岐阜は日差しが暑いのではなく、痛く灼熱の日が続いています。
夏が苦手な私は早く終わらないかと思いつつ、昨年よりはまだ暑くないというのも感じています。
熱中症には気を付けてお過ごしください。
現場に立つようになってから11月で20年を迎えます。
この20年という中で様々な飼い主さんや犬たちから学ばせてもらい、本当にやればやるほど理論ではないことが現実は起こることをたくさん教えられました。
飼い主さんと犬のサポートをする指導者として成長するには、やはり実際の飼い主さんと犬から習わないとわからないから、本当の先生は飼い主さんと犬たちです。
それを専門性で整理をさせて頂く上で、教育を受けてきたことが必要になりますが勉強は一生終わりはないです。ずっと続き、ずっと改善し続けるのです。
日本において、やはり家庭犬の分野においては過去になかった新しいライフスタイルでそれに必要なスキル提供も、歴史と文化が築かれた国とまったく歴史も文化もない日本においては提供する内容が異なるのは当然で、また何よりも犬は飼い主さんの影響を受け、飼い主さんは犬の影響を受けて、相互が築かれます。犬を飼う前と飼ったあとでは変わるのは当然ですし、また犬も遺伝子はもちろんですが、飼い主さんの影響によって今という個が形成されています。
しかし、多くの本を見ても、養成、教育の段階でも犬をどう教育するか?犬のこの行動は?という一方の評価ばかりで、その犬と暮らす人についての学びはほとんどない。
これは「共生」ではなく、「強制」です。
ここに気がついて、いち早く学ぼうとしている専門家は私はトリマーの先生たちだと感じています。
人の影響を意識しながら、犬が安心してトリミングを受けられるようにしていく。
こうして自分たちのことを知り、学び、その上での犬に優しいトリミングというのは、本来の犬への優しさだと思います。
家庭犬トレーナーは飼い主さんに認知とスキルを教え育むことで、飼い主さんが犬を教え育めるように飼い主さんを育てる専門家。
その為には、人の心も知り、犬の心も知らないと相互の違いの尊重とボーダーエンバイロメント(境界線を保った環境)ができなくなる。
保って護ることを「保護」という。
何よりも人が心の状態やメンタルが安定していないと、犬も安心した生活や成育ができなくなります。犬にどんどんと甘え、心配や不安ばかりして、過擁護していると、犬は自信がなく不安症な子に育ったり、何でもかわいそうと思い通りに育てば、思い通りにならない苦痛に耐えられずキレる子になる。犬ばかりでなく、問題の予防にはやはり問題を起こす私たち人間を知らないと家庭犬のサポートはできないのです。ドッグトレーナーは自分自身が犬を扱う専門家だから、自分がメンタルも含めて実習訓練を受けてきてプロになっているから犬もうまく育てられます。
家庭犬はまったくそうした訓練を受けていない人が犬を育てるのですから、益々条件は厳しいのです。
日本ではあまりいませんが、行動カウンセラーという専門家。
犬は話せないので、行動メッセージを読み取り、飼い主さんのその時の行動反応も同時に観察しながら、相互の問題のポイントを見つけていき、ケアと誤解を解いていく問題改善の中立的立場である専門家。
中立ということは、人間のことも犬のことも知らないと「中立」はできません。
予防はトレーナー、改善はカウンセラーという感じでヨーロッパは連携しているケースが多くみられます。
こうして様々な専門家の話を書きましたが、それぞれの専門領域が異なりすべてを担うことは無理があります。
だからこそ、そうした領域を理解しあい、その専門はその専門の方の指導を仰ぎ無責任なことは言わずにバトンタッチする。
飼い主さんと犬の暮らしをサポートするには、様々な専門家の連携がないとできないのです。
自己主張が強く、白黒はっきりいう欧米での連携はその領域の尊重がしっかりしていて、実は白黒両方を認めていき、取り組める。
日本人は自己主張は控えめで、白黒をはっきりといわない曖昧なのに、連携ができず自分の領域と相手の領域の尊重ができず、白黒のどちらに決めたがる。
現代日本人は思いやり欠如になってきてしまっているのです。
本来は手を取り合い、それぞれを認め協働しあうことが必要な専門家が、他領域に無責任に踏み込んでいい加減なことを発信して混乱させていく。
