある。


それは

その人にとって必要なものだったり、

捨てなければならない、といったものだ。






A子の場合は<化粧>だった。





A子に憑いている色情霊が、


彼女に必要以上にセックスをさせたり、

彼女の中の<女>を打ち出して

男から金を引っ張ろうという意図があり、


とにかく

彼女の<女>を前面に出させるため

彼女に念入りな化粧をさせているのだ。















その日の夜、私は眠れなかった。




時計を見るともう午前3時を過ぎている。



なぜか、目がギンギンに冴えている上、

部屋の気配がなんだかおかしい。







すると

小さい男の子が私のもとへ来た。


悲しそうな顔で私に何かを訴えている。


しかし

彼は何も、何も言わない。


彼が

「悲しい」ということだけはハッキリ伝わってくる。






私は

確信した。A子の中絶した子供だと。









そして、彼は

言葉にして何も話さないが、私に伝える。


「お母さんは僕のことを忘れたがっている。

そして、僕のお父さんは今のお父さんじゃない」






A子は結婚していたが、

旦那さんとの間に出来た子ではない、ということだ。






そして私はまた確信した。







彼は、

A子が行きずりのような男とセックスをして

出来た子供なのだと。
















彼が私に悲しみを訴えている。


あまりにも彼が哀れだ。


私はA子とは関わりたくなかったが、

彼に罪はない。


翌日彼女と電話で話した。










化粧のことを、直接彼女に伝えると

A子は驚いた。




「社長からは何も聞いてなかったけど、

私、昨日、アイシャドウを選んでいる夢を見たんです」






彼女に、行きずりの男と関係を持って、

中絶したことがあるかと尋ねた。


するとやはりあると言う。



この人には色情霊がついている。

私は話をしていて確信をした。











色情霊がついていると、

とにかくいつでもセックスがしたくなる。



誰かとセックスをしても、

帰宅して自慰行為をする人も多い。







モラルの欠如も顕著にあわられる。


彼女はパトロンを欲しているはずだ。

それも私の確信。


後に社長から聞いたことだが

A子はお手当てをくれるパパを探しているとのことだった。






「あなたは性欲が強いですか?

自慰行為は毎日のようにしてますね?」と聞くと


やはり「そうだ」と答えた。



中絶に至る過程で、

色情霊が大きく影響していることがわかる。
















彼女には中学生の娘がいるという。


「あなたが彼に対して供養をしないと、

娘さんは精神的におかしくなって、病気になりますよ」


私は娘さんが自殺未遂することを確信した。







あなたがもし


中絶されて死んだ子供だとして、

母親の「忘れたい存在」だったら

あなたはどう思うだろうか。





そして

母親に自分の存在を否定され、

忘れられたら、

あなたはどう思うだろうか。




生きていても、

ほかの兄妹は目いっぱい愛情が注がれてるのに


自分の存在など

目に映らないかのように

全くかまってもらえないとしたら。


・・・・・・そんな悲しいことがあるだろうか。






目に見えない分、余計に気にかけてあげるべきだ。














死んだ人間は、本来

お経なんかで成仏するんじゃない。



私たちのことは心配せずに成仏してください、

という想いと愛情。






ただ、

あの世は想念の世界だから、


「お経を上げてもらって寺で供養してもらわないと

成仏できない」と思いながら死んだ人は、

それが執着となり、

寺で供養してもらわないと成仏できずにこの世に残る。





執着・心配・未練・後悔・憎悪の感情はすべて、成仏の妨げになるのだ。







しかし

この子の場合は

そんな知識などないまま亡くなった子供だ。



一番ほしいのは

母親の愛情。







母親に訴えても聞こえない場合は

何とかわかってもらおうと

別の人に訴える。



このケースだと

繊細な性格の娘さんに訴え、

彼の悲しく苦しい感情が娘さんに伝染し

娘さんの精神をかく乱させてしまうのだ。












「・・・・・・・・娘は言われたとおり、すでに精神を病んでいます」


とA子は言った。




生きている子供は

何かほしいものがあると

最初は普通におねだりするが


それを聞いてくれないとなると

駄々をこねて大泣きしたり

暴れたりする。



それと同じなのだ。



彼もまた、自分の存在をわかってほしくて

いつもいつも

娘にまとわりついているように感じた。














もし、この記事を読んでいて

中絶の経験がある方に私は言いたい。



真の供養とは、

あなたの愛情だけです、と。


生きている子供と同じように、

愛情をかけること。






よく世間では

水子は供養しないと「祟られる」などというが、

「祟る」のではないのだ。


自分の存在を気づいてほしい、

気にかけてほしい、という悲しい気持ちが


結果、

生きている人間の心と体に負担をかけてしまう。





母親の「寺に行ってお経を上げてもらおう」

というその<心>が嬉しいのであって、

寺なんかに行かなくてもいい。




子供は何も

恨んで悲しませようとしているのではなく、

自分の存在に気づいて

愛されたいだけ。







ご飯を食べるとき。

きれいな景色を見たとき。


一緒に食べようね、みようね、と言う気持ち。



それが何よりの供養だ。



そして

立派な仏壇などはいらないから、

濁りのない心で毎日手を合わせること。


何かに怒っていたり、

悲しんでいたり、

ネガティブな気持ちの時に手を合わせてはならない。






そして

中絶に対し

後悔や悲しみがあるのなら、

その感情を手放してください。





あなたが

水子の霊だとして、


母親がいつまでも

悲しみに暮れていたら、

あなたはどう思いますか?









