わが道をゆく -2ページ目

わが道をゆく

☆ 自己研鑽のために、男性も仕事も髪もすべて捨ててみました ☆

  





  昨日たまたま北野武の

  平和憲法に関する動画を見つけたので

  アップしましたが



  彼の他の動画を見ていて、面白い発言を見つけました。


 
   「 人生に幸せを求めること自体勘違いなんだよ。


     世間じゃよく、



     { どうせ死んじゃうんだから、 楽しく生きよう }



       なんていうけどオイラは逆で



       どうせ後で死んで身軽になるんだから、



       今のうちにヒドイ目にあおう、辛く生きようと思っている。



                  幸せになろうなんて、考えてないね 」





・・・・・・・・・・・賛同する、しないは別として、すごい発想だと思いませんか?

         同じことを他の人が言っても、胸に響かないでしょうね。

        賛同はできませんが、頭に残る言葉でした。





           

      

   

    「 鳥のように

    
         自由に空を飛びたいというのは勝手だけど


      空を飛ぶために


        翼を何万回動かしているかよく見てごらん 」
        
     

     

    ・・・・・・・・・・ごもっともです。私にとっっては耳の痛い言葉です。





  


   彼の本の装飾にもなった、彼が描いたひまわりを見たとき、

  なんて素敵な絵なんだろうと感動しました。




  私はゴッホのひまわりを見てもなんとも感じませんでしたが、

  彼のひまわりを見たとき、見入ってしまいました。







  私は一度彼を見かけたことがあります。

  数人に囲まれていても常に寡黙で、

  その背中には哀愁と孤独が漂っているように感じました。



    

  本人自身も、自分は孤独であると言うように、

  彼の中に根付くその孤独が、彼の芸術の原動力になっているのでしょう。

 



  全ての感性や感覚が秀でた人です。



    まさに天才だと思います。



   



           
戦争について語り、考えることは
年に一度だけのものではありません。

生きている限り、
一生考えていかなくてはならないことだし、
子孫にも伝えていかねばならないことだと思います。









戦争についての率直な意見としては





          「 志願する人だけ、無人島でやってよ 」









戦争への意志がある人なら、

当事者も
家族も、どんな死に方をしても納得するでしょうが

戦争の意志がない人間は、死んでも浮かばれずに浮幽霊になっちゃいます。

なので、

住人がだ~れもいないところで勝手にやってください ( ̄* ̄ )




           私は戦争をする気なんて一ミリもないのに
            平和に暮らす私を巻き込まないでよ。




私が男性だったら、赤紙きた時点で、醤油一気飲みしてます。

・・・・・という子供じみた意見が私の率直で正直な思いです。








北野武の映画のほとんどは
暴力なしでは成立しないストーリーです。




私は暴力というものを肯定できませんが


            彼のいう、

                「 暴力と愛情は振り子である 」


・・・・・・・・・・・という言葉には、感慨深いものがあります。

私個人の意見としては、彼のこの発言全てに賛同はできませんけどね。




その、暴力を徹底的に考え尽くした彼の、
憲法に関する発言にも
多角的視点が織りこめられていて、


この人はものの視点が 
やはり普通の人と違うんだな、
と感じました。




もし


あなたの恋人が


夫が


父親が


兄や弟が


子供が


大事な友人が


明日戦争に行くとなったら


あなたは何を思いますか?





あなたが明日戦争に行くとなったら


あなたは何をしますか?




怒るでしょうか?


嘆くでしょうか?


悲嘆するでしょうか?



               やり切れない感情を一体どこにぶつければいいのでしょうか?

















                    今日8月15日を何の日か知っていますか?














