子どもも叱らず褒めてしつける、育てると言われていますし、犬も同様に叱りは苛めかのように過敏な社会に日本はなってきてしまっています。私は犬の教育が専門ではなくて、飼い主さん(人間)と犬が共に生活していくことをサポートする専門家なので、学習理論で言われている罰が、犬や子どもに悪影響を与えるということに疑問を感じてここまでの20年の時間を過ごしてきました。別に罰だけを与えるのではなく、ダメなことはダメと教え、必ず良き行動へ導き褒めたり、止めたことは褒めることはしますが、叱らないで褒めるだけで、実際に犬にとって、明確な判断がしずらくむしろ混乱や迷いを起こさせてしまい、飼い主さんも暮らしの問題を抱えて解決に至らないことは、飼い主への罰になってはいないか?と思ってしまうのです。
親(飼い主)は罰を受けてもいいのでしょうか?叱る時は、飼い主も嫌な想いという罰を犬と一緒に受けて、お互いが心地よくなることを教えて、飼い主さんも犬も褒められているのです。叱りを受けることで、犬はそれを避けるようになっていき、望ましい行動を選択して、考え行動できる力を育てたら、叱りのお陰にこそ、ほめが生きるのだと思います。
現場で観ていると叱りが上手くなると褒めもうまくなり、犬も喜びを感じて常に褒められる行動を自発的に行動することが増えてくるので、叱ることがなくなっていき褒めるだけのしつけになっていきます。これこそが本来のほめてしつける方法の原点であり、基本です。しかし、月日と共に叱らずに褒めてしつけるに変わってきてしまい、その辺りから犬はどうしたらいいかわからずにパニックしたり、葛藤から攻撃行動に発展するケースが増えてきてしまっているのです。わからない状態で無視されて、たまたま動いてなんかご褒美もらえて、犬に置かれている状況は常によくわからない状態が続きます。
心が感じて動く事を感動と言いますが、喜怒哀楽とあるように苦楽があって苦も楽も感じて心が動き、心は生きていきます。呼吸も同じく、筋肉も同じく伸縮や緊張と緩和を繰り返して心臓も動いています。してはいけないことはダメと教え(苦)、こうしたらよいと導き褒める、止めたことを褒める(楽)によって、犬は苦を避け、楽を得る思考と行動が育ち、苦は要らなくなり、ほめる(楽)のみになっていったらそのしつけは修了です。
これらを繰り返していき、小さな頃から叱りと褒めをしっかり伝えて、大きくなってきたらああしろ、ここしろと言わなくても自分で理解して快の行動を自発的に取れれば、それこそが本当の自由であり、飼い主さんも自由に暮らせるようになります。
叱らなくていいように、叱っておくことで、大きく成長した時には友達のように付き合えるように、子犬の成長期は自分も一緒に辛さを乗り越えながら、楽しい生活を築いていくのです。信頼関係も、絆も何もせずにただ甘やかして、ほめているだけではゆるゆるの絆でしかなく、やはり一緒に築くという努力をしあう中で、苦楽を共にする中に生まれるものではないかと思います。命や心は未科学な部分が多いかとおもいますが、何でも科学がすべてではなく、命や育みという愛というものはやはり感性も必要ではないかと私は思うのです。
もちろん、感性のままに行うだけでは危険です。
ですので、公平性、安定性、安全を考慮するために科学は必要です。
犬のしつけやトレーニングという教育や養育は、昔はよく言われていましたが“芸術(感性)と科学”なのです。感性は私たちの心の働きを示すので、心理学でもあるとおもいます。
問題行動の改善も私はいつも認定行動獣医師の奥田先生の医学と科学的視点からの診断と私の行動心理学や共生学的視点の両方から見ていき、どうするか?を判断します。
私は感性的な視点で指導していくので、奥田先生の科学的や医学的視点の双方であって初めて、安全な指導ができます。きっと私だけの指導だけでは公平性や学術的な部分で問題になるし、科学や医学的な部分だけでも問題になるとおもいます。
どちらが優劣ではなく、両方必要なのだと私は思っています。
犬の学習理論や行動学的な視点も必要だし、人間の心理、行動などの視点も必要です。
陰や負がダメで、陽や正が良いのではなく、両方あっての一つの力になると思います。
叱らずに褒めてしつける・・私は日本での犬育ても子育ても、叱って、褒めてしつけるがいいと思います。結局褒めて育てる欧米は家庭内で厳しいしつけの叱りがあります。
中和として褒めの強化を推奨されています。
日本でも同じではないでしょうか?叱ってばかりだから、そこに褒めるをプラスするだけ。叱らずはやはり実際の生活からはありえないことなのです。
そう考えると欧米式とか日本式とかではなく、命や心の育みは世界共通で、何も日本のしつけが劣っているとか、欧米が優れているとかではなく、結局叱って褒めて育てるは一緒なのですから。逆に日本式が“叱らず褒めて育てる”になって、子どもたちの自発力や自尊心の低下、レジリエンス力の低下も招き、犬もまったく同じで、キレる、引きこもるという生きる力を奪われた脆弱化させてしまう間違った育て方になってきてしまっています。
生きるとは・・やはり共生には生きるが一番の課題であり、生きるために必要な心や力を育むのがしつけであり、教育です。負の時こそ前向きに働く力こそが真の自発力であり、自尊心になるのですから。犬のしつけも世界共通の叱って、褒めてしつける方法を取り戻し、共に生きる喜びを共感しあえる社会や文化を今一度築いていきましょう。
腹立って怒るのは、八つ当たりで叱りではありません。殴る、蹴る、物で痛みを与えるのは暴力。叱りは指導的叱咤、してはいけないことを教える。この目的を間違えないように。