何度も言うように、

死んだ人は生きている人間と

何の違いもない。





あなたが死んだとき、

残された人に

どう思って

どう生きてほしいのか。



一番の供養は

故人に心配をさせない生き方、そして故人に対しての愛情。



故人に対し悲しみがあると成仏の妨げになる。

それと、

死んだ人にお願い事をする人がいるが、

言語道断。








思いやりや愛情は想像力だ。




動物に対しても、人に対しても

「自分が逆の立場だったら」




そう考える習慣をつければ、

相手だけでなく、


あなたの人生もまた、

実り多いものとなるだろう。






























そりゃあ私は

一年と半年以上彼氏いませんよ




男女間での 

< そういうこと キスマーク ラブラブ > も

年月と同じく

してません








でもね

言い訳させてください






出来ないんじゃなくて

・・・・・・・つくらないんです
















確かに私は

かなり

○欲が強いほう









でもそれを

あなた方に話したことはないし







そういうことを

あなた方に

頼んだ事は一度もなく

これからも

頼むつもりはありません








なのに

どうして





そんなに

営業

しつこいんですか


























出張ホ○トさん




















しかも


「俺は

出張ホ○トなんかやってるけど、


実は性格がよくて

本なんかも読んじゃったりするんだよね」




・・・・・・・・・・というような、

意外性やギャップで

売ろうという魂胆みえみえの



いまどき流行らない

古いやり方


シラけるので、やめてくれませんか









写真撮るのに


スチール使ったり

眉毛描いたりするの

やめてくれませんか







「官能技師」

・・・・・って肩書き

変えてくれませんか







「翔」


「虎之助」


「蘭丸」


・・・・・・・・もっと普通の名前にしてくれませんか












そして

一番のお願い









 



      49歳で

         その仕事を選ぶ事に



                        疑問を持ってくれませんか








 私の住むアパートは


  一軒家が隣接していて


  そこには小学生の女の子ワンピースと男の子ジーンズ、ご両親、おばあさんが住んでいる。




  私の家とその家は、お互いが窓を開けて家

  手を伸ばせば

  ネギや大根など、ちょっと

  長めのものなら手渡せるくらいの距離だ。





  




 そして いつもいつも

 子供たちとおばあさんの笑い声 音譜が聞こえてくる。



 





  その声が あんまり楽しそうだから

  野菜でもお土産に

  窓から忍び込んでみようかと思うことすらある。



  


   



 



 ご両親は共働きのようで、

 いつも遅い時間に帰ってきていて、

子供たちの教育はおばあさんがしているようだ。









 このおばあさんは

 絶対に子供たちを否定しない。











 甘やかしているわけではなく、

 子供特有の

  「見てみて~!聞いて聞いて~!」に

  一つ一つ耳を傾け

  嬉しそうに返答している。








 





よく聞こえてくるのがおばあさんの


「すごいね~!!!」


「 よくやったね~!!」


「上手だね~!!」


・・・・・・・・という言葉だ。とにかく子どもをほめて育てている。








 



別に窓に耳 耳を押し付けて会話を聞いてるわけじゃないが、

 家の距離があまりにも近すぎて

 会話がまるぎこえなのだ。















 子供を叱るときも

 「感情」ではなく「理性」で叱っている。












 ここの子供たちは本当にのびのび育っていて

 いつも泣いたり笑ったり、本当に楽しそうだ。




私も仲間に入れてよ~と

窓から窓へダイブしたくなる。










 夜、帰宅するお母さんの声がよく聞こえてくるのだが

お母さんといえば、妙にヒステリックだドンッ














 私は多くの子供や人々をみて思うことだが、


 母親が気が弱くて何もいえなくて

 内向的なようだったり、しっかりしていないと、

 子供は気が強かったり、しっかりしていたり、生意気だったり


 


 母親がガミガミ怒鳴っているような家の子は

 内向的だったり、屈折しているケースが多い。




 


 もちろん当てはまらない親子はたくさんいるが、



確実にいえることは、

自由な精神で、親としての自覚を持って愛情豊かに育てられた子供は、

豊かな心を持つようになる。


何かにつまずいても、

必ず自分を取り戻す。


ここのおうちは

おばあさんに育てられて正解だったと思う。














 私は母親によく言われる。

 

 「あ~、うちの子供たちは、

         3人揃いもそろって何でこんなにキツイんだろ」




・・・・・・・・答えは簡単。   親がしっかりしていないから。




















子供は情操教育が何よりも大切だ。






最初に教えておくべきことは

アルファベットや平仮名なんかじゃない。












泣きたい時に泣いて、

笑いたいときに笑えるような環境を

作っておかないと、



大人になったときに

必ず

心の中に

溶けない大きな塊を抱えて、

自分や人を傷つけるようになる。


















私も兄も姉も、いつも泣いている母親を見ていて

母親がこれ以上悲しまないように、との配慮が先立ち

自分の感情を押し殺して育ってきた。





気持ちを

伝えることが出来ず、


ほしいものの要求はもちろん

笑うことも、

子供にありがちな

つまらないことで大泣きすることも出来なかった。

















だからいまだに

兄姉は

感情をあらわすことが苦手でいる。










私も何年か前までは

悲しみや苦しみ以外の

楽しいとか嬉しいという感情を抱くことが出来なかった。










親にほめられたこともなかったから、


誰かにほめられても


「それは本心か?」

「何の下心があるのだ?」
「どうせ社交辞令でしょ」



・・・・などと素直に「ありがとう」と言えない自分がいる。



それって

非常に屈折していると思いませんか?