 私の親戚の知人の 80代半ば過ぎの男性は


 戦争で満州(現在の中国東北部)に行きました。





  彼は言いました。


 「 満州で、日本人数人が夫婦の住む民家に押し入り、


 金品を奪取し、夫の目の前で代わる代わる妻を犯して、


 コトを終えたら夫婦を殺すんだ。


 そんなことは  茶飯事 だった。 」


 


 ある時は親の前で子供を犯し、


 ある時は子供の前で親を犯す。


 ある時は、父に娘を犯すよう命じ、


 ある時は息子に母親を犯すよう命じる。



 そして犯した後、その場にいる者全員を殺す。









 この世の中で、人が一人殺害されれば、事件によっては何百人という警察が動きます。

 


しかし、戦争では緻密に調べられることもなく、


 証言の真偽を問われることがない場合さえあります。




                戦争になれば、 戦争が<大儀>になり、


             人殺しが当然となり、人殺しに慣れていく。



 

 

 今、あなたが誰かを殺せば何年も刑務所に入ります。


  時には無期懲役になり、死刑にもなります。


 人を殺めて、刑に服することは、当然のことなのです。


 



   それが、戦争となったとたん

 

 何の罰も受けずに済まされてしまいます。



 あなたの大事な人が殺されても、


 犯されても、誰にも謝罪すらされないで


 「 戦争だから 」 その一言で済まされてしまう。



 そんなことが許されるでしょうか?





 



 あなたは今、人を殺めることができますか。


 たとえ法律というものがなくても、


 人を殺すことなど、できないはず。





                          それが人です。

 












 明日死ぬかもしれないという極限の緊張状態のもと、


 理性が欠落し、代わりに狂気が支配していく。



 そしてその狂気を狂気と疑うことすらなくなっていく。



 今、現時点で異常とされる行為が、戦争では<当然のこと>、


 時には<楽しみ>になってしまう。







                      おとしい

             人を狂気に陥れる。それが戦争。


 


 



 今、日本は憲法9条の改定案が提起されています。


 



                      <9条が改正される>




・・・・・・・・・・・・・・・それがどういうことだかわかりますか?





アメリカの属国といわれる日本。


要はアメリカの言いなりのこの日本が、


いつ戦争に借り出されるかわからない、いつ戦争になってもおかしくないことを意味しています。




戦争を制御しているのが今の9条です。



 

            今の9条というのは 「 戦争を放棄します 」 ということなんです。











 私は以前、色々な国の人々と交流がありましたが、


 日本ほど民度の低い国はない、と断言できます。


 他国の人々は皆、自国の政治に関心と意見を持っています。






 それがこの国の人々ときたら、


 選挙は行かないわ、トンでもない人を当選させるわで


 呆れるばかりです。

 

 

 マスクを被って国会に出るようなプロレスラー、


 国会中継の際に大きなパフォーマンスをするだけの人、


 ただ知名度があるだけのタレントが当選するということは、

 

 政治に対しての意識の低さが垣間見えていると思います。





 余談ですが、

 

 私は


 選挙にも行かない、

 

 9条について語ることもできないような男性とは 絶対に交際できません。

 


 なぜなら、政治に関心を持たない人に対し、


 危機管理能力、建設的思考能力、物事の意識力を疑ってしまうからです。












 国の行く末を決めるのは、政治家なんです。


 そしてその政治家を決めるのは、私たち国民です。


 





 参議院議員にかかる費用(年収含む)は一人あたり年間約一億円です。

 

 衆議院議員ともなれば、それ以上。


 参議院議員は242人

 衆議院議員は480人います。


 

 そのお金はすべて、私たちの税金です。




 



 わけのわからない議員に票を入れること、


 または選挙に行かないこと、


 それはあなたの税金をドブに捨てることを意味しています。












 「 8月15日 」をヤフーで検索をかけたら


 <終戦記念日>がリストアップされたのは8番目でした。


 それくらい、日本は平和です。


 しかし、その平和が9条の改定によって崩壊するかもしれないのです。







 この国が、戦争をする国になるかもしれない。


 その抑制力は、私たち一人ひとりの政治に対する関心と意識が発露となります。



 


