ルネサンス期からずっと続くリュート音楽の輝かしい歴史の行き着いた先に位置する最終形として、最も成熟した姿を残しているのがバッハと同時代のバロックリュートの作曲家ヴァイスの音楽であるのは異論がないところだと思います。CD時代になってからだと色々と良い録音があるのですが、レコードで聴ける良いものは必ずしも多くはなく、後には指揮者としての活動がメインになったドイツの名手コンラート・ユングヘーネルによる録音が70年代末にベルギーのアクサンに2枚、DHM移籍後1984年にリリースされた彼の代表作と言っても良いもう一枚がこの写真のやつ、録音演奏ともに歴史上最も優れたリュートのレコードとして燦然と輝く一枚、まあ、そんなところですけど、より見かけるであろうCDとはジャケが違うからか、レコードはそんなに認識されてない。でも、CD時代も含めても、ここまで良いものはなかなか見つからないという気がします。
私はたぶん大学生のころにEMIからのCDで聴いたのが最初なんですが、実はこれよりもあとから聴いた、やや硬質なアクサンの録音よりもふくよかで豊かな音で、すっかりやられてしまいました。例えばオワゾリールのダウランド全集に集うポウルトン傘下の人たちなんかよりも、さらに高度な演奏技術を持っているように感じられて、感服してしまったのです。近代以降のギターにはないリュートの魅力なんだなぁ、と。
バッハのリュート曲とされているものは、バッハ自身がリュートの演奏者でないこともあり、楽器の機能から自然と生まれたものとは言えず、曲によっては移調して演奏される習慣があるなど、無理なところもあるという、だからこその美しさも認められますが、それゆえに一部の曲はリュートそのものではなく、ガット弦を張ったチェンバロのためのものだという研究もあったり、そんな録音もありますね。それと比べると同時代の楽曲としてヴァイスの曲はどれもこの楽器の自然な演奏技術と楽器の特性を知り抜いたところから生まれる美しさに満ちていて、私自身が大分違うけどささやかながら撥弦楽器の演奏者であるということもあり、ずっと魅了され続けているのですが、楽器に無理な要求をしないヴァイスの音楽を散々聴いてからだと、そこに無理やりフーガをぶっ込むバッハの強引な魅力もわかるわけです。ヴァイスの音楽はずっとフランスでいうところのスティル・ブリゼみたいな感じですからね。(...そんな音楽史の用語は知らん、という方には、17世紀のフランスのリュートの音楽家が対位法の時代なのに楽器の特性に合わせたアルペジオを多用した、みたいなことを言っていると思ってくだされば良いです。)
ユングヘーネルにはこのあと1989年に同じDHMにバッハのリュート曲全集の録音があります。そっちはCDしか出てませんけど、今でもバッハのこれらの曲の録音としてはベストではないでしょうか。カントゥス・ケルンの活動に専念するようになってからは、これほどの名手であるのにも関わらずソロの演奏家としての録音がなくなってしまいました。一方で、CD時代の優れたヴァイスの録音ということでは、かなり色々あるので聴いてないものも無数にあるでしょうから、知ってる範囲で、clavesの今村さんのやつはとてもいいなぁというのと、BISからリンドベルイの録音がシリーズ化の雰囲気で出てましたけど、同時期にポーランドのレーベルにも入れているので、そっちも聴かないとね、という注意のみにしておきましょう。