子供の頃の環境と影響というのは

大人になってからも、

人によっては死ぬまでついて回る。

















母親は太陽でなくてはならない。




ある年齢域までは、

子供にとって

母親がすべてなのだ。








どんなに

苦しい状況でも

笑い飛ばすくらい、明るくて、たくましいこと。











それが

情感豊かで

心の自由な子供を育てる条件となる。












私は

自分の子供ができてもできなくても

将来養子を迎える予定だ。






血がつながっていようがいまいが

わけ隔てなく

たくさん愛情を注いで

世の中に送り出したい。








太陽の光をさんさんに浴びて


空に向かってまっすぐ伸びる


ひまわりのような


お母さんになりたいと思っている。





わが道をゆく










あの時

ケンカしたわけでも
何か特別なことがあったわけでもなかった



ただ単に
前を歩くあなたの背中が


どこか遠くに行ってしまうような気がした

どこにも行かないでほしいと強く願った




こんなにも

この人のことが好きなのかと
自分の気持ちに初めて気づいた




でも

その気持ちの先で

別れの日が必ず来ると

私の中で確信していた



今でもあの時のシーンを
            昨日のことのように鮮明に覚えている














あなたと過ごした9年という月日の中で



瞬時に引き出される記憶は



なんてことない瞬間の
なんてことない場面での


苦しくなるほど胸をしめつけた
あなたへの強い想い







あの時知った



ただ単に人を愛しただけなのに
            悲しくなることがあるのだと
 










いつの日か

私はあなたから
あなたは私から卒業し






それぞれが
違う場所にいながらも
今この瞬間も、同時に存在している







星の数ほどの人がいて
あなたと出会えたことを嬉しく思う






結婚おめでとう




わが道をゆく










私は占星術をしていて
ハッキリと確信していることがある。



人は、
生まれる前に青写真、

要は
人生の設計図を持って生まれてくる、ということ。




私はホロスコープをみるのだが
ホロスコープに示されている通りの人生を歩む、
という専門家も多い。




もちろん、そんなことはないが、
家族などの環境、その人の持って生まれた性質などは
ハッキリと読み取ることができる。








青写真には、

自分の生まれる国、家族、
基本となる容姿などの
変えられない宿命(それらも自分で選んでくる)と、



死を迎えた時
「次の人生ではこれをやりたい、これを改善したい」
という欲求、

自分の意思で変えられる、
いわゆる運命が描かれている。




それから
前世で犯した罪の償い、カルマの解消となる
環境や出来事もしるされる。











私の例で言うと、

私のホロスコープでは

家族、特に父親で苦労をし、家庭での忍耐を強いられ、

家族はまとまりがなく、私は

家族のしがらみにとらわれてなかなか家を出ることができず、

容易に自立できないような

星の配置図となっている。



実際、父親では

本当に苦労してきたし、

家族間の結束や絆は脆弱だ。

一人暮らしを始めたのも

つい最近、2年半前のこと。




私は今36才だが、
自立始めの年としては
遅いスタートだろう。



詳しく言えば、
忍耐を要する父親でさえも
自分で選んだのだ。









そのような事に関しては
きっと理解を超える範疇になるし

書ききれないので
またの機会にするが、

確実にいえることは

人は
生まれる前に
自分で設計図を決めてくる、という事だ。










生まれ落ちた国、家族。

それは決して偶然なんかじゃない。




生まれる前に、
すべて自分で決めたことなのだ。











そして、私のホロスコープ上の
性格や生き方としては

スピリチュアルな感性や感覚でものを
感じ、選択し、

精神世界に身をおき、
日本だけではなく、海外にも出ていく、という星の配置だ。





私は
霊能者や 俗に言う<視える人>に、


 「 あなたは必ず有名になるよ。
 
  国境を超え、人種を超えて
  多くの人を導き、真理を伝えていく。

   国と国、人と人を結んでいき、愛を示していく。
 
 いずれは < ~大使 > のような人になる」

・・・・・・・・というようなことを、何人もの人に言われてきた。







私は子供の頃、
何の根拠もないのに
友人に「私は必ず有名になるからね」と言っていた。


それを聞いた人にに
「何で有名になるの?」と聞かれても、


「・・・・わかんない」


そう、何の根拠もなかった。

自分が何をしたいかもわからなかったし、
どうして自分がそのような事を言うのかもわからなかった。







何がなんだかわからないながらも、
自分の設計図を
感覚で理解していたのだろうと思う。






「有名になる」と宣言するだけではなくて、
そのような欲求もあった。




「これで有名になりたい」という、

有名になる手段や目的のようなものはなかったが、

今ならなぜ、そのように知名度を欲したのかが理解できる。




知名度があれば、
一人でも多くの傷ついた人のもとへ
行けるようになるからだ。





有名になって
ちやほやされたいだなんてことは
さらさら思わない。




その有名になる、という

生まれる前に
自分で決めた<設計図>があるからこそ

知名度を高めたい、という<願望>も生まれるわけだ。




知名度というのはお金と一緒で
使いようだ。

ただ持っているだけでは意味がない。
有効に使ってこそ、意味があるのだ。

(・・・・って、すでに有名人みたいな物言いだが)



 