 この国がどんなにめちゃめちゃになろうとも、


 選挙にも行かない人は、一言も文句は言えません。





 明日から義務として教練を受けて、


 命令に背いたら鬼軍曹に蹴飛ばされ、ぶん殴られ、何時間も正座させられる。


 コンパも行けない、音楽もろくに聴けない、テレビもろくに見れない。


 それが徴兵制度です。



 9条が変えられるという事は、いつ徴兵制度になってもおかしくない、

 

 すなわち、いつ戦争になってもおかしくないことを意味します。





 「 9条が改定されたからと言って、戦争に直結するのは短絡的だ 」


 などという人がいますが、


 

 確かに、戦争にならない可能性もあります。


 しかし、「 戦争するカード 」を持ってしまった以上、


 戦争する可能性は大いにあります。




 今の時点では、9条で守られているために、

 日本はその「 戦争するカード 」はないのです。


 




 戦争は、どこかの国の遠いお話なんかではありません。


 9条が改正されたら、遠い物語のお話が、理不尽な影として、


 あなたの後ろを常について回ります。








                       もう一度想像してください。


                    あなたの大事な人が戦争に行く事を。


                  大事な人を残してあなたが戦地に行く事を。

 

 



髪の毛がかなり伸びてきたのですが


後ろから見たらまだまだ


「 自分に時間とお金をかけてない女性 」


とジャッジされるヘアースタイルです。







今の時点ではまったく

フェミニン ワンピース帽子サンダル な装いは似合いません。







たまには

女性らしい格好をしたいなあ~という

女心を満たすツールが








                      < ピグ >








もう、ピグを使ってオンライン上で

人と話すことはやめましたが





おしゃれしたい私の欲望を満たすために

こっそりインして

毎日洋服取り替えていますリボンワンピース・・・・・・・・・・・・・・・。

 







        ピグのギャラクターはリアルの私にそっくりな美人ベル  オーホッホ (`ε´)






           バーチャルは、鏡に己を映した際の落ち込む要因になるような

               

                  顔のたるみも ガーン
                

                  シワも しょぼん

                  

                  シミも 叫び

 

                  な~んにもなく 虹


  


             ひたすら美しいから、なに着ても似合うわあ~ベル













   基本、フェミニン  ダウンダウンダウン


アメーバピグ スナップショット













ピンクが好きなんです。 林家パー子じゃありません。

アメーバピグ スナップショット












ピグだったら、顔も髪型も思いのまま☆ 整形にメスはいらないのです~!

アメーバピグ スナップショット






  たまにはカジュアルもいいわねジーンズ  このTシャツ、タダでした☆


アメーバピグ スナップショット








ひとり静かに笑顔で手を上げて・・・・・・・・・・・・・ガーン



これは虚しい現実逃避だ、なんて呆れてはなりませんよ。





お金も時間もかからないし、合理的なんです!!!




お金に余裕のないそこのあなた、ぜひ参考になさってくださいネッ (`∀´)





昨日は熱はないのに、熱を持ったときのようにボーッとして (*´Д`)=з


どこにも出かけられなかった あし




昨日は

紀尾井町のホテルニューオータニ ホテル でも行って


ブラブラしてこようと思ってたのに・・・・・(本来ブラブラしに行くような所ではないが)






私は格式高いホテルの、


あのピリッとした空間がなんとも言えず、大好きだ。





           



            最高のサービス宝石赤最高の設備宝石ブルーそして品格を備えた客宝石緑








帝国ホテルやニューオータニに、サンダルやジーンズジーンズ では行けない。

            ( 外国人でその姿の人はよく見かけるが )




客がホテルを選ぶ前に、ホテルが客を選んでいる。



これはホテルだけではなく、

私たち人間関係においても、共通していることだ。



893には、893がらみの人間しか集まらない。



893と、皇室の人々は、生涯すれ違うことすらないのだ。









893というと、893と過ごした数年前のお正月の記憶がよみがえってきた。









私は以前、フリーで仕事をしていたのだが、

仕事がらみの数人の人を介して、


とある893の組の新年会に行くことになった。






敵からしたら、

新年会など、組の主要な人間が多数集まるかっこうのチャンス。


もしかしたら

何らかの襲撃を受け爆弾


巻き込まれて死んでしまう可能性も無きにしもあらず

・・・・・・・・・・・・なのだが、私の好奇心を抑える事はできなかった。







場所は関東の○○県。そこに○○会の会館があった。



( さっぱりわからないと思いますが、殺されたくないので勘弁してくださいw )