プライドが高く、権威で上下や優劣を無意識に作るから、連携や協働ができない。
知らないのに、知ったふりして習えないのです。
教え上手な人は習い上手ですが、習うが人からではなく、本などからの理論、理屈で知ったになるから現実的ではない情報を自分の領域を超えて発信していく。
連携したくても、自分の方が偉いんだと言わんばかりにその専門の方に委ねる、バトンタッチができない。どこで実習訓練を受けてきて、実際に修業に務めてことの実践専門家ですが、その専門の先生について実習訓練や学び、特にその行為を行う時の心構えや意識を習わずして教えるというのは本当に無責任なのと、責任背負って修業した専門の方に失礼なことに気がつかない。
私はトリミングという領域は専門ではないので、その領域はバトンタッチするし、どんなことを得意としてどんな勉強をされているかを習うために、トリマーの先生のセミナーに足を運ぶ。
そうしないと協働するための尊重ラインができないと連携や協働ができないからです。
たまにトレーナーの方が上みたいな感じでいる人がいますが、私は上とか下はなく、同じ地面に足を付けた同じ人間だし、自分の専門領域ではないことは、任せることは飼い主さんと犬のために大切だと思っています。
イギリスだと健康サポートを獣医師が担い、病気じゃないから後は心のケアと飼い主さんとのコミュニケーションや互いの心を育みあうことを心配なく行っていいよとサポートとバトンタッチしてもらう。
病気なら、獣医療の治療サポートをしてもらい、健康な体で心のケアと教育ができるようにサポートしてもらう。これが獣医師とトレーナー、カウンセラーの連携ワーク。あまり問題行動の改善やトレーニングに関しては言わず、逆に紹介してバトンタッチする。
トレーナーは獣医師やトリマーが診察がしやすいように犬への馴化を飼い主さんに指導したり、安心して人間を受け入れられるように接し方を指導していく。
そして、ケアに関しての方法や実際のトリミングやグルーミングはトリマーにバトンタッチする。
知ったふりして、ブラシのかけ方なんて指導はしない。
グルーミングやトリミングがスムーズにできるように情報共有しながらサポートポイントを共有して、ケアを安心して受けられるようにトレーナーとトリマーの連携も重要なのです。
犬を扱う時のポイントなどはトリマーの先生から教えてもらって、対応することも多い。
教育は出来ても扱いはトリマーの先生が専門なので。
こうして皆がそれぞれの専門領域に責任をもって従事し、連携しあってサポートしていくのが本来のすべきことです。
人間と犬の暮らしを支えるプロという領域は、皆同じプロです。
そこで私は「専門家」ではなく、「専門科」という言葉を最近使うようにしている。
専門科が異なるから、その専門科にコンサルして連携していく。
獣医師だから何でも知っているのはうそだろう。
トレーナーだから、どんな犬も扱うのがうまいのも嘘だろう。
トリマーだから、犬の行動サインを読むのがうまいのも嘘だろう。
得て不得手が必ずある。
ここに必要なのが、相手のスキルと経験と専門性の尊重です。
この尊重が今の日本は特に弱くなっている。
尊重なくして、連携は無理だし、ちょっと勉強しただけで専門のプロにはなれないからその領域は聴くべきだし、習うことが大切だと思います。
個人主義の欧米が尊重しあって、自分の専門領域をしっかりと務めているのに、みんな同じ主義の日本人が踏み込んで知ったふりして、相手を見下げるようなことをしているのは本来誰のためのプロなのか?を忘れているように思う。
一番この連携ができそうなのが、トレーナーとトリマーの連携だと私は感じています。
互いの素晴らしさを認め合い、頼りあって信頼関係を築き、飼い主さんと犬の利益をサポートする協働をこれから築いていけたらと感じます。
自分も自分の専門領域には責任をもって、影でとにかく人の倍、勉強と準備を怠らないことは今も師に教えられた通り続けて自信もってその領域を担っていきます。
色々な専門科の先生と連携して、幅を広げていけるようにしていきたいと日々願い、色々な先生と意見交流をしています。
連携できると本当、色々とサポートするのも楽しくなる。
日本もチームワークができる専門科チームなれるといいなぁ。