何度も言うように、
人は、自分で人生の設計図を持って生まれてくる。





しかし、その通りに建設していくかはまた別の話だ。

なぜなら
設計図はいくらでも変えることが出来るから。








変えられない家族や、
生まれもったハンデとなるような事というのは

建設においての
あなたが所有する変えられない土地の面積だと考えると良いだろう。





それと、
よく質問される
「私の今生の課題は何ですか?」という問い。




それは
過去に抱えてきた自分を苦しめる困難、

現在抱えている困難だ。



私の場合は

家族という変えることの出来ない人間関係の中で

克服すべき自分があった。



設計図の中に組み込まれている
変えられない課題も確かにあるが

自分の選択によって生じた困難でさえも

すべて、

一人ひとりにとって確実に成長のステップとなる課題だ。






私は、
霊能者やいろんなものが見える人に

前述したようなことを言われてきたが、



それも、
その通りになるかどうかなんて
決まっていることではない。

すべて自分の選択や行動にかかっている。



何もせずぼうっとしているだけでは
建設が進まないのは当然のことだ。






私がそれらを選択せず、行動しなければ
その設計図とおりにはならない。






愛人として過ごす人生だって
選択肢の中にあった。


でたらめに生きる人生だって選択肢にあった。




それらに当てはまらない人生の選択肢も
たくさんあったはずだし
これからもあるはずだ。



このまま<今の私>で生きていけば
自分の設計図通りになるだろう、と思っている。












私は占星術を今やっているが、
これは単なる通り道だ。




占い師として人生をまっとうしたいとは
これっぽちも思っていない。




私には
もっとたくさん
やりたいことがある。

















人生は
一瞬一瞬の選択の繰り返しと
積み重ねで成立している。







何を選択するか。






自然にわきあがる感情でさえ、

「今、こう思っているけど、もっと違う考え方にしよう」

と思うこともまた、選択だ。








人の将来は
今というこの瞬間と確実につながっている。









だから

自分が思える

「自分の中の最高・最良」を選択していきたい、
 と私は切に思っている。







生活の心配がなくて
一生仕事をしなくてもよい



・・・・・・ということになったら


何をして生きていきたいですか?






それが

あなたが一番したいと思っていること

なおかつ魂が喜ぶことです。







魂が喜ぶことには

自由、解放、感動、そして必ずそこに喜びがあります。






たとえば



美しい海や夕日を見たとき

心が解放されて風が吹き込んでくるような、あの感覚。











ちなみに私は

「 もっとも傷ついた人のもとへ行きたい 」 でした。














この動画を見ると、私はなぜか涙が止まらなくなります。
 キリスト教ではないけど、心から愛するキリスト。

 もっと自分の心身をたくましくして、


 心身ともに傷ついて、
 助けを求める手を伸ばすことすらできない人々のもとへ、
 一日でも早く行きたい。

 私の心の中にいるキリストとともに。


こんにちは



先日


親戚の知人の個人事業主から連絡が来た。


その人の仕事において、私は契約を結んでいるのだが


書面上で訂正したい箇所があるという。







聞けば書類に


日付と署名のみ記入すればいいといので


郵送ですむものを、


その人は

「 僕がくらこさんの家の近くまでお伺いします 」という。








ああ、この人は私に会いたいんだな、とピンときた。









先々月あたりに契約を交わした際、離婚の相談をされて、


私は詳細に渡ってアドバイスをしたのだ。


その時、彼は元気になって帰っていった。





お昼をご馳走します、というので、待ち合わせすると


彼は大きな紙袋を持っていた。






私はその袋を見てまたピンときた。



(これ、私へのプレゼントだ )



・・・・・・・・・自分みたいな人に、

            プレゼントあげたくないよなあ~w






案の上、

手渡されたそれは、

先日の相談のお礼を兼ねたプレゼントだった。




わ~  なんだろなんだろ音譜



わが道をゆく












トラベルキットかな~?ラブラブわくわく




わが道をゆく










 ハウスオブローゼのバスセットだあベル  わ~い音譜


わが道をゆく


相手の趣味がわからない時のちょっとしたプレゼントって

こういう消耗品がいいと思う。






私は以前彼にお寿司をご馳走になったので

お礼にバーバーリーのハンカチを渡した。








彼の奥さんはCA、要するにスチュワーデスだ。



地上とは大きく異なる気圧、不規則な時間の労働は、

想像以上に身体に負担をかけるだろう。



その上、彼女はもうCAとして働ける年齢ぎりぎりだった。





夫婦間は冷え切っている。









彼女の事は私は何も知らない。




名前も生年月日も何も聞かなかったが、


伝わる「 気配 」 から、かなりの見栄っ張りで、


かなりの気の強さと、

金や物に強い執着をみせる、物質至上主義の女性だと確信した。



彼女は再婚するにはもう若くないと考えている。



離婚して一人で生きてゆく経済的自信もない。



だから彼といるだけだ。







このまま普通に彼が離婚を申し出れば


かなりの慰謝料を要求してくるはずだ。






双方とも相手のことなんてぜんぜん好きではない。


お互いが相手に対し、不満を抱いている。








私が感じたすべてを彼に告げると

彼は「その通りです」と言った。




この夫婦は一緒にいるべき人たちではなかった。








相談を受けたとき、

私は彼女に合う仕事、そこへの導き方を2時間に渡って伝えた。




それに成功すれば、

スムーズに離婚が出来ると私は確信している。









どんな物事も、調和と平安、そこに愛情がなければ

必ずしこりを残すことになる。






仮に彼女が多くの慰謝料を手にしたとしても、

彼女の中では将来に対する不安は払拭できない。





道を示してあげること、そしてそこで彼女が喜んでいくこと。





そうすれば一見マイナスに思える離婚という選択が、

お互いにとってプラスに大きく変換されるのだ。







「 僕はね、あなたのことが好きなんですよ 」


彼は言った。





彼は50歳なのだが、

こんな風にストレートに気持ちを伝えられるなんて、

とても素直な人だ。




「 ありがとう。でも、私は今、

男の人とお付き合いしたりすることは出来ないんです 」


とやんわり伝えたら、





「 いえ、そういう好きではなくて。 人として好きなんです 」




「 ・・・・・・・・・・・・ 」


勘違いという、一番恥ずかしい瞬間 (゜д゜;)