会館の前には何十台もの車 車 が停まっており、

多くの車中に運転手が乗っていた。




何せその日は新年会。


人の数も多ければ、車の数も半端な台数ではなかった。





私は大きなキャリーバッグを持っていて、

それらの車の前を通ったのだが


もし、私が持っていた大きなバッグで車を傷つけようものなら

いくら請求されるかわからない。



私は狭い車間を、カニ かに座 みたいに慎重に横歩きした。





会館の前も、会館内も、ズッラ~っと何十人もの人が整列している。




いわゆる格下が組長の到着待ちをしているのである。



そして

関東やその他の県に散らばる多くの組の( 店で例えると支店ですね )

トップ( 店で言うと店長w )と、その手下数人が集合するのだが、





それはそれは、まあ~、それぞれの親分( 店長 )への部下の配慮と言ったら、

ホストやホステス以上だ。





親分の荷物を手下が持つのはもちろんのこと、


車のドアの開閉、

親分が座る際の椅子引き( レストランかw )

タバコの火付けタバコ etc、ものすごい徹底ぶりだった。



あの徹底した付き人ぶりを見た人は皆、


「あれだけ厳しいことできるなら、もっとまともな世界で生きられたでしょうに」

というが、



それは結果論であって、
まっとうな道であったなら、

すぐに挫折したであろう。




仕事において、


人は 

「 この道で生きていこう 」


という決意や覚悟がなければ、

過酷と言える厳しさには耐えられない。









時が過ぎて

組長がやってきた。



会場はものすごい緊張感に包まれる。





廊下の両サイドに整列した人々のおじぎは90度。


その人々の間を組長がトラのように重厚な足取りで通り過ぎていく。



893でも、何でもそうだが、

大きな組織のトップに立つ人というのは、

存在感が違う。










      私は、その新年会に何しに行ったのかというと、要は飲みに行ったのだ お酒








「 おい、姉ちゃん 」

昼間なのにサングラスをかけた中年の親分に私は呼ばれた。




「 わしの女になれよ 」



                 顔を合わせて約2分半。







世間一般では、その人間の性格をある程度把握してから

交際というものがスタートするものだが、



この場合、性格どころか、顔も覚えきれない時間だ。



興味のない人に記憶力をフル稼働させるのはなかなか難しい。




この場合の私は、


2分半だと、彼のサングラスとパンチパーマ、


そして中年893という特徴しか覚えられない。




やはりこの辺からすでに、

裏街道を歩く人というのは


世間一般の感覚というものと

大きなズレが生じているんだなあ~、と痛感した。










「 私、結婚したいので、結婚して頂けるならいいですよ 」

うまく交わしたつもりだったが




親分は私の言葉に



                    「 おう、結婚したる 」







・・・・・・・・・・・・あまりにもインスタント。そしてイージーな返答。


 何度も言うが、顔合わせてから3分に満たない。







「   ・・・・・・・・・・・ ちなみに今、女性は何人いるんですか? 」

 

 と聞くと




「 2人しかおらんワンピースワンピース 」



・・・・・・・・・・・・・・こんな中年893に2人も!!!