「 あなたを見ていると、ちゃんと生きなきゃ、って思います 」


おこがましいようだが、

そうだろう、と私は思った。




だって、私はいつでも

自分に嘘をつかないから。




自分の心に嘘のない言動が、

すべての幸せの基本なんだもの。






私は完璧というには


あまりにもかけ離れた場所にいるが、


自分の心に嘘をつきたくない、という思いが土台にある。













自分の心に嘘をつかずにいると、

行動に潔さが備わってくる。




必要なもの、そうでないもの、

捨てねばならないもの、得るために必要なもの。




そうしたことが明確になってくるのだ。





自分が満たされてくると、

他者にも愛情を持って接することが出来るようになる。
















私は自分の道を進むために仕事をやめてから、


3,4ヶ月は本当に生活も精神状態も


死んだようだった。






仕事をやめ、

月々の収入が断たれるという経験がなかったため

不安に押しつぶされて

精神のバランスを崩してしまったのだ。






家からは一歩も出ない日が続いたし、

ずっと寝たきりだった。





このアメーバのピグ(キャラクターを使用したチャット)にはまって


コンビニに行く以外の用では、家から一歩も出ずに


一日8時間以上ピグで遊ぶ日が続いた。




それは

今考えると、

私にとっては逃避だった、ということがはっきりとわかる。







不安定な暗い時期を通ったが、


私は仕事をやめたことに後悔はしていない。


















自分の気持ちに嘘をつかない。



そして自分にも、他人にも

「 自分の中の最良のもの 」を与えていく。



その嘘のない心と、愛情が、何よりのお守りとなる。





パワーストーンやら神社のお守りだの色々あるが、

自分自身と他者に対し

正直と愛を持って生きる以上のお守りは、この世に存在しない。




これは私の経験と、

周囲のそのような人々をみていて、確信を持って言えることだ。








その証拠に、


先日の修行先では、


仕事をやめ、剃髪をした私の潔さにほれ込んでくれて


私の「勉強」から「仕事」への導きを与えてくれた

すばらしい人格者も現れた。



この人によって、私の人生は大きく変わる。

・・・・・・・・・私は確信した。




私は来月、


彼女の導きによって宮古島に行くことになった。



彼女もまた、色々なことを感じるだった。


「 宮古に行って、あなたは生まれ変わるよ。

      あなたという人間と、あなたの人生が大きく変わっていくよ 」


彼女は笑顔で私に言った。




そして

彼女は宮古行きへの宿の手配、

私の仕事先の手配など、すべて取り仕切ってくれた。


もちろん、行くのは私一人だ。



それなのに、彼女は自分のことのように

喜び、色々手を尽くしてくれた。









「 私、本当に嬉しいの。

あなたが生まれ変わって帰ってくることを考えると

楽しくて楽しくて仕方がないよ~。

      ああ、私、楽しみ~!!!幸せ~!!!」






こんなこと、言えるだろうか。

こんなこと、思えるだろうか。自分の事じゃないのに。


この人もまた、

嘘のない愛情深い人だ。






話を聞くと、彼女も今まで多くの導きの手が与えられている。






このようなすばらしい人との出会いも、


彼女の人生に導きが多いこともすべて



「 心と行いのお守り 」のおかげだ。





私は彼女の足元にも及ばないが、

これからも

嘘のない自分でいたいと思う。





私は今、心がとても穏やかで、本当に幸せだ。













「 僕はね 」



彼はじっと私を見ていった。


「 嘘をつかずに、

誠実に人に接していこう、ってあなたを見て思いました。

 

先日話をさせていただいて、

本当に気持ちが前向きになりました。ありがとう 」




その言葉は嬉しかったが、


私は彼にとって単なる「 きっかけ 」 に過ぎない。







彼はこの先、

正直に生きていくだろう。



私は、彼が将来、

今とは違うビジネス展開をしている姿がビジョンとしてハッキリと見えた。



彼も、彼のお客となる人々も、みんな笑顔だ。



彼にはすばらしい未来が待っている事を私は確信した。





それも、


彼が自分の心に嘘をつかず、


自分にも他人にも愛情を持って前向きに生きていこう、


という決意が、道の扉を開いたのだ。









私は色々な人を見てきて断言できる。




月並みで陳腐な言葉のように聞こえるかもしれないが、


嘘のない


正しい思い

正しい言葉

正しい行動


そして

すべての行動の動機に愛情が根ざしている人には


どんなに暗い場所を通ろうとも、


必ず、必ず、導きの手が与えられる。





何度でも言おう。


あなたを守るのは、期限つきの石やお札なんかじゃない。




               あなたの優しさ、正しさ。   


                            それだけだ。





































 


あなたは





誰かに嫉妬した事があるか


誰かを裏切った事があるか



誰かを憎んだことがあるか



誰かを傷つけたいと思ったことはあるか


傷つけたことがあるか





何かを盗もうと思ったことはあるか


盗んだことがあるか







誰かを犯したいと思ったことがあるか






誰かを


殺したいと思ったことがあるか 









・・・・・・・・この質問すべてに

「いいえ」と答えられた人は幸いである。



しかし、

そのような人間は、皆無に等しいのではないだろうか。












私たちは

囚人という存在に対し、

好奇と侮蔑と恐怖のまなざしを向ける。





確かに、

彼らは肉体の行動によって、罪を犯した人間だ。


普通に生活する私たちとは明らかに一線を画する。






しかし、

心はどうなのか。




囚人と私たちを阻むものなど

果たしてあるのだろうか。






心に焦点を当てたときに、



彼らと私たちの間には




超えることもできず


壊すこともできない


頑丈な鉄格子など、どこにも存在しない。











以前の私は、


もし仮に


この世に

法律が存在しないのならば、

間違いなく父親を殺していた。



















私はつい最近まで

人を信用したことがなかった。





私は子供の頃から

なぜか人の心が読めた。





まるで紙に

相手の気持ちが書き出されているかのごとく、

ハッキリと汲みとれるのだ。





もちろん、


いつでもどこでも

理解できるわけではないし

絶対に私が感じている通りとは限らないが



相手の発言と本心が

食い違っている場合に関しては

ことさら敏感だった。




そして

心と裏腹な発言をする人があまりにも多すぎて

いつしか

人が嫌いになり、人間不信になっていた。





付き合う異性から

どんなに愛されていても、自分が愛していても

心の底から信じることが出来なかった。










その上

私は

劣悪な家庭環境で育ち


人が生まれて

一番最初に接する社会となる家族にすら

嫌悪と憎悪の念を抱いていた。








私の父は、世間でいう「父親」という認識や責任とは

対極の場所にいる存在だった。




父は働くことが嫌いな人だった。

毎日大酒を飲んだ。

翌日

酒のせいで具合が悪いと、仕事を平気で休んだ。





私たちを生んだとき、

母は貧しさから食事が取れず、

母乳が出なかった。




お金がないためミルクも買えず、

米のとぎ汁を

私たち赤ん坊に飲ませていた。





出産後は安静にしていなければならないのに、

母はすぐに働かねばならなかった。







嫁入りと同時にやってきた母の大事な着物や時計は

すべて質に流れた。







その上父は、母に対し毎日暴力を振るった。





母の髪を引きずり回し、

拳で母を殴り、蹴り、

母の髪をつかんでは壁に頭をうちつける。





泣き叫ぶ母。




そのような日々が

毎日、本当に365日休みなく続いていた。




正月だろうと何だろうと

父の大酒と暴力はお構いなしだった。



母はいつも体にアザをつくり、

精神的な病にかかった。









私は

高校生くらいまでの

家庭での記憶がほとんどない。



家庭での記憶というものが

あまりにも辛く悲しいものなので、

抹消されてしまっているのだ。





家族が笑っている場面など、まるで思い出せない。





思い出せない、というより、そのようなシーンは

存在しなかったのだろう。








私の兄も、姉も、殴る父を止めもしなかった。






暴力、という当たり前ではない日常が、当たり前の現実。






彼らの中で、

親の暴力に対する嫌悪と悲しみが

麻痺し、いつしかあきらめに変わっていったのだ。




しかし私は

毎日、毎日、悲しくて苦しかった。



慣れる事も、

あきらめることも、出来なかった。








私は小学生と高校生の時、

父に手紙を書いた。






「お願いだから喧嘩しないでください」





父は

「ありがとう」と言ってから

一時間もたたない内に、

母親につかみかかっていた。





私は泣きながら母に覆いかぶさって、

父の拳を受けた場面を断片的に覚えている。











私たち家族には、

絆と呼べるものがなにひとつなかった。






苗字が一緒、住む家が一緒。

そんな

つまらない繋がりだけが存在していた。






全員が背中を向けて座っているようだった。

決して家族の誰とも対峙することはなかった。






家族全員が皆、孤独だった。






一人の孤独より、

二人でいるときの孤独の方がより深く、苦しい。




二人より三人、と

人数とともに比例していく孤独の深さというものは、

経験した人でなければ

その苦しみは理解できないと思う。








兄と姉は

高校を卒業すると家を出て行った。




私は母が心配で、家を出て行くことなど

到底出来なかった。


私は高校生の頃から

とにかく働いて、家計を助けた。







私が成人してしばらくすると

今度は

私と父との確執が始まった。



お互いの言葉と体の暴力が続いた。


「一日も早く死ねばいいのに」

私は毎日毎日、そう思い、また、父にそう言っていた。








父は殴るだけではなく、家族の金も盗んだ。




兄は小学生の頃、お年玉やお小遣いを懸命に貯めていたが、

そんな子供のお金をすべて父は使い込んだ。


家にあった私の貯金も使われた。



幼い子供の金は

酒とパチンコに消えた。










数年前、

母がトラックにひかれて入院した。





私は毎日病院に通っていたのだが、


私が家を不在にしている時、

親戚からお見舞いのお金が送られてきた。







父はそれを使い、

また、母が大事にしていた

記念硬貨や記念紙幣数万円分、すべて使い込んだ。




家においてあった私のお金も、すべて使った。





私はその事実に愕然とした。


問い詰めると

父は逆上した。








本当に父が憎かった。








・・・・・・・・・・・・母が瀕死の状態でいるというのに。







絶対に許せなかった。


また、人として許されるべき事ではなかった。



私は悔しさに泣いた。




悔しくて悲しくて、涙が止まらなかった。







・・・・・・・・この人は、人じゃない。  人じゃないんだ。