世の中には物好きがいるものだ。





「 う~ん、 私独占欲が強いので、それは無理ですね~ 」


こういえば大抵の男性は引くものだ。





きっとその親分と何かの間違いで付き合っちゃったとしても、( ←間違いすぎ )



組長がキムタクに見えるような

幻覚を見る薬でも飲まない限り


私が彼を独占する事は、間違いなく、ない。







「 なに、お前は独占欲強いのか」


そして組長は続けて言った。


                       


                         「 じゃあ、いいや 」




     ・・・・・・・・・・・・・・・あっさり。           




付き合いを要請されてから、発言を撤回されるまでの時間、約5分。


あきらめが早い、という以前の問題だ。


重度の何かが欠落している・・・・・・・・。







そして私はいろんな893と話がしたくて

日本酒片手にお酒

親分たちの間を練り歩いた。








中には指が2本しかない人がいて、私はうっかり口を滑らせてしまった。



          





                 「 その手じゃ、じゃんけんで勝てないですね~チョキ アハハ 」



・・・・・・・・・・・恐るべし酒の力。







            < 3本も指を詰めるドジ踏むなんて、どれだけオッチョコチョイなんですか~ >


・・・・・・・・・・・・といいたいところを、グッと我慢したのを覚えている。








多くの親分は、酒を飲まない。


新年会が朝だったせいもあるが、893のクセに





「 こないだ健康診断で、肝臓がひっかかって 」と心配したり、

( 健康診断、行くんだ・・・・・・・・・・・・(ノ゚ο゚)ノ 





どこかの親分が、ほか地域の親分に


 「 兄弟( ←親分同士、または格付けが同じ場合はこう呼び合うらしい )、


                  血圧のほうはどうだい?俺はダメだ ガーン 」





「 最近糖が出てきて困る 」


・・・・・・・・・・・などと、健康を気にしている893が非常に多く、

年寄りばかりが集まる、早朝の病院のようだった。






中には、


「 こんな不景気の世の中じゃ、将来が不安だ 」などという人もいて


言うことはまるで一般人。



「 自分の娘は、俺のこと嫌って口もきいてくれない 」などと


さびしそうにスネてる893もいた。




893も、ある程度年をとると

多少常識的思考も芽生えてくるのだろう。




その後

楽しく(?)歓談しているところに、



一緒にここまで来た女性に

 「 クラコ、 悪いけど組長に挨拶して、それから歌、歌ってくれない? 」



といわれたのだが、

それは疑問文にしてみた、といったもので、

ほぼ、命令だった。





私は、着物を着た5人ほどの女性 リボン に囲まれて

微動だにしない組長 ナゾの人 の前に正座をして

丁寧にお辞儀をした。



向こうはうんともすんとも言わなかったが


「 挨拶は人間としての基本 」


・・・・・・・という、小学校の道徳の時間で教わることを、

893の新年会で、再確認した次第であった。







それから

私はなぜか大勢の893を前に


生の伴奏でコブシをきかせた歌カラオケを披露(?)し、


歌のお礼、2千円wwwwと、


お年玉数万円 ¥ をいただいて、殺されずに無事帰宅し、今日も元気に生きています。




もし、この記事アップから、


ブログの更新が途絶えた場合は、


私、東京湾あたりに沈んでいるかもしれません・・・・・・・。




さて、これからオータニ ホテル に行ってこようっと音譜



では、皆さま、ごきげんよう



  