いつか、いつか必ず殺してやる。




もし父が病気で倒れたら、


笑いながら見殺しにしてやるんだ。





















そしていつしか私は、

母親でさえ、愛しながらも憎むようになっていた。




いつもいつも、

父の悪口を言う母。




同情してほしかったのだろうが、

私たち子供はそんなこと聞きたくなかった。






なぜ、

こんな父と結婚したのか。



なぜ、

離婚しなかったのか。



なぜ、

子供を3人もつくったのか。







「子供のために離婚が出来なかった」

というその選択が、

逆に子供を苦しめているという

事実になぜ、目を向けなかったのか。






親に勘当されて駆け落ちし、

行き場がないのはわかるが、

こんな父なら、いないほうがマシじゃないか。









私たちも、母親自身でさえも

一生消えない傷を負っていくのに、

愚痴ばかり言って泣いているなら、

ほかに選択肢があったはずじゃないか。






父は働かないといっても、

全く働かないわけではなかったから

収入の面でも

依存していたのだろう。







一人ですべてを背負って不安に呑まれながら

生きていくくらいなら、



こんな父でもそばにいたほうが

母としては気が楽だったのだ。











「自分の人生が不幸せなのは

すべてお父さんのせい」






自分の不幸

すべてを

父への責任転嫁とするその言葉を

幼い頃の私は真に受けていた。





しかし大人になるにつれ、

責任は往々にして母にもある、と考えるようになった。








誰かに連れ去られて

無理やり結婚させられたんじゃない。








すべて自分で選択したのだ。










大学生が小学生と付き合うことなど出来ないように、


同じ学年、

すなわち同じレベルの人間同士だからこそ

一緒になったのではないか。






自分にも子供にも苦しい思いをさせるくらいなら、

いっそのこと

孤児院にでも私たちを預けて

時期がきたら迎えに行く、

という方法だって取れたはずじゃないか。












無知で愚かな母。






私は母に対していつも思っていた。



・・・・・・・・・私はこんな無知な人間には絶対になるまい。



母に対し愛情を抱きながらも、

侮蔑と軽視をし、

憎悪を感じていた。














私は

子供の頃からずっと


いつでも

どこでも

誰といても


孤独だった。



・・・・・・・・・誰も信じられない・・・・・・・・・。


誰一人として、

心を開くことが出来なかった。





私の心には常に、

深い深い、底知れぬ闇があった。










心から楽しいと思ったことなど、

ただの一度もなかった。





自分が死のうが生きようが、

私にはどうでもよかった。



















ヴィパッサナ瞑想という瞑想法がある。






人の幸せとは何か




苦悩とは何か



そして

苦悩を消滅するにはどうしたらよいのか。



幸せになるにはどうすればよいのか。






仏陀はその答えを導き出した人だ。



   「その答えは、

         自分の体と心での実践と経験を通じた

                           真理の中にある」






人が幸せに生きるためには、


その苦悩というものの生誕と消滅を、


「自分の心と体を通した経験」で

理解する事が何よりも大切だと、仏陀は説いている。







それを経験する方法が

仏陀が編み出したヴィパッサナ瞑想法だ。




仏陀はこの瞑想を通じて悟りを開いた。









この瞑想がなければ

彼が悟りを得ることはできなかったのだ。



この瞑想は

最高段階の瞑想と言われている。











その瞑想を行えるセンターが世界中にある。




アメリカのいくつかの州や、

インド、タイ、スペインなど多くの国の

刑務所で、

この瞑想法が囚人更生プログラムとして組み込まれている。





もちろん、センターは宗教ではないが、

どんな宗教者でも参加できる。





誰でも教えを請うことが出来、

また、センターの運営はすべて

寄付のみで運営している。

参加費も、喜捨(寄付)だ。

金額は定められていない。



先生でさえ、金銭を受け取ることは許されない。



料理や雑務を行う奉仕も、

一度コースを受けたことがある人の希望で行われる。




商業主義に染まることない、

純粋で

「本物」のメソッドと体制だ。






日本には千葉と京都にセンターがある。



コースは10日間。月に2回ほど行われる。

その間、テレビはもちろん、

携帯、本、読み書き、人との会話、接触を一切禁じられる。











人は、毎日、毎分、毎秒、何かを思考している。


誰かを憎んだり、嫌悪したり、嫉妬したり、

何かに対する不安だったりと、




自分の心を苦しめる

自然にわきおこる気持ちというのは


天気と同じように自然発生するものだから、

頭ではわかっていても止めることが出来ない。








意思や行動を変えることや抑えることは出来ても、


自然にわきあがる気持ちそのものの

発生を抑えることなど誰にも出来ない。










だから無理やり、自分に言い聞かせたり、

暗示にかけたりすることで自分をなだめ治めるのだ。








しかしそれは、

グラスに入ったにごった水に「みょうばん」を入れるようなものだ。







にごり水にみょうばんを入れると、

一見、水はきれいになったように見える。






しかし、底には汚れが沈んでいるだけで、

グラスを揺さぶれば、水の汚れは浮かび上がってきて

その水をにごす。








ヴィパッサナを始めると、

そのにごりが根こそぎ取り払われていく。




清き川に清き水が流れるように、


自然発生される思考そのもの、

思考の発信源が美しく変わってくるのだ。









確実に自分と人生が変えられていく。




それは、マジックや魔法のような大きな奇跡が

棚ぼた的に起こるのではなく、









心が変えられ、人間関係が変わり、

そこから自分の行動や選択が変わっていくために

おのずと変化が起こってくるのだ。






そして、

導きの手が与えられる。










私はこのコースに

毎年参加するようになってから7年目になる。








瞑想は基本的に毎日行わなければ

自分の変化は遅々としたものとなる。







瞑想は掃除と同じだ。




部屋と同じように、日々心は汚れていくものだ。




毎日掃除をしていれば、大晦日の大掃除は楽なものとなるが

一年に一回の部屋の掃除では、

汚れが取りきれない。




毎日部屋の掃除(瞑想)をしていれば、

常に美しい部屋(心)で

気持ちよく毎日を過ごすことが出来る。







私は10日間のコースに参加するだけで

家では全く瞑想しなかったため、歩みは非常に遅いものとなったが、






それでも、ヴィパッサナを知らなかった頃に比べれば

確実に進歩している。






まず、将来や、生きることに対しての

あらゆる不安がなくなる。



私は仕事をやめた3~4ヶ月は

私は不安でどうなることだろうと思っていたが


ちゃんと毎日瞑想していれば、

そんなことにはならなかっただろう。




今は、

恐れるものは、何もない。










人は誰かを愛すると

相手から愛されたいと願い、




愛を手に入れれば、

その愛を失うことを恐れる。





生き別れ、死に別れ

どちらにしても

大切な人との別れを恐れ、




老いることに恐怖を覚え、



将来を恐れ、


病を恐れ、


死を恐れる。





しかし、


「 失うことを恐れるという苦悩 」の解放なくして


真の幸福は得られない。












私は殺人以外のほとんどの犯罪を経験している。




売春はしなかったが、

愛人をしてお金をもらっていたから、

経験したと同じようなものだ。






20代前半くらいまでは、

自分が興味をおぼえる男性とならば、

簡単に寝た。




興味を覚えるどころか

言い寄られて

「まあ、いいか」という感覚で

寝たことも多々ある。





男性と、

2人、3人同時進行するくらいは朝飯前だった。








口を開けば嘘ばかり言っていた。





友人と言えば


麻薬常習者や

無職でダラダラしていたり、

嘘をつく人など、

いい加減な人しかいなかった。










私の現在の友人は


弁護士、大学教授、建築家、

芸術家、経営者、エンジニアなど、

優秀な上に信用のおける人々ばかりだ。




もちろん、友人を選ぶ際に

肩書きなど全く関係ないが、


以前の私だったら、


このような人々と話す機会どころか

袖すり合うことすらなかったのだ。




普通にお勤めしている友人、主婦の友人も、

全く嘘のない、まっすぐな人たちだ。







そして私はもう、


人生を共に歩みたい、

と思えるような男性意外とは

肌を重ねることが出来ない。




自分の心と体を大切にするようになった。





私は自分にも、他人にも、嘘をつかなくなった。








嘘のない人生が、こんなにも楽で自由なものだなんて、

想像すらできなかった。








常にそう思える訳ではないが、

生きていてよかった、


心から楽しい、と思えることが出来るようになった。






すべてに対し真摯な気持ちで生きたい。



・・・・・・・・・今は心からそう思っている。












私は母に対しても

歩み寄ることが出来るようになっていった。





母は若い年齢で父と結婚した。



若い頃は、誰もが過ちを犯すし、

物事の判断だって誤る。








自分が若い頃、なにをしていた?







・・・・・・・・・・・今の自分とは間逆の選択しか

              してこなかったではないか。




母を責める資格が、一体どこにあるというのか。








離婚だって今のように簡単に出来るような時代じゃなかった。






私が生まれる前までは

家族は田舎にいたし、



当時の田舎での離婚というものは

世間体として

大きな重圧となっただろう。




しかも40年以上も前の田舎でのことだ。






世間の目や態度が、

東京の比にもならない

厳しいものであることが

今なら容易に想像し、理解することが出来る。






しかも、母は父から逃げ出して実家に帰ったとき

両親から「戻ってくるな」と追い返されたそうだ。








・・・・・・・・その辛さを私は考えたことがあるのか?




親にも見離され、

誰にも頼れない、すがれない、その苦しみ。

私には計り知れないものがあるだろう。







私は今、母に

「 ごめんね 」と「 ありがとう 」の気持ちでいっぱいだ。















そして今、

父の苦しみをも理解することが出来る。



父もまた、貧しい環境に育ち、傷ついて育った。











小学生から新聞配達をしており、

学校すら行けなかった、と

母から聞いた。








勉強をしたかったという父親。

学校も遊びも断念させられた父親。






貧しい時代の中でも

さらに貧しく、





きっといろんなものをあきらめて生きてきたのだろう。









父は親の愛情を全く受けずに育った、とも母から聞いた。





父のことはすべて母から聞いたものだ。


父は酒を飲まないと寡黙で、まったくしゃべらない。

自分の気持ちを言葉にすることが出来ない人間だ。




人に気持ちを伝えられない、

人とコミュニケーションをとることが出来ない

フラストレーション。







彼の中に

たくさんの絶望と怒りと悲しみと苦しみが

根深く存在しているのだろう。







愛情豊かに育った人は、

他人を傷つけることはしない。

人を傷つけることなど、できないのだ。







愛された経験がない人は、

人の愛し方がわからない。








加害者であると同時に、

彼もまた、

被害者だったのだ。













現在の私は



仮に

この世に法律が存在しなくても、


間違いなく父親を殺さないだろう。















日本ヴィパッサナー協会


http://www.jp.dhamma.org/index.php?L=12


※ヴィパッサナー協会では、認定された指導者以外の

人が、瞑想を教えることを禁じています。


初心者は必ず10日間コースを受けなければならず、

前述通り、料金に既定はなく、すべて寄付となります。


レイキ、ヒーラーなどの職業の人が、

ヴィパッサナを行うことは出来ません。



「ヴィパッサナ」での検索や広告で

多くのものにヒットするでしょうが、


純粋かつ本物のヴィパッサナは

以上のような

ゆるぎない条件の上に存在しています。