   仏陀は言った。




            人は何度も、何度も、輪廻転生を繰り返す。






・・・・・・・・・要するに、生まれ変わりのことである。







私は、何人もの人に、
前世は<チベットの僧侶>と言われ、

その他にも

エジプトの王の側近でありながら殺された男性、
貴族のイタリア人、
後に尼になった武家の女性、
クリスチャンだったフランス人

・・・・・・・・などなど、色々言われた。



この他にも、貧しかったり、殺したり、殺されたりと、
色々な人生を経験したのだろうと思う。




私はそのように色々言われる前から、

なぜかエジプトには絶対に行きたくなかったし、

チベットやネパールなどは、お金をもらっても行きたいとは思わない。



私は理由なく嫌悪してしまう国が数カ国ある。

それはもしかしたら前世の影響なのかもしれない。







          だが、そんなことはどうでもいいことだ。













自分を催眠状態にし、

前世を見ることで、

現在抱えている肉体や精神の問題の解決・または糸口を見つけるという

「前世療法」というものがある。







前世のカルマが生じて、逃れられない困難というものも、

この世には確かに存在していて、

前世療法のようなアプローチで、

抱えている問題の解決の糸口となることもある。







しかし、たいていの場合、前世を見たからといって問題は解決しない。






前世に興味がある多くの人は皆、

今の問題に対して前世に理由づけをしたがるのだ。




「私がダメな男とばかり付き合うのは、
私が前世で多くの女性を傷つけたからだ」

・・・・・・というような。



しかし、それは単に学習能力がないか、見る目がないだけ。



それなのに、自分の中に原因を見出す努力をせずに、
自分の外に原因を探し、欲するのだ。




それって、非常に怠惰な事だと思いませんか?











                   仏陀の言う

                   <因果応報>




                  キリストの言う

                 <蒔いた種は刈り取る>








・・・・・・・・物事にはすべて、
          
              「 原因があって、結果がある 」




この事実は、シンプルでありながらも

絶対的な真理であり、法則だ。







たとえばバナナを食べて、その皮を捨てずにその辺において、

皮で足を滑らせて転んでしまったとする。






それは、

「皮を捨てなかった」という<原因>があって、

「転んだ」という<結果>が生まれたのだ。








それなのに、

前世療法に過大な期待をする人や、

精神世界に身をおく多くの人が

自分がバナナの皮を捨てずにその辺に置いた事実を直視せずに






              「転んだのは必然」

           「転んだことに何かの意味がある」





・・・・・・・・・・などと、ピントのずれた神秘的解釈をしたがる。
         


              そんな解釈はただの現実逃避だ。







昔は自分の前世というものが、
どういうものなのか、非常に興味があった。





しかし今は、本当にどうでもいいことだと思う。






なぜなら生きているのは<今>だし、

事実を確認できない前世に執着することは、意味がないからだ。







          現実に焦点を合わせて今を生きることが大切なのだ。











前世も、話のネタとしては、面白いことは確かだ。






たとえば私は、人より性欲旺盛だ。



草食系男子が蔓延してる世の中で、

私はベジタリアンの食生活のうえ、女性なのに、

異性に関しては肉食だ。




最近は性欲もめっきり減ったが、




ここ近年、というか最近まで

それはそれはハシたないほど、常にムラムラしている状態だった 笑



まだ肉体的な関係を持ったことのない男性と交際を始めて、
シャイな相手にじれったさを覚えて、

その人の手を引いて
私から誘ったことがあるくらいだ 笑



当然 「 ・・・・・・・・・。」
という、不発弾を抱え込む結果となりましたw



私は特にセックスが<好き>なわけではないのに
<したい>といつも思っていた。




しかし、<好きでもないのに、したい>
という、
その原因はわからなかった。


以前、3~40年、瞑想を続けている70歳の女性に、

「あなたは前世でチベットやネパールあたりの

修行僧として、ずいぶん苦しい修行を積んだのね。

禁欲も激しかっただろうから、現世でその禁欲の反動がきてるのよ」



と言われて

なんだか腑に落ちたことがあった。



しかし、それを知ったからといって性欲は治まらなかったし、

今となってはただの笑い話だ。






現世でも修行はしているし、

神というものは私の中で絶対的存在として畏敬の念を抱いている。






だから、前世は修行僧、と言われて納得はいくし、

何人もの人に言われているから

疑いも持っていないが、

だからどうということはない。





先天的に抱いている恐怖、たとえば何の原因もないのに
車や狭い場所が異常に怖かったり、

または逆に、理由なくして
何かに異常な執着や愛着をもつ場合、など



現世で<原因>がわからない症状においては
確かに前世が影響しているのかもしれない。



それらが日常の生活に支障をきたしているのならば、
前世療法というアプローチもまた、アリだと思う。






しかし、そのような場合を除いては、

前世ばかり気にして、

今生きている現世のこの生活をおろそかにするのでは、

全く意味がない。



大切なのは、前世じゃないのだ。




前世を気にする時間があったら、
もっと有意義なことに集中したい、と思っている。






こんばんは




今日は3時間

その前は5時間


ずっとノンストップでしゃべりっぱなしショック!
さすがにちょっと疲れています ガーン





最近相談内容で共通するな、と思うのは多くの人が


          自分に自信がない

・・・・・・・・ということ。






 みんなリスクばかりにフォーカスし、
及び腰になって物事に飛び込んでいかない人が本当~に多い。



 自信というのは、「とにかくやってみて」 成功して、出来上がるものです。

 一朝一夕でつかめるものではないし、

 そもそも、築いていくものです。


 ⇒ やらないから自信がない
 
 ⇒ 自信がないからやらない

・・・・・・その繰り返し。 

 


 

              やらなきゃ始まらない。

 


  前進もしなければ後退もしない。
 では、現状でいいのか、というとそうではなく、
 みんな、何となくくすぶっている。
 

 後退したとしても、その経験と反省で、逆にプラスになることもあるのに、

 まあ~、みんなカニの横歩きみたいに、かに座進むことをしないんですね。

 横ばかり歩いて、
 そのうち世界一周でもしちゃうんじゃないかと思うくらいかに座かに座かに座




   しかし、私は思います。

  今の自分の顔、体、生きているこの国、時代、これらの環境で生きることは

  もう二度とないんです。


 

 貧困にあえでいる国や、テレビも何もないような発展途上国に生まれ住んでいたら、
 できることは限られています。



  不況だ何だといったって、日本はまだまだチャンス満載の国なんです。


      やらない後悔なら、やった後悔の方がどれだけいいか。 
 
 

 


 そして、もうひとつ、多くの人が思っていること。


 それは、

           自分のことが好きではない

                              ・・・・・・・・・・ということ。 


 自分のことが好きではない要因のひとつにやはり、自信がないことが含まれます。

 
 


  人はみな、生きて、老いて、死にます。
   
  不治の病にかかることもあるかもしれない。



 失敗を怖がってばかりの生き方を選択すると、

 体が弱ったときや、老いた時、死ぬとき、必ず後悔するでしょう。
 
 
 あなたは、
 あなたにしかなれないというのに、
  
 死を迎えるとき、

 自分のことが好きじゃないなんて、
 自分がかわいそうじゃないですか。




 不可能な事を可能にすることはあっても、                                    その逆はあってはならない





                 ・・・・・・・・私はこの言葉を、とても大切にしています。





        Can't Stop Loving You
       あなたを愛することを止められない


  ・・・・・・・・・・ではなくて


        Can't Stop Loving< Me >

・・・・・・・・・・と言えるようにしたいものです

 私は何千人、何万人という人と会話し、接してきて痛感していることがある。


 この国の総理、
 大企業のトップ、
 闇の組織のトップ、
 何らかの自分の才能で名声を得ている人・・・・。




 そのような様々なカテゴリーの中で、
       世間的に大きな成功を収めている人は皆、孤独だ、ということ。





 もちろんたくさんの友人を持つ人も多くいる。






 しかし、そのような人も必ず、
      孤独という世界に身をおき、その道を通ってきた経緯がある。


 それに、友人がたくさんいても、本人の心の中は孤独である場合も多いのだ。






 そしてそのような人々は、皆、他者に依存しない。




















             人は独りで生まれ、独りで死んでいく。









 たとえ誰かと手を取り合い死ぬとしても、
     肉体と精神において、息絶える瞬間を迎えるのは、たった独りだ。





 独りが怖い、または寂しいからと
 独りになる事を避けるために、常に誰かといたり、

 ドラッグや酒、セックス、その他の享楽に興じて
 気を紛らわそうとしても、

 そのうちいつかは、自分の孤独と向き合わねばならない時がくる。








        人は他人と向き合う前に、まず、自分という人間と向き合わねばならない。









           なぜなら、自分の人生を生きるのは自分以外の誰でもなく、

           また、自分という人間は、自分以外の誰にもなれないからだ。












  
           一番最初に関わるべき人間関係の対象は自分である。






 自分との信頼関係を築けなければ、
      他人との良好な人間関係は築けない。











 孤独というものがネガティブに捉えられている傾向にあるが、



              孤独は人を聡明にする。





                独りになることを恐れてはならない。

               自分と向き合うことから逃げてはならない。
 







 孤独を通過することは、良い人間関係を構築するための必須条件だ。









  一人になれない人は、二人にもなれない

                                                ・・・・・・・・のだから。





明日のための心配は無用です

      

          明日のことは明日が心配します


                                   マタイ:6-34

                       








 種を自分の空腹を満たすために食べないで下さい。


      食べたら、そこで終わりです。




 種を土にまいて

        たくさんの実を収穫し、

              人々に分かち、

                またさらに多くの実をまいてください。



                            ・・・・・・・キリストと共に生きるということ






わが道をゆく




以前、友人にお花をあげた。



その時、

自分の分と、友人の分の2つのブーケを買った ブーケ1ブーケ1



白い花のブーケと黄色の花のブーケ。








私の好みとしては

白いほう。










友人に渡すとき、「 好きなほう選んで 」と言ったら、

彼女は

「 最初にクラ子が選んで 」という。



私は白い花の方がよかったのだが

彼女も白い花を選ぶだろう、


・・・・・と勝手な判断からくる気遣いをして、私は黄色いブーケを選んだ。






すると

彼女は笑いながら言った。


「 あのさ 


 ・・・・・・・・本当はクラ子は白いブーケの方がいいと思ってるのに

                      私に気を使って黄色い方、選んだでしょ 」




                  



                   ズバリ、言い当てられた。







「 ・・・・・・・・・・・・・私は、黄色いブーケのほうが好きなの。


このままワタシが何も言わずに白いブーケを持ち帰ったら

お互い


<あっちのブーケの方がよかったな~>


ってしこりを残すんだよ。





 これね、すべてのことに通じるの。





最初に自分の気持ちにスポットを当てる。

まず、自分ありき。


それから相手の気持ちを聞いて、考える。



どちらがいいのか、

何をどう思っているのか、


まず自分達の<本当の気持ち>をお互いが伝えて、




それでもし、

お互いが白い花を選択したら、

その時解決策を考えればいい。






それをしないで

最初に相手の気持ちを勝手な想像で思案して


自分の気持ちを殺すから、

後に面倒な事になるんだよ 」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と言われた。



きっと

私の選択を予想して、


この事を私に伝えたいために

最初、私に花を選ばせたのだろう。












私は嘘をつかない、と決めてから

言われたことを実感する場面に出くわすことが、本当に多々ある。





たとえば、

もし、誰かの家にパーティ クラッカー の招待を受けていたとして

自分は行きたくないとする。



でも、行かないと気まずい、とか

せっかく誘ってくれたのに悪いから、

などの理由で、無理して行くとする。







招待された家に手ぶらでは行けないから

手土産を選ぶにしても、


本心は行きたくないため

気持ちが入らず

何がいいのか考えることすら億劫になる。


すると

気持ちがないから


相手の喜ぶようなものを考えられず、


結果、

プレゼント プレゼント も

ピントはずれのものになりかねない。





招待したほうは

そんな気持ちで来られても嬉しくないし、

行く自分も、決して心から楽しめない。





お互い、時間とお金の無駄なのだ。





だったら、

丁寧いにお断りすることのほうが

よほど礼を尽くしていることになる。













コミュニケーションの真のマナーとは

自分の心に正直になる事。

その上で相手を気遣うこと。







だからと言って

中傷や批判など


何でもかんでもすべて


のべつ幕なしにすべて吐露すれば

個人間から国家間に至るまで、大変な事になってしまうが、



            






                   自分の気持ちに正直に行動する。

                   自分の気持ちを相手に正直に話す。








私は今まで 嘘7割:本音3割 という生活をしてきたから

その経験から確信を持って言える。






何事も、すべて




             本当のことが一番早い











わが道をゆく



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